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一之宮親衛隊の一人に案内してもらったのはホテルの中にあるVIP用ティールームの一つだった。尋問用に開けさせたのだろう。ノックをして名乗ると、吉嶺が顔を出した。
「葛城さん、ちょうどいいところに。手を貸してくれないか? このままじゃ怪我人が出ちゃうよ」
「? 犯人が暴れてるんですか?」
「いや、暴れてるのは石榴の方」
吉嶺の言葉に慌てて中に入ったのと、バキッと言う破砕音が響いたのはほぼ同時だった。顔面蒼白の盗撮犯の前で、一之宮が肩を震わせている。その手には真っ二つに折られた薄型タブレット…。薄いって言っても結構硬い筈のそれは無残な姿となり、破片が床に散らばっている。
「あ~、石榴駄目じゃないか。まだ画像確認中だったのに…」
折れたタブレットの横にUSBメモリが刺さっているのを見ると、どうやら証拠写真を押収して確認中だったようだ。内容はこうなっては知りようもないが、よほど腹に据えかねる写真でもあったのだろう。ゴシップ系のメルマガがどうとか言っていたから、おおかた自身の女性関係の暴露記事でも見つけたか、いわれのない誹謗中傷でも書かれていたのだろうけど確かに証拠品を壊しちゃだめだろ…メモリーカードの中身が無事だといいけど……。
「一之宮先輩、何が書いてあったか知りませんけど、取りあえず、それ、降ろして座ってください。破片も触っちゃだめです。怪我をしますよ」
そう声をかけると、なぜか真っ赤な顔で振り返った一之宮と目が合った。一之宮は一瞬ぱくぱくと口を動かして何か言いかけだが、すぐに目を逸らすと、タブレットを床に放り出した。
「これはバックアップ用のコピーで元データはこいつのアカウントのクラウドファイルの中だ。よって壊しても問題はない!!」
「いや、大ありでしょ。器物破損はいけませんよ」
「タブレットは俺のだ! 壊そうが捨てようが俺の勝手だ」
「物は大切にしないとだめです。先輩には使い捨てレベルでも、私から見たら高級品です! そんなホイホイ壊さないでください!」
話がずれてきたが、そのおかげか、一之宮の表情から険が薄れたような気がする。ふてくされた様子で椅子にドカッと腰を下ろした一之宮を横目に室内の内線でホテルスタッフを呼んで破片を片付けてもらうよう連絡をした。小林がUSBを抜いてふっと息を吹いて埃を飛ばす。
「これ中見てもいい~?」
「ああ、俺の予備PCで良ければそこにあるよ。……中見ても石榴みたいに壊さないでね」
「頑張る~……」
小林がテーブルの上のノートPCにUSBを挿して中身を確認し始めた。どうやらデータは無事だったみたいだ。最初はつまらなさそうにカチカチとクリック音をさせていた小林の手が止まって、スッと表情が険しくなったのを見て、私も画面の方へ回り込んだ。
「葛城! お前は見なくていい!!」
焦ったような一之宮の声が聞こえたが、私の目はもう画面を捉えてしまっていた。
「……何…これ………」
そこには何枚もの写真が貼り付けられていた。全て女生徒の写真ばかりで、書き添えられた記事のタイトルは「桜花学園○○な美少女ランキング」という低俗かつありきたりなもの。カテゴリ別に、「巨乳」だの「美脚」だのに分けられている。使われている写真も水泳や体育の授業風景だったり、胸元や脚にやたらとズームアップされていたりするものばかりだった。ゴシップ記事専門メルマガらしいと言えばらしいけど……。その中に「膝枕して欲しい太もも」ランキングで桃香の名前と写真があったのは見過ごせなかった。
「これは……許せないわね」
怒りを込めて盗撮犯の少年を睨む。
「桃香の写真の無断使用はもとより、桃香の膝枕が7位とか、眼が節穴だとしか思えないわね」
「葛城…そこじゃない」
「真梨センパイ……」
真剣に言ったのに、なぜか一之宮と小林からツッコミを入れられてしまった。吉嶺は後ろで何やら肩を震わせて無言で笑っているし。
「お前も写真を使われて勝手にランキングされてるだろう! そっちを怒れよ!!」
一之宮の言葉に改めて記事を見直すと、「足蹴にして欲しい」ランキングで薔薇姫に次いで2位だった…。
「…確かに踏んでほしいとか言われるのは気持ち悪いけど……。あ、他にもあるわね…えっと…」
