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※今回からしばらく、視点が第三者視点になります。
私立桜花学園高等部。全国でも有数の良家の子女が通うセレブリティの為の学び舎である。生徒の自主性を重んじ、文武両道、自由闊達な精神を育むことを理念として掲げている。
そんな学園で大きな力を持つ生徒の生徒による生徒の為の自治組織、生徒会。その活動は年間の行事運営が中心となる。その中でも特に大きな学生イベント、体育祭を目前に控え、生徒会長である篠谷侑李は放課後の生徒会室で予算書と熱烈な見つめ合いをしていた。
窓から差し込む初夏の日差しはハニーブロンドの髪に反射してきらめき、ブルーグリーンの瞳は微かに眇められ、手に持ったペンでさらさらと書面に赤を入れていく。各組や対抗リレーのある部活動からの予算申請に削減項目やその理由などを書き入れ、再提出へと回す為だ。この時点でぐうの音も出ないようにしておかなければ、各々の代表などが直談判にでも来られたら面倒だからである。
普段人前で見せる王子様スマイルもなりを潜めるほどの厳しい表情で書面と見つめ合っていた篠谷は、窓の外から聞こえてきた掛け声にふと眼下を見下ろした。道着姿の少女たちが掛け声を上げながら外周を走っていくのが見えた。その中に小柄でポニーテールを揺らしながら走る少女がいる。リズミカルに腕を振りながら走る姿は小鹿のような躍動感に溢れ、他の生徒、特に男子生徒の視線を集めていた。
「……妹さん、部活復帰したんですね」
篠谷はそう言って室内を振り返る。生徒会長の椅子から左手に垂直に向くよう設置された机に向かっていた少女の手が一瞬止まる。
「そう……無理をしないといいけど」
静かな声でそう言った少女は何事もなかったように作業を再開する。窓から吹き込んだ風が肩に付くギリギリの長さに揃えられた彼女の漆黒の髪を揺らすのを、篠谷は溜息を殺して見つめた。
生徒会副会長の葛城真梨香が腰に届きそうなほど伸ばしていたロングヘアーを突然バッサリと切って登校してきたのはまだ衣替えになる前の頃で、驚愕と共に何があったのかと問い詰める周囲に彼女は笑って『ちょっとドジをして髪を焦がしてしまったから、整えてもらったの』と答えていた。
そう、彼女は笑っていたのだ。
後から知ったが、彼女が髪を切ってきたのと同じ日、彼女が溺愛してやまない妹は欠席していた。これも後で知った事だが、右腕に怪我を負い、病院に行っていたのだそうだ。利き腕という事もあり、暫くは部活も休んでいた。以降、朝はいつも一緒に登校してきていた姉妹が揃って登校してくる姿を一度も見ていない。 それどころか、校内で一緒にいることすらなくなってしまっていた。
篠谷の知る真梨香なら、真っ青な顔で妹の怪我を心配し、過保護なまでに彼女に纏わりついていただろう。何があったのかと尋ねてみても、真梨香はそれに応えることなく笑って話題を変えてしまう。取り付く島どころか雲か霞を相手にしているようなつかみどころのない態度で、こんな事なら以前のように怒って反発してきてくれた方がマシだったと篠谷は頭を抱える羽目になった。
真梨香の過去を知り、涙を見たあの日、少しは近付いたと思えた距離がまた一気に振り出しに戻された気分だ。
「真梨香さ…」
「篠谷君、この書類、あなたのがこっちに紛れちゃっていたみたい」
差し出された書類は確かに会長決裁のもので、篠谷は受け取り自分の未処理の山に置く。何となくタイミングを外されて、篠谷は今度こそ溜息を吐いた。腹いせとばかりに目の前の予算書に痛烈な赤を入れていく。その時、生徒会室のドアが開いて、庶務の梧桐宗太が書類の束を抱えて入ってきた。
「追加の申請と、再提出されてきた見積書と、昨年度の使用備品の補充発注書とメンテナンスが必要な備品のリストだよ~」
その厚さに篠谷も真梨香もげんなりとした顔になる。
「追加に再提出って…ちゃんと見直しがされてるんでしょうね?」
「一応それっぽい事は書かれてるけどね。項目の名称を変えて追加申請、全体で見たら元の木阿弥って言う案件も結構ありそうだね」
