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 午後のお茶会はホテルの中庭に作られた和の庭園で野点形式で行われた。屋外での茶会を提案したのは吉嶺よしみねらしい。狙いは明らかで、盗撮犯を誘い出す為だろう。でも……。


「きゃー! 一之宮いちのみやせんぱーい!!」

「吉嶺先輩、こっち向いたー!!」

「薔薇姫、着物も似合うなー」


 中庭を囲む廊下や2階、3階の窓まで、茶会参加者以外の生徒が鈴なりになってギャラリーと化している状況……。ここから一人の気配を探り出すって不可能じゃないか? 思わず吉嶺にジト目で視線を投げると、なぜかウィンクが返ってきた。…鳥肌立つからやめてほしい。


「お姉ちゃーん!!」

「も、桃香ももかちゃん、邪魔しちゃだめだよ…」


 2階の窓から桃香と倉田くらたさんが見えた。その隣には香川かがわさんもいる。可愛く手を振る桃香にこちらも応える。同じ方角にいた女生徒数名から黄色い悲鳴が上がった気がしたが、気のせいだろう。


「少し浮かれすぎじゃないかしら。少し打ち解けたからってアイドル気取りはどうかと思うわよ?」


 薔薇姫の棘も絶好調だ。アイドルというか……珍獣扱いというのが正解だと思うんだけれど、それすらもお姫サマはお気に召さないらしい。一応お姫様への声援もあるのだけれど、彼女はそれを完全に無視している。超然とした態度だからこそ薔薇姫なんて呼ばれて崇められているのかもしれないけど、もう少し愛想よくしてあげても罰は当たらないと思う。


 お茶会自体はさほど格式ばったものでもなく、作法も事前に指導を受けておいたのと、檀先輩のフォローでなんとか誤魔化せたと思う。そうでなかったら薔薇姫にチクチク刺されまくっていたことだろう。

 それにしても、薔薇姫は性格はともかく、作法や所作は流石に生粋の嬢様らしく優雅で美しかった。一之宮や吉嶺もこの時ばかりはちゃんと上品に見えるから、所作って大事なんだなと思う。


 それはさておき…親睦旅行の茶会イベントも確かスチルがあった場面の筈だ。こんなにギャラリーが多いとは思わなかったので、気配を探れるかは自信がないけれど…やってみるしかないか…。


 私は軽く息を吐くと、立ち上がるふりをして、盛大によろけてみせた。そのまま吉嶺の膝に倒れこむ。吉嶺は予想していたのか、あっさりと抱き止められた。…ちっあわよくば死角でひじ打ちの一つもお見舞いしようかと思ったのに…。

 ギャラリーからは盛大な悲鳴が上がったが、私は即座に自分の後方を振り返った。記憶通りなら角度的にこっちの方角の筈。

 ……けれど、それらしい挙動の不審な人間は見当たらない。2階の窓や3日の窓も注視してみたが、怪しい人物は見えなかった。


「…ちっ……!」

「大胆に飛び込んできたと思ったら舌打ちってどうなの?」


 苦笑交じりの声に我に返る。気が付くと、吉嶺の膝に乗り上げる様な格好で座っていた。ギャラリーの悲鳴がやまないわけだ。


「げ……」

「舌打ちの次はそれ…? ちょっとは照れるとか恥じらうとか無いのかな?」

「あるわけないでしょう。転ぶのを止めて頂いたことは感謝します。失礼しました」


 素早く立ち上がると、今度は本当によろけた。多少は足に痺れが残ってしまっていたらしい。


「っと…?! うわッ??!」

「なっ!!?? 何やってるのよ!!!」


 自力で踏みとどまろうとしたのに、腕を急に引っ張られて別の向きに倒れこんでしまった。ギャラリーからさらに高い悲鳴が上がり、すぐ傍からもヒステリックな声が聞こえた。腕を引っ張ったのは一之宮で、その所為で私は今度は一之宮の膝に完全に横抱きにされるような状態になってしまったのだ。当の一之宮自身なぜか驚いたような顔で固まっている。いや、引っ張ったのアンタだろ。


