23
ちょっと前回から間が空きました。すみません。
ゴールデンウィークの代議会幹部の交流旅行はゲーム中にも登場するイベントの一つだ。新歓パーティーで3年の双璧と呼ばれる二人と出会った桃香がその後双璧との会話イベントをこなして好感度を上げると発生する、代議会ルートのイベントだ。
このルートでは桃香は双璧のわがままにより代議会の議長補佐という臨時の役職に就かされ、部活動と二足のわらじを履かされる。
正直、プレイしながらも、「桃香をこき使うとか何様だ、このバカ殿!」と罵っていたのは秘密である。
そんなイベントになぜ私が強制参加を呼びかけられているのだろう。肝心の桃香は今のところ双璧についてはフラグが立っていないのか、代議会に巻き込まれてもいないし、彼らとまともに会話も発生していないはずだ。
このままいけば桃香が彼らの毒牙にかかる可能性は低い。それならば私が双璧関連のイベントに参加するメリットも殆どない。ここはどうにかお断りする方向に…。そう思って振り返ると、篠谷と梧桐君と小林がぐしゃりと折れた招待状を前に盛り上がっていた。
「…『代議会幹部の交流会ではあるが今期生徒会とは様々な面で学園の改革の為協力すべき場面が今後増えることも鑑みて、今期生徒会でも特に革新派の代表である副会長にも同行してもらい、代議会と生徒会の懸け橋となって貰いたい』…ですか。相変わらず御託だけは立派ですね」
「いくら双璧の二人が実は革新的な考えを持っていると言っても、代議会幹部はまだ多くが保守派内部生で構成されているからね。その中に葛城さん一人でついて来いというのはいくらなんでも無茶があると思うよ。…何を考えているんだろう」
「反対反対、絶対はんた~い!! 真梨センパイ一人でとか罠臭いよ。そ~へきとか言う二人って女好きで有名なんでしょ? ぜっったい反対!!」
……私が断るまでもなく却下な空気が漂ってるな。助かるけど…。篠谷は双璧と元々仲が良くないし、他の皆も少なからず彼らに苦手意識があるんだろう。実に真剣な顔で断り文句の草稿作成に入っている。
この分ならスムーズにイベント回避できそう…。ほっと息をつきかけた時、おずおずとした細い声がその場の空気を一変させた。
「あの…その旅行、私行くことになってて…」
「え?!」
書記の香川さんの言葉に全員が一斉に振り向く。その剣幕に驚いたのか、香川さんはびくりと体をすくめて一歩後ずさった。
怯えさせてしまったと気付いた篠谷が気を取り直したように優しく問い直す。
「どういうことです? 香川さんはもう代議会議員ではないでしょう?」
「以前は幹部候補だったからその関係で誘われているとか?」
「いえあの…今回、一之宮先輩が各部長会と各クラス委員全員を連れて一之宮グループの系列のホテル貸し切って交流会を行うとかで、うちのクラスの副委員長になった倉田さんも参加することになったんですけど、彼女、代議会途中参加だから気後れしてしまっているみたいで…、私と桃香ちゃんについてきて欲しいって頼まれてて…」
「桃香が?!」
突然の桃香の名前に思わず大きな声が出てしまう。香川さんはちょっとびっくりした顔はしたものの、気を取り直したように事情を説明してくれた。
「はい…桃香ちゃんはお母さまや葛城先輩にも相談してみないと分からないって言ってましたけど、せっかくの機会だから一緒に行けたらいいねとは言ってました」
確かに桃香は好奇心も旺盛だし、イベントごとやお祭りも大好きだ。仲良くなったクラスの友達と旅行というのは参加したくなってもおかしくない。主催者である双璧二人が桃香にとって危険人物だなんて思いもしていないだろうし、旅行自体はゴールデンウィークの後半の2泊3日だから前半は家族との時間も取れる。
私が反対すれば桃香の事だからどうしても行きたいとは言わないだろう。けれど、それはそれで桃香が友達と過ごす機会を奪うことになる…。かといって桃香だけを旅行に行かせて、もし旅行中に双璧イベントが発生してしまったり、イベントとは無関係に女好きの双璧がちょっかい出してきたら…。
「……私、旅行に同行させてもらおうかしら…」
「真梨香さん?!」
「ちょ、真梨センパイ??!」
私の言葉に篠谷と小林がぎょっとした顔になる。梧桐君はやれやれと肩をすくめただけだったけれど。
