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暫く短めの文字数で更新していくと思います。
ゴタゴタの末に始まった食事会は表面上は穏やかに、何事もなかったかのように進んだ。一之宮はテーブルの全員が会話に参加できるよう話題を選び、話を振り、場の空気をまとめていく。甜瓜先輩は私や桃香が参加しづらいセレブ層の話題を出そうとしたが、一之宮にさりげなく話題を逸らされ、不満げに口を噤んだ。
私は一之宮の正面にあたる席に座って、彼がホストとして場を取り仕切るのを観察していた。
一之宮が私が知るゲームの彼とは違っていることが気になったのだ。
「ねぇ、桃香、一之宮先輩の事、どう思う?」
「え? う~ん…ちょっと怖そうだけど、悪い人じゃないのかも」
そっと桃香に尋ねて、返ってきた答えに背筋がざわめいた。
双璧ルート序盤、一之宮と吉嶺に振り回される桃香に代議員で親友の香川茱萸が二人をどう思うかを尋ねる。そこに出る、桃香の答えの選択肢。一之宮についての感想、吉嶺についての感想、どちらの事もよくわからないという答えの3択。一之宮ルートに入るための必須選択肢の言葉そのままに、現実の桃香が口にしたのだ。
思わず唾を飲み込む。…大丈夫、まだ決まったわけじゃない。今のは私が一之宮に限定して尋ねたのだから、一之宮について答えるのが当たり前だ。ああ、でもそうすると私が墓穴を掘って自ら桃香を誘導してしまった事になるのか?! ……以後気を付けないと。
「そうね…でも女の子には手が早いから気を付けてね」
「…うん、お姉ちゃんもね」
…一瞬冷やりとした風が吹いたような気がするけど、気のせいかな?
とりあえず、今の時点で桃香の一之宮への感情はまあニュートラル状態と言っても良さそうだ。双璧イベントが起きた原因は桃香が私の知らない所で双璧からの好感度を上げていたのかと思ったがそうじゃないらしい。
この旅行自体は代議会の行事だし、桃香の攻略とは無関係に催行されるものなのだろう。ただ、桃香や私がここに呼ばれたのは偶然とは思い難い。この旅行中の動き如何によっては桃香が双璧ルートへ舵を切ってしまう可能性だってあるのだ。
「……(本当は桃香の為なら誰のルートであっても応援するべきなんだろうけど…)」
一之宮が人間的に成長しているとはいっても、女性関係の派手な事は変わらないし、枇杷木先輩のこともある。できれば桃香には茨の道を歩かせたくない。例えそれが本人の選択だとしても…。
「…どうした? 葛城、さっきからやけに俺を見ているが、とうとう惚れたか?」
「あり得ませんね。…生徒会として、代議会議長をどう評価するか、見定めていたところです」
「あなた如きが石榴を見定めるだなんて何様のつもりなのかしら?」
一之宮の軽口への返しに、甜瓜先輩が噛みついてきた。この人は何でこう、キャッチボールの山なりのボール球を全力フルスイングで打ち返そうとしてくるんだろう…。
「何様というほどの者になったつもりはありませんが、生徒会副会長として来ている以上、やらねばならないこともあります」
「生徒会副会長だからこそ弁えなさいと言ってるの。生徒総会の第一機関は代議会よ」
あくまでも強気の姿勢を崩さない甜瓜先輩。こちらとしては口論がしたいわけではないけれど、これだけは言わないといけない。
「生徒会と代議会はあくまでも対等です。生徒の意見機関として代議会に優先議決制度があるのは確かですが、あくまでも意見の最終決定権があるというだけのものに過ぎません。文化部長会会長として、あまり生徒会を侮られないようお願いします」
「……口だけは達者だ事。侮られたくなかったら、それ相応の実力を示しなさい」
「そのつもりです。…先輩のご期待に添えるかはわかりませんけど」
