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「親父とお袋は…幼馴染で恋愛結婚で、子供の俺の目から見ても仲は良いんだ。ただ…親父があちこちに愛人囲ってんのも事実で…そのうち一人は俺と一歳違いの異母弟おとうとまで産んでてさ…。親父は罪悪感があるせいか、小さい頃から正妻はお袋だから後を継ぐのもお前だなんて俺に言い含めてくるし、俺はヤクザなんかごめんだ、絶対継ぐもんかって言ってて、いっつも喧嘩になってたんだ」


 夕暮れに潜み始めた公園で、ミルクティーをちびちびと舐めながら、小林の話に耳を傾ける。去年この公園で助けた美少女が、実は目の前の身長190近い大型ワンコ系後輩でしただなんていう、とんでもない事実発覚のあと、こうしてベンチに並んで座って彼の話を聞いている。小林の打ち明け話は両親の馴れ初めからスタートし、家庭内の内情暴露に至っている。

 これ、こいつが女装して私と出会う羽目になったくだりまで、時間かかりそうだな……。手の中の温くなったミルクティーの缶を弄ぶ。

 小林から聞かされる話は、前世でプレイしたゲームで語られていた内容とほぼ同じだった。極道の後継ぎという立場が嫌で、腹違いの弟に跡目を押し付けられないかと画策して奇行を始める…のくだりまでは。


「ヤクザの後継ぎに相応しくないって思われたくて、家出を繰り返しては連れ戻されたり、ナヨナヨして見せたら引くかなって、お袋の若い頃の着物とか勝手に使って女装してみたりしたけど、親父は頑なに俺が正当な跡継ぎだって聞かないし、俺も真正面から説得するの嫌になってて、あの日幹部連中とか、繋ぎを持ってる組のお偉いさんとかと会食だって言われてたのを抜け出したんだ」


 ……あの女装は奇行の一種だったのか。そんな面白いことしていたんなら公式設定資料集かイベント小冊子の裏話記事に載せておいて欲しかった。津南見以外で女装の過去がある攻略キャラがいるとは思ってなかったから、油断してたわ…。手の中の缶が少しぺきっと音を立てた。


「脱走の時にちょっとドジ踏んで、足怪我してたんだけどさ、何とか撒いて、この公園まで来たらあのチンピラどもに絡まれて……アンタに出会った」


 小林の投げた缶が放物線を描いてゴミ箱に見事飛び込んでいく。それを目で追っていたら、ミルクティーの缶を持っていた手を掴まれた。ちなみに私の方はまだ中身が残っている。ちゃぷん、と音がした。


「ちょっと、零れるでしょう?」


 振り返った視線が予想以上の間近にあった美貌に吸い寄せられた。切れ長の黒目がちな瞳、色は多少違っているが、さらりと真っ直ぐな髪、白磁のような滑らかでシミひとつない肌。確かにあの時の美少女が実は男の子で、逞しく成長したらこうなるだろうという顔だ。

 改めて綺麗な顔だと思う反面、間近で見つめられるのは心臓に悪い。できることなら目を逸らしたかっらが、小林の表情が真剣で、逸らせなかった。


「俺がヤクザの家に生まれた事実は変えられないけど、なりたい自分になるために、努力して、もがいて、戦えばいい、そう背中を押されて、俺、親父と話した。時間もかかったけど、俺の正直な気持ちを話して、跡目を継ぎたくないって気持ちも、分かってもらった。…条件付きだけど」

「条件…?」

「高等部で首席入学、各定期テストで上位5位以内キープ。そして、ストレートで桜花の大学部に合格すること」


 なるほど、思っていた以上に真っ当な条件だ。それでも、うちの偏差値で考えれば結構厳しい条件ともいえる。小林は元々頭の良い奴なんだろうとは思っていたが、それ以上に真面目に勉強をしていたのはそういう理由もあったのか。


