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 カフェの中は休日という事もあって混み合っていた。なんとか全員で座れるテーブル席をキープし、菅原すがはら先輩としんくん、私の3人が荷物番をしている間に1年3人が飲み物を取りに行くことになった。私が行こうかと言ったのだが、倉田くらたさんの、


「先輩にお茶を出すのは代議会でも生徒会でも1年の仕事ですよ!」


 の一声で決まってしまった。


真梨まりセンパイはロイヤルミルクティーだよね? 榛坊はどーする~?」

「えっとね、オレンジジュース!」

「菅原先輩は何にしますか?」

「そうだな…ホットのブレンドで頼む」


 賑やかな3人がいなくなると、何となく静かになってしまった。榛くんは少し緊張した様子でちらちらと私の方を窺っているし、菅原先輩は話題を決めかねていると言った感じだ。

 去年までは生徒会長とその下っ端として一緒に働いていたとはいえ、菅原先輩が風紀委員長に就任してからは必要な連絡事項以外は接する機会が激減していた。もちろん、彼も桃香ももかの攻略対象の一人なので、動向に気を配る必要があったのだけれど、ゲーム本来の展開とは異なり、小林が授業に真面目に出て、生徒会でまっとうに働いていることで、桃香と風紀委員長が接する機会がほとんどなくなってしまっている。

 正直なところ、現時点で桃香が菅原先輩のルートに入る可能性はほぼ無いとみていいんじゃないだろうか。

 なので、このまま放っておいても問題はない…筈なんだけど……。


「あ~、そういや、代議会の懇親旅行参加したんだってな」

「はい、色々と有意義に過ごさせていただきました」

「報告書は読んだ。…大変だったな」


 ぽん、と頭を撫でられる。去年もよくこうやって褒められたな。ひっそりと痛む胸の内を押し隠して、苦笑いして見せる。


「先輩、その癖、直さないと本当にお父さんみたいですよ?」

「あ! いや、すまん、つい」

「にいちゃ、しんもなでてー!」

「榛がジュース持ってきたお姉ちゃんたちにちゃんとありがとうって言えたらな」

「うん!」


 甥っ子を可愛がる菅原先輩を見ていて、ふと気になった。菅原先輩のルートに入らなかった場合、彼の抱える『お家騒動』が桃香によって解決されることはなくなる。その場合、『彼が義母と義姉に命を狙われる』展開を回避できなくなるという事じゃないだろうか…?

 ゲームではルートに入らなかったキャラクターは後半殆ど出番らしい出番がなくなる。けれど、彼らが抱えている問題を解決し、彼らを救うのが桃香ヒロインしかいない以上、ルートの外では問題が発生し、進行してしまっている可能性があるという事じゃないだろうか…? そこまで考えて、ゾッとした。他のルートは攻略対象本人もしくはヒロインの恋敵キャラが桃香を害そうとする展開だが、菅原先輩のルートは狙われているのは菅原先輩自身だ。このまま放っておいたら……。


「おい、葛城かつらぎ、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」


 心配そうな表情で覗きこまれ、はっとする。つい自分の考えに沈んでしまっていた。榛くんも心配そうにこちらを見上げている。


「あの…先輩、つかぬ事を窺いますけど…」


 菅原先輩の実家の事情について、妾腹であることは学園内でも一部の者は知っている。密やかに噂になっていることもあるが、先輩自身、親しい人間に対しては特に隠し立てしないからだ。ちなみに生徒会メンバーはその一部の者に入る。ただし、彼の義母と義姉との仲が決定的に破綻していることは知られていない。なので、質問には細心の注意が必要だ。


「榛くんとはよく一緒に遊ばれるんですか?」


 寮生である先輩は実家に住まう義姉の子供と遊ぶ機会はそんなに多くはない筈だ。けれど、榛くんの懐きようからして結構な頻度で遊んでいるように見える。おそらく義姉の方は自分の子供に叔父に近付くなと言い聞かせるぐらいはしていそうなものなのに。


「ああ、休日は結構遊んでるな。義姉さんは土日は習い事だなんだと出かけているし、義母さんも親父について重役会や取引先のお偉いさんとの会食に出払ってるから…」

「5歳の子供を家に置いて…ですか……?!」

「一応、通いの家政婦さんが面倒を見てる事にはなってるけど、その人も家事をしながらだからあんまり相手はしてあげられてないらしくてな。子供部屋で退屈そうにしてたからこっそり連れ出してやったら喜んでくれて…。それ以来休みの度に遊ぶようになった」

「こっそりって……怒られませんか?」

「義姉さんと義母さんにばれたら怒り狂うだろうけどな、親父には話してあるし、家政婦さんも協力してくれてる。なにより、榛が喜んでくれてるからな」

「うん! しんねー、にいちゃとあそぶの、すきー!! でもねー、ママにはひみつなんだよー? ゆびきりしたもんね~?」

「な~? 俺と遊んでたって怒られるのやだもんな~?」


 ニコニコと笑い合う叔父甥の様子は仲の良い兄弟にしか見えない。それでも、義姉と義母には秘密というあたり、菅原家の女性陣からは先輩が距離を置かれているのは窺えた。問題はその確執が今どの程度まで進行しているかという事なんだけど……。