「一之宮先輩いきなり何するんですか?」

「それはこっちの台詞だわ! 石榴ざくろから離れなさい!! この女狐!!!」


 べりっと引きずられるように一之宮から剥がされ、毛氈の上に突き飛ばされた。痛くはないが、結構派手に転がってしまった。スカートはめくれなかったと思う。ギリギリ。

 素早く姿勢を整えたけれど、薔薇姫は更に肩を突き圧して来る。意外と力強いな…。いたくはないけれど、がくがくと揺さぶられて、反論する隙が無い。


「わざとらしいのよ!! 石榴の気を引きたいの見え見えだわ!! 分を弁えなさい!!!」


 吉嶺相手に倒れこんだのはわざとだけれど、一之宮の場合は引っ張られたからだ、と言っても聞きそうにない剣幕だ。周囲がシン、と静まり返る中、甜瓜まくわ先輩の甲高い声が響き続ける。


「玉の輿狙いの貧乏人の分際で石榴に釣り合うとでも思っているの!!」


 …少し我を忘れすぎじゃないだろうか。ここは衆人環視の表舞台だ。いくら薔薇姫とはいえ、こんな場所で声を荒げて人を突き飛ばすなど、冷静な状態ならあり得ない。それだけ精神的には追い詰められているという事だろうか。一之宮が親衛隊を解散させようと考えているのはまだ伝わってはいない筈なのだけれど…彼女なりに一之宮から距離を置かれ始めていることに気づいているのかもしれない。

 どかどか肩を小突かれながら、そんな分析をしていたら、無視されたと感じたのか、髪を掴まれた。流石に痛みで顔が歪む。


「目障りだわ!! 今すぐこの場から消えて…」

薔子しょうこ!! いい加減にしろ!!!」


 尚も言い募ろうとした甜瓜先輩の言葉を遮って、低く獰猛な怒声が響いた。振り返った甜瓜先輩の顔から血の気が失われる。かくいう私も一瞬、立ち上がった一之宮を見て目を逸らしそうになった。

 普段表情豊かに怒ったり笑ったりする一之宮が、無表情に激怒している。視線だけで刺し殺されそうな鋭い双眸が甜瓜先輩を捉えている。背後には噴火寸前のマグマが見える様な気さえした。


「ざ…石榴、私は……っ!」


 やっと状況に気づいたのか、甜瓜先輩は震える声で一之宮に縋ろうとするが、一之宮はその手を振り払う。毛氈に尻餅をついて呆然と見上げる甜瓜先輩を一顧だにすることなくこちらへ来たかと思うと腕を掴まれ立ち上がらせられた。そのまま引っ張られる。


「茶会は終了だ。橘平きっぺい、片付けておけ」

「待って!! 石榴お願い、話を…」


 甜瓜先輩の叫びも無視してその場を立ち去ろうとする一之宮に引っ張られてたたらを踏む。踏みとどまろうと足を踏ん張ったら、苛立たしげに舌打ちされた。いや、それはとばっちりじゃないか?


「ちょっと待ってください、一之宮先輩!」


 声をかけても無視され、本当に引き摺られそうになった。有無を言わせない態度に流石に頭にくる。


「待てって…言ってるでしょ!!!」


 一之宮の後頭部に力の限りの手刀を叩きこんだ。ガスっと鈍い音がして、一之宮の手から力が抜け、その場に蹲る。かなり痛そうだ。私の右手も痛い。


「ちょっと落ち着いてください。いきなりお茶会終了って…こんな騒ぎを放り出していったら甜瓜先輩の立場が…」

「なんでお前が薔子の方を庇うんだ!!?」


 庇ってるつもりはないけれど、この状況で私が連れ出されたら、本当に私と一之宮と甜瓜先輩の三角関係の修羅場だと周囲の生徒たちに誤解されかねないじゃないか。


「いらない誤解を招きたくないだけです! 甜瓜先輩だってちょっとカッとなってしまっただけで、お茶会を乱すつもりがあったとは思えません」


 悪気と悪意はあったとは思うけれど、それも一之宮への盲目的な愛情ゆえだ。全面的に許すつもりはないが、気持ちはわからないでもない。

 見知らぬ盗撮者に、私が一之宮を『攻略』している様に見えたという事は、甜瓜先輩の視点から見れば私が一之宮に迫っていたという見方も、あり得ないことではないのかもしれない。一之宮の運命の相手は私じゃないと知っているのは、私と、誰だかわからないが、この世界の秘密を知る盗撮者だけなのだから。


