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甜瓜薔子、3年の文化部長会会長兼華道部部長にして一之宮石榴親衛隊隊長という肩書のオンパレードな先輩である。学内では華やかな美貌と一之宮以外への刺々しい言動から、薔薇姫と呼ばれている。もちろん本人には後者の理由は知らされていない。
明るくカラーリングされたライトブラウンのストレートヘアをワンレングスにしてさらりと背中に流している。身長は160cmでバストは推定Gカップはあるのではと下世話な男子生徒が噂しているのを聞いたことがある。柔らかそうなオフショルダーのサマーニットワンピース姿で腕を組んで仁王立ちしたポーズを見る限り、あの男子生徒の目測は正しかったのだろうと思う。組まれた腕にメロンが二つ乗っかっているかのようだ。それでいて、腰や脚は華奢で、ほっそりとしている。
元々一之宮親衛隊はセクシーで華やかな美女揃いで、グラビアから抜け出してきたかのようなスタイルの持ち主が多いのだけど、その中でも甜瓜先輩と枇杷木先輩は群を抜いている。……あんな美女を常日頃から侍らせ、遊んでいる一之宮は本当に木端微塵に爆発してしかるべきだと思う。
私の後ろにいた桃香が甜瓜先輩と枇杷木先輩の、主に胸部を見て「いいな…」と呟いたのは聞かなかったことにしたい。桃香は控えめささやかバストだが、むしろそこが魅力だ。幼く、いたいけだからこそ庇護欲をそそるのだ。本人が気に病んでいるので言わないようにしているが。
「…そう言えば葛城さんって学園の創立記念日で学食のサービスメニューが出た日にだけ学食で食べてたって聞いたけど、本当?」
「………ええ、まあ。せっかくの機会でしたので。普段は家からお弁当を持ってきています」
ぼんやり甜瓜先輩の容姿などを観察していたので、反応が遅れた。食堂にしろこのカフェにしろ、ただで食べられるのなら味見くらいはしてみたいと思うのは当たり前じゃないだろうか。もちろん、学食メニューは高級レストラン並みの豪華さで美味しかったし、機会があるならまた食べたいとは思うが、桃香のお弁当に勝るご馳走は無いので、私はお昼は断然お弁当派だ。
そのまま桃香のお手製弁当のすばらしさでも語ろうかと思っていたら、甜瓜先輩は別の言葉に喰いついてきた。
「へえ…、今回の交流会に図々しく参加してるのも『せっかくの機会』だからかしら?」
「…そうですね。代議会の方と会議以外の場でお話しする機会って意外と少ないので」
薔薇姫の名の通り、刺々しい口調で詰め寄られる。そもそも私がこの交流会に参加しているのは一之宮から強引な招待を受けたからなのだが、彼女の中ではその辺りの事情がきれいさっぱり無かったことになっているらしい。大変良くできた思考回路をお持ちである。
反論すべきかとも思ったが、人目もある往来で派手に言い争うのは好ましくないし、私の後ろには桃香もいる。今、下手に反発してこの子を巻き込むわけにはいかない。なるだけ当たり障りのない応え方をひねり出す。
本来、生徒会と代議会幹部との人脈作りという建前で参加しているので、目の前の文化部長会会長もその対象に含まれる。一足飛びに仲良くなれるとは思わないが、できることなら誤解を解いて、少なくとも会うたびに突っかかって来られない程度には親睦を深めなければ、生徒会を代表して参加した意味がなくなってしまう。
けれど、敵はなかなか手強かった。
「あら、そう言う割に葛城さんは代議会室にしょっちゅう出入りしては石榴に仕事以外のお喋りをしているじゃない。それなのにまだ話し足りないだなんて欲張りが過ぎるわ。立場をわきまえて自重してくれない?」
自重も何も、私が代議会室への書類を担当させられてたのは一之宮の呼び出しによるものだし、その際にくだらないお喋りに付き合わされるのも私から仕掛けたことは一度もないのだけれど…。言っても聞いてくれないんだよな……。
っていうか、その状況の時に親衛隊の皆さん一緒にいた筈で、交代とはいえ甜瓜先輩がその場にいた時もあった筈なんだけど…。あの様子を実際に見ても私の方がちょっかい出してるように見えるってさすがに盲目過ぎないだろうか。
「先輩、何度も申し上げましたけど、私は一之宮先輩の事は全く何とも思っておりませんって」