「あの…」

「やほ~、お待たせ~~!」


 踏み込んだ問いかけをしようとしたところで、1年生達が戻ってきてしまった。どうやらこの話は改めてにするしかない。五葉松ごようまつ先輩にも今度それとなく聞いてみよう。桃香を関わらせたくはないけれど、菅原先輩が危険な目に会うのを放っておくわけにもいかない。


「なになに~? 何の話してたの~??」

「先輩に榛くんとよく遊ぶのかって話をしていたのよ。榛くん、なつめお兄ちゃんが大好きなんですって」

「ぶふっ!!?? ごほっ!??」


 小林の質問にあたりさわりなく返したのに、なぜか隣で菅原先輩がコーヒーを吹き出した。そのままゴホゴホとむせる菅原先輩に榛くんも驚いて目を丸くしている。慌ててテーブルを拭いて、先輩の背中をさする。


「ちょ…大丈夫ですか?! いきなりどうしたんですか?!! コーヒー熱すぎたとか…?」

「いや…けほっ……だ…大丈夫……だ…」

「…今のは真梨センパイが悪いと思う…」

「え?! 私??!」


 小林の理不尽な指摘に驚くけれど、倉田さんも香川さんも何故かうんうんと頷いている。私が何をしたというんだ。榛くんだけがきょとんとしている。私の味方はこの幼児だけって事か。


「…にいちゃはまりおねえちゃとらぶらぶなの?」

「なっ??!!」

「え??!」


 味方だと思っていた幼子の爆弾投下に私はミルクティーのカップを手にぶつけて倒してしまった。菅原先輩も目を剥いている。何がどうしてそうなった?! 小林が榛くんの頬っぺたをむにっと摘まんでその顔を覗きこむ。笑ってはいるが目が笑ってない。およそ幼子相手にしていい顔じゃないぞそれ。


「榛坊~? お兄ちゃんの方はともかく、真梨センパイはラブラブじゃないからね~?? 間違っちゃ駄目だろ~~~???」

「う…ふぇ……」

「おいこら、子どもを脅すな。あと、ともかくってなんだ」


 やっと咳き込んでいたのから回復した菅原先輩が小林を榛くんから引き剥がす。可哀想に榛くんは涙目だ。とりあえず、笑顔を作って榛くんの頭を撫でてなだめる。


「うちの後輩がごめんね、榛くん。ただ、お姉ちゃんと棗お兄ちゃんはなかよしだけど、らぶらぶではないの」

「そうなの…? なぁんだぁ~……」

「まったく…、榛、驚かせるなよな…」


 残念そうにシュンとする榛くん。それを窘める菅原先輩も何故か少し元気がないように見えた。……さっきむせてたから、体力消耗しちゃったのかな…? とりあえず零してしまったミルクティーも拭いて、再度注文しに行くことになった。今度は榛くんを倉田さんたちに任せて菅原先輩と二人でカウンターに並ぶ。


葛城かつらぎ…なんか、すまなかったな。榛がおかしなことを言って……」

「子供って時々突飛な事を言いますよね。それだけ先輩と私が仲良く見えたってことなんでしょうね」

「あ、ああ…そうだな……」


 菅原先輩が何となく歯切れの悪い返事をする。何か気に障る事を言ってしまったのだろうか…。


「先輩……?」

「ああ、いや、さっき葛城に名前を呼ばれただろう? それで少し驚いてしまってな。…お前下の名前呼ぶのも呼ばれるのも苦手だったろう?」


 ……言われて気付いた。さっき菅原先輩を棗お兄ちゃんと言ったのはもちろん榛くんに合わせての事だけれど、以前の私なら多分そんな場面でも菅原先輩を名前で呼ぶようなことはしなかっただろう。桃香の攻略対象の男性や他の男子を名前で呼ぶのも、彼らから名前で呼ばれるのもずっと忌避してきた。去年はそれで相当揉めたこともあったな。

 けれど今では小林と篠谷からも名前で呼ばれているし、こうしてふとした時にわざわざ下の名前を呼ばないようになどと意識しなくなる程度には彼らに親しみを覚えるようになってきている。

 彼らは確かに残念な所もあって、桃香に苦労を掛ける存在ではあるけれど、根っからのダメ人間じゃない。尊敬できる部分も持っている。今までは彼らの駄目な所ばかり意識して、桃香から遠ざけることばかり考えてきたけど、考えを改める必要があるのかもしれない。


「…まだ少し、苦手だとは思います。でも……前ほどは、嫌じゃ、ないです」

「そっか……」


 私の言葉に菅原先輩がふわりと微笑んで、その表情が記憶の底にある別の顔と重なって胸に刺さった。それは小さな棘のように微かに痛んだけれど、すぐに胸の奥底に沈んで溶けた。


