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27

 着替えを終えた一之宮いちのみや甜瓜まくわ先輩が戻ってきた。一之宮はクルーネックのシンプルな黒のシャツにグレーのジレ、甜瓜先輩は生成りのシフォン生地のカットソーに真っ赤なフレアのミニスカート姿になっている。そのまま雑誌の表紙にでもなれそうな美男美女が並んで登場したので、カフェのあちこちで感嘆の溜息が聞こえてきた。

 そんな中、微かだが、携帯のシャッター音らしき音が聞こえて、咄嗟に振り返ると、2年女子で、代議会でも議事録の記録係を務めている女生徒と目が合った。

 はっとした様子で携帯を握りしめているので、間違いないだろう。一瞬、例の盗撮写真の事を思い出す。


「あなた…」

「おい、そこのお前! 2年C組、いちい真紀まき、その携帯を持ってこっちへ来い」


 声をかけようとしたとき、一之宮の鋭い声が響き、カフェ内の空気がざわめいた。呼びかけられた2年生、櫟さんは青褪めながらも観念したようにこちらへ歩み寄ってくる。周囲は何事かという顔をしているし、突然一之宮が他の女生徒に声をかけたことで、親衛隊が殺気立つのが分かった。

 まさかとは思うけど、彼女を盗撮犯の疑いがあると言ってこの場で詰問する気じゃないよな…。そんなことをすれば、もし彼女が無実だった場合、多大な風評被害を被ることになってしまう。それに彼女は……。

 けれど、私の心配はまたしても意外な形で裏切られた。

 ガタガタ震えながらも目の前まで来た櫟さんに、一之宮は意外にも穏やかな口調でこう言ったのだ。


「今の撮影の瞬間、俺は気を抜いていた。そう言う瞬間を撮られてしまったのは不本意なので、撮り直しだ。今度はお前も一緒に写れ」

「申し訳…えぇっ??!」


 言われた櫟さんも驚いているが、私もちょっと耳を疑った。周囲の親衛隊の面々も唖然としているのが空気で伝わってくる。そんな中、吉嶺よしみねだけは動じる様子もなく櫟さんの手から携帯を奪い、一之宮と彼女に向かって構えてみせる


「真紀ちゃん、もうちょっと石榴ざくろの隣に寄ってくれるかい?」

「え…?! あ、あの…」


 困惑する櫟さんを今度は一之宮が引っ張って隣に立たせる。泣く子も黙る代議会議長との急接近でカチンコチンに固まってしまった彼女の隣で、自然な微笑みを浮かべて撮影に臨む一之宮。吉嶺がもっと笑ってーとか目線こっち頂戴―とか適当なリクエストを喋りながらシャッターを数回切る。その間、親衛隊も私たちも呆然と見守るしかなかった。

 撮影が終わり、携帯を返される頃になってやっと我に返ったらしい櫟さんは、真っ赤になって今にも泣きそうだ。手渡された携帯を、今度は宝物のように胸に抱きしめている。その様子を満足そうに見て、頷くと、一之宮は周囲で固唾をのんでいた他の生徒たちに向かって声を上げる。


「他にも俺の写真が欲しい奴は一緒に写るのであれば許可してやるから申し出ろ。せっかくの交流会だ。思い出作りをさせてやるぞ」


 傲岸不遜な言い方だが、一之宮にはそれが似合うだけの人気と生来の華やかさが備わっている。

 ざわめくカフェの中で、ひとり、またひとりと、立ち上がり、ものの数分後には双璧の周囲には人だかりができていた。ほとんどは女生徒だったが、中には男子生徒もいる。一之宮はその一人一人に声をかけ、場合によってはグループまとめての集合写真まで撮りはじめる。吉嶺はシャッターを切る役に徹していたが、彼との写真も欲しいと言い出す生徒も出始めたため、傍にいた倉田くらたさんが即席カメラマンを引き継ぐ羽目になってしまった。