「採点済みで不正解と分かってる答案を再採点させられてる気分だわ」
苦笑いしつつも自分の担当分を受け取る真梨香に、梧桐もそうだねと相槌を打つ。日常の会話においては真梨香の様子は何らおかしなところがない。むしろ以前よりも物腰が柔らかくなりとっつきやすくなったと後輩執行部員には評判だ。
「あ、篠谷君。タイムスケジュールと演目の順番なんだけど、去年までの記録のまとめってどこら辺にしまってあったっけ?」
「ああ、それでしたら隣の資料室に……案内しますよ」
生徒会室からドア一枚隔てた資料室へと梧桐を伴って入った篠谷は改めて彼へと向き直り、少しだけ開けたままにしたドアの隙間から真梨香を指し示した。
「……どうですか?」
「全然だめだね。会話は普通にできるけど、深く踏み込むとっかかりが全く見当たらない。篠谷君が泣かせたおかげで鉄壁の壁にも風穴が開いたと思ったのに、つるっつるに磨いた硬質ガラスで覆われちゃった感じ」
「宗太……泣かせたという表現は少々語弊が……いえ、結果的には泣かせてしまったんですが……」
二人がコソコソを相談をしていたとき、生徒会室に執行部員数名と書記の香川茱萸、会計の加賀谷桑が入ってきた。翌日の体育祭実行委員会で配布する資料を印刷し、まとめてきたのだ。執行部員には風邪から復帰した小林檎宇もいる。
「は~! つっかれたぁ~…あれ? ビーバー先輩とカイチョーは?」
「二人とも資料探しで隣にいるわよ」
真梨香の視線が一瞬半開きのドアに向かったが、篠谷がそれよりも早くドアの影に入ったため、彼らが自分を見ていたことなど気付かず視線を書類に戻した。元々資料室のドアは風通しのために仕事中は開放されているのだ。
再び仕事に集中する真梨香。その様子を見ながら他の役員や執行部員も各々の仕事へと取り掛かる。そんな彼女の横顔に小林が何か言いたげな表情で見つめていたが、結局声をかけることなく自分の持ち場へと移動していった。
「小林君は風邪を引いている間に真梨香さんがすっかり変わってしまって戸惑っていますね。いつもの彼ならあの髪型のこととか訊かずにはいられないでしょうに……」
「ちょっと待って、篠谷君。今の小林くんの感じ……変じゃなかった?」
ドアの向こう側の様子をこっそり探っていた篠谷に、一緒に覗き見をしていた梧桐が何かに気づいたように小声を上げた。
「ちょっと見ててね……。葛城さんに話しかけたそうにそわそわしてる……で、葛城さんの方を見て、シュンとした顔になって、引っ込む……。ね?」
「なるほど……真梨香さんを見て…正確には真梨香さんの髪を見て明らかに落ち込んでいますね。……ロングヘアーが好みだったんでしょうか?」
「そういうボケはいいから」
梧桐の冷めたツッコミに篠谷は微かに頬を染めながら咳払いをする。軽口を叩き合える仲になったとはいえ、冗談の苦手な篠谷はこうしてときおり梧桐の厳しいツッコミに撃沈している。裏を返せばそれだけ気が置けない仲になったという事でもあるのだが。
「……冗談です。小林君は髪が短くなったことについて訊きたくて訊けないんじゃなく、何か別の事で話しかけたいけれど、真梨香さんの髪を見て、遠慮をした……」
「…というか、罪悪感まる出しの表情だった。……つまり、小林君は葛城さんが髪を切った原因に何らかの関わりがあって、負い目を感じている……」
二人は互いの意見の一致に頷き合うと、早速行動に移った。
「とりあえず僕は適当に人払いをしますので、宗太、あなたはあの生意気な青林檎を捕獲しておいてください」
「ラジャー!」
資料室から戻った篠谷は自分の処理済みの書類から一枚を抜き出す。
「真梨香さん、この予算書、ちょっと急ぎで見直しを出してきてもらってくれませんか? 立場上僕の仕事ですが、僕相手だと多分ごねるので」
「……ああ、またなの? そうやって私に回せばどうにかなるってものでもないわよ。絶対に、私相手でもごねるわよ?」
「それでもあなたが行った方がまとまるのが早いので。お願いします」
