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今回事情により2回に分けて同日更新しています。

 一之宮いちのみや石榴ざくろは苛立っていた。本来なら今日の代議会は近々に迫った体育祭に向けて、各部署の進捗を確認すれば終わるはずだった。それなのに閉会間際に緊急議題として三年の甜瓜まくわ薔子しょうこが生徒会副会長の不信任案を発議してきたのだ。内容は稚拙で、明らかな証拠もない言いがかりに近いものだったが、その中で「副会長が時間外に生徒会室に入り浸っている」件と、「生徒会室に隣接した資料室の資料が複数枚紛失があった」という点が事実と確認されてしまったため、この件を議長権限で却下するわけにもいかなくなったのだ。


「生徒会役員は一般生徒に比べて特別な権限をいくつも持っています。それらを濫用し、施設の私物化、更には書類紛失とその事実隠蔽を行っていたとしたら、葛城かつらぎ真梨香まりかはその資格を問われなくてはならないのではないでしょうか?」


 壇上で自説を訴える薔子は今日の代議会開始時点から一切一之宮の方を見ようとはしない。射殺さんばかりの視線で睨み続けていることに気づいていないわけはない筈だが、頑ななほどこちらと目を合わせようとしないのは、もう一之宮とのことは吹っ切れたのか、それとも何かやましい事があるのか……。

 演説を続ける薔子から視線を外し、生徒会代表席を見る。そこに座っているのは現在薔子によって断罪されている当の葛城真梨香本人だった。代議会の定例議会への生徒会役員の出席は代表1名の持ち回りだが、今日が真梨香の番だと知った上で薔子は勝負を仕掛けてきたのだろう。


「……葛城は落ち着いているな……」

「まあ、今回のは内容的には薔子さんの暴走って感じだし、この程度で彼女を不信任とするのは難しいんじゃない?」


 一之宮の隣で吉嶺よしみね橘平きっぺいが退屈そうにペンをくるくると回して弄びながら応じる。


「少し、よろしいでしょうか?」

「言い逃れは見苦しいわよ?!」


 真梨香が挙手をして発言の許可を求め、薔子が柳眉を吊り上げて真梨香に喰ってかかる。一之宮はいい加減この茶番を終わらせたくて机をたたいた。


「葛城の発言を許可する。甜瓜は一度着席しろ」

「ざく……いえ、失礼します」


 甜瓜が着席するのを見守ってから、真梨香が立ち上がる。一瞬だけ目を伏せ、呼吸を整える。人前でスピーチをしたり、こういう会議の場で発言する時の真梨香の癖だ。本当は人前に立つのがそんなに得意ではないと言っていた。生徒会のミーティングは会議というより少人数での討論という感じらしいから、彼女のこの癖に気づいているものは少ないだろう、と一之宮は思う。下手をすれば自分だけかもしれない。そう思うと生意気な生徒会の連中を出し抜いているようで少しだけ気分が浮上した。

 やがて呼吸を整えた真梨香がまっすぐに顔を上げ、薔子を見つめる。そこにはいつもの狐を思わせる微笑みと、ほんの微かな憐憫が浮かんでいた。


「まず、時間外の生徒会室の利用については顧問の木田川きたがわ先生に私個人の作業進捗の遅れを理由に許可を得た上で使用していました。その上で、作業中に資料室から書類を生徒会室外に持ち出すことは一切行っていません。書類紛失については通常の生徒会業務でも触れた者は多いため、紛失のタイミングなどは一概に特定はできないとのことで、生徒会全体の連帯責任として木田川せんせいや諸先生方に報告と謝罪を行っています」

「他の役員と一緒に作業していてあなたの作業だけ遅れるというのは副会長として実務能力が欠けているという事ではないかしら! 書類紛失も本当はあなたが失くしておきながら連帯責任という言葉で誤魔化して罪もない他の執行部員に罪をなすりつけているんじゃないの?!」

