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待ちに待ってない交流会当日、天気は嫌味なほどの快晴で、集合場所である正門ロータリーには既に参加者がそれぞれに仲の良い者同士で固まったりして談笑していた。
私と桃香も香川さん、倉田さんと合流し、しおりを見ながら自由行動時間の予定などを立てていた。…とはいえ私は生徒会副会長として一之宮と一緒に代議会の幹部連中に挨拶したり、お茶会に参加したりしなければならないので、そんなには一緒にいられないのだけど。
私服参加となっている今回の行事は代議会の為の学校行事ではあるものの、主催が一之宮で、開催場所が彼の家が経営する企業の系列のホテルという事もあって、ほとんど一之宮主催のプライベート行事と化している。
桃香は爽やかなクリーム色に小花の模様のワンピース。私はシンプルな空色のブラウスワンピにスキニージーンズである。香川さんは緑のシフォンのチュニックにダークブラウンのショートパンツ、すらりとした脚が惜しげもなくさらされている。倉田さんは白のブラウスにネイビーのフレアスカート、胸元にコードタイがアクセントになっている。
そのほか周りを見ても、カジュアルとはいえ、特に女子は華やかなオシャレ着に身を包んでいて、パーティーとは違った賑わいを見せていた。
「葛城?」
聞き覚えのありすぎる低めの声で呼ばれて、耳を疑う。恐る恐る振り返ると、津南見が目を丸くして立っていた。シンプルなポロシャツにチノパンというこれまたシンプルないでたちだ。
「なんで津南見先輩がいるんですか?!」
「いや、俺は体育部長会所属だから普通に参加だが、お前こそどうしてここに?」
津南見の言葉に言われてみればと頭を抱える。そういやそうだよ。津南見は剣道部主将だから代議会の行事に参加しててもおかしくないんだったよ。ゲームでは双璧ルートのイベントで津南見の出番なかったからすっかり頭から抜けてたわ…。いるならいるでスチルの端にでも見切れててくれればいいのに…。
……この交流会自体、微妙にイレギュラーで発生してるみたいだし、この場合、津南見はいても津南見関連のイベントは起きないって事なんだろうか。それとも何か予想外の所で、奴の桃香への好感度が動くようなイベントが発生したりするんだろうか…。双璧の事や盗撮犯の事だけでも厄介なのに、この上津南見まで絡んでくるとか冗談じゃないんだけど…。
「葛城?」
ああ、衝撃のあまり津南見への返事を忘れていた。取りあえず会ってしまったものはしょうがない。あたりさわりなくこの場を切り抜けて、交流会中は必要以上の接触は避けるようにしよう。
「ああ、すみません。私は生徒会代表という事で一之宮先輩に招待されました。今回は主にクラス委員会の幹部の方とか、文化部長会の方と交流を深める予定です。体育部長会は昨年度から割と懇意にさせていただいてるので」
うん、去年のうちに体育会系の部活の先輩と仲良くなっておいてよかった。無理して津南見と接触しなくて済む。
「そうか…。大変そうだな。何か手伝えることがあれば…」
「お気持ちだけ頂いておきます」
実際、猫の手も借りたい状況になってもその場合は本物の猫の手を借りるし、藁にもすがりたくなったら麦わらでも摘んでくることにしよう。己に言い聞かせながら体育部長会の知り合いに呼ばれたらしい津南見をお愛想程度に手を振って見送る。
「お姉ちゃん、津南見先輩何て?」
「いや、何かあったら声をかけてくれって言われたけど、まあ、交流会って言ってもレクレーションみたいなものだし、津南見先輩の助けを必要とすることってないと思うんだけどね」
「……お姉ちゃんは、津南見先輩とお喋りしないの? 自由時間とか…」
「いえ、全然。自由にできる時間は可能な限り桃香と一緒にあちこち見て回りたいわ」
桃香の問いに即答で返すと、桃香は一瞬きょとんと目を丸くした後、ふにゃっと笑み崩れた。
「えへ…私もお姉ちゃんと一緒がいいな…」
「……!!」
神様、妹が可愛すぎて死にそうです。興奮しすぎて鼻血が出るんじゃないかと思うくらいの愛らしさに、にやけそうになる顔を手で押さえて隠す。ここが公衆の面前じゃなければ抱きしめているところだ。
しばらくそうして平静を装いつつ内心で萌え転げていたら、背後から聞き覚えのある声と共に、ずしりとした重みにのしかかられた。
