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 思いがけない人物の登場に咄嗟の言い訳も思いつかない。地元から駅二つほど離れたショッピング街は桜花学園に通うようなお嬢様はあまり利用しないだろう庶民的な場所の筈だった。驚きに言葉も出ない私に、倉田くらたさんが目を輝かせて駆け寄ってくる。


「すごーい! 真梨香まりか先輩可愛いですーーー!!」

「え…えっと…ありがとう?」


 無邪気に褒められて、困惑する。これはもしかして普通に友人同士の買い物と思われて……。


「小林君と並ぶと背も高くてモデルみたい! 美男美女カップルですね!!」


 …ないよね、うん。一点の曇りもない瞳でこちらをカップル認定しようとしてくる倉田さんになんと説明したものか言葉に詰まる。

 小林と二人で買い物に来ることになった経緯から説明するとなると、先日の交流会旅行の裏であった代議会とのいざこざや盗撮事件の詳細などから説明しないといけなくなるが、当然代議会員とはいえ、いちクラス委員という立場の彼女には話せないことが多すぎる。


いちご、ちょっと落ち着いて。デートと…決まったわけじゃないでしょう?」

「え~?! 絶対そうだって! 真梨香先輩の気合入った格好と小林君見たら一目瞭然だよ!!」


 気合入って見える格好は私の意志じゃないって言っても通じなさそうな空気である。香川かがわさんが冷静なのが救いだ。


葛城かつらぎ先輩には篠谷しのや会長がいらっしゃるでしょう!?」


 違った! 冷静じゃなかった?! 何で篠谷?! もしかして普段からそう思われてるの?!! あれだけ生徒会室で喧嘩してるのに??! 香川さんの爆弾発言で私が唖然としている横で、小林が渋い顔をする。


「かがわちんカイチョーの味方なの~?! ビーバー先輩もカイチョー贔屓みたいだし…俺不利じゃねぇ~?」

「え?! じゃあやっぱり篠谷会長との噂の方が本物なの?」

「本物っていうか…普段のお二人のやり取りで気の置けない仲だと伝わってくるし…小林君は弟と言うか…忠犬…?」

「ええ~~!!」


 なにやら1年トリオで固まってぼそぼそと話し合い始めてしまった。ちょいちょい不穏な単語が聞こえてくるんだけど、何となく間に入っていきづらいなぁ…。そっと3人から距離を取って眺めていると、ポン、と肩を叩かれた。


「よぉ、お前ら何してるんだ?」

「え?! 菅原すがはら先輩??! …お一人ですか?」


 振り返ると立っていたのは風紀委員長で、前生徒会長の菅原すがはらなつめ先輩だった。思わず、監査委員長で菅原先輩の幼馴染の五葉松ごようまつ先輩の姿を探してしまったが、見当たらない。それに気づいた菅原先輩が苦笑いで返してくる。


「まあ、流石に休みの日までは一緒じゃないさ。…お前らは休みに皆で買い物か? 仲良いな」

「え?! あ、はい、皆で、そうですね。皆で買い物です」


 ここぞとばかりに『皆で』をアピールをしておく。菅原先輩は苦笑いをしながらふと気づいたように私の格好を見て相好を崩した。


「へぇ、葛城は私服は可愛いんだな。よく似合ってるぞ」


 ストレートな褒め言葉に頬が熱くなる。照れくさくて俯いたら、後ろからグイッと引っ張られた。


「メガネ先輩、俺たちもう行くから! じゃあね!!」

「ちょ…小林君!? 菅原先輩に失礼でしょう?! あと、急に引っ張られたら危ないじゃない」

「今の雰囲気の方がよっぽど危なかったよ。これ以上邪魔が増えたら堪んないから」

「……何の話よ?」


 唇を尖らせる小林とその後ろで興味津々と言う顔でこちらを見つめる倉田さん、溜息をつく香川さん。カオスな状況なのに菅原先輩はニコニコとしている。微笑ましい後輩のじゃれ合いだと思われているのか、休日に子供を見守るお父さんのような雰囲気を感じる。


