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「はい駄目。却下。選び直し!」

「えぇ~~~?」


 夏休みを目前に控えた週末、ショッピングモールで私は通算5回目のダメ出しを桃香から受けていた。


「お姉ちゃん、真面目に選ぶ気あるの?!」


 怒った顔も可愛い桃香だけど、流石にずっと怒られていると辛い。思わずため息が零れた。

 夏休みに桃香や檎宇ごうたちと海に行くことになったので、水着を買いに姉妹で出かけてきたはいいのだけれど、さっきからこの調子で全く決まらないのだ。


「そんなに駄目かしら……? 動きやすそうだし、いいと思ったんだけど……」

「あのね、お姉ちゃん。本格的なマリンスポーツをしに海に行く訳じゃないんだから、そんないかにも競技用みたいな水着じゃ可愛さが足りないでしょ!!」


 私の手には濃いブルーのタンク・スーツ。露出も少なく体の線に沿っているので動きやすそうだと選んだのだが却下されてしまった。

 おかしいな、ゲームの中の水着イベントでは真梨香まりかはこのデザインの水着を着ていた筈なんだけど……。いかにもボーイッシュな真梨香らしい水着立ち絵に、津南見つなみがガチの遠泳勝負を仕掛けたり、ビーチフラッグ対決をしていた。



 ゲームの中では夏の水着イベントは生徒会ルート、部活組ルート、代議会ルート、風紀と不良ルートそれぞれで発生し、イケメンたちの水着スチルが一枚ずつ見られる。

 会話シーンの立ち絵も水着差分が用意されているので、ライバルキャラ達の可愛い水着も見られるのだが、ヒロインである桃香はメッセージウィンドウのアイコンでチラ見できる程度だったのと、一部のスチルで少し描かれている程度だった。

 何度あのゲーム制作会社にヒロインの水着スチルの追加要望をメールしたことか。

 そもそも男キャラの水着ってデザインのバリエーションが少ないし、高校生男子の半裸って、筋肉の量が薄くて見応えに欠けるのよね。

 若いアイドル男子の厚みのない身体が好きな女の子にはいいのかもしれないけど、カンフーアクション映画とかで見る、鍛え抜かれた戦える肉体美の方が好きな身としては楽しめる要素がない。

 部活組は多少筋肉を盛って描かれていた気がするし、不思議系不良に見せかけて武闘派揃いの組員に揉まれて育った檎宇もそれなりだった記憶はあるけど……ねぇ。

 今回は檎宇はともかく、穏健派王子(自称)の篠谷しのやとみるからに格闘とは縁がなさそうな梧桐あおぎり君だし、確かに本気でマリンスポーツをやる感じじゃないか。

 せいぜい浜辺で軽くビーチバレーするくらいだろう。だったら……。


「じゃあ、やっぱりこっちのワンピース……」

「だ・か・ら・紺の、何の飾りもないワンピースなんてスクール水着と変わらないでしょ! おねえちゃんさっきから選ぶ色が地味すぎるの!!」


 本日何度目かの大却下。手に取った水着は速攻でハンガーに戻されてしまった。

 ちなみに桃香の水着はすぐに決まった。ピンクのオフショルダー・ビキニで、胸元がフレアスカートのように広がったかわいいデザインだ。小柄でささやかな胸を気にしている桃香のコンプレックスを上手く隠し、可愛らしさを引き立てる神デザイン。アンダーもフリルたっぷりのスカート付きだ。

 可愛い桃香の水着さえ決まったら私のは適当でいいかなんて考えていたのだが、選ぶもの選ぶもの桃香にダメ出しをされ、今に至る。


「じゃ、じゃあ、このビタミンカラーのタンキニとショートパンツのセット……」


 明るいビタミンカラーのボーダーのタンキニにデニムのショーパンが付いてくる。これなら……。そう思って取り出せば、深々と溜息を吐かれてしまった。どうしよう、お姉ちゃんちょっと泣きそう。


