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暫く林檎のターン…?

「………」

「………………」


 沈黙が重い。夕暮れの道を小林と二人で歩く。

 誘拐騒動は、最終的に菅原先輩の連絡を受けた菅原家ご当主である先輩のお父さんと、しんくんの母親である菜種なたねさんを呼び、黒樫さんと菅原家の面々で今後をじっくり話し合うという事で収まった。…というか、あれ以上身内の恥を晒したくないご当主さんの意向により、部外者は口止めをお願いされたうえで帰されたのだ。


『今日はすまなかったな。足は大丈夫か?』

『はい、ゆっくりなら歩くのにも支障はないです』

『靴は弁償する。……させてくれ』


 帰り際に菅原先輩に頭を下げられ、遠慮したが圧し切られる形で新しいサンダルを買いにモールに戻った。菅原家の車で家まで送ると言われたが、用があると言って断ったのだ。

 そうして今、小林と二人で歩いている。

 用というのはもちろん、小林と話すことだ。彼の家庭の事情が中途半端に暴かれてしまった以上、話す機会を後回しにしたら小林の方がどんどん言いづらくなるだろう。私としても、この件をあまり先延ばしにするのは良くない気がした。


 そうして、小林と二人になり、モール内のカフェでは人目もあるという事で、そのまま電車で私の家の最寄り駅まで来て、歩いているが、その間ずっと無言のままだ。このままでは話し合いをすることなく家まで送られてしまいそうである。

 そう思って何かきっかけはないかを視線を巡らせて、公園のベンチが目に入った。夕方で人はおらず、ゆっくりと話ができそうだ。


「…小林君、少し寄って行かない?」

「え…?!」


 声をかければあからさまに肩を震わせた小林が挙動も不審な感じで振り返る。


「このまま家に付いたら多分、桃香ももかにお説教されるコースだし、その前にうまい言い訳を考えたいの。ね?」

「うん……そうだね。このまま帰ったら俺妹ちゃんに殺されそ~………! この公園って…」

「なに? ああ、うちの近くなんだけど、最近は遊んでる子供もいなくてさびれてるのよね…。夜はたちの悪い連中も出没するからって。……今の時間は安全だし、人に話を聞かれる心配もないから…」


 私の言葉に小林はそうだね、と頷いて、公園入口の自動販売機へと足を向ける。迷いもせず、ホットのココアとミルクティーを買うと、ミルクティーを差し出してきた。


「はい。センパイはこっちでしょ」

「…ありがと…。お金……」

「いいよ。……これでおあいこだし」


 財布を出そうとした私を押しとどめて、公園の中へ向かう小林が何か呟いていたが、よく聞こえなかった。木製のベンチに並んで腰を下ろすと、またしばらく無言の時間が続く。

 どうしよう…。こっちから話を振った方が良いんだろうか…。今日来ていた強面のおにいさんたちはどういう知り合いなの? とか? 流石に唐突過ぎるか。手の中の缶を転がしながら考える。まさか既に知ってるよとも言えないし、最初は驚いてみせるのが筋だろう。……上手く驚けるだろうか…? あんまり大袈裟なリアクションを取ろうとして不自然になるよりは反応は控えめにして、内心動揺してます感を出した方が良いだろうか…。

 考えがまとまらないままミルクティーの缶のプルトップをカリカリと引っ掻いていると、隣で小林がココアの缶を開ける音がして、私は大袈裟なほどビクリと肩を跳ねさせてしまった。カミングアウトへのリアクションを決めかねているところに音を立てられて無意識にびくついてしまったのだけれど、小林の表情を見ると、別の意味に取られたらしい。彼は目に見えて落ち込んだ様子で、俯いてしまった。犬ならば盛大に耳が伏せられ、うなだれているだろう。


「……今日来たあいつら、やっぱ怖い…よね?」


 まあ、見た目からどう見ても一般人ではあり得なかったし、そんな彼らを怒鳴りつけて従えていた小林は文句なしに極道の若様だった。あの光景を見て、今更無関係の一般人だとは言えないだろう。

 そして普通はそんな小林に対して驚き、怯えるのが一般的な反応なのかもしれない。けれど、そんな考えは小林の顔を見て吹っ飛んだ。手を伸ばし、赤みがかった髪をくしゃりと撫でる。


