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遅くなって済みません。久々更新です。久々なのに繋ぎ的なお話です。

 代議会室に呼び出しを受けたのは、交流会旅行を目前に控えた休み前日のことだった。最初は忙しさを理由に断ろうとも思ったのだが、大事な話だと言うので、篠谷しのやと二人、こうして出向いてきた。


「何の用でしょうね?」

「さあ…くだらない用向きでないことを祈りますよ」


 篠谷は心なしか話す前から疲れた表情を浮かべている。元々生真面目でストイックと評判の篠谷と、奔放で派手好きの一之宮いちのみやは反りが合わない。更に聞いた話によると、初等部の頃に一之宮の初恋の相手が篠谷の方が好きで、一之宮はあっさり振られたことがあり、それ以降、何かと張り合ってくるのだそうである。


「張り合っているというか…一方的に絡まれているだけなんですけど…」

「はたで見てるともはや篠谷君に絡むのが趣味になってるように見えるわね」

「…気色の悪い事を言わないでください。それを言うならあなただって、1年の時の歓迎パーティー以降事あるごとに因縁を付けられているじゃありませんか」

「あー、困るのよね。いくら生意気な1年生が気に食わないからって、こっちだって忙しいのに」

「……本当に、困ったものです。…双方ともに」


 篠谷が隣で深々と溜息をつくのに、同意を込めて頷く。お互い厄介な先輩に目を付けられた者同士、この点に関しては共感を抱いてしまうのだろう。そう思っていたら、なぜか篠谷がこちらをじっと見降ろしてきたかと思うと、先ほどよりも深い溜息をついた。何だ?


「今回の呼び出しはおそらく交流会旅行にあなたを同行させる目的についての話でしょう。あの二人があなたに何をさせるつもりなのかはわかりませんが、生徒会として受け入れられないと感じたら僕の権限で断らせてもらいます。いいですね?」

「それはまあ、向こうの出方次第だと思うけれど、この機会に内部生の中でも保守的な考え方の強いグループを牽制するつもりでいるのは間違いないでしょうね」


 その為に生徒会副会長で、外部生、特待生の指示を受けている私を同行させ、協力体制にあることを見せつけるつもりなのだろう。


「協力体制をアピールするだけなら構いませんけれど、あまり距離を詰め過ぎるといらぬ邪推をされますから気を付けてくださいね」

「わかってるわよ。ただでさえ親衛隊の視線が怖いって言うのにこの上さらに誤解を招くような真似はしたくないもの」


 今回の旅行について、一之宮親衛隊の枇杷木びわぎ夕夏ゆうか先輩に情報を確認してみたところ、案の定、親衛隊内での私の旅行参加のニュースは大不評だそうである。何でも私の方から一之宮に同行を打診して無理やりついてくると言う誤報も出回っているそうだ。一応、枇杷木先輩もそれとなく誤解だと伝えようとはしてくれたらしいのだが、無理だったそうである。あまり私を庇うと彼女の親衛隊内での立場が悪くなるので、無理はしないでほしいとお願いしておいた。

 私が誤解だと言ったところで聞く耳は持ってくれないだろうし、一之宮の親衛隊なんだから奴自身が説明をしてくれればと思うんだけど…。


 そんなことを考えているうちに代議会室に着いた。ノックをすると、普段なら一之宮親衛隊か、吉嶺よしみねの取り巻きの誰かがドアを開けるのだが、今日ドアを開けたのは吉嶺本人だった。招き入れられた室内にも親衛隊も取り巻きもおらず、応接セットに一之宮が優雅に足を組んで座っているだけだった。


「…お一人ですか?」

橘平きっぺいがいるだろ」

「いえ、そう言う意味ではなく、普段侍らせておいでの親衛隊の方がいらっしゃいませんけど? とうとうストライキでも起こされましたか?」

「そんな訳があるか。今日はもう先に帰らせた。旅行の準備で女同士で買い物に行くんだそうだ」

「一緒には行かなかったんですか?」

「女の買い物は無駄に長いからな。いちいち付き合ってられん。…お前は買い物に時間をかけなさそうだな」

「まあ、基本即断即決ですね。買い物に行く時点で何を買うかは決まっている方です」


 あくまでも自分の物を買うときに関してだが。桃香ももかの服を選んだり、お母さんへのプレゼントを買いに行くときは結構時間をかけて選ぶ。ちなみに一之宮の場合は欲しいと思ったら価格などは見ないそうなので、時間はかからないそうだ。予算内に納める為にいくつか迷って妥協すると言う事は彼には無縁の事なんだろう。