「それで、桜花に入学して、入学式の日、センパイに再会した。……運命だと思った」

「大袈裟じゃないかしら。それに君、あの時はそんなことおくびにも出してなかったわ」

「……出会いが出会いだったし、ああいう人助け、アンタは日常茶飯事だから、会っても俺の事を思い出さないのは仕方ないって思ってた。…そういやあの時もイッチーを助けてたよね」


 くすりと思い出したように小林が笑う。

 言われてみれば、桃香の入学式の朝、迷子になるはずの桃香に変わって校舎裏で2年生に絡まれていたのは倉田くらたいちごちゃんだ。今では桃香の親友の一人なのだから縁というのは不思議なものだ。


「俺の顔見ても全然思い出してくれそうにないし、まあ、それはそれで仕方ね~か~とは思ったんだけど、生徒会には入れたし、妹ちゃん通じて色々先輩のこと聞けてるし、いつか俺から話せたらな~ぐらいに思ってたのにさ……あの時の公園でまったく同じようなこと言うんだもん。参ったよ~」


 小林の口から出た『妹ちゃん』の言葉で、ぼんやりしていた意識が急にはっきりとした。どうも驚きのあまり意識が半分飛んでいたらしい。飲みかけのミルクティーのカップを脇に置いて、小林の手を握り返す。


「すごく大事なことを訊いてもいいかしら?」

「え?! センパ…手……あの…!」


 あわあわする小林の様子そっちのけで、私はどうしても確かめておかなければならない疑問を口にした。


「こば…檎宇は、桃香の事、どう思ってる?!!」

「………へ??!」


 小林の目が丸く見開かれる。完全に予想外の質問だったらしい。そのまま石のように固まってしまった。私は構わず続ける。というより、小林の様子に頓着する余裕がなかった。頭の中でめまぐるしくゲームの中の小林ルートでの桃香と彼のエピソードと現実を比較する。


「入学式で桃香に出会って、授業をサボったり…はしてないみたいだから、一緒に授業を受けて、昼…も一緒に食べてるわけじゃないってあの子が言ってた気がするから別として…放課後は………桃香は部活で小林君は生徒会…………もしかして……実はそんなに接点無い…?」


 ゲーム中の日常イベントを羅列していくうちに、私も気づいた。同じクラスで一緒にいると思っていたが、桃香と小林の接点は、現状本当にただのクラスメイトどまりである。ゲームでは小林が授業をさぼっていることが彼のルートの基本的なシナリオなので、父親と和解し、授業に真面目に出るようになった小林と桃香の間にはそもそもフラグが発生しないという事になるのではないだろうか。

 目の前が明るく開けたような気がした。少なくとも、桃香が極道に家に嫁入りすることになったり、私達と縁を切ると言って駆け落ちする心配はなくなったのだ。


「あのさ…センパイさっきから…」

「ありがとう!! 小林君、これからも桃香とはクラスメイトの範疇で仲良くして頂戴!!!」


 桃香の危機が一つ去ったという事柄に浮かれていた私はそのまま立ち上がると飲みかけのミルクティーの缶へ手を伸ばした。桃香と小林のフラグが折れていたという事は、努力次第で他のフラグもへし折れるって事だ。桃香を不幸にする男とのフラグをこの調子で折っていけば……。そんなことを考えていたら、グイッと手を引っ張られた。


「ちょっと待ってよ!! いきなり意味わかんねーんだけど!!!」

「わッ…いきなり引っ張ったら!」


 驚いて手が滑り、ミルクティーの缶がひっくり返った。幸い服や靴にはかからなかったが、手と指がべたべたに濡れてしまった。


「もう…いきなり何するのよ」

「ごめんっ! 火傷とかしてない?!」

「冷めてたからそれは……っ??!!!」


 平気、と言おうとした私の声は音にならなかった。小林が、私の濡れたてを掴んで…舐めたのだ。ペロリ、と赤い舌が指先から手の甲へ滑る。一瞬何が起きたか理解できず、反応が遅れた。その間に小林の舌が手指に零れたミルクティーを舐め取ってしまう。


