34
レストランに着くと小林がテーブルをキープしてくれていたらしく、勢いよく手を振っていた。同じテーブルに香川さん、倉田さんもいる。
「真梨センパ~イ!! こっちこっち!!!」
小林は自分の正面の席を私に勧めてきた。そうすると空いている彼の隣は必然的に桃香になる。けれどここで断ったら逆に私がこいつの隣になってしまうのか…。そう思って少し悩んだが、ある事を思い出して、小林の勧め通り正面の席に座ることにした。
場所は違うが、ゲームの中で小林と正面向きでヒロインが食事をするというシーンがあったのだ。
学園の食堂で、なんてことはない日常のワンシーンだが、おかず交換だったか頬のご飯粒を取ってやるだかのベタなイベントが発生して、スチルがあった筈だ。アレに近い状況を作れば、盗撮犯が動くかもしれない。
「何か食べたいものある~? 俺取ってくるよ~?」
「自分で取ってくるからいいわ。…でもそうね。それじゃあ飲み物だけお願いしていいかしら。ミルクティーでお願い」
「りょ~か~い!」
周囲の気配に気を配りながら、ブッフェで適当にワンプレート分のおかずと、パンを選んでくる。桃香も同じように食事を選んで、席に戻ってきた。そこに小林が人数分の飲み物を運んでくる。
「はいは~い、センパイにはミルクたっぷりロイヤルミルクティー、妹ちゃんはカフェオレね。かがわちんはフレッシュジュース、イッチーは苺牛乳、俺がコーヒーっと」
手際よく給仕をすると、椅子に座って手を合わせる。
「そんじゃいっただきま~す」
「いただきます」
小林の言葉に習うように他の皆もそれぞれ手を合わせてから食べ始める。…さて、どうやってあのスチルに近いイベントを起こすか……。勢い込んで小林の正面に陣取ったは良いものの、そこからは完全に手詰まりになってしまった。
メニューがパンだからご飯粒作戦は無理だし、おかず交換が無難かと思ったのだけれど、私のワンプレートと小林の選んだおかずが不思議な事に完全に一致していて、交換できるものがない。どういうことだ、食の好みが共通してるとしても普通一品ぐらい違うだろう。今から追加で取りに行ったんじゃ不自然すぎる…。
「センパイ? 俺の皿睨んでどうかした??」
つい小林の皿をガン見してしまっていたようで、困惑気味の小林に問いかけられてしまった。
「何でもないわ。小林君、食べ物の好みが私と一緒みたいだなって思ったの」
「本当だ~! すっげぇ偶然。超うれし~かも~!!」
誤魔化しで口にした言葉に小林は何故か顔を輝かせる。そんなに喜ばしいことだろうか? ミルクティーに口を付けつつ次の対策をぼんやり考える。
「だってご飯の好みが一緒って事は将来俺が真梨センパイのお婿さんになっても食卓で喧嘩になることは無いでしょ?」
「ぶふっ!!?」
ぶっ飛んだ発想にミルクティーが思いっきり器官に入ってしまった。隣に座っていた香川さんが背中をさすってくれる。涙目になって滲む視界の端でなぜか同じように飲み物を吹き出したらしい一之宮と津南見が見えた。…まさか小林の声が聞こえたのか…? いや、席も離れているし、あっちはあっちで何かおかしな話でもしていたんだろう。
「真梨センパイ大丈夫~?」
「いきなりおかしなことを言うからよ。食の好みが一致したくらいで発想が飛躍し過ぎでしょ」
「ちょっと言ってみただけじゃ~ん」
ぺろっと舌を出して見せる身長180後半の男子高校生…。バゲットの角で殴りたいなぁ…。反省する気なさそうな小林を半眼で睨んだのち、吹いたミルクティーの被害を受けたおかずを再度取りに行った。ついでなので、何か違うものも取って来よう。