 つい買い物談義を続けてしまっていたら篠谷のブリザードスマイルが炸裂した。


「…お二人とも、その位にして、本題に入りませんか? 無駄に長い世間話にいちいち付き合っているほど暇ではありません」

「……相変わらず嫌味な奴だな。篠谷、俺は葛城かつらぎだけを呼んだはずだが? 忙しいならお前だけ先に帰ったらどうだ?」

「女性関係で噂の絶えない先輩の所へ曲がりなりにも女性である真梨香まりかさん一人で行かせるわけにいかないでしょう」

「過保護な事だな。束縛の過ぎる男は嫌われるぞ?」

「束縛だなんてとんでもない。あくまでも真梨香さんの名誉が傷つけられないようにという配慮ですよ」

「配慮…か。しかし、生徒会室では会長と副会長が二人になることも多いだろう。そっちは配慮しなくていいのか?」

「どなたかと違って日ごろの行いのおかげであらぬ誤解を受けることも無いようですので」


 …寒い。季節は初夏に向かおうとしているのに、この部屋の中だけ極寒のツンドラ気候にでもなったみたいだ。半ば予想通り、一之宮と篠谷の舌戦が始まってしまった。こうなると毎度長いんだよな…。私と一之宮の世間話よりよっぽど時間を喰っていると思うのだが、この恐ろしい睨み合いの間に割って入る勇気はちょっとない。

 この際、篠谷たちは放っておいて吉嶺に話を聞いて会合を進めてしまおうか…。

 そう思って吉嶺に声をかけようとしたとき、代議会室のドアが控えめにノックされた。普段なら双璧のどちらかの取り巻きが出るのだろうけれど、今は人がいないため吉嶺が苦笑しながら対応に向かう。一之宮と篠谷はまだ言い合いを続けていた。


「あの、すいません。1年総代の馬酔木あせびさんは…」

「え? 馬酔木って、石榴ざくろの親衛隊の子だろ。彼女ならもう帰ったよ。何か用事だった?」

「え?! あの…あたし提出書類にミスがあって、今日中に直して提出するよう言われてたんですけど…」


 困惑気味の声には聞き覚えがあった。振り返ると、栗色の髪の小柄な美少女が眉をハの字にして吉嶺を見上げている。1年A組の副委員長で桃香の親友でもある倉田くらたいちごさんだ。こちらに気づいてはっとした顔をした後、ぺこりと頭を下げてくる。こちらも軽く会釈した。


「これがその書類? あー、締め切りはまだずっと先の筈だよ。休み明けに提出しても十分間に合う。…せっかくだから俺が預かって渡しておこうか?」

「え…良いんですか?! ……あ、でも……やっぱり自分で休み明けに提出した方が…。先輩の手を煩わせるわけには…」


 二人のやり取りを聞いていて、少し気になったので、一之宮に確認してみることにした。


「一之宮先輩、ご歓談中すいません。今日の会合の事、親衛隊の皆さんはご存じなんですか?」

「…葛城、お前、俺と篠谷のやり取りが歓談しているように見えるか?」


 呆れたような口調で口論を止めた一之宮がこちらを振り返る。嫌味で言ったに決まってるじゃないか。察しが悪い。篠谷なんかきちんと嫌味として受け止めてこちらにブリザードスマイル送ってきてるぞ? ……言うんじゃなかったかな。


「もちろん見えませんけど。…で? どうなんですか?」

「いや、残ると言うとあいつらも残ると言い出しそうだったから帰ると言ってある。朝のミーティング時点で各学年の総代と部長会には放課後は集合の必要はないのでそのまま帰れと伝えているぞ」