一触即発の空気が流れる。冷静に女狐顔を気取りつつも内心では場の空気を悪くしてしまった事に焦っていると、思わぬ方向から助け船が入った。
「真梨センパイって、薔薇姫サンとお喋りしてると活き活きしてるよねぇ~」
「へ?!」
「はぁ??!」
声の主、小林檎宇は呑気にスープを吹き冷ましている。私は驚いただけだが、甜瓜先輩に至っては般若のような顔になっている。
「いきなり話に入ってきて、何なの!? あなた!! 気持ち悪い事言わないで頂戴。誰がこんな女と話して楽しいものですか!」
「ん~、薔薇姫サンは嫌かもしんないけどさ、真梨センパイ薔薇姫サンと話してると嬉しそ~なんだよねぇ。何て言うか、水を得たお魚って感じ?」
「小林君、それでは私が口喧嘩が楽しくてしょうがない変人みたいじゃないの。甜瓜先輩と話して楽しいのは本当だけれど、その言い方では誤解を招くわ」
小林が緊張感をぶった切ってくれたおかげで、焦っていた気持ちも落ち着いた。せっかくなので小林の話に大いに乗っからせてもらう。
「甜瓜先輩は文化部長会会長だけあって、知識や教養が高いですし、言葉を交わすだけでも勉強になります。今回のような機会に恵まれたこと、一之宮先輩には感謝します」
「…薔子、俺もお前が左腕で助かってる。…切れ味の鋭い会話を楽しむのも悪くはないだろう?」
「………石榴が、言うなら…」
最後は一之宮が丸め込…丸く収めてくれた。テーブルの面々にもホッとした空気が流れる。ふと小林を見ると、パチン、と瞬きをした……ああ、ウィンクしたのか。片目が隠れてるからわかりづらい。
彼なりの助け舟だったのだろうし、実際助かったので、軽く頷いて見せると、一瞬きょとんとした後、ぱぁっと嬉しそうな顔をした。何というか、褒められた瞬間の大型犬そのものだ。ここが食事の席でなければうっかり犬にやるように頭を撫でまわしていたかもしれない。
それからは特に荒れることもなく、食事は終盤に差し掛かった。デザートの杏仁豆腐が配られた。滑らかな舌触りに頬が緩む。
実は私は牛乳系のスイーツに目がない。特に今日出されたそれは、甘さ控えめでするりと喉を通る。思わずにまにまと悦に入りながら味わってしまった。
「なにその顔、反則でしょ」
小声でぼそりと囁かれ、振り返ると小林が口をへの字にしてこちらを睨んでいた。心なしか頬が赤い。デザートの前に辛い物でも食べたのだろうか?
「どうしたの? 小林君、杏仁豆腐苦手だった? 食べられないなら貰おうか?」
あまりにも美味しい杏仁豆腐だったので、つい口が滑っていじきたない事を言ってしまった。けれど、小林は快く自分の杏仁豆腐の器を私の前に差し出してくれた。そうして何かいいことを思いついたというように、目を細めると、身を乗り出してきた。内緒話をするように、少し掠れた声で囁かれた。
「あげるあげる。ねぇ真梨センパイ、その代り俺、真梨センパイが食べ…むぐぅっ!!」
「小林君、熱々の餡饅を召し上がれぇ~!!」
私のこめかみを掠めるようにして、後ろから桃香が湯気の立つお饅頭を小林の口に捻じ込んだ。そのまま絞り出すように饅頭を握りつぶしている。あれでは口の中に熱い餡が流れ込んでしまうんじゃないだろうか。
「ん~~~!!! んん~~~~~~!!!!」
やっぱり。熱そうだ。けれど桃香はニコニコと、天使の微笑みで小林君の口に更に饅頭を押し込んでいる。そこには善意しかないように見える。というか、桃香がわざとそんなことをする筈がない。
という事は桃香は好意で小林に『あ~ん』をしてあげたというのか?! 私だってめったにしてもらえないのに!!?
ショックを受けている私に、やっとのことで饅頭を飲み下した小林が話しかけてくる。
「あぁ~、ひでぇめにあった~。真梨センパイ~~慰めて~~!」
「………小林君なんか嫌い」
「え、何それ理不尽」
桃香さまマジ桃香さま