「誤解だと?! 俺は…」

「はいそこまで~」


 いつの間に傍まで来ていたのか、小林が一之宮の肩に手を置いて割り込んできた。何故か片腕に小柄な男子生徒を掴まえている。


真梨まりセンパイ、こいつ、今の騒ぎをこっそり写メってたよ。特ダネがどーとか呟いてたから掴まえてみた」

「!! 小林君、お手柄よ!」


 その男子が件の盗撮犯かどうかはまだわからないが、少なくとも良識ある目的で写真を取っていたわけじゃないだろう。この際、この場を収めるのに利用させてもらおう。

 私は小林を少し大げさに褒めると、座り込んだまま蒼白になっていた甜瓜先輩を振り返ってその手を取った。


「甜瓜先輩の名演技のおかげで盗撮犯を確保できました!! ご協力ありがとうございました!!!」


 周囲がざわめく。当の甜瓜先輩は呆然としていて、私の手を振り払う事も忘れている。それをいいことに、私はできる限り自然かつその場に響き渡る程度の声で甜瓜先輩の功績だと、今のはいい芝居だったとまくし立てた。

 多少ゴリ押しでもここはこれで押し通すしかない。この一連の修羅場モドキは、代議会と生徒会による盗撮犯確保の為の囮作戦だったのだと、声高に言い募れば、意図を汲んだ吉嶺と小林が乗ってきてくれた。


「薔薇姫サマすっげ~、迫真のお芝居だったよね~」

「薔子さん、お疲れ様。緊張していたから気が抜けちゃったのかな? ちょっとティールームで休もうか。夕夏ゆうかさん、案内してあげてくれるかい?」

「は、はい。あの…薔子様、こちらへどうぞ…」


 枇杷木びわき先輩に支えられるように立ち上がった甜瓜先輩は、去り際にこちらへ鋭い視線を寄越してきた。流石に声を落とすだけの理性は戻ってきているようで、すれ違いざまに低く怨念のこもった声で囁かれた。


「手心でも加えたつもり? ……許さないから…」

「そう言うつもりはありませんが…少し頭を冷やされた方が良いとは思います」


 こちらも小声で返す。この場でこれ以上争っても立場が悪くなることだけはわかっているのか、甜瓜先輩はそれ以上は何も言わず、枇杷木先輩に連れていかれた。


「…さて、こっちのカメラ小僧はどうしようかしら?」


 甜瓜先輩の事はひとまず枇杷木先輩に任せるとして、私は小林が首根っこを掴んでいるカメラ小僧に視線を切り替える。吉嶺は彼の手からスマホを取り上げ、中のデータを確認している。一之宮も何か不満そうながら小僧を取り囲む輪に加わっている。


「どうやらうちの生徒相手にゴシップ系のメルマガ配信で会費を集めてるみたいだね。…写真販売も君かな?」

「……詳しく話を聞く必要がありそうだな…。別室に来てもらおうか?」


 どうやら一之宮の苛立ちはガタガタと震えるカメラ小僧に向けられる結果となったらしく、獲物をいたぶる猛獣の目で見られたカメラ小僧の顔から血の気が一気に失せていった。哀れだけれど、半分以上は自業自得だ。きっちり絞ってもらった方が良いだろう。


 ギャラリーも見世物が終わったという事でそれぞれに散っていき、カメラ小僧は一之宮と吉嶺に連行され、残った小林と私の所に桃香と倉田さん、香川さんが駆けつけてきた。


「お姉ちゃん、大丈夫だった?! 転んだところ、ぶつけたりしてない??!」

「ええ、毛氈の上だったし、大丈夫よ」

「すごかったですよね~! 薔薇姫先輩、元々怖い人だけど、般若みたいでした~!!」

「苺ちゃん、そんな風に言っちゃいけないと思う」


 倉田さんが目を丸くしながらきゃあきゃあ言うのを香川さんが窘める。明るくて少しおっちょこちょいな雰囲気の倉田さんと、クールで少しツンデレの香川さんはなんだかいいコンビのようだ。


「それじゃあ、俺たちはロンゲ先輩と代議チョーの取り調べに立ち会いに行くから、妹ちゃんたちは散歩でもお茶でもしてきなよ」

「あ…私も行った方が良いですか?」

「香川さんは桃香たちと一緒にいてくれる? あのカメラ小僧が暴れないとも限らないし。桃香、倉田さん、それじゃあ夕食の時に、また」


 小林と連れ立って、一之宮達の行った別室へと向かう。


「……?」


 一瞬、何かの気配を感じたような気がしたけれど、見回しても周りにはそれらしい人物は見当たらなかった。

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