「…つまりここへ書類を持ってくるよう言われていても、本来なら鍵がかかっていて誰もいないドアの前で待ちぼうけになるはずだったという事ですよね」

「……そうなるな」


 それで大体の状況が掴めた。倉田さんは一之宮の親衛隊で1年総代の馬酔木あせび詩織しおりに意地悪をされているのだ。確か彼女はゲーム中でも桃香相手に似たような事をしていた。倉田さんの容姿からいっても、急に人事異動で代議会に入った彼女は注目の的だろうし、意外と面倒見のいい一之宮や、可愛い女の子とみれば声をかける主義の吉嶺らに声をかけられ、結果として親衛隊の不興を買ってしまったのだろう。

 この上学年総代であり、一之宮親衛隊でもある彼女を差し置いて直接双璧に書類を預けたなんてことになれば更に嫌がらせがエスカレートするに違いない。吉嶺がそれに気づかない筈はないんだけど、あいつのことだからわざと言ってる可能性もあるな…。


「吉嶺先輩、重要書類ならなおさら自分で管理するよう指導しないとだめですよ」

「あれ? 葛城さんは厳しいね。書類の提出なんて、最終的にまとめてこっちに上がってくるんだし、俺がここで受け取っておけば彼女が提出期限を守ろうとしたって証言もしてあげられるし、怒られなくて済むよう俺からも話を通してあげられるのに」

「提出期限に関しては受け取りの約束を忘れてしまった時点で馬酔木さんにも責任のある話だと思いますが、学年ごとに総代がまとめるべき書類を一足飛びで代議会議長に提出したとなると総代の立場を蔑ろにされたと取られてしまうんじゃないでしょうか?」


 楽しそうな顔で書類を受け取ろうとする吉嶺を窘める。ここで倉田さんが素直に書類を預けてしまったら、吉嶺は面白そうだからという理由で親衛隊の揃っている場面でこの話を持ち出して煽るに違いない。

 親切だなどと騙されてはいけないのだ。この男は取り巻きを含めた女性たちが争うのを高みの見物しようとする根性悪だ。ゲーム中でもわざと取り巻きが桃香に嫉妬するよう煽ることが度々あった。プレイ中何度殴りたいと思った事か…。


「直接馬酔木さんに渡すのが気まずいのなら1のAのクラス委員長を通して提出してもらえばいいんじゃないかしら。今日中に直したって証明もできるし、委員長のチェックも受けたと言えば馬酔木さんも許してくれると思うのだけど」

「そうですね。葛城先輩、ありがとうございます。委員長に相談してみます」


 吉嶺の提案に迷うような表情をしていた倉田さんだったが、一之宮親衛隊を怒らせるかもしれないという可能性にはっとしたように書類を抱え直した。せめてもの打開策を提案してみるとぱっと顔を輝かせて頷いてくれた。表情が豊かで素直な子であるらしい。


「あ、そういえば茱萸ぐみちゃんと桃香ちゃんから聞きました。葛城先輩も交流会参加されるんですよね!」

「ええ、お邪魔させていただくわ。と言っても、生徒会代表は私だけだから、一人ぼっちでのけ者にされていたら構ってくれると嬉しいわ」

「そんな! 先輩とお話しできる機会があれば、って言ってる人すごく多いんです。こちらこそ、少しの時間でもお話しできたら嬉しいです!」


 そう言って弾んだ様子の倉田さんがぺこりと頭を下げて代議会室を出ていく。ドアが閉まったところで、隣で人を喰った笑みを見せている捻くれ男を半眼で睨み付けた。


「吉嶺先輩、悪趣味が過ぎますよ」

「葛城さんはおせっかいが過ぎるんじゃない? 折角面白いことになりそうだったのに」

「先輩のそういう所、本当に最低だと思います。罰が当たればいいのに」

「奇遇だね。俺も君のその勘の働くところはつまらないなと思ってるよ。いつか騙されて酷い目に会えばいいのに」


 お楽しみを奪われたと文句を言う男を殴りたい衝動を抑える。ここでキレたら奴の思うつぼだ。お楽しみを邪魔された腹いせに私を怒らせておちょくろうと言う精神が透けて見える。その手には乗るものか。