「まっりセッンッパ~イ!!」
「……小林君、なぜ君がここにいるのかしら?」
津南見は剣道部主将だってことを私が失念していたからいいとして、こいつは今回の交流会には参加権はないはずだ。もちろんゲームでも出てこない。
「それがさ~、倉っちと同じで、うちのイインチョーが不安爆発って言うから~、お友達として是非にって誘ってくれたんだ~」
ヘラヘラと笑いながら言う小林を振り返ると、後ろの方に見るからに真面目で気の弱そうな、少年が縮こまっている。彼が1年A組のクラス委員長なのだろう。その様子から察するに、小林は彼を脅すか何かして強引に参加をねじ込んだのだろう。
制服姿もアレな小林は、案の定、私服も派手だ。パンキッシュな模様と、ダメージ加工の入った黒地に赤のTシャツに手まで隠れる袖の長すぎる黒と赤のボーダーのパーカー、細身のカーキ色のカーゴパンツ、そして革紐にシルバーのペンダントなどがじゃらじゃらしている。街中で会ったら確実に無視する。知り合いだと思われたくない。
次から次へと厄介ごとが増え続ける現状に頭痛がし始めてきた。
「小林君、とりあえず、そこの委員長君には後でちゃんと謝っておきなさい。それと、私は遊びで来ている訳じゃないんだから、くれぐれも邪魔をしないでね」
「わかってるよ~。俺は真梨センパイがセクハラされないようボディガードしに来たんだよ~?」
「そう、それじゃあとりあえず今現在私の背中に圧し掛かってるセクハラ犯をどかせてくれるかしら?」
「え~? どこどこ~~??」
「小林君の事だよ! もう!!お姉ちゃんから離れなさ~い!!!」
桃香が小林の腕を引っ張って私から引き剥がそうとするが、身長差と体重差から、当然のごとくびくともしない。
「ちょっと…小林君、うちの桃香に触らないでくれない?」
「ええ~?! 今触られてるのって俺じゃね~?」
「お姉ちゃんから離れてよ~! 苺ちゃんも茱萸ちゃんも見てないで手伝って~!!」
私にしがみつく小林を桃香がひっぱって、桃香を倉田さんが、倉田さんを香川さんが…って、まるで大きなカブにでもなった気分だ。
「…小林君、いい加減にしないと、梧桐君に言いつけるわよ」
「……は~い」
…なぜ私の言うことは全然聞かない癖に梧桐君の名前を出すとこうも素直に聞くのだ。解せない。
あまりにあっさりと小林が身を離したものだから、必死で引っ張っていた桃香たちがたたらを踏む。思わず助けようと手を伸ばしたが、一歩早く、桃香を抱き止めた人間がいた。
「お前達は出発前から何をはしゃいでいるんだ? 小学生じゃあるまいし。行き先でもそんな様子で騒がれたら桜花の高等部は子供の集団だと侮られるだろう?」
「…一之宮先輩。…すみませんでした」
はしゃいでいたわけではないが、うるさくしてしまったのは事実なので、注意はありがたく拝聴する。だけど、取りあえずまずは桃香から手を離して頂きたい。
「あ、すみません、もう大丈夫です!」
桃香は驚いた表情で一之宮の腕に寄りかかっていたが、すぐにはっとして立ち上がる。桃香と一緒によろけた香川さんと倉田さんは吉嶺の腕にまだ支えられたまま、驚きに固まっている。
「吉嶺先輩…?! え?! なんで??!」
特に倉田さんは目を真ん丸に見開いてワタワタしている。至近距離から覗きこまれた所為か、頬が真っ赤だ。名前の通り苺みたいになっている。
「大丈夫だったかい? 君たちが転ばなくて良かったよ。あんまりはしゃぐと宿泊先に着くころにはくたびれてしまうよ?」
「は、はい、すみません」
「気を付けます」
この間、吉嶺は二人を抱き寄せたままである。…親切なのか下心なのかはともかく、遥か背後の方に固まってこちらを睨んでいる取り巻き連中の視線が怖いので離してあげてほしい。
「おや、倉田さんは顔が真っ赤だよ。苺みたいだね」
……吉嶺と同じ発想か~…なんかすごい嫌だな………。思わず生暖かい視線で、微笑む吉嶺と照れる倉田さんを見守ってしまう。香川さんはその間に我に返ったらしく、ぱっと吉嶺から離れる。ちらりと取り巻きの方を見ていたので、彼女たちの様子に気づいたんだろう。それならそれで倉田さんの事も助けてあげてほしい。
「苺ちゃん、ごめんね。私が一緒に引っ張ってなんて言ったから…」