「さっきも言ったけど、私を助けるために汗だくになって、飛び込んできてくれたのは、君でしょ? 小林こばやし檎宇ごう

「……じゃない」

「え?」

「小林じゃないんだ……俺の本当の名前」


 知ってる、とは言えなくて、少し考えるそぶりをする。


「あの人たち…。姫林組って…名乗っていたわね」

「うん。……俺の実家。………俺、本当は姫林ひめばやし檎宇ごうって、言うんだ……」


 慶堂会けいどうかい東部連合、姫林ひめばやし檎郎ごろう会長の長男。桜花学園の理事の一人と懇意の父親によって名前を伏せ、入学。派手な服装で授業をさぼり、突飛な言動で周囲を煙に巻く、問題児…の筈だった。出生以外は随分とゲームの中の彼とは違ってしまっているが。


「ずっと…騙しててごめんなさい……」

「……騙すって何のことかしら? 君が桜花学園に入学してきたこと? 私の後輩になったこと? 何故か私に懐いて、生徒会にまで入ってきたこと? ……生徒会で真面目に頑張ってること? 代議会の合宿中、いっぱい助けてくれたこと? 今日、必死で私を探してくれたこと? ……この中にもし一つでも嘘があるなら怒るけれど?」

「それは……全部本当、だけど…」


 戸惑うように答える小林は普段の飄々とした顔でも、組員コンビを怒鳴りつけた、暴力的な顔でもなく、年相応の少年の顔だった。力を込めて髪をぐしゃぐしゃになるまで撫でてやる。


「…君はどっちがいい?」

「え?」

「姫林の跡取り、怖いお兄さんたちを従えて、傅かれ、強くて畏れられる男と、桜花学園の一年生、頭がよくて、頼りになるけれど、時々ヘタレでお調子者な、私の後輩。どっちになりたい?」

「どっちに…なる……」


 小林が…顔を上げてこちらを見る。切れ長の目が丸く見開かれて、ひどく幼い表情に見えた。


「君がなりたい方の自分でいるのなら、私はどちらを選んでも、変わらないよ」


 半分は嘘だ。バリバリの極道になりますとか言われたら多分怖い。でも、小林はその道は選ばないだろうという確信があった。生徒会で梧桐君や篠谷とじゃれ合っている小林は楽しそうだし、たとえ桃香の事がなかったとしても、彼には普通の学園生活の方が似合っている。


「生まれた家とか、変えられない過去はどうにもできないけど、自分がどうなりたいかぐらい、自分で選んで、目指していいんじゃないかしら?」

「……センパイ…………」


 私の言葉をどうとったのか、小林は頭を抱え込んでしまった。う~ん…うまく言いたいことが伝わらなかっただろうか…。心なしか肩が震えている。考えてみれば、跡取り息子と目されている以上、これまでも小林にはそれなりの家族からの期待が寄せられていただろうし、彼自身、父親の事はそれなりに尊敬しているようなことも言っていた。だからこそ、どちらかを選べなどと私のような部外者が無責任に言うべきではなかったかもしれない。


「あ、あのね、今のはあくまでも私の個人的な意見で、無理にどちらかを選べっていうわけじゃ……っ?!!」


 慌てて言い足そうとした言葉は途中で遮られた。小林が私の腕を掴んで引き寄せ、ぎゅうぎゅうと抱きしめられてしまったからだ。パーカーのロゴが頬に擦れてざらざらする。ドクドクと早鐘の様に鳴り響いて聞こえているのは、彼の心臓なのか、自分のそれなのか、区別がつかない程密着した体勢に驚いて頭が真っ白になった。


「…センパイは…マジでなんなの?!」


 いや、今のお前が何なんだよ。若干キレ気味の声で責められる意味が分からない。ついでにぎゅうぎゅうに抱きしめられてるせいで口が小林の胸に押し付けられていて声が出せない。抗議の意志で小林の背中をぽかぽかと叩いてみるが、びくともしない。若干力を込めて叩いてみたが、効果はなかった。益々ぎゅうぎゅうに抱きすくめられて、息が苦しくなる。