「そうですねいつか誰かに騙されるとしても、吉嶺先輩に騙される心配だけはないと思います。先輩の事を信頼する可能性がゼロなので」

「それは残念だな。君の信頼を勝ち得たら喜びのあまり卒倒してしまうかもしれないのに」

「そのまま天に召されてくださるのでしたらすぐにでも信頼したと宣言します」


 全力全開の女狐スマイルを浮かべてみせる。吉嶺の方は常に笑顔だ。そのままあははうふふと微笑にらみ合っていたら、不機嫌そうな声が割り込んできた。


「お前たち、俺の知らん間に随分仲良くなったんだな」


 気が付くといつの間にか言い争いを辞めていた一之宮と篠谷が半眼でこちらを睨んでいる。


「「仲良くは」」

「ありませんよ」

「ないよ」


 まるで漫画のお約束のようにハモってしまった。思わず睨むと何故かドヤ顔で返された。…こいつ、わざとか!? 漫画的表現なら私の血管が盛大にぷっちんと切れているだろう。


「やだな~、そんな見つめないでよ」

「睨んでいるのと見つめているのじゃ趣きに大分差があるかと思いますけど、吉嶺先輩は鈍感でいらっしゃるんですかね?」

「大嫌いな君のことについては人一倍神経質なつもりなんだけどね。君こそ実は俺の事意識してんじゃ…」

「あり得ません」


 皆まで言わせず速攻で否定しておく。戯言しか言わない口をいっそホッチキスで留めたい。ハンドミシンがあれば今この場で縫い合わせてやるのに。


「おい、いい加減にしろ。話が進まないじゃないか」


 苛々と文句を言う一之宮を八つ当たりの気持ちも込めた笑顔で睨みつけた。元はと言えばこいつが篠谷とくだらない言い争いを始めた所為じゃないか?


「そうですよ。忙しいんですから、さっさと済ませて生徒会に戻らないと」


 お前も同罪だよ篠谷。腹立たしい代議会議長サマと生徒会長サマを脳内で投げ飛ばしつつ、会合に話を戻すことにする。


「…失礼しました。それで今日はどんな御用ですか? 交流会のしおりでしたら受け取って目を通してますが」


 交流会参加者には、一部の生徒のレクレーションイベントの為だけに作ったにしてはやたらと凝った冊子が配られる。宿泊施設の案内や時間ごとの行程、集合時間や食事会の内容など、表紙本文フルカラーで写真も多数掲載され、表紙には桜花の校章がエンボス箔押しされている。少部数でこれだけの装丁だと一冊当たりの単価がかなり高いだろうな、といらぬ前世オタク知識が脳内でおよその印刷代とか計算しそうになった。

 集合時間なんかも事細かに書いてあるので、旅行の内容について代議会に事前に聞いておくようなこともないはずだ。


「まさにその交流会の件だ。だから今回の話は生徒会長殿には関係ないからかえってかまわんぞ」

「うちの副会長を巻き込むのでしたら僕が無関係という事はあり得ません」

「一之宮先輩、とりあえずお話を進めてください。」


 また話が振り出しに戻りそうになって慌てて一之宮に話の続きを促した。なぜか一之宮はちょっとつまらなそうな顔をして、足を組み直した。…実は篠谷との言い合いを楽しんでるんじゃないかこいつ…。


「これを見ろ」


 一之宮がポケットから数枚の紙を取出しテーブルに広げる。どうやら写真のようだ。身を乗り出して覗きこむと、そこに写っていたのはほかならぬ私自身だった。もちろん身に覚えはない。かなり遠くから撮られているらしく、視線がカメラの方を向いているものは一枚もない。


「……なんですこれ…?」

「一之宮先輩、代議会議長ともあろう方が盗撮写真を持ち歩くとか、品性を疑いますよ?」

「俺のではない! しかも万が一に俺の物だった場合お前達に見せたりするものか!」


 一之宮が必死に否定している。私も一之宮が私の写真を持ち歩くような理由が思い当たらないので、その点は信じていいと思う。……日頃の恨みを込めての呪詛用とかだったらありだろうか…。