「え?! あ、あたしですか?! ちょ、ちょっと待ってください順番に…えっとこのカメラは…椎葉しいば先輩で…す、すいません、カメラアプリってどれですか?」


 次から次に渡される携帯やデジカメに慌てふためく彼女を見かねて、私や桃香ももか香川かがわさんもカメラマンを引き受けることにした。ちなみに、一之宮親衛隊はというと、ほとんどのメンバーは不満そうな顔で椅子に座ったままだ。甜瓜先輩だけは一之宮の隣をキープし、写真に混ざりつつ、寄ってくる女生徒たちが一之宮とツーショットになるのを巧みに防いでいるが…。その根性はある意味で尊敬する。枇杷木びわき先輩はといえば、なぜか列整理をし始めている。…本当に健気な人だな…。

 感心しながらも次から次へと頼まれる写真撮影に勤しんでいたら、1年生の女子が数名、私の方へ歩み寄ってきた。


「あの…葛城かつらぎ先輩…」

「一之宮先輩との撮影なら香川さんと倉田さんよ。吉嶺先輩との写真希望だったら、妹が列を案内しているから並んでもらえるかしら?」

「いえ、あの…私たち、葛城先輩と一緒に写真を撮らせて頂きたいんです!」


 意外な申し出に、その時構えていた2年生の携帯を取り落としそうになった。幸い空中で受け止めたので、大事には至らなかったが。


「え……っと…私?」


 自分で自分を指させば、真っ赤な顔でぶんぶんと頷かれる。目を潤ませ、決死の覚悟という表情で見上げられてどうしていいか分からず、視線を巡らせると、一之宮と目が合った。私の状況を見ただけで察したのか、にやりと笑って頷いてくる。申し出を受けろという事だろうか…。

 もう一度、目の前の1年生の顔を見る。キラキラと輝く瞳には憧憬の感情が溢れかえっている。こんな表情でお願いされて拒否できるのは心臓どころか脳みそにも毛が生えた猛者だけだろう。


「…緊張で目つきが悪く写ってしまったら申し訳ないけれど、それでも良ければぜひ」


 そう言って笑いかければ、きゃあっと飛び上がらんばかりに感激された。…そ、そんなにか?! ……どうやら生徒会副会長との記念撮影は代議会女子の1年には希少価値があるらしく、その後も何人かから写真の申し込みを受けた。数名だが、2,3年生も並び始めて、私も双璧と同じ被写体側に回ったため、撮影を終えた代議員数名がカメラ係に参加するなどして、人員を補充しなければならなかった。



 結局、騒ぎが収まったのは、夕食会の時間が迫るころだった。最上階の宴会場兼レストランで、高級中華料理が振舞われるらしい。移動前に一度部屋に戻るらしい生徒たちを見送ると、一之宮は親衛隊にも先に部屋に戻るよう言いつける。

 その際、こちらへ一瞬視線を送ってきたのは、おそらく私はここに残れという事だろう。私としても確認しておきたいことがいくつかあったので、軽く頷いて見せる。


「桃香、ちょっと私一之宮先輩と打ち合わせがあるから先に部屋に戻っていてくれないかしら」

「え…うん……わかった…」


 仕事の話と言えば桃香はそれ以上踏み込んできたりはしないのだけど、眼に見えてしょんぼりと肩を落とされるので、罪悪感で胃がきりきりする。正直一之宮の話とか放り投げて抱きしめて構い倒したい衝動に駆られるのだが、理性で欲望を抑え込み、我慢する。


「…夕ご飯も、お姉ちゃんは副会長だから、代議会の偉い人たちと一緒のテーブルなんだよね?」


 うう、だからそんなうるんだ目で見上げないでほしい。仕事上の都合と、桃香を双璧と同じテーブルに着かせたくない一心で夕食会の座席は職務優先で組んでもらったのだ。お姉ちゃんだって桃香と一緒にご飯食べられないのは寂しいに決まっている。その上、同じテーブルにはまたも甜瓜先輩が同席することになっているのだ。……睨まれるだろうなぁ………。折角の高級中華も味がしないかもしれない。