「香川さんも一緒なら心強いし……今後の為に代議会と交流を持つのは確かに悪い事ではないと思うの」
もちろん建前である。本音は桃香のクラスメイトとの友情イベントを見守りつつ、双璧が桃香に近付かないよう邪魔をしたいだけだ。代議会との人脈を作りたい気持ちもなくはないが、桃香の前にはとりあえず二の次である。
できるだけそんなヨコシマな思いに気づかれないよう、真面目腐った表情を取り繕う。
「それならあなた一人ではなく生徒会役員全員が参加すべきで、一人だけというのが何らかの意図を感じます。僕は反対です」
篠谷が眉間にしわを寄せて厳しい表情で反対意見を出してくる。確かに、双璧の事だから何か企んでいるんだろうし、交流会中は取り巻き連中からのやっかみもいつもより激しくなるだろう。でも私が行かなければそれを受けるのは桃香になってしまう。その点私はやっかみも、双璧のわけのわからない絡み方にも慣れている。
「そうだよ! 皆で行けばいーんじゃない? 真梨センパイ一人はだめだけど~、俺たちも一緒ならいいよ~って言ってみれば?」
小林が名案を思いついたというように声を上げた。けれど、篠谷は厳しい表情で首を横に振る。
「……僕はゴールデンウィークは祖父母の家に挨拶に行かなくてはなりませんので参加できません」
「僕も家族旅行と日程が被っちゃってるし…まあ、僕だけキャンセルできなくもないけど…」
「梧桐君、だめよ。家族の予定は大事だと思うわ。私の方は気にしないで、そっちを優先させて。篠谷君も」
家族団欒の時間というのは大切だ。一緒に過ごせるうちはそれを優先させてほしい。
「加賀谷は~?」
「僕も…家の用事で抜けられそうにありません……」
申し訳なさそうに加賀谷少年が俯く。
「気にしないで。私と香川さん二人でも生徒会代表という体裁は整うと思うし…」
「ちょ…俺を外さないでよ~」
「そう言われても…小林君は役員じゃないし……」
役員ならともかく、いち執行部員の同行を打診したところで双璧が承諾してくれるかどうかは微妙だ。というより、双璧の事だから絶対小林の同行を認めてくれないだろう。…あいつら男に対しては無駄に厳しいからな…。
「ともかく、交流会で生徒会として今後の展望に向けての根回しもできるし、内部保守派の代議員に接触して意見を聞くことも今後の為になると思うから、行かせて頂戴?」
篠谷に手を合わせてお願いしてみる。一応は生徒会として返事をすると宣言している以上、最終決定権は篠谷にある。もしどうしても駄目だと言われたら、桃香を説得して香川さんや倉田さんとのお出かけを別の機会にして、今回の旅行は諦めてもらうか、過保護と鬱陶しがられるのを覚悟の上で本人と香川さんにこまめに連絡を取って状況を知らせてもらうようお願いするかのどっちかしかない。それぐらい双璧ルートの旅行イベントは懸念事項だらけなのだ。むしろ懸念材料しかない。
「…っ…真梨香さん……それならばせめて状況報告を。1日3回、僕宛にメールすると約束してください。もちろん、双璧が何か無茶を言ってくるようならその場合は定期連絡外でもすぐに知らせるように。この条件を守っていただけないのでしたら許可できません」
「約束するわ。…ありがとう篠谷君」
私が桃香に言うかもしれなかった条件と似たような事を篠谷から言われた。
まあ、双璧の無茶ぶりが生徒会の仕事に関わることだった場合、私の一存ではもちろん決められないので、当然と言えば当然の条件だ。私は頷いて篠谷に礼を言う。生徒会長としての責任感の強い彼の事だから、私一人に責任を背負わせてしまうことを憂えているのだろう。いつもの似非スマイルもなりをひそめて、心配そうな目でこちらを見ている。
「生徒会代表を名乗るからには無茶はしないよう気を付けるし、双璧の二人ともむやみに争わないよう適当にご機嫌を取るよう頑張るわ」
「いえ、むしろご機嫌など取らず盛大に双璧と喧嘩していただいた方が安心できます」
「カイチョー私情駄々漏れだよ~」
「まあ、篠谷君の意見は極端としても、葛城さんが無理に我慢する必要はないし、こっちは招待を受けてあげるんだくらいの気持ちで構わないと思うよ」
それはさすがに尊大過ぎないだろうか。ニコニコと無茶を言うビーバー系庶務の言葉に冷汗が垂れる。
「と、とにかく、代議会に多くいる内部生主導主義の人たちと話をするいい機会だし、頑張ってくるわ」