「……懐いてるなー。小林、はしゃぐのは良いけど、寮の門限は守れよ?」

「わかってるよー。リョーチョーのお仕置きえげつないからねー」


 そう言いつつも、しっしと手を払う小林の態度には後輩らしい殊勝さがかけらもない。……寮でも菅原先輩苦労してるんだろうなー……。小林と菅原先輩のやり取りを眺めていたら、ぽふっと足に何かがぶつかってしがみついてきた。見下ろすと、きょとんとしたつぶらな瞳が見上げてきている。4、5歳くらいの恐ろしく顔立ちの整った子供だった。艶やかな黒髪はサラサラで、涼しげに整えられており、色白で少し細身だが、頬は薔薇色で愛らしい。

 …っていうか、……誰?


「あ! こら、しん! 」


 菅原先輩の言葉に驚いて振り返る。顔に覚えはなかったが、その名前にはうっすら記憶があった。たしか菅原先輩の腹違いのお姉さんの息子がそんな名前ではなかったか…。


「あぅ…にーちゃ……」


 私の足にしがみついていた子供は菅原先輩に手招きされてぽてぽてと駆け寄り、ぎゅむっとしがみつく。どうやら菅原先輩は懐かれているらしい。菅原先輩も、甥っ子を可愛がっているのか、榛くんを見る目が優しい。親類だけあって顔立ちもよく似ているからまるで……。


「その子、先輩の息子さんですか~?」

「ぶっ…!」

「なんでだよ! 甥っ子だよ!! おい、葛城、今笑っただろう?」


 倉田さんの言葉に思わず吹いてしまったのを菅原先輩に見とがめられた。いや…だって……まさに同じような事考えちゃってたんだもん…言っておくけど、小林と香川さんも背中向けてこっそり笑ってるからね!


「まったく…お前ら俺をいくつだと思ってるんだ?!」

「すみません…。菅原先輩は何というか落ち着いた雰囲気があるからつい…」

「物は言いようだな…。ったく。…ほら、榛、ご挨拶しろ。棗おじちゃんの学校の後輩どもだ」


 菅原先輩がしゃがみこんで榛くんに目線を合わせて私たちを紹介してくる。その間も『棗おじちゃん』というキーワードに私や小林、倉田さんたちの肩がぷるぷる震えていたのは言うまでもない。

 ともすれば吹き出しそうな口元を抑えつつ、菅原先輩と同じようにしゃがんで榛くんに向き直る。見れば見るほど可愛いな。


「すがぁらしん、よんさいです」


 舌足らずな言葉遣いでもじもじしながら自己紹介する榛くんに、こちらの表情も緩む。私は子供には怖がられやすい顔立ちをしている自覚があるので、できるだけゆったりと、優しい表情と口調を心掛ける。


葛城かつらぎ真梨香まりかです。棗おじ…おにいちゃんには学校でいつもお世話になってます」

「まり…ちゃん…?」


 こてん、と小首を傾げる幼児のかわいらしさたるや。思わず抱きしめたいと思ったけど、他所のお子様にいきなり馴れ馴れしくするのはよろしくないだろう。代わりに隣の菅原先輩の二の腕辺りをバシバシ叩く。


「先輩、すっごい可愛いお子…甥御さんですね!」

「さっきからちょいちょい失礼な発言してるだろ。葛城、あと、腕叩くな、地味に痛いぞ」


 小林や倉田さん、香川さんも順番に自己紹介しているが、榛くんはにこにこと受け答えしている。人見知りなどはないようだ。

 それにしても…なぜ菅原先輩が甥っ子とこんなところにいるのだろう…。榛くんの母親である菅原先輩の異母姉は妾の子である先輩を憎んでいて、正妻である母親と共に先輩をいびり、果ては菅原家の後を自分の子供に継がせるために先輩を亡き者にしようとしたりするほどだったはずだ。そんな彼女が愛息子を憎き異母弟に預けるだろうか…?