並んだおかずから何にしようか選んでいたら、隣に長身の影が射した。横目で見ると、一之宮が不機嫌極まりない顔でトレーを持って立っている。そう言えばこいつも何やら吹き出していたんだっけ。
「おい、何なんだあの1年坊主は」
「小林君ですか? 何…とは?」
「お前の婿になるとかふざけたことを言っていただろう。冗談にしても性質が悪いぞ」
「彼はわりと普段からあんな感じですよ。…っていうか聞こえていたんですか?」
たしか一之宮たちのテーブルは私たちのテーブルから左手奥の方でそこそこ距離があった筈だけど…。そう思って突っ込むと、一之宮の顔がばっと赤くなった。
「た、たまたま耳に入っただけだ! 食事中にあまり大声で話すなとあのガキに言っておけ!!」
そう言って肩を怒らせてスープ鍋が並んだほうへドスドス立ち去ってしまった。…サラダを取りにこっちに来たんじゃなかったのか? 手には平皿持ってるけど、あれにはスープは無理だと思うんだけど…。
「葛城」
「わッ?! え? つ、津南見…先輩?!」
いきなり背後から声をかけられてうっかり呼び捨てにしそうになった。あぶない。今度は何なんだ。そういやこいつもお茶吹いてたな。まさかこいつも小林の言葉で吹き出した文句を言いに来たのだろうか。…津南見の席は小林の後方で2列ほど離れている。聞こえない距離ではないだろうけど、こちらもどういう聴力してるんだ。
そして、小林への文句なら直接本人に言って欲しい。
「小林君の悪ふざけでしたらいつもの事です。一応、食事中は静かにするよう注意しておきます」
「あ、いや、そう言うわけじゃないんだが…あいつは普段からああいう感じなのか? その…お前に対して馴れ馴れしいというか…」
「誰にでもわりとフレンドリーだと思いますよ。生徒会メンバー全員妙なあだ名で呼ばれたりしてますし」
適当に受け答えしながらサラダを取り、小鉢料理を選ぶ。山菜のお浸しが美味しそうだ。ふと、津南見がトレーに乗せた小鉢に目が留まる。
「先輩、それ、梅干し入ってますよ。苦手じゃありませんでしたっけ…?」
「え?! 本当か?? 見た目じゃ気付かなかった……って、お前…」
驚いた顔をされて失言に気づいた。しまった…!! 津南見の好き嫌いなんて、真梨香が知るはずないのに…! うっかり指摘してしまった…!!
「…って、以前、瓜生先輩が仰ってました。それじゃあ私席に戻りますので!!」
咄嗟に誤魔化してその場を離れる。女子剣道部前主将で津南見の従姉の瓜生舞先輩の名前を咄嗟に出してしまったけど、後で確認とかされたら拙いな…何か他の言い訳も考えておかないと……。
テーブルに戻ると今度は何故か小林がむくれた顔をしていた。
「…あの代議カイチョーとお侍みたいな先輩と何話してたの~?」
「小林君が食事中にうるさいから注意してくれって言われてただけよ」
「えぇ~~?! 俺そんなうるさくはしてないよ~~!」
ぷくーっと頬を膨らませてむくれる小林の頬を隣から桃香が指で容赦なく突き刺す。
「充分うるさかったよ。小林君が変なこと言うからお姉ちゃんむせちゃったんじゃない!!」
「いたっ! 妹ちゃん痛い痛い!!」
…傍目には仲良くも見える二人の様子にちょっと面白くない。やっぱり小林をバゲットの角で殴りたい。
「桃香、もういいからいただきましょう? 朝食後の自由時間が減ってしまうわ」
今日は午後に一之宮主催の茶席が設けられているので、それまでは少しだけ自由時間がある。桃香と一緒にお母さんへのお土産を選ぶ約束をしているのだ。
「は~い。小林君、先に言っておくけど、お買い物にはついて来ないでね?」
「そんな殺気漂わせなくてもわかってるっつの。妹ちゃんは心配性だな~」