ちょっと困ったように手を合わせる篠谷に真梨香もしょうがないわねぇと書類を受け取り、生徒会室を出ていく。その姿を見送ると、篠谷は他の役員と執行部員にもそれぞれ届け物や図書館への資料返却などを頼み、あっという間に生徒会室には篠谷と梧桐、小林の3人だけが残った。
「……俺、ちょっと水飲みに………」
「ちょっと待ちなよ、そこのグリーンアップル」
不穏な気配を察知した小林が席を立とうとした瞬間、肩に置かれた手がそれを押しとどめた。体格も腕力も、歴然とした差があるはずなのに、小林は抑えられた肩を跳ねのけて立つことができない。
目の前の笑顔の似合う小柄な、ともすれば小動物と言っても過言でない雰囲気の、学園内では生徒会のマスコットなどと揶揄されているその少年は、明らかに逆らうことを許さない威圧感を纏っていて、小林はなすすべもなく頷くしかなかった。
「えっとぉ~…ビーバー先輩……何か用?」
「うん、ちょっと休憩にして、男同士の話でも、と思うんだけど、どうかな?」
どうかな、と相手の意向を聞いているようで、承諾の返事しか許さない無言の迫力に、小林は内心で異母弟よりもよっぽど自分の家の稼業に向いていると思ったが、当然口には出さなかった。
「……いきなり何なの~? 俺、先輩たちに怒られるような事は……」
「葛城さんの髪」
不意に核心を突かれて小林の肩があからさまに揺れる。その反応を横目に梧桐は真梨香が出ていったドアの方を見ながら溜息をついて見せる。
「勿体ないと思わない? あんなにきれいなロングだったのに」
「………」
梧桐の言葉に小林は答えず、半眼で睨み返した。
「ビーバー先輩さぁ…気づいててそういう言い方してくるのマジ根性歪んでると思う。段々カイチョーに似て来たんじゃない?」
「ほほう…。誰の根性が歪んでいると仰いましたか? 言っておきますが、宗太のこの性格は元からですし、そのアーティスティックな曲がり具合は僕なんかを軽く凌駕しています」
「二人とも人聞きが悪いなぁ。今期生徒会の良心って呼ばれてるんだよ? 僕」
ニコニコと、あどけなささえ漂う笑顔を見せながらしゃあしゃあとそんな事を言う梧桐に、この時ばかりは小林と篠谷の心が一つになった。
「「こんな禍々しい良心いやだ~」です」
しかし、正面切って口にするのは憚られたので、それぞれに乾いた笑いを零して誤魔化した。
小林は暫くの間迷うように視線を彷徨わせ、余って垂れた袖をもぞもぞと弄っていたが、やがて顔を上げた。
「……はぁ……ビーバー先輩も、カイチョーも、今から俺が話すこと、絶対に誰にも言わないって約束できる? 加賀谷はもちろん、生徒会の人間にも、もちろん他の…例えば先輩たちの家族にも」
小林の大袈裟な言いように篠谷は眉根を寄せる。真梨香たちのプライバシーに関わることだとしても、警戒がすぎやしないだろうか。
「…内容によります」
「わかった。約束するよ。何なら誓約書をしたためてもいい」
探るような篠谷の言葉を遮るように即答した梧桐は、無地のコピー紙を一枚取り出すと、その場でさらさらと他言無用の宣誓を書き記し、拇印まで押して見せた。そうして出来上がった誓約書を小林に差し出す。
「はい、もし誓いを破るようなことがあれば君からどんな罰をも受けるよ」
「宗太、いくら何でもそこまでする必要は……」
戸惑う篠谷と小林に梧桐は改めてビーバーによく似た愛嬌のある顔で笑ってみせた。
「必要はあるよ。小林君が本来は誰にも話すつもりがなかったであろう秘密を、僕らを信じて話してもらうんだ。僕は聞く側として覚悟を示しただけさ」
「ビーバー先輩……」
「宗太……わかりました。小林君、それを貸してください。僕も連名で署名します」
篠谷が梧桐の名前の下に自分の名前も書いて同じように拇印を押した。それを受け取り、小林は意を決したように口を開いた。
「まず、真梨センパイの髪だけど、あれ、俺の所為で切る羽目になったんだ」
そう言うと、小林は実家の正体、実の名前、腹違いの弟の存在と、そこで起きた騒動の顛末を二人に話して聞かせた。二人は小林―姫林檎宇がヤクザの息子だと聞いた瞬間は目を丸くして驚いたものの、最後まで黙って話を聞いていた。