「そう言って油断させるつもりなんでしょう?! そうはいかないわ!!」
出会ってから何度同じやり取りを繰り返した事か…。こっちの主張に耳を貸さない所とか、強引すぎる論法とか、御主人様そっくりで大変お似合いだと思うので、もういっそそっちだけでよろしくやってて欲しい。
「本当に、これっぽっちも、好みじゃありません! 顔は多少いいかもしれませんが、傲慢で偉そうで、ナルシストで、人の話は聞かないし、女性関係乱れまくりだし、代議会室私物化してるし、何かと難癖付けられるし、仕事と称した無茶振り酷いし、セクハラとパワハラで訴えたいぐらいなんですから…」
「ほう…なかなか興味深い意見だな」
日頃の愚痴が興に乗ってきたところで背後から地を這うような低い声がして、私は言葉を止めた。何事もなかったかのように笑顔を作り、振り返る。猛禽を思わせる鋭い双眸がこちらを見下ろしてきている。口元はかろうじて笑みを浮かべているが、瞳が笑っていない。
「…一之宮先輩、乙女の会話を盗み聞きだなんて紳士のすることじゃありませんよ」
とりあえずカワイコぶって小首を傾げつつ責任を転嫁してみる。案の定、一之宮は額に怒りマークが見える素晴らしい笑顔で言い返してくれた。
「こちらも言わせてもらうなら、ここは出入り自由のカフェへの通路であって、内緒話をするには不向きだと思うぞ」
「内緒というわけでもないですけど。私個人としては通常運転のつもりです」
常日頃から一之宮や吉嶺への口答えは特に控えてもいないので、気まずいという事もない。この程度の言い合いなら、よっぽど篠谷との舌戦の方が寒々しく殺伐としていると思う。一之宮の方もムキになって言い返しては来るが、後々まで引きずるようなことは無く、本気で怒るようなことは無い。
何となく、口喧嘩がコミュニケーションの手段と化しているような感じだ。
向こうもそう思ったのか、脱力したように溜息をつくと、苦笑いを浮かべた。
「まったく…お前は本当にぶれないな。普通は嘘でも俺に媚びて取り繕う所だぞ?」
「いやですよ。そんな気持ち悪い」
一之宮に媚を売る自分なんて想像しただけでげんなりする。気持ちが顔に出てしまい、盛大にしかめっ面をしたら、よっぽど不細工な顔をしていたのか、一之宮が破顔し、そのまま爆笑し始めてしまった。
「…先輩、人の顔を見て笑うなんて失礼ですよ」
「お前の発言も大概失礼だからおあいこだ。…くくっ…ははっ……いかん、つぼに入った…」
……そんな変顔だったか? 笑い続ける一之宮を半眼で睨み付けていたら、どんっと押しのけられた。
「石榴! ホテルスタッフとの打ち合わせはもういいの? だったらこっちで一緒にお茶しましょう!」
甜瓜先輩がさっきまでの態度が嘘のように顔を輝かせて、一之宮の腕に飛びつくようにしがみつく。さりげなくどころかガッツリ一之宮の腕を胸の谷間に押し付けて熱烈アピールしている。…すごいな、アレ。一之宮の腕が完全にメロンの間に挟まってる…。当の一之宮はいつもの事なのか特に動揺する様子はない。私なら桃香にしがみつかれたらたとえまったく胸がかすりもしなくてもキュン死する自信がある。
……そういえば、ゲームの中で一之宮が桃香の事を意識し始めた頃、転びそうになった桃香を支えようとして抱き付かれる体勢になって、挙動不審になるエピソード有ったな………。女慣れしているはずの男の意外と純情な一面にドキッとするとかなんとか感想コメント書いてるファンがいた。
……こんな巨乳ばかり侍らせているような男が桃香のようにささやかで清楚な体つきの少女に心変わりするのだから、恋って恐ろしいなと思う。…まあ、そうはさせないよう出るフラグを折るのが私の使命なんだけど。
「そうだな…。葛城、お前も付き合え。薔子は文化部長会の会長だ、この機会に親睦を深めると良い」
「……そうさせていただきたいのは山々ですが、生憎先約がありまして…」
親睦を深めようにも甜瓜先輩は一之宮の腕にしがみついたまま彼に見えないように全身で拒否の意思をこちらに示してきている。せっかくの御主人様とのお茶会に割り込もうものなら深まるのは溝だけだろう。
ここは機会を改めるべきだと思った。けれど、空気を読まないバカ殿様は意に介する様子もない。…せめて自分の取り巻きの心情くらい察してやれと思う。