 …甜瓜先輩の気持ちもわからないではないのだ。女好きで手の速い一之宮だが、特定の一人に相手を絞ったことは無く、常に遊びの範囲で複数の女性と戯れている。一之宮親衛隊はそんな戯れ相手女性たちの集団だ。

 甜瓜先輩はその中でも寵愛を得ている方だが、おそらく、唯一の恋人の座を求め始めたらその瞬間一之宮から切り捨てられてしまう可能性がある。それでも、いつかはもしかしたら、と夢見ずにはいられない。だからああやって一之宮の傍で、彼の意に反したりしないよう従って、尽くして、彼を楽しませることに徹する。

 そんな彼女たちにしてみれば、一之宮に反発してばかりの私が、彼に妙に絡まれることは、特別な感情が芽生えているのではないかと疑って見えてしまうのかもしれない。実際はただの遠慮のない口喧嘩相手なだけなのだが。

 一之宮は私に絡んでくるのと同様に、篠谷に対してもよく言いがかりを付けたり、勝負を挑むようなことを言ってきたりする。篠谷の方もうんざり気味ながらも、その時々で適当にかわしたり、それなりに相手をしていたりする。それは、一之宮も篠谷も、相手を機に喰わないと言いつつ、対等な相手と認めているからだろうと思う。一之宮の私への感覚も、篠谷へのそれと同じだろう。対等な口を利く生意気な後輩。けれど、それなりに認めてくれている。

 そこの男女の情はない。……とはいえ、甜瓜先輩にその辺りの機微を理解してもらうのは難しそうだよなぁ………。


 ふと、傍らの桃香を見下ろす。本来のゲームで、刹那的な恋愛ごっこにうつつを抜かしていた一之宮いちのみや石榴ざくろが、初めて本気で心を奪われるのが、桃香ヒロインだ。代議会に無理やり雑用係として雇われ、それでも健気に仕事をこなし、時には失敗をしつつも、前向きに、ひたむきに働く姿に心を動かされ、一途な想いに胸を打たれ、桃香以外は何もいらないとまでのめり込み、それまでの遊びの恋を全て放り棄てて彼女の手を掴む。強引に、情熱的に掻き口説かれて、桃香も自分の想いを告げて二人は結ばれる―。

 ……もし一之宮が桃香を好きになることなく、彼のルートが開かなかった場合、その後彼らはどうなるんだろうか…。ゲーム中では桃香の歩んだルートでの、他の攻略キャラがどうなったかの話は殆ど語られない。

 一途な恋に目覚めることなく進んだ場合、一之宮は卒業までずっと、いや、その後も誰か一人に縛られるのを嫌い、両手から溢れんばかりの花を侍らせ続けて生きていくんだろうか…。一之宮はそれでいいとしても、彼女たちはどうだろうか。報われない奉仕を恨みに思う人間も出るかもしれないし、諦めて一之宮の傍を離れていく子も出るだろう。女性は男性よりもリアリストな場合が多い。将来のない遊びにいつまでも時間を費やしはしない。そうなったとき、一之宮の傍に、どれだけのものが残るだろうか…。

 ふと頭に浮かんだ考えを振り払う。私が今考えるべきは桃香を守ること。その為に、攻略対象がゲーム中でヒロインから与えられた『救い』を得られなくなったとしても、桃香さえ守れればいい。そう決めた筈だ。

 気を引き締めて、桃香を部屋へ送り出し、カフェに残る。その場に残ったのは双璧の2人と、私の3人だ。一之宮はすぐにホテルスタッフを呼び、カフェの奥にあるVIP用のティールームへと案内させた。よほど内密の話という事か…。

 ティールームに入り、それぞれ席に着くと、薫り高い紅茶がすぐに運ばれてくる。先ほどの騒ぎでたくさんの代議員と話したりしたせいか、喉も乾いていたので助かった。口を付ければ芳醇な香りが広がり、緊張が少しほぐれた。