読もうとしたら小林が無言でPCを取り上げて私の視界から隠してしまう。
「真梨センパイは見なくてい~よ。マジでくだらないから。……ねぇ、カメラ小僧さん、このメルマガ取ってる奴とこのランキングに投票してる奴、全部教えてよ。きたねぇ妄想する気も起きないくらいしっかりお灸を据えてやんないとさぁ……気が済まないじゃん?」
そう言ってノートPCの角でカメラ小僧のこめかみをぐりぐりしながら凄む小林。よっぽど腹立たしい記事が載っていたのだろうか。…いや、多分桃香の記事で怒っているのだろう。私だってそこらの男どもが桃香に膝枕してもらう妄想しているなどと考えたら腹立たしくて胸倉掴んで脅すぐらいしてしまうだろう。もしくは膝枕以外にも桃香に関する酷い記事があったのかもしれない。私が見たら暴れてしまうくらいの。それなら私から記事を隠したのも納得がいく。
「ぁぁぁああ……こっこ…こ…」
「アンタニワトリにでもなったつもり? いいからさっさと吐きなよ? 優しく訊いてやるのも今のうちだけだよ?」
全然優しさの欠片もない口調で尋問する小林にカメラ小僧は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、顧客名簿も彼のクラウドファイルの中にあると喋り、アカウントIDとパスワードもペラペラと吐いた。吉嶺がファイルの中身を確認し、コピーを取り、犯人の証言の録音データも含めて調書をまとめた。
「それじゃあ、これを学園側に提出して、ひとまずこの件は落着だね。彼は理事会で審議に掛けられるけど、まあ、間違いなく退学だろうね。旅行中は悪いけれど、個室に入ってもらって、出入りを禁止させてもらうよ。それと、携帯その他IT機器は一時没収。ここのスタッフにも十分に言っておくから、逃げられるとは思わないでね」
てきぱきと雑事を片付けていく吉嶺。一方一之宮と小林はカメラ小僧を睨み付けている。よっぽど桃香の記事に怒っているのか、カメラ小僧が息をひそめたまま呼吸が止まってしまいそうになっているから、そろそろどうにかしないと、文字通り視線で彼を殺してしまいそうな勢いだ。
「一之宮先輩、小林君、そこの彼の事はもうホテルスタッフにでも任せて、こっちで今後の事を話しませんか?」
「今後の事…?」
中庭で派手な捕り物劇を演じてしまった以上、他の生徒への事情説明は必要だし、その際、知らない間に盗撮されていた被害者への配慮なども考慮して公開できる内容を線引きしておかないといけない。
篠谷や梧桐くんへの報告書も作る必要がある。
「ひとまず夕食の席で一之宮先輩の口から事態を説明した方が良いと思います。それまでにこの旅行参加者に彼の協力者が他にいないか確認しておいた方がいいでしょう」
「それなら一応彼と親しい生徒は確保するよう手配しているよ」
吉嶺がいつの間に用意したのかティーセットを乗せたワゴンをテーブルに押してきた。長年一之宮の下にいた所為か、細かい処に気が回る男だな。
「橘平、さっきのデータから比較的公開しても問題なさそうな記事をピックアップして、必要なところ以外は伏せて公式発表用の資料を作れ。俺は夜までに原稿を用意する。葛城、生徒会用の報告書は任せる。資料は後でそこの小僧に預ける。適当に使え」
「直接頂いても構わないのでは?」
どうせ吉嶺の取ったコピーを丸ごとまたコピーさせてもらうだけだし。そう言うとなぜか一之宮は小林と顔を見合わせて頷き合った。
「さっきお前も少しだけ見たと思うが、お前の身内やお前自身の記事もある。必要なら後からお前たちの分は見せてやるからとりあえず仕事に必要な分だけ小林にピックアップさせろ。時間がないのだから役割分担は必要だ」
「そうそう、真梨センパイ、心配しなくてもセンパイと妹ちゃんを貶める様な輩は俺が後でちゃぁんと成敗しておくから~」
小林の発言にいささか不穏な部分はあるものの、取りあえずは一之宮の言葉にも一理あるので先に仕事をすることにした。ホテルの人から予備のPCを借りて篠谷と梧桐君への報告書を作る。…桃香に関しての記事は後で全部見せてもらおう。
「一之宮先輩、後で桃香の記事は全部見せてくださいね」
「ああ、わかった。お前の妹の分は全部お前に見せる。約束する」
言質を取れたので、ひとまずは目の前の書類に集中することにした。
お姉ちゃん、一個忘れてるよ…。