そんな会話をする小林と桃香を見ながらもそもそと食事を口に運ぶ。こうして見ると、今桃香と一番打ち解けているのは小林のような気がする。同じクラスだから当たり前と言えば当たり前なのだろうけれど、小林の実家のことを思うとやっぱり心配だし、賛成はできないよなぁ…。
どうしたものかと悩んでいたら、ふいに小林が身を乗り出してこちらを覗きこんできた。
「センパイ、なんかちょっと顔色良くないよ~? 大丈夫?」
「ええ…問題ないわ……!?」
ふっと顔に影が射したと思ったら、大きな掌が額に触れていた。額同士を触れ合わせてはいないものの、鼻先三寸の所に人形のように整った顔がある。動揺したのは一瞬で、次思ったのは、おかず交換の手間が省けた、だった。
「う~ん、熱はないかな~??」
小林が首を傾げる一方で、周囲がざわめき、カシャーンと何かが落ちる音と、何かが割れたような音が響いた。目線だけで見回すと、一之宮がフォークを落としたらしく、店員が慌てて交換に走ってきていたのと、小林の後ろの方の津南見も牛乳か何かが入っていたらしいグラスを床に落として割ってしまったらしく、こちらも店員が慌ててフォローに入っているところだった。更に周囲の気配を読もうとしたけれど、ざわつきすぎていて、よく分からなかった。
思わず心の中で舌打ちする。何があったか知らないが絶妙なタイミングでドジをされた所為で、盗撮犯らしき気配がないか探り損ねたじゃないか。一之宮と津南見のばか。八つ当たりも込めて一之宮の方を見たら目が合った上に睨まれた。…? 津南見の方を見るとこちらも何故か眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。何だろう…?
とりあえず、小林の手をやんわり外す。
「体調なら問題ないわよ?」
「ん、それは確認したからいいんだけど~」
小林はまだ何か言いたげな表情だ。切れ長の瞳でじっと見つめられるとなんだか落ち着かない。
「…本当に、大丈夫だよね?」
「体調は確認済みなんでしょう?」
「…何て言うか……上手く言えないんだけど…揺らいで見える」
元気がないとか、テンション低いとかそんな意味合いで発せられたのであろう言葉は別の意味で胸を抉った。
吉嶺に見せられた写真…。あの撮影者には私が攻略対象者の彼らを自ら攻略しているように見えているらしい。桃香を守る為に起こした行動が、誰かの目にはヒロイン気取りの攻略行為にしか見えてないとしたら…そう考えて、動揺している心を貫かれた気がした。
「………平気よ。お茶席の作法に自信がないからどうしようかなって思ってるだけ」
「大丈夫ですよ。檀先輩もフォローしてくれそうですし、基本的な事でしたら私もアドバイスできると思います」
「そうね。お願いするわ」
「お茶なら俺も少しわかるよ~。母さんがやってる」
小林のお母さんというと…いわゆる姐さんとかゴク妻とかそう言う……まぁ、趣味でやってるのかもしれんが…。
「そう……それじゃあさっさと食べてしまって、少しご教授願おうかしら。桃香、お買い物の時間少し遅れてもいいかしら? それとも倉田さんと先に行く?」
「一緒に習うよ。せっかくだし。茱萸ちゃんのお点前とかすごくきれいだろうなぁ。ね、苺ちゃん」
「はい、楽しみです!」
楽しそうに笑う桃香の顔を見て、再確認する。
うん。この笑顔を守る。それが私の目標で、使命で、約束だ。その為にも、今は余計な事は考えないようにしよう。心の奥に芽生えた不安に蓋をして、笑顔を作った。
「そうね。香川さんは普段の所作も綺麗だからすごく楽しみだわ」
難聴系ヒロインに対して地獄耳系ヒーロー…これは…流行らないな……。