「…真梨センパイの髪、俺を庇った時、弾が掠ってたらしくて、後ろのど真ん中が一房切れちゃって…切れたとこ焦げてるし、整えようにも全体を揃えるしかなくて……」
気を失った真梨香と、怪我をした桃香、怪我はないが、極度の恐怖と緊張に晒された倉田苺の三人は姫林家が懇意にしている医者の元へ運ばれ、それぞれに治療と検査を受けることになった。病院で目を覚ました真梨香は半狂乱で桃香の容体を看護師に尋ね、傷の縫合処置をしているという診察室の前へ駆けつけたという。
「…けど、真梨センパイ、診察室の前で石みてーに固まっちゃって、結局中に入らなくてさ。妹ちゃんが治療終わって出てくるより前に帰っちゃったんだ」
以来、学校でも、家でも真梨香は桃香と距離を置くようになってしまったらしい。無視をしたりとまではいかないが、話しかけてもごく短時間で切り上げられ、部屋にこもってしまうと、小林は教室で桃香から聞いた真梨香の家での様子を語った。
「もとはと言えば俺の家の問題にセンパイも妹ちゃんも、イッチーも巻き込んだ所為だし、せめて妹ちゃんとの関係修復だけでもって思うんだけど……」
話しかけても、不自然なほど自然に躱され、本題に踏み込ませない真梨香に、罪悪感も手伝って手をこまねいている状況なのだと小林は肩を落とした。
「…葛城さんの事だから、小林君の所為だとは多分思ってないんじゃないかなぁ」
「……というか、彼女の事ですから、百パーセント自分の失態で桃香さんに怪我を負わせてしまったと考えているでしょうね…」
「えぇ~…? 何でそうなんの~? 俺の家の問題に巻き込んで、俺の弟の護衛が暴れて、俺が近くに立ってた所為で妹ちゃんは怪我をして、センパイは髪が焦げちゃったんだよ? どこをどう見ても俺の所為じゃん~」
頭を抱えて机に突っ伏す小林と、溜息をついて見下ろす梧桐と篠谷、三者三様の深いため息が生徒会室に重く響いた。
「おいっ! 篠谷はいるか?!!」
生徒会室内の重い空気を吹き飛ばすかのような勢いで扉が乱暴に開け放たれたかと思うと、代議会議長、一之宮石榴が険しい表情でずかずかと中へ入ってきた。小林のデスクの周りに固まっていた三人を見つけると、そのまま篠谷に掴みかかった。
「お前な、あんな状態になるまであいつをこき使うとはどういう了見だ! いくら生徒会が人手不足でもやり過ぎだろう!!?」
「いきなりノックもなしに入ってきて何ですか? 真…葛城さんがそちらへ予算書を持って行ったと思いますが?」
「だから来たんだろうが! まさかお前らあいつの顔色に気づかなかったとか言うんじゃないだろうな?」
一之宮は苛立たしげに掴んでいた篠谷の胸倉を離すと、猛禽を思わせる鋭い双眸を更に尖らせた。
「顔色……そう言えばここ最近葛城さん、薄くだけどお化粧してるよね。必要ないと思うんだけどね、あれ」
「薄いどころか、あれはナチュラルメイクに見せかけたガチのフルメイクだぞ。顔色と隈を誤魔化す為のな。女の化粧は着飾る目的じゃなければ、何かを隠す為のもんだ。近くで見ていたんなら気づけ、察しろ!」
「顔色と…隈って……」
「おそらくここ数日まともに寝ていないんだろう。代議会室のソファで強制的に眠らせてきた」
「眠らせてって…そんな誰が出入りするかもわからない場所で…」
「夕夏が面倒を見ている。あいつは葛城の事を気に入っているからな。葛城も俺がいるところでは気を抜けないだろうから出てきた」
どかりと空いた椅子に腰を下ろし、長い足を組んだ一之宮はついでとばかりに修正の済んだ予算書を篠谷へと突き返す。
「お前の修正案に最大限配慮した最終案だ。代議会としてもこれ以上は譲れない」
「……ここいらが落としどころですね。承りました。…それで、此処へは僕への文句とこれのお届けがご用ですか?」
小林の話をもとに今後の対策を考えようかと思っていた矢先の部外者の乱入に、篠谷は退出を促すように訪ねる。一之宮はその様子にピクリと眉を上げ、室内を見渡した。
「……お前ら…何を企んでいた?」
「いきなり何ですか? 生憎執行部の主だったものは出払っていて、たまたま僕達三人になったところに先輩がいらっしゃったんですよ」