「……甜瓜先輩はなぜ代議会議員でありながら生徒会の内輪の話をお知りになられたのですか?」


 真梨香の問いかけに薔子が一瞬ピクリと肩を揺らす。そもそもこれらの件は生徒会内で収まっていた話をほじくり返されたようなものだ。生徒会の人間ではない薔子には本来知りようがない話なのである。


「……匿名の投書があったのよ。……生徒会副会長の不正を暴いてほしいっていう内部告発が」


 薔子はそう答えたものの、明らかに目が泳いでいる。情報の入手もとに何かしらの問題があるのは明らかだった。


「投書……ですか」

「そうよ! それこそ生徒会内部でも副会長への不信感が募っている証拠だわ! 今すぐ辞めさせるべきよ!」

「なるほど、内部で不満を抱かれている役員はその資質を問われるべきである、と」

「そうよ!! 自分のところの下にいる人間から告発されるなんて、生徒の代表を名乗る資格はないわ!」

「そうですね。確かに、私に至らない所があったのが今回の訴えに繋がったのだと思います」

「では認めるのね!??」


 薔子が目をぎらつかせて立ち上がりかけたのを制するように、真梨香は机に置いていたファイルから紙の束を取り出して掲げてみせた。


「これは、このひと月で生徒会に寄せられた、ある代議会議員への罷免要請です」

「なっ……!?」


 まだ名前を出されたわけでもないのに、薔子の顔から血の気が引いていく。実のところその要請は一之宮の元へも届けられてはいたが、体育祭前で忙しかったこともあり、水面下で生徒会とも対策を協議する運びとなっていた案件だった。薔子さえ大人しくしていればこんな場所で発表されることは無かっただろう。


「ちっ……」


 一之宮の口からは舌打ちが零れる。本来ならもっと穏便に事を進め、薔子にも納得させたうえで代議会を辞めさせるつもりだったのだ。本人が心を入れ替えるなら救済の道も用意したうえで。しかしこれほど大事になってしまえば、それは無理だろう。状況的に致し方が無かったとはいえ、この場で薔子についての投書の話を持ち出してきた真梨香へも文句を言いたい気分だ。


「これ以上の議論は単なる泥仕合だ。橘平、早々に案件を議長預かりにして……」

「いいんじゃない? 結果的に不穏分子は排除できそうなんだし?」


 傍らの吉嶺の言葉に一之宮は愕然とする。振り返った先に見えた横顔は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。その瞳は陶然とした光を持って真梨香を見つめている。


「橘平……? お前いったい何を言って……」

「これで、石榴に纏わりつくコバエは消えるし、彼女が生徒会に居づらくなれば代議会で幹部待遇で引き受ける。薔子さんの横暴に辟易していた代議会なら彼女を喜んで受け入れるだろうし、石榴も万々歳じゃない?」

「お前……まさか……?!」

「一応言っとくけど、この薔子さん排斥計画、彼女が乗ってきたんだよ。生徒会で目につきやすくギリギリのラインで問題を起こして、それを匿名で薔子さんにリークすれば、追い詰められた彼女はここぞとばかりに葛城さん攻撃に走るだろう」


 一之宮は信じられない思いで真梨香を見る。妹の一件以来やつれ気味だったその顔は血の気も薄く、人形の様に表情が感じられなかった。ただ、薄く、口角を引きつらせるようにして微笑んでいる。


「橘平……お前、あいつに何を言った?」

「俺は単に『これ以上薔子さんに煩わされなくないなら戦うしかないよね』って言って計画を話しただけだよ。乗ってきたのは彼女だ。去年と一緒さ。沢渡さわたり花梨かりんの悪事を暴いて、学園から排除する。去年は彼女が一人で計画を立てて、一人で実行した。今年は俺が計画を立て、彼女はそこに乗っかっただけだ」


 議場では薔子が金切声を上げて真梨香を罵倒している。会議が始まった頃の取り繕った仮面は剥がれ落ち、髪を振り乱し、ただひたすらわめきたてるだけになっている。真梨香はただ静かな表情でそれを受け止めていた。