「それで…? お話は何でしょうか?」

「まあちょっと待て…」


 一之宮がそう言って紅茶を優雅に飲む。流石にこういった場所での所作は優雅で、彼が高い教育を受けたセレブリティであると思い出す。

 そこでノックの音が響き、吉嶺が入室を促すと、初老の男性が入ってきて恭しい態度で一之宮に何かを手渡した。聞けば、このホテルの支配人で、過去に一之宮家で執事の補佐も務めていた人らしい。


「それ、なんですか?」


 支配人さんが一之宮に渡したのは1枚のメモのようだ。覗きこむと、何人かの生徒の名前が書きだされていた。


「さっきの騒ぎの中で、結局申し出ては来ずにこっそりと俺たちの写真を撮っていた生徒の名前だ」

「え?!」

「俺たちの写真を欲しがるなら普通に頼めば手に入るのに、それをしないでコソコソ撮影していたという事は、よっぽど内向的で自分の意見もまともに口にできないか、後ろめたい目的があるか、だ」

「……まさかその為にわざとあんな事言いだしたんですか?」

「ちょうどよく俺を盗撮したやつがいたからな。ありがたく利用させてもらった」


 最初に一之宮達を撮影した櫟さんは本心からつい出来心でシャッターを切ってしまったのだろう。シャッター音も消さず、盗撮に瞬時に気づかれるような人間が、盗撮写真販売の犯人とは私も思えなかったので、彼女が妙な疑いをかけられたわけではないと分かってホッとした。…ホッとはしたのだが。


「いきなりあんなお祭り騒ぎにして、その上この旅行中は写真を断らないみたいな宣言をしちゃったら、この後も、明日以降も大騒ぎ続行しちゃうじゃないですか」

「そういやお前も写真を申し込まれていたな。いいじゃないか。写真を口実に代議員と打ち解けられただろう?」


 …言われてみれば、一之宮の言う通りだ。さっきの騒動で、親衛隊はともかく、今まで話したことが無かったような後輩や同学年、先輩方から写真を頼まれ、言葉を交わす機会を得た。まさかそこまで計算ずくだったのか…?

 思わずまじまじと一之宮の顔を見つめてしまう。どうだと言わんばかりに自信に満ちた笑顔には少し悔しい気持ちも沸いたが、それ以上に……。


「一之宮先輩、見直しました。……少しですけど」

「少しかよ!? お前の中の俺の評価が普段どれだけ低いのかが忍ばれるな。どうせなら『惚れ直しました』くらい言え」

「過去一度たりとも惚れたことがないのに惚れ直すのは不可能です。今後も惚れる予定はありませんし」


 一之宮の冗談に素早く突っ込む。この手の冗談は即時に言い返しておかないと、「図星か?」などとドヤ顔をされるので、余計な誤解を生まないためにもその場その場できちんと否定するようにしている。


「まったく…お前は遠慮というものがないな。俺の様ないい男に心動かされないとか、お前くらいだぞ」

「いや、探せばいくらでもいると思いますよ。先輩の顔が好みじゃないとか、先輩の態度が気に喰わないとか、先輩の言動が……」

「お前それ初対面の時も言ってただろう!! 顔と態度はともかく、気持ち悪いは酷いだろう!?」

「…顔と態度は良いんですか?! 先輩随分人間が丸くなったじゃないですか。そうですね…気持ち悪いは撤回します」


 初対面で私が言った事なんてよく覚えていたな。よっぽど根に持ってるんだろうな…。そんなことを思いながら子供の喧嘩のようなやり取りにくすりと笑いが零れる。


「…先輩の言動は、傲岸不遜で、鼻持ちならないですけど、生徒一人一人を気にかけ、生徒会の事も協力してくれて…。代議会をまとめる議長としては、ちゃんと尊敬していますよ」