「甘いね」


 にっこりと笑った顔を貼り倒そうと手を振り上げようとしたが、いかんせん利き手が掴まれている。ならばと反対の手を振り上げたらそちらも掴まれた。小林の目がすっと真剣な光を帯びる。


「センパイちょっとひどくない?」

「何が……?」

「いきなり妹ちゃんの話しだすし、俺今センパイと俺の話してたよね?!! 妹ちゃん関係なくない?!!」

「えっと……私?」


 小林の表情に、言葉に、なぜか背中に氷を入れられたような気分になる。小林と桃香の花の絆が途切れていた、これで桃香が小林の家の事情に巻き込まれる心配はない、それで万々歳…の筈……だった。


「俺は…センパイの事が………」

「待って!! その先は言わないで!!!」


 小林の言葉を遮るように叫ぶ。おかしい。小林は桃香の攻略対象だ。フラグは折ったとはいえ、それはこの世界の絶対的な法則の筈だ。他のキャラクターがゲームと違うアプローチをしてもその根底は揺るがない。沢渡さわたりの恋心を受け入れなかった篠谷しのやと同じように、桃香以外の女に心を移すなんてありえない。

 そう思っていた。不意に吉嶺よしみねに見せられたブログの記事を思い出した。『私』が桃香の攻略対象かれらを『攻略』している、というあの記事だ。あり得ない。攻略なんてできるわけがない、あの時はそう思っていた。だって攻略対象ヒーローの運命の相手は桃香ヒロインただ一人だ。ライバル役がどんな事をしても桃香だけに恋をして、桃香だけを愛する、王子様の筈だ。それなのに……。

 そう思う一方で、自分のしたことが、桃香のフラグを折るだけでなく、自分と彼らとのフラグを立てる行為だったとしたら、と心の中で誰かが囁きかけてくる。妹の恋路を邪魔した挙句横取りする性悪な姉…。そうだとしたら……私が今までやってきたことは……桃香の居場所を奪うだけの行為だったんじゃないだろうか………。

 たどり着いた考えに目の前が真っ暗になる。


「ごめんなさい……。小林君、今日のところは帰らせて…」

「センパイ、顔色が真っ青だよ。……送る」

「重ねて申し訳ないけれど……一人に…させて」


 驚きで力が抜けたらしい小林の手をするりと解いて、背を向けた。

 まずは一人になって、考えたかった。



 家に付くと桃香はまだ帰ってなくて、お母さんは少し驚いた顔をしていたけれど、私が無言で部屋に引っ込むと、何も訊かないでくれた。

 シンプルな部屋の中、ベッド脇のチェストから柔らかいハンカチに包んだ桜の七宝焼きの簪を取り出す。

 去年、見知らぬ美少女だと思っていた小林が私に預けていったもの。桜の意匠。花のモチーフだ。どうして気づかなかったんだろう。桃香が桜花学園に入学するよりも前に、私が小林との間に花の絆を開花させてたなんて……っていうか普通気付かないよ。桃香ヒロイン以外の女性で攻略対象たちから花や花のアクセを受け取ったことがある人間は他にもいる。特に双璧の取り巻きは無数に貰ってるだろう。どうして私だけが小林を『攻略』する羽目になったんだ?!


「……考えていても、埒があかない………か」


 私は簪を元通り引き出しにしまうと、携帯を取り出した。


 翌日、休日明けの学園に、そのニュースは高速で駆け巡った。


『代議会副議長の吉嶺よしみね橘平きっぺいと、生徒会副会長の葛城かつらぎ真梨香まりかが、仲睦まじく二人で登校してきたかと思うと、朝活動ギリギリまで二人で小会議室に籠り、昼も一緒に食堂で向かい合って食べていた』

『二人に尋ねても曖昧に言を濁され、逆に怪しい雰囲気が漂っていた』


 週明けから学園中に波乱の気配が漂っていた。

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