「お前も疑わしげな顔で見るんじゃない! それは生徒からの没収品だ」

「没収品…って風紀委員の管轄じゃないんですか?」

「没収したのは風紀だ。調べているうちに厄介なことになりそうだっていうんでこっちに話が来た」

「厄介な事…というと?」

「生徒の間でこれと同じような盗撮写真が出回っている。それも、代議会幹部が販売に関わっているらしい」


 一之宮の言葉に私と篠谷が息を呑む。代議会幹部と言えば各学年のクラス委員を束ねる学年総代と各体育部の部長会をまとめる体育部長会会長、文化部長会を束ねる文化部長会会長とそれらの補佐を務める役職が各1~2名、そのほとんどが内部生で筋金入りのお坊ちゃんやお嬢様の筈だ。


「内部生が盗撮写真を売りさばいて得られる利益なんて彼らにしてみれば大したお小遣いにもならないのでは?」

「目的が金じゃないとなると何だろうな…。単なる愉快犯的な犯行かもしれん」

「そもそも代議会幹部が関係者だっていうのは確かな話なんですか?」


 風紀委員会の調査内容がどんなものだったかは知らないけれど、代議会幹部に疑いをかけるっていうのはよっぽどのことだと思う。


「代議会幹部の特権を知っているか?」

「えっと…確かこの代議会執務室の鍵の管理と、隣のミーティングルームの使用権、それから…」

「学園WEBサイトの生徒向けページの管理権ですね」


 桜花学園には公式のWEBサイトがあり、外部に向けては校内行事や進学率など、入学希望者向けの情報を配信している。一方で生徒や保護者向けのページもそれぞれ作られており、特に生徒向けのページは生徒会や代議会、風紀委員会などの告知や行事のお知らせ、企画ページなどが、各機関の生徒自身によって管理運営されている。その為のアカウントとパスワードはそれぞれの機関の定められた生徒のみが管理し、譲渡や貸借は重大な守秘義務違反とされている。ちなみに、生徒会では会長と庶務の二人だけがその権限を持っている。


「写真を持っていた生徒から入手経路を聞き出したところ、代議会のお知らせページ内に隠しリンクが貼られていたらしい」

「らしい…というのは?」

「調査途中でリンクもろとも写真の販売サイトが削除された」

「…は?! 普通そんなリンク作られてる時点でWEBの管理用パス変更して触れなくするでしょう?! 調査中に証拠隠滅されるとか怠慢にも程があります! 誰ですかそんな杜撰なことしたの!?」


 思わず大きな声が出る。どうやらその調査に当たっていた風紀委員は最初単独で調査し、証拠を掴んでから報告するつもりだったそうで、手柄を欲張ったばかりに最悪のミスを犯したとして厳しく怒られたそうだ。私だってもし菅原すがはら先輩の立場でそんな報告されたらブチ切れてる。


「そんな訳で風紀委員長の菅原から代議会幹部の中に盗撮写真の販売に加担している人物がいる可能性が高いから調べるのに協力して欲しいと要請された」

「……先輩は疑われなかったんですか?」


 何の気なしに聞いたら猛禽を思わせる顔で睨まれた。いや、でも代議会のページをいじるパスとアカウントなら双璧の二人だって持っている。目的がお金じゃなくて単なるお遊びだと言うならお金持ちの二人だって犯人候補の条件には含まれてしまうのじゃなかろうか。…特にそう言う趣味の悪い遊びが好きそうなのが一人、いるし。


「…あからさまに俺を見てるね。残念ながらこういうのは趣味じゃないよ。写真を集めて売るだけなんて何の面白みもないじゃないか。遊ぶならもっと楽しいことをするよ」

「言い訳としては最低の部類ですけど何となく納得しました。吉嶺先輩の場合もっとやることがえげつないでしょうしね」

「葛城さんは俺の事よくわかってるなあ。やっぱり俺の事…」

「さて、一之宮先輩、代議会幹部に写真販売サイトの関係者がいるとして、それをどうやって調べるつもりですか?」


 吉嶺の戯言を途中でぶった切りつつ、話を戻す。


「まず交流会は代議会幹部が全員参加する。つまり参加者の中にこの写真販売の協力者がいる。そしてこの写真販売グループにとって今回の交流会は最高の撮影シチュエーションでもある」