「今回は学園から薔子さんを追い出すまではいかないだろうけど、取り巻きもいない、代議会での権力も失ってしまえば彼女はもう羽をもがれた蝶も同じだよ。居づらくなったら薔子さんも転校するんじゃないかな? あそこの親にしても、娘が不登校になるよりはさっさと環境を変えてやる方を選ぶだろうしね」

「お前……葛城が本気で薔子を排除したがっているように見えたのか?」

「本気かどうかは……でも実際こうして乗っているし、去年だって、結果的に沢渡がいなくなって彼女は生徒会での地位を手に入れ、特待生の待遇を向上させた。彼女はいざというときに冷静に敵に手を下せる。……最高じゃないか」


 一之宮の頭に血がのぼる。がたりと椅子を揺らして吉嶺の胸倉を掴み上げてしまった。その様子に議場の視線が集中する。


「……石榴、言いたいことはわかるが今は審議に集中してくれ」


 吉嶺が幼子をあやすように一之宮の手をポンポンと叩く。掴みかかった手を引き剥がす力に抗うことなく、一之宮は席に座り直した。


「あ~……すまない。この審議は議長預かりとする。体育祭終了後、葛城、甜瓜両名について、処分の可否を含めた沙汰を伝えることとする。以上だ。他の議案が無ければ今日はもう解散する」

「石榴!!! 私は…っ……!! 私はただ……!!」

「甜瓜はこの後残ってくれ。……葛城は……今日のところは生徒会に戻ってもらって構わない」


 一之宮の宣告に、真梨香は表情を変えることなく、深く一礼した。



 生徒会室に戻った真梨香はすぐに役員と一部の執行部員に囲まれる羽目になった。どうやら今日の審議内容が早くも伝わっていたらしい。


「体育祭後に沙汰が出るとは言われたけど、おそらく私の方は厳重注意くらいで終わると思うわ。……もし万が一の場合は、そうね、後任は梧桐あおぎり君にお願いしようかしら?」


 騒がせて申し訳ないと前置きしつつ、そんな冗談を言ってのける真梨香に、庶務の梧桐は溜息を一つ吐いて、にっこりと微笑みかけた。


「ふーん、そっかぁ、なるほどー! それじゃあ葛城さん、そこにまっすぐ立って、はい気を付け」

「? はい」


 突然の指示に素直に従う真梨香。まっすぐに背筋を伸ばすと梧桐を少し見下ろすような形になる。その様子にうんうんと頷きながら、梧桐は更に近くに立っていた小林を手招いた。


「そしてそして、小林君、こっちきて、葛城さんの正面に立って。はい、まっすぐね」

「何?」


 こちらも素直に指示通り動く。彼の場合はもうこの先輩に逆らってはいけないというのが身についた忠犬の動きである。思いがけない展開で久しぶりに真梨香と真正面から向き合うことになった小林は、そっとその表情を窺おうとしたが、真梨香の目線は俯き加減で、二人の視線が合うことは無かった。