「あの…菅原先輩、この子のお母さん…えっと…」

「ああ、姉さんなら今日はお稽古の日でな、こういうときでもなけりゃめったに外で遊ばせてやれねぇからな。子守の家政婦さんと親父には言ってあるから」


 なるほど、先輩のお姉さんは愛息子に対して過保護過ぎて箱入りにしてるって事か。それで榛くんは外に連れて行ってくれる先輩に懐いちゃってるんだな。


「まあ、姉さん返ってくる前に家に帰さなきゃいけないから、この後はちょっとお茶でも飲んで少し見て回ったら迎えに来てもらう予定だ」

「そうなんですか~? …それじゃあ、それまで一緒に行きませんか? ちょうど茱萸ぐみちゃんともどこかでお茶しようって言ってたところだし、葛城先輩もいいですよね??」


 倉田さんはすっかり榛くんが気に入ったらしく、サラサラの髪を撫でながら目を輝かせている。


「そうねぇ…いいかしら?」


 一応小林に訊いてみる。当初の予定よりだいぶ人数が増えてしまったが、小林のお母さんへのプレゼントを選ぶなら、庶民感覚の私より、目の肥えた彼女達や先輩の意見があった方が良いんじゃないだろうか。


「…はぁ……こ~なる気はうっすらしてた…。仕方ない、いいよ~。ほれ、榛坊、にーちゃんが肩車してやるぞ~」


 深々と溜息をついた小林が、一転して榛くんに手を差し伸べる。


「うわぁ…! たかいです!!」


 おそらくは過去にしてもらったであろう肩車よりもだいぶ高さを更新したであろう肩車に榛くんがはしゃぐ。小林もなんだかんだで楽しそうなので、ホッとした。


「それじゃあ、行きましょうか」

「あ、ねえ小林君、ちょっと真梨香先輩と並んでみて!!」


 倉田さんの言葉に小林が私の隣に立つ。倉田さんが素早くバッグから取り出したのは小型のデジタルカメラで……。


「え?! ちょ…!!?」

「はい、えへへ~、すっごく可愛く撮れました~! 子供連れ若夫婦って感じ!!」

「へ~、どれどれ? イッチーも気の利いたことすんじゃん」

「ぜんっぜん利いてない!! 倉田さん!? 撮るんなら全員での写真とかにしてよ!!」

「いいじゃんいいじゃん。イッチー後でその写真ラインでちょーだい」

「りょーかーい!」

「おい、人の甥っ子使って家族ごっこすんなよ」


 慌てて倉田さんに詰め寄るも、素早くカメラを鞄にしまった彼女はあざとい上目づかいで他の人には見せませんから~とおねだりしてきた。


「みんなの写真も撮ります。そっちは見せてもいいですよね?」

「……まぁ…全員の写真なら……」


 榛くんは可愛いし、今日の記念にと言われればそこまで悪い気はしない。それに幼子の前でいつまでも怒っているのは情操教育上よろしくない気がする。


「倉田さん、皆での写真はともかく、写真を取るときは一言先に言って欲しいわ。…ここの所の件でちょっと過敏になってるから…」


 取り合えずそれだけ言うと、倉田さんがはっとしたように表情を引き締めた。


「そうですよね! 旅行中につかまったゴシップ新聞屋、先輩の事も書いてたんですよね。すみません、あたし全然気が付かなくて…」


 シュン、としてしまった彼女の頭を撫でて、もう怒っていないと伝える。


「今度から気を付けてくれれば大丈夫。こっちこそきつい言い方をしてごめんなさいね」

「イッチーはちょっと空気読めないとこあるもんね~。そんなんだからクラスの男子に『残念美少女』って言われるんだよ~」

「あ~! 小林君ひっどい!! そんなこと言うんならさっきの写真あげないから~!!」

「あ、うそうそ、イッチー、イチゴ様、真梨センパイとの幻の夫婦写真ちょーだい~??」

「おい、小林、揺らすな! 榛が怯えるだろ!!」


 当初の予定よりだいぶにぎやかになった集団で、カフェに向かった私たちは、その姿を見ている不穏な視線に気づいていなかった。

棗先輩久しぶりの登場です。

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