「調査中に見た限りでは盗撮写真の中でも人気があるのが被写体が素の表情を見せている瞬間だ。旅行ともなれば貴重なオフショットが撮り放題だからね」

「つまり…私に囮になれってことですか?」


 写真が出回っている以上、その盗撮グループにとって私は被写体として一応の価値があるんだろう。でもそんなことを言うなら目の前の双璧のオフショットの方がよっぽど貴重ではないのか。


「囮なら私よりも適任がいると思いますけど」

「そうです。真梨香さんを囮にするだなんて、僕は賛成できません」


 私の隣で篠谷も反対する。ここに入る前に生徒会長の意見には従うと約束しているので、篠谷がこう言っている以上、私が双璧に協力する必要はない。


「…篠谷ならそう言うだろうと思った。だから呼びたくなかったんだよお前」


 一之宮がつまらなさそうにソファの背もたれにだらんと背を預ける。確かに、篠谷の反対が無ければ、そして私がターゲットになる可能性があるという説に説得力があれば私は囮を引き受けていたかもしれない。今回没収されたのはたまたま私の写真だったわけだが、他に生徒に人気の人間はたくさんいる。攻略対象の男共もそうだが、桃香こそ、あの可愛らしさなら狙われておかしくない。いや、既に写真が出回っている可能性が高いだろう。

 ……できることなら桃香の写真買った奴と撮った奴全員まとめて叩きのめしたいところではあるが、今回の旅行ではその桃香も一緒なのだ。犯人捜しより、桃香を守る方が最優先である。


「今回の交流会、身辺に気を付けろと言う忠告でしたらありがたく承ります。また、怪しい人物を見かけたら一之宮先輩に報告もしましょう。ただ、意図的に盗撮犯のターゲットになるのは御免こうむります」

「…仕方ない。一応何かあったら俺か、橘平、どちらもつかまらなければホテルスタッフに言え。今回の件については一之宮グループの精鋭スタッフを揃えて万全の警備を敷いている。盗撮は現行犯で捕まえないと意味がないからな」

「ありがとうございます。ちなみに、この件は先輩側の人間では誰がご存知なんですか?」

「俺と橘平、あとは風紀委員会だけだ」


 人払いをしていたことからも考えて、一之宮の親衛隊と吉嶺の取り巻きはこの件について話をされていないと考えるべきだろう。容疑者候補と目されているのか、巻き込ませまいとする親切心か、どちらかと言えば前者だろう。親衛隊隊長の甜瓜まくわ薔子しょうこは文化部長会会長で、幹部特権も使える人物だ。親衛隊としての情報網で風紀委員の動きを察知して問題のWEBサイトを消すこともできただろう。


 その後、色々な注意点や双璧の調査の邪魔をしないための打ち合わせをして、篠谷と二人、代議会室を後にした。


「真梨香さん、さっきの話、どう見ます?」

「ああ、そうね、物好きがいたもんだなくらいかしら。でもたまたま没収で見つけたのが私の写真だっただけで、他はもっと人気の人たちが売られていると思うわよ」

「そこじゃありません。一之宮先輩の話を鵜呑みにはできないんじゃないかと思いませんか? 確かに代議会幹部にしか問題のサイトが設置や削除ができなかったとしても、パスワードとアカウントを教えてしまえば外部の人間でもそれは可能になります。交流会も、あなたの妹さんや香川さんのように代議会とは関係なくても参加は可能です」

「確かに。でもそれならそれで、アカウント譲渡という違反行為をした人間を見つければ何かわかるかもしれないって事でもあるわ。…囮は嫌だけれど、何か情報が掴めないかはついでにやってみる」

「…危ないことに首を突っ込まないでください、と諌めたところであなたは聞く耳を持っていただけないんですよね。……くれぐれも気を付けてください。些細な罪でも、追い詰められた人間は何をしてくるか分かりませんから」


 篠谷が心配そうな顔でこちらをじっと見つめてくる。その表情にはいつもの寒気がするような胡散臭さも眩しくて目が潰れそうな似非爽やかさもなく、どこか熱を帯びた色をしていた。


「えっと…ありがとう、篠谷君」


 何となくその顔を見ていられなくて、目を逸らしながらそう答えた。

 この時の篠谷の忠告をちゃんと心に留めておくべきだった…。そう、私が後悔するのはもう少し先の事―。


次からいよいよ交流会旅行編です。

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