桃香が駆け寄って倉田さんを助け起こした。私は二人の前に出て、(主に)桃香と双璧の間の壁になる。
「それで、出発前のご挨拶ですか? わざわざすみません。もう少ししたらこちらからお伺いしようと思っていたんです。このたびは代議会での催し物にご招待いただきありがとうございます。これを機に生徒会としても代議会とより交流を深めて、共に学生自治を盛り上げていきたいと思います」
飛び切り殊勝な笑顔を作ってよどみなく口上を述べると、一之宮が一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐにこちらも愛想良く微笑みかえしてきた。代議会メンバーが集合しているこの場は既に生徒会と双璧の協力体制のアピールの場だ。桃香のためとはいえ参加したからには私は私の仕事をさせてもらう。
「こちらこそ、生徒会でも評判の才媛二人とお近づきになれて光栄だ。特に葛城の話は興味深い事柄も多い。日程中はできるだけ話をする機会を設けたい」
「ありがとうございます。私も文化部部長会やクラス委員議会ともっとお話の機会を持てたらと思っていました。ぜひ仲良くさせてください」
お互いの普段のやり取りを知る者からすれば何とうすら寒い茶番だろうとは思う。小林はぽかんとしてるし、吉嶺は口元を手で覆って震えている。いっそ笑え。
「交流会中は文化部長会の茶道部部長、檀嬢の茶会などの催しも予定している。葛城は茶道の心得はあるか?」
「いえ、全く。よろしければご指導いただきたいです」
私が茶道の作法なぞ知らないことは承知の上で言ってくる一之宮に笑顔が引きつる。こんにゃろう。去年みたいに目の前で一気飲みしてやろうか。
背筋がうすら寒くなるような会話を続けているうちに、移動のバスが揃ったようだ。学園所有の大型リムジンバスは席のスペースも一つ一つゆったりとした特別仕様で、飛行機で言うならビジネスクラスの様な豪華さだ。それでも乗り込んだお嬢様お坊ちゃまの一部からは、「狭い」だのと文句がちらほら聞こえる。これだからお金持ちは…。
「お姉ちゃん! すっごい広いね!! シートもふっかふかだよ!!!」
そんな中で無邪気にはしゃぐ桃香、ああもう、そこだけキラキラしたなにかで覆われて見える…。癒されるなあ……。窓際の席に陣取って、隣をポンポンと叩く桃香の頭を撫でる。
「お姉ちゃん、私の頭じゃなくてシートを撫でてみてってば~!」
どんなふかふかシートも、桃香のさらさらヘアーの撫で心地にはかなうまい。
「ほんと、サラサラで手触り最高だわ~」
「だ~か~ら~! そっちじゃないってば~~!!」
ちょっと頬を膨らませて怒る顔も愛らしい。ついつい撫で過ぎて、折角のポニーテールが少し乱れてしまった。本格的に機嫌を損ねた桃香のご機嫌をとるため、行きのバス中あれこれと世話を焼きまくったのは言うまでもない。
高速道路を経て、目的地である湖畔の高級ホテルに近付いたころ、前方に座る女生徒たちの会話が耳に飛び込んできた。
「…ねえ…あの話……本当かな…」
「うん…でも何年か前に近くの別荘に行った先輩が自分も見たって……」
……ん………? 声を潜めての会話だったが、聞き取れた部分に不穏なものを感じた。思わず耳をそばだてる。緊張感に背筋がピリピリとした。
「ほら…あの一帯って貸別荘も多いけど、中にはいわくつきの物件もあるらしくって…廃墟になってるお屋敷もあるらしいじゃない…? その付近の森に……でるらしいよ?」
「ちょっといいかしら?」
思わず座席を立って、声をかけてしまった。前の座席に座っていたのは見たところ1年生二人組。尋ねてみるとD組とF組のクラス委員長だそうである。いきなり生徒会副会長である私に声をかけられて驚いてしまったのか、眼を見開いている。
「あ、ごめんなさい。お話の邪魔をしてしまって。私、今回の行き先について詳しくないものだから、良かったら教えてもらえるかしら?」
できるだけ優しそうな笑顔(…脳内でお手本にしたのは篠谷の胡散臭い王子スマイルだ)で話しかけると、少女たちは話し声が後ろまで聞こえていたことを恥じるように頬を真っ赤に染めつつも、詳しく教えてくれた。
……結果としては、一言。
聞くんじゃあ、なかった。
少女たちとの会話を終え、席に戻ると、椅子の背もたれに沈み込むように体を預ける。ふかふかのシートは確かに座り心地抜群で、リクライニングを倒していなくても体がすっぽり包まれたような気持ちになる。