半分以上は妹の為というのが動機なので、ちょっと後ろめたいけれど、何とか許可を取りつけることはできた。
「そんな訳だから…香川さん、元代議会議員として、色々協力をお願いすると思うけれど、よろしくね?」
「はい……やっぱり、来るんですね」
「え?」
「いえ、そう言う事でしたら、クラス委員会の会長は中立派で話も繋ぎやすいと思います。私もお世話になっていた先輩ですし、交流会前に一度ご紹介します」
「ええ、ありがとう」
一瞬、香川さんの表情が暗く陰ったような気がしたけれど、気のせいかな…? まあ、よく考えたらクラスの友達と旅行に行くのにその姉も一緒とか言われたら微妙な気持ちにもなるか…。なるべく桃香たちグループには割り込まないようにして、双璧から桃香を守ることだけに専念した方がいいかもしれない。
……本当はちょっとくらいは構って欲しいけど…。鬱陶しいお姉ちゃんだと思われたら悲しいしな…。
その日の夜、桃香に尋ねると、今日の昼に香川さんたちに誘われて、できれば行ってみたいという答えが返ってきた。
「その交流会なんだけど…実は私も生徒会役員として招待されてるの」
「え?! じゃあお姉ちゃんも一緒に行けるの?!」
「あ、でも一応生徒会としての参加だから、ずっと一緒にいるわけじゃないから、桃香はお友達と一緒に散策とか楽しんでもらうことになると思うの」
「なんだー。でもお姉ちゃんと学校行事で旅行って、中学の時の部活の合宿くらいだったから嬉しいな」
確かに学年が違うので修学旅行やキャンプなどの宿泊系学校行事は一緒にならないし、母子家庭で仕事が忙しく、頼る親類縁者も少ない母は帰省する実家も無かったので、家族旅行もあんまり行った記憶がない。…父が生きていた頃はまだ結構頻繁に旅行にも行っていた気がするけど…。
「それじゃあ、時間が空いたら一緒に過ごしましょうか?」
「ほんと?! やったあ!」
桃香がはしゃいで飛びついてくるのを抱き止める。思ったより勢いが強くて押し倒されそうになるが何とか踏みとどまった。そのまま抱き付いてぐりぐりと頭を擦りつけて甘えてくるのが可愛すぎて仕方がないんだけど、これどうしようか。写真に撮るか、いっそ動画に残しておくか…。でも携帯を取りに行くには離れないといけないし、それは色々勿体ない気がする…。
結局、暫く桃香の抱き心地を堪能するだけに留めた。
嫁が可愛いと生きている甲斐がありすぎる。
「あ、でもお姉ちゃん、生徒会のお仕事って事は他の人たちも一緒なの? ……篠谷先輩とか…」
「いえ、今回は私だけなの。皆用事があるから。その代り香川さんに色々協力をお願いしてるから、時々彼女を貸してもらうことになるけど構わないかしら?」
何と言っても桃香にとってのメインはお友達との初旅行だ。できるだけ邪魔はしたくない。
「茱萸ちゃん? わかった。その間は苺ちゃんと待ってる。お姉ちゃんも、お仕事以外の時は一緒に遊ぼうね!」
「ええ、もちろん」
そうと決まれば準備しなくっちゃ、と張り切って部屋へ駆けこんでいく桃香を見送ると、私は夕飯の片付けをしている母を手伝いに台所へ向かった。
「そう言うわけだから、お母さん、ゴールデンウィーク後半は二人していないけど、ご飯ちゃんと食べてね。娘がいないからって手抜きしちゃだめよ?」
「…ばれたか。まあ、楽しんでらっしゃい。お金持ちのお坊ちゃんの御用達高級ホテルなんてめったに見れるもんじゃないし、帰ってきたら色々聞かせて頂戴」
「交流会って言っても学生主催の合宿みたいなものだし、たいして話せるようなことないと思うけど…」
「ばかね、学校行事の合宿やら修学旅行と言えば恋の花咲く一大イベントじゃない。お母さんだって椿さんと急接近したのは修学旅行だったのよ?」
…恋の花が咲いたら困るから行くんだけど。お母さんは何やら思い出に浸って盛り上がり始めてしまったので、洗い終わった食器を拭いてしまうことにする。
「あんたも椿さんみたいに素敵な人を見つけなさい」
うっとりとお父さんの事を思い出す時のお母さんはいつものさばさばとした気の強さが隠れて、ただの乙女に見える。この10年、言い寄ってくる人がいなかったわけじゃない。でも、こういう表情を見ると、お母さんは今でもお父さんに恋をしているんだと思う。
「…うーん……私はまだそう言うのはいいかな…」