「先約というのはさっきからお前の腕にぶら下がっているちっさいのの事か? そいつも一緒で構わんぞ」
一之宮が何を思ったのか、まったくもっていらない提案をしてきた。構わんぞと言われても私が構う。桃香の事を『ちっさいの』などという失礼極まりない呼び方をしたことについてはこの際不問にするとしても、こんなところで桃香と一之宮に余計なフラグを立てるわけにはいかない。
ひょっとして、既に桃香に興味を抱いて私をダシに近付こうとしているのかもしれない。相手は女好きの遊び人だ。桃香のような美少女がいたらちょっかいをかけたくなってしまってもおかしくない。そうはさせるか。
「いえ、他にも約束している相手がいますので…」
もちろん嘘だ。ホテル内でお茶ができるのは何もここだけじゃない。せっかくだから香川さんたちを誘って展望ラウンジでも見に行こう。そう考えながら、踵を返した時、当の香川さんと倉田さんがこちらへやってくるのが見えた。
「あ、香川さん、ちょうど呼びに行こうかと…げ」
彼女たちの後ろにいた男に、思わず拒否反応の声が出る。
「げ、とは失礼だな。さっきそこで二人を見かけて、多分君たちとお茶でもするんだろうから一緒にどうかと思って連れて来たんだよ? 二人とも『ぜひご一緒したい』って言ってくれてね」
二人の後ろから吉嶺橘平がニコニコしながら現れた。RPGで、強敵相手に『逃げる』を選んで成功したとフィールドに一歩踏み出した瞬間、回避不可の中ボスにエンカウントしたような気分だ。
口実にするつもりだった香川さんと倉田さんまで丸め込まれたら、逃げ場がないじゃないか…!
「ああ、君が葛城さんの妹さんかぁ。お姉さんとは似ていないんだね。お姉さんと違って可愛らしい。葛城さんもこんな可愛い妹さんいるなら紹介してくれればいいのに」
「……できることなら一生紹介せずに済ませたかったんですけどねぇ…」
桃香の顔を覗きこむように身をかがめる吉嶺から桃香を隠す。吉嶺はチャラい外見で女にめっぽう甘いと見せかけて、その本性は女性不信のサディストだ。先日の倉田さんの一件といい、親切に見せかけて人を追い込むような真似を平気でする。ゲーム中でも桃香は何度も翻弄されて、苦しんだり、悲しんだり、苦労させられっぱなしだった。あんな目には絶対に合わせてなるものか。
そう思って桃香を庇いながら見上げると、興味深げに私と桃香を見比べていた吉嶺が何かに気づいたように微笑みかけてきた。ゾクリと背が粟立つ。
「…なるほど。葛城さんは姉妹思いなんだね。俺は兄妹とかそういうのいないから羨ましいなあ……」
吉嶺に兄妹がいた場合、この兄の玩具にされるか、似た者兄妹で最悪なタッグを組まれるかのどっちかだろう。真剣に彼が一人っ子で良かったと思う。
「……吉嶺先輩は双璧とまで並び称される親友がいらっしゃるじゃありませんか。…手のかかる弟みたいでいいと思いますよ?」
「石榴が手がかかるのは確かだけど、兄弟と言われるとちょっとなぁ…。葛城さんが俺のお嫁さんとかになったらその可愛い妹さんが付いてくるんだよね?」
「先輩ったら、こんな昼間っから立った状態で寝言を仰るなんて器用ですね。医務用ベッドでよろしかったらお送りしますよ?」
「君が添い寝をしてくれるなら喜んで」
一之宮との口喧嘩と違い、吉嶺との応酬は腹立たしいの一言に尽きる。私の不愉快そうな顔を見てたいへん愉快そうな顔をしやがるので、たまに本気で殴りたいと思ってしまう。…人目があるから我慢するけど。
「橘平、そいつらも同席させるのか。それじゃあ今テーブルを用意させている。少し待て」
……一之宮の中では既に私たち姉妹の同席は決定事項になっているらしい。こうなっては経験上拒否は不可能だと知っている。……桃香も香川さんや倉田さんがいる以上同席を望むだろう。甜瓜先輩の視線が益々険を帯びた。だから、こっちを睨まれても困るんだってば。
カフェの中でホテルスタッフがガタガタとテーブルをくっつけているのを見ながら、深いため息が零れた。
「ごめんなさいね、桃香。なんだか大事になってしまって…」
「ううん、なんか賑やかでうれしいかも。…お姉ちゃん、あの先輩がお姉ちゃんを今回の旅行に招待してくれたんだよね?」