 普段は思っていても褒めないようにしているのだけれど、今日くらいはまあ、いいかと本音を出せば、一之宮はハトが豆鉄砲を喰らったような顔をして固まったかと思うと、ぶわっと効果音がしそうな勢いで真っ赤になった。

 あまりの勢いにこっちがびっくりする。そこまで照れる様な褒め言葉を言ったつもりはないし、一之宮ならこの程度のお世辞は言われ慣れているはずだ。普通顔色一つ変えずに「当たり前だ」くらいの台詞が返ってくるものだと思っていたのに…。

 思わずじっと見つめていたら、はっとした顔で我に返って、動揺を隠そうとするかのように声を荒げた。


「あ、当たり前だ。ついでにもうちょっと常日頃から敬いの態度を示せ!」

「…ぷっ……噛みながら言われても………っ…ふふっ……」

「笑うな! 橘平!! お前もだ!!!」


 堪えようとしても一度ツボに入ってしまった笑いはそうそう止められない。私の斜め向かいに座った吉嶺に至ってはテーブルに突っ伏して爆笑している。ムキになるのが更に面白くて、私と吉嶺はしばらく肩を震わせて腹筋をぷるぷる言わせるしかなかった。


 数分後、すっかり拗ねてしまったお殿様を宥めて、ミーティングを再開する。


「さっきの怪しい動きの生徒については今後どうするんですか?」

「売り物狙いなら当然食事会や今後の催し、場合によってはよりきわどい写真を撮ろうと動くだろうから、スタッフにもマークさせつつ泳がせる。盗撮行動が行き過ぎているようならその場で身柄を取り押さえて事情を聞くが、写真を撮るだけではまだ販売サイトとの関連性が明らかじゃないからな。どこでどんな写真を撮っていたか、そして新たな販売サイトに該当する写真がアップされたかを確認して、証拠を固める」

「行き過ぎた盗撮行為というと…入浴とか、着替えとかですかね…」

「そうだな。流石にそんな場所で撮影されようものならサイトにアップされる前に取り押さえないわけにいかないからな」


 先ほどのリストには男子生徒も女生徒もいた。同性を疑いたくはないが、可能性がある以上は気を付けた方がいいだろう。このホテルのお風呂はプールのようになった大浴場で、スパ施設も楽しめるとなっていたが、桃香たちには部屋のバスルームを使うよう注意しておこう。


「…でも、ひょっとしたら普通に写真を申し込んできて、撮った写真を売りに出す可能性もあるんじゃないですか?」

「そうだとしても、基本申し込んできたやつとは『一緒に写る』が条件だ。買う側にしてみれば、目当ての相手の他人とのツーショットやスリーショットはあまり需要がないだろうし、自分の部分を編集してカットしたとしても、出所がばれやすい。売り物には向かんだろう」

「…なるほど。本当に思い出として欲しがっている本人にしか価値がなくなるようにしたってことですか」

「そう言うことだ」


 やっぱり、一之宮は私の知っているゲームの一之宮と違ってきている気がする。ゲームの中の一之宮だったら、たとえ盗撮犯あぶり出しのためとはいえ、自ら下級生やその他大勢の代議員とじゃれ合うなどしなかっただろう。ゲームの中の彼はどちらかというと、親衛隊に傅かれ、他を寄せ付けない孤高の王様のようで、心のどこかに寂寥感を抱え込んでいた。そんな彼を唯一癒したのが桃香だったのだ。

 もしかしたら、今の一之宮なら、桃香に対しても過剰に溺れることなく、親衛隊を傷つけないようにうまく人付き合いを広げていくこともできるようになるかもしれない。そうすれば、桃香が一之宮を攻略しなくても、一之宮は自力で自分の問題を解決できるようになって、桃香が万が一彼に恋をしても、酷い目に合うフラグを回避できるんじゃないだろうか…。…あくまでも万が一の仮定ではあるが。