「はぁ……お姉ちゃんは胸が大きいのに、そんなボーダーで寸胴なタンキニ着たら胸の下からのくびれが隠れて逆に寸胴極まって見えて損するでしょ! もういい、お姉ちゃんの水着は私が選ぶから!!」


 そう言うと桃香は自分の水着よりも熱心な目でラックに並んだ水着を物色し始めた。

 う~ん……桃香さえ可愛ければ私は地味で露出控えめくらいがいいのになぁ……。そんな私の要望を控えめに伝えてはみたものの、あえなく却下された。そうして差し出された水着は……。


「桃香……ちょっとこれはお姉ちゃんにはハードルが高すぎると思うの」


 青年コミック誌の表紙やグラビアでアイドルの女の子が着けているような、いわゆる三角ビキニ。露出控えめどころかほとんど隠せていないのではないか。色も白。これは一般人にはハードルが高すぎる。


「えぇ~~~?? お姉ちゃんのスタイルなら絶対イケると思ったのに~~~」

「いや、無理無理。これは泳がず写真撮られるためだけに水辺に行く人用だと思うわ。もうちょっと動きやすいものでお願いします」


 なぜ自分の水着なのに頼み込まねばならないのかわからないが、ともかく桃香に再度露出控えめがいいと要望を出す。……聞こえないふりをされた。


「じゃあ、これは? ワンピース型だけど?」

「いやもうそれ切れ込みだらけっていうか、確かに上下繋がってるけどほぼビキニよね?」


 海外のモデルさんとかが着てるのくらいでしかお目にかかったことがない。女子高生が着る代物ではない。これならいっそ三角ビキニの方がマシである。


「もう~~~、お姉ちゃんは我儘だなぁ」


 ええ~~~。ものすごく納得がいかないのだけど~~~。頬を膨らませながらあーでもないこーでもないと、水着を物色する桃香だが、さっきから手に取る水着の布面積が全然増えないんですけど、桃香さん。


「いっそのこと桃香とお揃いなら……」

「いくら体型をカバーしても比較対象がお揃い着ちゃったら意味がないでしょ!!」

「ごめんなさい……」


 いかん、桃香の地雷を踏みかけた。こうなったらもう大人しく着せ替え人形に甘んじるしかない。せめて、三角ビキニとセレブ系ワンピースだけは回避したい。そんな願いを胸に秘めつつ、桃香の水着選びを待つ。


「お姉ちゃん、今年の大会、見に来るよね?」


 水着を漁りながら桃香が不意にそんなことを言い出した。

 大会というのはもちろん桃香の剣道の大会だ。夏休みに入ってすぐに行われる全国規模の大会で、桃香は団体戦の先鋒と個人戦でエントリーしている。開催地が遠いので、剣道部は泊りがけの遠征になるので、色々と心配だ。


「そうね。お母さんは仕事があるから無理だけど、『私の分まで応援してきて頂戴』って言われてるわ」


 すでに宿泊先や新幹線の手配も済んでいる。普通は高校生の一人旅なんて親は反対しそうなものだが、お母さんはその辺は放任主義というか、きちんと安全面に気を付けさえすれば何も言わない、というか、むしろ協力的だ。旅費は長期休暇の間に短期のバイトをして貯めたお金で賄った。


「試合前、会いに来てくれる?」

「もちろん。桃香が実力を発揮できるよう、全力で応援するわ」

「……私じゃなくて……」


 桃香の手が止まって、何か言いたげにこちらを振り返ってきた。桃香じゃなくて……? 桃香以外に誰を応援するというのか。そう言いかけて、ハッとする。

 もしかして、津南見かシェリムと何かあったのだろうか?