「ええ、代議会議長…クラス委員と各部の部長全員をまとめる役職の人よ。……優秀な人だけど、女性にだらしない人だから近付いちゃだめよ」
「……それは…むしろお姉ちゃんが気を付けないといけないんじゃ…」
「私は仕事以外で接点無いし、生徒会と代議会の協力体制をアピールするために人前とかは仲が良いように見せかけているけど、実際はさっきみたいな口喧嘩ばっかりだもの」
「……その口喧嘩がクセモノなんだと思う」
「え? 何か言った?」
「何でもないよ。お姉ちゃん、飲み物何にしようか? 私桃のフレーバーティー飲んでみたい」
笑顔でメニューを差し出されたので、深く追求はせずにメニューを眺める。頭を占めるのはゲームの中で桃香が双璧たちのお茶会に巻き込まれたイベントのことだ。
たしか……。
「きゃー! すごーい!!おしゃれなカフェだよー!!!」
思い出そうとした時、はしゃいだ様子でカフェに駆け込んできた1年生が、よそ見をしながらちょうど一之宮に紅茶を出していたスタッフにぶつかってしまった。ソーサーからカップがテーブルに落ちてカシャーンと音を立て、飛沫が飛び散った。一之宮の白いシャツにも、その隣で彼にしなだれかかっていた甜瓜先輩のワンピースにも滴が飛んでしまっている。
「い、一之宮様、申し訳ございません!!」
「え?! 一之宮先輩?!! うそ!!」
ホテルスタッフはもちろん、ぶつかってしまった1年生も顔を真っ青にして立ち尽くしている。その表情は死刑宣告をされた罪人のようだ。
…思い出した。ゲームではこの後一之宮と甜瓜先輩に叱責という名の罵倒を浴びせられた1年生を桃香が庇ってしまって二人から目を付けられる展開だ。反抗的な態度の桃香に怒りを覚えつつも、臆せず正論をぶつけてくる桃香に興味を抱いてしまうというシナリオだったはずだ。
「す、すみません!! 私気付かなくって…!!」
「そんな言葉で許されると思ってるの!? あなたの所為で石榴と私の服が汚れたじゃない!! どうしてくれるのよ!!」
甜瓜先輩が立ち上がり、目を吊り上げて1年生に迫る。
こうなったら、桃香よりも先に動くしかない。激昂する甜瓜先輩を止めるべく立ち上がった時、思いもよらなかったことが起こった。
「薔子、待て」
「一之宮先輩も甜瓜先輩も落ち着いてくださ……え?」
二人を止めようと発した台詞が途中で止まる。甜瓜先輩も何を言われたのかわからないと言う顔で一之宮先輩を見上げている。私も訳が分からない。粗相を働いた1年に対し、甜瓜先輩と一緒になって厳しく叱責するはずの一之宮が怒っていない。それどころか、冷静な表情で甜瓜先輩を宥めたのだ。思わず立ち上がりかけた腰が椅子に落ちる。一之宮は周囲の反応を気にすることなく、ホテルスタッフに片付けの指示を出すと、怯えて震える1年生に振り返った。
「おい、怪我はないか? カフェ内はもちろん、ホテル内も走ると危険だ。今はホテル全体を我が校で貸し切っているから座席は充分にある。ゆっくり歩け」
「は、はい!! 本当に申し訳ありませんでした!! あ、あの…一之宮様…シャツ……べ、弁償します。ば、薔薇姫様の分も!!」
「ああ、いい。気にするな。このくらいならすぐ洗えば落ちる。薔子、いったん着替えるぞ。……葛城、少し席を外す。悪いがしばらく後を頼む」
「え…?」
一瞬何を言われたのかわからず目を瞬いてしまったが、一之宮が目線で1年生と残りの親衛隊を示してきたので気づいた。一番の難物である甜瓜先輩は一之宮が連れ出してくれるとして、後に残された親衛隊がこの1年生を追い詰めたりしないようにしろという事なのだろう。
すでに何人かは剣呑な雰囲気を漂わせている。ゲームと違う展開になったのは意外だったけど、今はそんなことを言っている場合ではなさそうだ。
「わかりました」
一之宮が不服そうな甜瓜先輩の肩を抱いてカフェから連れ出すのを見送ると、私はまだ青褪めている1年生に向き直った。
「心配しなくても大丈夫よ。一之宮先輩本人が気にするなと言ったのだもの。これ以上あなたたちを怒る必要なんてないわ。ねえ、先輩方?」
最後の方は1年生を睨み付けている親衛隊の方に向かって、飛び切りの狐スマイルと共に言って見せる。何人かの先輩がぐっと押し黙るのを確認してもう一度1年生の方へ振り返る。