 そんなことを考えながら、お茶を飲んでいたら、双璧から爆弾発言が飛び出した。


「それと、今日の夕食会だが、テーブル割を急遽変更させてもらった。俺たちとお前と薔子以外のメンバーを総入れ替えで、お前と同じ生徒会の香川、小林、代議会1年の倉田、体育部長会会長の南天なんてん、それと、お前の妹とか言うあのちっこいのだ」

「……は? 何でうちの妹まで同じテーブルなんですか?!」

「ちょっと事情があって茶道部部長のまゆみが別のテーブルに移動になった。そのほかのメンバーも同じく別テーブルに動くため、逆に他のテーブルからこっちに移動させねばならないんだが、初日の夜でもあるし、生徒会関係者やお前の親しいものを集めた方が何かと話もしやすいかと思ってな」


 確かに生徒会メンバーを同じテーブルにしたら、桃香と倉田さんから香川さんを引き離してしまうことになるし、3人セットで移動というのはわかるんだけど…。甜瓜先輩の刺々しい視線を思い出す。う~ん……荒れそう……。

 溜息をつきたい衝動をこらえ、詳しい事情を問いただしてみることにする。茶道部部長のまゆみ優子ゆうこ先輩と言えば、吉嶺の取り巻きの実質的なNo.2で、No.1が卒業生で現在女子大生の郁子野むべのゆかり先輩であることを考えると、学内では吉嶺の側近中の側近と言っていいはずだ。


「檀先輩は吉嶺先輩と一緒を希望されてたんではないんですか?」

「あぁ~、それなんだけどね、ここだけの話にしておいて欲しいんだけど…」


 吉嶺が唇にぴっと人差し指を当てて、内緒というアピールをしてくるので、取りあえず頷く。そうして彼の口から語られたのは、予想だにしていなかった展開だった。


「優子とはつい最近お別れしたんだよ。流石にこの時期に一緒のテーブルは向こうも気まずいだろうから石榴に頼んで席を離してもらったんだ」

「別れた…って…どうして……?」

「それはさすがにプライバシーの侵害だよ。葛城さん」


 吉嶺の言う通り、彼と取り巻きの一人が別れたと言って、私に事情を根掘り葉掘り聞く権利はない。けれど、私の記憶にある限り、ゲーム中で吉嶺が取り巻きと別れる、というか、一方的に彼女たちを捨てるのは、彼が桃香と恋人になってからの筈だ。けれど、現時点では桃香と吉嶺は恋人同士どころかほとんど会話もしていない。どうして今この時期に、吉嶺が取り巻きを切り捨てる展開が起きているのだろうか…。

 混乱する頭で思い起こしてみれば、確かにここ数日、吉嶺が檀先輩と一緒にいるところを見ていないような……いや、檀先輩どころか、元々吉嶺の取り巻きだった女性たちの姿を見なくなってる! まさか本当に取り巻き全員切って捨てたのだろうか……??

 ……正確には新歓パーティーの頃から、吉嶺が取り巻きを連れている姿をあまり見なくなっていたことに、今更気づく。そもそも学年が違うので、接する機会は代議会室が主だし、代議会室には一之宮親衛隊の他、彼らの取り巻きではなくとも、女性代議員が必要以上に詰めかけていたから、元々の吉嶺の取り巻きがいなくなっていることに気付けなかったのだ。

 そういえば、さっきのお茶会の時も、こいつは一人でやってきて、途中で香川さんと倉田さんをナンパしてきたんだった。どうしてそんな大きな変化を見落としていたんだ…。

 いったい何が起こってるんだろう…。こうも次々とゲームと違うことが起こっているのは、私が以前からフラグを折ろうとしてきた影響なのかそれとも……。

 表面上は平静を装って紅茶を飲むふりをする。随分冷めてしまっていた紅茶は味が全く感じられなくなっていた。

12月1月は更新ペースが不安定になるかと思います(主に本業の都合で)

取りあえず生存を心配されない程度には頑張ります。ご了承ください。

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