そうして目を閉じて、ゆったりとリラックスしているように見せかけた表情の裏で、私は頭を抱え込みたい衝動に駆られていた。
「……。(宿泊するホテルはともかく、その近隣の別荘地帯が心霊スポットだなんて聞いてない!! っていうか、知っていたら桃香を説得してでもこんな旅行参加しなかったのに!!!)」
そう、実は桃香にも秘密の私の大の苦手なものが、ホラーとか、オカルト関連の話なのだ。心霊関係の番組や映画も苦手だし、お化け屋敷なども入れない。…昔一度無理やり連れていかれて中で気絶し、医務室に運ばれたことがあるくらいだ…。
「(桃香に知られたら、かっこいいお姉ちゃんとしての威厳が台無しだわ……。交流会中はできるだけホテルから離れないようにしよう…。)」
もちろん、双璧やその親衛隊、取り巻きにも知られるわけにはいかない。さっきの少女たちの話中もなんとか平静な表情を装えた。君子危うきに近寄らず。問題の地域に近付かなければ大丈夫なはずだ…。
「(……そういえば、昔お化け屋敷で倒れた時、知らない男の子が医務室に運んでくれたんだったっけ…起きたらいなかったから、聞いた話だけど)」
確か小学校を卒業する時にクラスで近くの遊園地に遊びに行ったのだ。その時何人かの悪友に唆されて、売り言葉に買い言葉でお化け屋敷に挑んだものの、途中で置いていかれ、恐怖で一歩も進めなくなり、泣いていたところを声をかけられ、驚いて気絶してしまったのだ。今思い出しても人生最大の汚点である。特に前半ヒーローショーで人質に取られる子供役に選ばれて怪人相手に大暴れしたことも含めて、悪友たちには中学に入ってもしばらくはからかわれ続けた。
幸い、彼女達は桃香とは親しくしていなかったので、その件は桃香にはまだばれてない。今回も、なんとしても隠し通さなければ…。
「お姉ちゃん、もうすぐ着くから降りる準備してって。…お姉ちゃん?」
「え? ああ、少し寝ちゃってたみたい。ありがとう」
悶々と考えているうちに目を閉じたまま険しい表情になっていたらしい。そっと揺り起こしてきた桃香に礼を言って、身の回りの荷物やお菓子の袋を片付けはじめた。
バスから降りると、木々に囲まれた道を少し歩いた先に宿泊先のホテルがそびえ立っていた。
スタッフの案内で割り当てられた部屋に入ると、広々とした部屋にゆったりとしたサイズのベッドが二つ、バルコニーもついていて、湖畔が一望できる。
「落ち着いたいい部屋ね。自由時間はここでゆっくり過ごせそう」
「ええ~! 折角だから近くを散策とかしないの~?!」
桃香が唇を尖らせる。
う…。本当なら可愛い桃香と高級別荘地を散策デートだなんてしたいに決まっている。けれど、バスの中で聞いてしまった話が私の足をすくませる。幽霊を怖がるみっともないお姉ちゃんの姿を桃香に見せて、呆れられるのは嫌だ。
「う~ん…。生徒会の関係でいつ呼び出しが入るかわからないからなるべくホテル内で過ごそうかと思うわ。…桃香、香川さんとか倉田さんと行ってきたら?」
「……お姉ちゃんと行きたかったのに………」
拗ねたような桃香の表情に罪悪感がチクチク痛む。ゴメンね、桃香、お姉ちゃんも桃香と一緒に過ごしたいけど、どうしても、苦手なものは苦手なのだ。
「ごめんなさいね。それじゃあ、ホテルの1階にあったカフェテラスで少しお茶でもしない?交流会期間中は飲食代は学園持ちらしいから」
「ほんと?! すっごいね。桜花ってやっぱりお金持ちなんだね…」
「そうね、折角だからたまの贅沢気分を満喫しましょう?」
そう言って、荷物を手早く片付けて向かったカフェテリアには先客がいた。こちらが気づいて回れ右をするよりも早く、向こうから声をかけられてしまう。
「あら、生徒会副会長サマじゃない? 普段は学園のカフェテリアや食堂には姿を現さないのに、ただで飲み食いできるところには現れるのねえ?」
ライトブラウンのワンレングスのストレートヘアをさらりと揺らして勝気な表情で微笑みを浮かべているのが甜瓜薔子先輩、一之宮親衛隊隊長で、文化部部長会会長、自身も華道部の部長でもある。
茶道部部長で吉嶺の取り巻きの檀優子先輩、卒業生で吉嶺の取り巻きの実質的No.1の郁子野ゆかり先輩と並んで、現在の私の苦手な女性の筆頭である。