「とにかく、これからは気を付けて。今回は何事もなかったけれど、グラスやカップが割れていたら怪我をする人も出たかもしれないから」
「はい! もう二度と走りません!! どこへ行くにも一生歩きます!!」
「いや、必要な時は走った方がいいわよ…」
妙な宣誓をされて、今後彼女達が学校とか、待ち合わせとか、試験とか、就活の面接とかに遅刻されても困る。窘めると、1年生は深々と頭を下げると、脱兎の勢いでカフェから出て行ってしまった。宣言通り、全速力で歩いていたが。あの速度だと歩きでも危ないかもしれない。怪我とかしないといいけど……。
「ちょっと葛城さん! 勝手なことしないでくれる?!」
「…勝手な事、とは? 特に何もした覚えないんですけど」
目の前で獲物を取り逃がした親衛隊の面々が柳眉を吊り上げて詰ってくるのでしらばっくれる。そもそも、彼女たちを許すと宣言したのは当の被害者である一之宮本人だ。その発言を無視してこれ以上彼女たちに何かすれば、大事な御主人様の体面を傷つけることにもなるのに…。彼女たちは自分たちの行動が一之宮の為と信じて疑っていない様子で、なおも詰め寄ってくる。
「石榴に無礼を働いたのよ!? 二度とそんなことができないよう徹底的に思い知らせるべきだったわ!」
「心配しなくても、本人も二度と走りませんとまで言って反省してたじゃないですか。その上でこれ以上追い詰めれば、許すと言った一之宮先輩の言葉に背くことになるんじゃないですか?」
「偉そうな口を利かないで頂戴!!」
頭に血が上ったらしい親衛隊の一人が手を振り上げた。防ぐか避けるか迷った隙に、後ろから彼女の腕を掴んだのは、さっきまで面白そうな顔で事の成り行きを眺めていたはずの吉嶺だった。
「はいそこまで~。葛城さんの言う通り、石榴が気にするなって言ったのに、君たちがあの子を罰したら石榴立場無いでしょ? ここは俺に免じてこの手を引っ込めてくれないかな?」
「そんな…吉嶺君までこの女の味方をするの?!」
「まっさか~。俺は石榴の味方だよ。君たちが自分の為にあの1年生を怒ったなんて知ったら石榴が責任感じちゃうんじゃないかと思ってさ。あいつあれで結構気にする性質だから」
吉嶺の言う通り、一之宮は俺様だが、自分の言動が不用意に人を傷つけたりしてしまうと、意外と後になって落ち込んだりするタイプだ。プライドが天井知らずなので素直に謝れずにじわじわ拗れてしまったりする。ゲーム中でもそれでよく桃香とすれ違いの焦れ焦れ展開を迎えていた。
「石榴の為なら、引いてくれるだろ?」
「……吉嶺君がそう言うなら…」
渋々と言った様子でやっと手を引っ込めてくれた親衛隊にこちらも肩の力が抜ける。再び椅子に腰を下ろせば、桃香がそっと袖を引いてきた。
「お姉ちゃん、お疲れ様」
「ありがとう。本当にごめんなさいね。せっかくカフェで楽しくお茶する予定だったのに、妙な事に巻き込んで、その上心配かけちゃって…」
そう言うと、なぜか桃香の顔が微かに曇った。どうかしたのだろうか…。ほんの少し俯いて、目の前に置かれたティーカップをちょんちょんとつつく仕草は大変に可愛らしいのだけれど、表情が冴えない。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか…。
「…………よ」
「え?」
「巻き込まれたとか、なんか、部外者って感じで…寂しい。いや、生徒会とかに関して私は部外者なんだけど、お姉ちゃんがなんか遠く感じて……」
もじもじと、小声で、ポツリポツリとそう語って、段々頬から耳まで真っ赤になっていく桃香。私は両手で顔を覆って震えるしかなかった。
なんだこの可愛い生き物!!! なんだこの可愛い生き物!!!? 私の嫁か!!! うん、幸せ!!!!
「お、お姉ちゃん…大丈夫?! お茶が熱かったの?!」
「大丈夫よ……大丈夫…ちょっと己と戦ってるだけだから」
桃香の可愛さが天井知らずで抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死です。はい。
この時、私は桃香の可愛さと、一之宮の予想と違う行動への衝撃が大きすぎて、もう一つの大きな変化が起こっていたことを見落としてしまっていた。
一之宮石榴爆発しろ。