「どっちがいいかなんて、とっくに選んでるよ!! アンタに認められる男になりたいって!! アンタに言われた時から、俺のなりたい俺はアンタの隣に立てる俺だけだよ!!」


 わめくような、それでいて縋るような言葉に、小林の背を叩く手が止まる。言われた言葉の意味が分からなくて、困惑してしまった。私に言われたって……今の話じゃないよな…? 前にこいつに何か言った事があったっけ……。記憶を探ってみても心当たりが見つからない。小林を相手に将来がどうこうとか、どんな自分になりたいか云々の話をしたのは今が初めての筈だ。


「あの時センパイに会えなかったら俺はずっと逃げるだけの人間になってた。家から逃げて、親父から逃げて、正体がばれるのが怖くて人付き合いからも逃げて、大事な奴ができたとしても逃げるか巻き込んで酷い目に会わせてしまうかしかできない奴になってた。……俺を変えたのはセンパイだよ…?」

「あの…小林君」

「小林はほんとの名前じゃないよ」

「…じゃあ、姫林…?」

「それも嫌だ」


 駄々をこねる様な小林の言葉にムッとする。小林でも姫林でも嫌だと言われても……。ひとつだけ、呼べる名があったな……。


「…檎宇」


 仕方なしに呼び捨てれば、ぎゅうぎゅうと締め上げていた腕の拘束が弱まった。やっと息を吐いて顔を上げれば、真っ赤な顔で目を輝かせた小林が見下ろしていた。大型犬が耳をピンと立てて尻尾をぶんぶん振っている幻影が見える。


「……私があなたを変えたって言うけれど…私はあなたにそんな話をした覚えはないんだけど…」

「まだ気づかないんだ…? まぁ、そうか。そうだよね…あの時の俺、自分でも別人だったなって思うし」


 小林が何を言っているのかさっぱりわからない私はとりあえず首を傾げてわからないアピールをしてみる。そんな私を見て小林は抱きしめていた私を離して、反転させた。


「この公園。…見覚えない?」

「見覚えも何も、家の近所の公園だもの。良く通るわよ」

「そうじゃなくってさ、ああ~~~もう!! 1年前!! この公園で!!! 女の子助けたでしょ??!」


 言われて思い出した。確かに小林の言う通り、1年とちょっと前、この公園でチンピラに乱暴されそうになっている女の子を助けた。振り袖姿の美少女で、家出っぽい雰囲気だったのだけれど、少し話すうちに家に帰ると言ってくれて、ちょっと傍を離れた隙に帰ってしまったんだっけ……。


「えっと…確かにそんなことがあったけれど……なんでこばや…檎宇がそのことを知ってるの…?」


 あの出来事は桃香も知らない、私と相手の少女、あとは私に伸されたチンピラ4人だけが知る事件の筈だ。そう思って小林を振り返る。切れ長の黒目がちな瞳、きめ細かな肌、人形のように整った容姿…もしかしてあの時の……。


「あの時の女の子……君の親戚?」


 ゲーム中姿は出てこないが、小林には数人従兄妹がいた筈だ。その中の誰かだったり…? そう思って尋ねたら、がっくりと背中にもたれかかられた。入学当時よくされた、おんぶお化け状態だ。


「ちょっと、重いわよ……」


 その時、視界に映るオバケの様に余って垂れたパーカーの袖と、背中に圧し掛かる重みが、小林とは別の人間のそれと重なった。いや、正確には記憶のそれよりは小林は重い。パーカーもこんな派手なものじゃなかった。


「……ま…まさか………?」

「はぁ…ほんと、お姉さん鈍すぎ。あの時は正義のヒーローみたいで超かっこよかったのに~」


 頭の中で記憶にある美少女と、私の肩に頬をすり寄せて笑うイケメンの顔がシャッフルされ、光に透かすように重なり合った。その時の私の心境を、どう表現したものか……。結果として、私は、この日一番の盛大な絶叫を上げたのだった。


「はぁぁぁぁああああああああっ!!????」

まだ続くんじゃよアップルターン…。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ半分程しか読み進められていませんが、とてもいい作品だと思いました。 [気になる点] 『ホッとのココア〜』とありますが、『ホットのココア〜』ではないでしょうか。誤字報告が使えないのでこち…
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