 ゲームのなかで、桃香が部活組ルートに入った場合、今回の遠征は彼らのどちらのルートかに分かれる分岐イベントがいくつか発生する。

 けれど、津南見のイベントは私が剣道部にいないと発生しないシナリオになっているし、シェリムは現在も剣道部OBの木通あけび先輩から桃香に、というか女子部に近付くことを禁止されたままの筈だ。


「……えっと、他の女子部の子とか先輩がね、中学の頃お姉ちゃんに憧れてたって人が多くて、応援に来るよっていったら少しでいいからお話したいって……」


 ほんの少しはにかみながら、でもどこか誇らしげに言う桃香が愛らし過ぎて脳みそが爆発しそう。心配していたような内容ではなくてホッとしつつ、頷いた。


「いいわよ。桃香と一緒に頑張ってる子たちですもの。私なんかで良ければ激励させてもらうわ」

「……うん、ありがと」


 会うのが津南見とバカ王子じゃないならこちらとしても安心だ。遠征中に彼らと桃香に何か起きないか心配ではあるが、部活組ルートに関しては私自身が彼等に近付かないのが一番のフラグ折りになるのだから、遠目に見守るしかない。


「それじゃあお姉ちゃん、これ試着いってみようか!」


 さっきまでの雰囲気から一変したテンションで桃香が差し出してきた水着はと言えば、明るいオレンジのバンドゥ・ビキニで、パンツがタイサイドというこれまた難易度の高い代物で……。


「絶対無理――――――!!」


 水着ショップに私の悲痛な叫びが響き渡ったのだった。




 そうして迎えた夏休み。


「桃香、忘れ物はない? 着替えとか、タオルは多めに持って行った方がいいわよ。あと万が一の為の防犯ブザーと……」


 一足先に遠征へ向かう桃香を玄関で見送る。


「大丈夫、ちゃんと確認したから。それじゃ、また会場でね」


 大きめのカートを引きながら手を振る桃香を見送る。学園で部員全員集合の上で、飛行機で開催地である九州へ向かうことになっている。部活組との恋愛ルートに入った様子はないとはいえ、数日間同じホテルで寝泊まりするのだ。心配で仕方がない。


「男子部にちょっかい掛けられそうになったら女子部部長の雪柳ゆきやなぎ先輩に言うのよ。きっと何とかしてくれるから」

「だいじょーぶ! あの試合以来シェリム先輩も大人しくしてるし、津南見先輩がちゃんと抑えててくれてるみたいだから」

「それはそれで心配なんだけど……。ねえ、桃香、その……津南見先輩とは話したりする?」

「津南見先輩? 用事があるとき以外は全然話さないけど、なんで?」

「いえ、それならいいの」


 明らかに桃香から嫌われているバカ王子はともかく、津南見は普通に尊敬できる剣道部主将として桃香の目には映っているだろう。例えゲーム通りの展開は起きないとしても、二人の間に何かしらの進展はあってもおかしくはないのだ。

 もしそうなったら―――。

 考えても仕方のない事だと思考の溝にはまりそうな気分を振り払って桃香へと微笑みかけた。


「桃香の活躍、楽しみにしてるわ」

「うん! 優勝したら、お姉ちゃんにも優勝旗、持たせてあげるね!!」


 部員でもないので流石にそれはどうだろうと思ったが、言わないでおいた。代わりに桃香のポニーテール頭を崩さないようにそっと撫でる。


「ホテルに着いたら一報ちょうだいね? あと、たとえ部員同士の交流でも男女で部屋を行き来したりしちゃだめよ。それから……」

「はいはい! お姉ちゃんこそ、ホテルに着いたら連絡してね。……やっぱり一人なんて心配だよ。監督にお願いしたら引率って事で一緒に泊まれないのかなぁ……」

「流石に部員でもないのにそんなことできないわよ」

「そうかもしれないけど~! お姉ちゃん夜とか絶対外を出歩いちゃだめだからね!」


 桃香たちが泊まるのは試合会場に近いホテル。桜花学園が毎年利用しているだけあって、トップクラスの高級ホテルだ。私はと言えば、繁華街から少し離れたビジネスホテル。もちろん未成年なのでお母さんに予約などの手続きは協力してもらった。


「前にお母さんが出張で使ったことがあるところだから、セキュリティも安心だって言ってたわ」

「ほんとに、ほんとに心配だから、毎日夜電話してね!」

「はいはい」


 しつこく念を押してくる桃香の、唇を尖らせた顔も可愛いな~と悦に入りつつ送り出すと、自分も身支度をして家を出た。


水着回はもうちょい先('ω')

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