胸の奥がずきりと痛むのを隠して苦笑いしながら言う。桃香がまともな相手と幸せになるのを見守るまでは自分の事は考えられない。それが私にできるせめてもの事だから……。
「私に似て美人なのに勿体ないじゃない。誰か気になる子とかいないの? 今朝お菓子持って行った子とか!」
「ぶっ!!?」
いきなり津南見のことを話題にされ、手が滑る。危うく落としそうになった茶碗を空中でキャッチしたお母さんは、してやったりの笑みを浮かべている。そう言う表情は本当に狐そっくりで、自分も悪巧みをするときにこういう顔をしているんだろうな…とげんなりする。
「津南見先輩はそう言うんじゃないってば。本当にただのお礼よ」
「津南見君ていうの? 私は別にちっさいタッパーの子とは言ってなかったんだけど…。生徒会にも持って行ったんでしょ? へえ…でも生徒会の子じゃなくて、桃香の先輩ね~…ふ~ん~」
「な…!?」
まんまと引っかけられて、言葉に詰まる。
「ちがうから! 変な勘ぐりしないでよ!?」
「そう言うことならお母さん応援しちゃおうかな~」
「絶対やめて!!」
ニヤニヤと笑いながらうりうりと鼻をつままれて、抵抗して暴れていたら物音に心配した桃香が台所に駆け込んできた。
「……何してるの?」
「あら、桃香、お姉ちゃんがね~」
「やめて誤解だから!桃香に変なこと吹き込まないで!!」
桃香にまで勘違いされたら死ぬ! 本気でお母さんの口を塞いで眼で訴えてやっとのことで黙ってくれた。……でも絶対まだ変な誤解してるから今度改めて誤解を解かないと…!
その後、桃香をお風呂に行かせた後で改めてお母さんに、津南見に対し特別な感情は無い事、ブラウニーはただのお礼で、それ以上の意味はないと訴え、桃香が変に意識して部活に集中できなくなったら困るから絶対におかしなことを言ってくれるなと切々と説いて、何とか納得してもらった。
…誤解は解けた…と思いたいけど、最後のお母さんの台詞が「そう言うことにしておいてあげるわ」だったのが激しく不安だ…。口は堅いから桃香には言わないでくれると思うけど、あの調子で今後も変にからかわれたら面倒くさいな…。
桃香が上がった後に、入れ替わるようにお風呂に入る。狭い湯船に膝を抱えるように浸かってぼんやりと天井を眺める。
「代議会交流旅行か……潰れたと思った代議会ルートのイベントがなんで発生してるかはともかく、双璧イベントとくれば…出てくるわよね…」
双璧ルートのそれぞれのライバルキャラ。吉嶺橘平の取り巻き筆頭の郁子野ゆかり、そして……。
「一之宮石榴親衛隊隊長……甜瓜薔子…」
一之宮親衛隊と呼ばれる取り巻きのご令嬢たちは美貌とスタイルを兼ね備えたセクシー美女の集団なのだが、その中でもナンバーワンと言われているのが隊長の甜瓜薔子、通称、薔薇姫と呼ばれている3年の美女だ。文字通り大輪の薔薇の様な華やかな美女ではあるが、取り巻きたちの中で比較的私に好意的な枇杷木夕夏先輩の様な見た目セクシー中身おっとりの癒し系と違い、名前の通り棘のある性格をしている。
私に対しても会えばチクチクと一之宮に近付くな的な事を婉曲に延々言ってくるので苦手な相手である。私が近付いているのではなく、向こうが絡んでくるのだが、言っても聞く耳をお持ちでないらしいので最近は接触そのものを避けるようにしていた。代議会への用事を親衛隊の当番が枇杷木先輩の日にまとめてこなす、とか。
ゲームでも、双璧に気に入られてしまった桃香にあれこれと因縁をつけては絡み、嫌がらせの限りを尽くし、一之宮ルートに入り、桃香が一之宮と付き合い始めると、性質の悪い不良男子を雇って桃香を拉致させようとしたり、暴行させようとしたりしていた。
桃香が彼女に目を付けられるような事態だけは避けなければ。
「まずはあのバカ殿を上手く躱すことよね……」
借りを返せと言ってまたどうせ無茶振りを強いてくるに違いない。そうそう思い通りになってたまるものか。
「見てろよ、一之宮石榴! 絶対桃香には指一本触れさせないんだから!!」
私は決意も新たに拳を握りしめた。
その後も悶々と交流会イベントのシナリオを思い出したり、一之宮や吉嶺が企みそうな嫌がらせをあれこれと考えながら湯船に浸かっていたら、のぼせてしまい、お母さんから怒られてしまった。
お風呂で考え事はやめた方がいい。うん。
次回バカ殿のターンなるか?!