「そんな言い訳で俺が騙されると思ってるのか? お前があいつをこちらに寄越すなんて何かあるとは思ったが……おおかたあいつが腑抜けた原因について策でも練っていたんだろう。…俺も噛ませろ」
「……ただの男子会ですよ」
「この件に関しては俺とおまえが競っていても事態は好転しない。…一時休戦だ。まずはあいつの覇気を取り戻してからでないと、おちおち口説けもしない。俺も、……お前もな」
複雑な表情で呟く一之宮に篠谷も黙り込む。そんな二人の様子に小林は傍らの梧桐にこっそりと耳打ちする。
「…殴り合いで仲良くなったっていう噂、マジだったの?」
「……仲良くはなってないと思うんだけど……前よりは互いに共感する部分は増えてるのかもね」
「ふ~ん……ねぇねぇ、お殿サマ~、お殿サマも俺の秘密、守ってくれるって言うなら、話すよ?」
小林の言葉に篠谷と梧桐が目を丸くする。真梨香の処分取り消しの件で結託した篠谷と梧桐はともかく、小林が一之宮を信用して秘密を明かすほどの接点があったとは思えなかったからだ。
「小林君……いいんですか?」
気遣う様な篠谷の言葉に小林は梧桐と篠谷の連名で署名された誓約書を取り出す。
「お殿サマは女好きで偉そうでムカつくけど、真梨センパイの事に関しては信用できる。……代議会の交流旅行の時にそう思ったから」
「ほう……貴様はそう言えばあの時の犬っころか。なかなか見る目があるじゃないか」
「………ほんっと、態度がギガ盛りすぎてムカつくけど~」
一之宮が誓約書に署名するのを見守ってから、小林は再度真梨香の髪を切る羽目になった騒動について話した。一之宮は小林の実家の話を聞いても特に驚いた様子もなく、静かに最後まで話しを聞いていた。
「ふむ……つまり、葛城はあのチビ…妹の怪我に責任を感じてあんな風に閉じこもってしまったんだな?」
「桃香さんの呼び方には気を付けないと、真梨香さんに怒られますよ……多分」
今の状態の真梨香が、ちゃんと怒ってくれるなら、いっそ一之宮の暴言は放置して囮になって貰おうか、などと頭の片隅に置きつつ、一応の忠告をする篠谷に、一之宮はつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「すでに実証済みだ。あいつの前で妹をちんくしゃと呼んだが、やんわり注意されただけで終わった」
行動が速いというべきか、無謀というべきか、髪を切る前の真梨香だったら確実に鉄拳が飛んでいただろう。そう言えば、一之宮と真梨香は初対面の時も一之宮が真梨香を怒らせ、本で顔を殴られたと聞いたような…。それがきっかけで真梨香に必要以上に絡むようになった…という事は……。降ってわいた代議会議長の性癖についての疑惑に、聡明な生徒会長は軽く首を振ってなかったことにした。世の中、知らなくていい事もある。たとえ恋敵の欠点であっても。
「やっぱり俺たちの言葉じゃ届かないのかなぁ~?」
机に突っ伏した小林が余った袖をプラプラと揺らすのを見ていた梧桐はおもむろにその袖を結んでしまった。当然手が出せなくなった小林がバタバタともがく。
「ちょ、ビーバー先輩酷い~!」
「ああ、ごめん。呑気そうで腹が立ったから。……とりあえず、葛城さんの異変については小林君のところのお家騒動が発端ではあるんだけど、篠谷君が聞き出した話も踏まえると根はかなり深そうだ。そろそろ他の執行部員も戻ってくるだろうし、今日のところは此処までってことにして、明日から放課後のミーティング前にこのメンバーで集まろう。……一之宮先輩も、お手数ですが参加していただけますか?」
梧桐の言葉に一之宮は鷹揚に頷いた。
「わかった。……しかしつくづく生徒会に置いておくのは惜しい奴だな。篠谷に愛想を尽かしたら代議会に来い。幹部待遇で迎えてやるぞ」
「今のところ庶務の仕事が気に入っているので」
ニコニコと有無を言わせぬ笑顔で返す梧桐に、一之宮は苦笑いで返すと、生徒会室を出ていった。その後、執行部員が戻ってきて、最後に戻ってきた真梨香に、篠谷と梧桐、小林が寝不足を指摘し、生徒会を早退させ、帰宅の付き添いに白木と錦木を同行させたのは言うまでもない。
男子会結成。