「…そう言えば、榛くんのお父さんはどうしてるんですか?」

「ああ、義姉さん、2年前に出戻ってきてるから、それからは会ってないと思う。というより、義姉さんが会わせないよう手を回してる」

「……だいぶ…困ったお義姉さんですね………」


 離婚したという旦那がどんな人かはわからないが、休日の度に子供を置いて出かけてしまう母親というのも問題があるような気がする。その辺り、揉めなかったのだろうか……。


 そうこうするうちに順番が来たのでそれぞれ、ブレンドとロイヤルミルクティーを注文して、受け取りカウンターに並ぶ。


「飲み物、俺が受け取っておくからお前先に戻ってていいぞ」

「え? それだったら私が運ぶので先輩戻ってくださいよ」


 菅原先輩が生徒会長だった頃はお茶を淹れるのは大抵私の仕事だったのだ。今回は別に自ら淹れるわけではないが、運ぶとしたら私の仕事だろう。


「ばぁか、もう生徒会長と執行部員じゃないんだ。普通に物を運ぶのは男の仕事だろ」

「…そういうの、別に男女関係ないと思いますけど……」

「いいじゃねーか。たまには俺にも給仕役やらせろよ」


 そう言われて渋々席に戻ると、倉田さんが青ざめた顔をして席を立とうとしていた。


「どうしたの?」

「あ、先輩! 榛くんがトイレに行きたいって行って、此処、店外の化粧室しかないからついていこうかって言ったんですけど、大丈夫って一人で行ってしまって…戻って来ないから探しに行こうかと…!!」


 それを聞くや否や、私の足はカフェを飛び出していた。ビルの化粧室はカフェを出た右手すぐにある。その入り口で気づく。中には当然入れない。


「榛くん! いるなら返事して!!」


 通りすがりの人が何事かと見てくるが構ってはいられない。そうこうするうちに小林が追いかけて来て、男子トイレに入ってすぐに戻ってくる。


「個室も空っぽ、誰もいない!!」

「ここじゃないトイレに行った可能性は?!」

「出てすぐにここが見えるのに?! …いや、探すだけ探してみよう。逆サイドのトイレ見てくる。センパイは他の場所をお願い!」


 そう言って駆け出す小林と入れ違うようにカフェから菅原先輩と倉田さん、香川さんが飛び出してきた。


「榛は?!」

「トイレには居ませんでした! 小林君が今別のトイレに行ったかもしれないからって見に行ってくれています。この距離で迷うのは考えにくいですが、私達も手分けして探しましょう!!」


 互いにどこを探すかと連絡手段、集合場所だけ確認してバラバラに駆け出した。


「榛くん…どこ……?」


 エスカレーターを降り、地階のお店の人に尋ねながら走る。それらしい子供を見たという人はいなかった。あんな綺麗な顔の子供が一人で歩いていたら目立つだろう。…となると、一人ではなかった可能性が高い…。そしてそれが菅原先輩ではない以上、真っ当な相手とは思えない…。


「連れ去りが目的なら……駐車場!!」


 ダッシュで階段を段飛ばしで駆け下り、地下駐車場へ走る。


「榛くんっ!!!?」


 いくつもの車の並ぶ中、隅の方でスーツらしき男が数人見えた。直感で怪しいと感じて走り寄れば、榛くんが手を掴まれて車に連れ込まれようとしていた。カッと頭に血がのぼる。駆け寄って車の前に立ちはだかった。


「榛くんをどこへ連れていくつもりかしら!??」

「な?! さっきカフェに一緒にいた女だ」

「どうする?!」


 慌てた様子でひそひそと話し始める男たちに、先手必勝とばかりにハンドバッグを遠心力を乗せて振り回す。手前にいた一人のこめかみにクリーンヒットさせてそのまま振りぬいた勢いに乗せて体を反転させ、反対側の男に裏拳を叩きこむ。こちらの動きに怯んだのか、榛くんを捉えていた男の手が緩む。


「榛くん! こっちへ!!」


 手を伸ばして小さな手を掴むと、男達から距離を取ろうと駆け出した。隙を突くことができたとはいえ、人数も不利だし、榛くんを助ける方が重要だ。そのまま二人で逃げようと駆け出したところ、慣れないヒール靴で走り回ったり立ち回りを演じていたのが災いしてか、パキっと音がして、ヒールが根元から折れ、その拍子に転んでしまった。

 起き上ろうとして、足首に激痛が走る。どうやら捻ってしまったらしい。


「榛くん、逃げて棗お兄ちゃんを呼んで頂戴!!」

「おねえちゃ…いたいの…?」

「速く行きなさい!!」


 そう叫んだけれど、すぐにスーツの男の手が榛くんを捉えてしまい、私の肩にも手がかかった。


「見られたからには仕方ない…少し付き合ってもらおうか」


 大の男二人に腕を抑えられては反抗する隙は伺いようがない。榛くんもつかまっている今、下手に暴れて置いて行かれるよりは、ついて行って先輩たちに連絡する隙を見つける方がマシかもしれない。

 私は力を抜いて、引き摺られるように黒い高級そうな車の中へと連れ込まれた。

お姉ちゃん、ミニスカで立ち回りはちょっと…。

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