 二人がぎこちなく向き合っていると、梧桐が勢いよく手を叩いて声を上げた。


「はい、それじゃあ小林君、構えて、葛城さんのおでこに思いっきりデコピンしちゃって!」

「ええええ??!!」

「いきなりなんなの?!」

「いいからほら! 小林君、さっさとやる!! サン、ニーイチはい!!」


 言われるがままに動いてしまった小林のデコピンが真梨香の額を襲う。パチンと弾けた音は、そこそこの威力で、真梨香は涙目で頭を抱えながら小林を睨み付けた。


「痛いじゃない!」

「うぇぇえ!?? でもビーバー先輩がぁ!!」


 謝りつつも、やっと真梨香と目が合った小林はどこか嬉しそうだ。大型犬が尻尾を振っているような様子に梧桐の呑気な声が水を差す。


「いや~流石期待のルーキーだよね。僕ならいくらけしかけられたからって女の子に手を上げるなんていくらお仕置きとはいえできないよ~」

「あ、ずっりぃぃ!!! ……て、お仕置き?」

「梧桐君……?」

「何でお仕置きされたかわかんない? 葛城さん」

「えっと……生徒会には今回多大なご迷惑を……」

「小林君、もう一発、デコピン追加」

「……はいよ」

「いったぁ~い!」


 頭を抱える真梨香に小林も溜息をつく。


「今のはセンパイが悪いよ~。俺でもわかるもん」

「うう…………心配させて、ごめんなさい?」

「疑問形なところが限りなくアウトだけど、まあいいや。葛城さん、僕達は君の味方のつもりでいたし、今だってそのつもりだよ。……でも、僕らがどれだけ心配していても、君が僕らを信頼してくれないことには、大事な時に君を助けられないんだ」


 梧桐の言葉に真梨香が目を伏せる。ぎゅっと眉根を寄せ、何かをこらえる様な表情に、それまで黙って見ていた篠谷が前に出た。


「……何を隠しているんですか?」


 真梨香はただ無言で首を振った。それは静かな拒絶で、篠谷の眼に怒りが宿る。


「こんなに言っても分からないんですか?!」


 思わず華奢な肩を掴んで揺さぶる篠谷に、周囲が慌てて止めに入る。


「ちょっ…!! カイチョーたんま!! それじゃ逆こーかだって!!」

「そうだよ! 暴力は良くないよ!!」

「さっき二人がかりで女性の額に指弾打ち込んでたのは誰ですか!?」


 揉みあう男子3人に、真梨香が深々と頭を下げた。突然のことに、三人は不自然な体勢のまま固まってしまう。


「みんな、本当にごめんなさい。……もう少し……もう少ししたらもうみんなを煩わせるような事はなくなるから……迷惑も、心配も、もうさせないようになるから……ごめんなさい」


 身体が二つ折りになるんじゃないかというくらい深く下げられた頭に、梧桐と篠谷は顔を見合わせる。


「僕達は別に謝ってほしいわけじゃ……」

「ひとりで突っ走らないで、ちゃんと話をして欲しいだけなんです」

「……ありがとう。体育祭が終わったら……ちゃんとする。今だけは……許して」


 消え入りそうな声は震えていて、梧桐はそっとその肩に手を置いた。


「もうこれっきりだよ。……今日のところはもう帰った方がいい。誰かさんは人の分まで仕事を引き受けた挙句、時間外を使ってまで前倒しで進めてくれたからもうやることもないし。ただ、帰ってちゃんと考えて。できることなら体育祭終了なんて待たず、話をして欲しい。……ここが、僕らができる最大の譲歩だよ」

「…………梧桐君……ありがとう…………ごめんなさい」


 顔を上げた真梨香は泣いてはいなかったがその目が少し赤くなっていた。ゆっくりと自分の席へ行き、荷物をまとめ、そして部屋を出るとき、もう一度、生徒会室の中を見渡し、深く頭を下げた。

 その姿がドアの向こうへ消え、足音が遠ざかっていく中、重々しい空気を突き破るように小林がばっと立ち上がった。


「駄目だ! ……ビーバー先輩ごめん!! 俺今日サボる!!」

「え?! ちょ…小林君?!!」


 そのまま生徒会室のドアを蹴破るように出ていった後輩の姿に、梧桐は今日一番の深いため息を吐いた。


「……僕はまだまだだなぁ……」

「宗太がまだまだなら、僕なんてどうしたらいいんですか? ……付き合いは僕が一番長かった筈なんですけどね……」

「時間だけじゃ何ともならないモノもあるって事だよね。あの嗅覚と、勢いならつるっつるの氷の壁も砕いちゃうのかもね」


 生徒会室に二人の少年の溜息と微苦笑が零れた。


次から真梨香視点に戻ります。

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