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久々のあの人登場です。

「お姉ちゃん!」


 予想外過ぎる光景に立ち尽くす私に桃香が駆け寄ってきた。久々に見る桃香ももかの道着姿はやっぱり可愛くて、つい意識が逸れそうになるが、気を落ち着けて、状況を尋ねてみる。


「これはいったいどういう状況なの?」

「それが凄かったんだよ! 津南見つなみ先輩、最初は防戦一方だったんだけど、途中から急に巻き返して、最後はあの王子様の竹刀を弾き飛ばして強烈な面一本!」


 どうやら津南見がこの戦いに勝利したのは間違いないらしい。でもどうして津南見は勝てたんだろう…? 私の記憶では馴染のない海外の剣術を使うシェリムに、正統派な剣道一本で鍛えてきた津南見はリズムを乱されて惜敗するはずだったのに……。

 あと、桃香よ、そんな手離しで津南見を褒めないでほしい。お姉ちゃんヤキモチ焼いちゃうから。


「桃香、そもそも入部初日のジャムシード君がどうして主将の津南見先輩と試合することになったの?」

「それは…私たちも良く分からなくて、女子部がストレッチと基礎練をやってランニングから帰ってきたらそんな話になってたの」


 なるほど、さっぱりわからない。津南見本人はというとまだシェリムの前に立ったまま、呆然とするシェリムを見下ろしている。防具に身を包み、まっすぐに立つその姿は堂々としていて、威圧感に満ちている。小柄ながらもどんな敵をも圧倒するオーラを纏っているように見えた。


「…ジャムシード、立て」

「……もう勝負はつきマシタ。…私の負けデス」


 ふてくされた様にそっぽを向くシェリムに津南見の厳しい声が飛ぶ。


「立って礼をきちんとしろ。礼に始まり、礼に終わるのが剣道だ。うちの部活に入ったからには剣道をやってもらう。わかったらさっさと立て!」


 津南見の言葉によろよろとシェリムが立ち上がる。そのまま中央に戻って見様見真似の礼をするのを見ていたら、面を外した津南見と目が合った。整った顔に玉のような汗が滴り落ちている。駆け寄った後輩からタオルを受け取ると汗をぬぐいながらこっちへ向かってくる。

 昼休み、その腕に縋ってボロ泣きしてしまった記憶が蘇り、目を逸らす。無理だ。今津南見と話すのは絶対無理だ。そう思いながら逃げ場を探すように見回した武道場の隅で、意外な人を見つけて、思わず声が出た。


木通あけび先輩?!」

「お~葛城かつらぎ、久しぶりだな? ちょっと雰囲気変わったか?」


 昨年度の剣道部男子主将、木通あけび由孝ゆたか先輩は卒業後、桜花の大学部に進んでいたはずだ。道着を着ているところを見ると、指導の為に高等部へ来ていたという事だろうか。

 桃香を連れて、木通先輩と菅原先輩がいる武道場の隅まで駆け寄る。


「先輩はお変わりなさそうですね。瓜生うりゅう先輩はお元気ですか?」

「おお、元気元気。…元気すぎてたまに俺の方が殺されそうになるけどな。しかし久しぶりに高等部に指導を口実に来てみたら面白いことになってんな」

「妹に付きまとわれている身としてはちっとも面白くないんですけど」


 見上げるほどの長身はおそらく小林こばやしと同じかそれ以上だろう。去年はよく津南見と並んでいたので余計に身長差が大きく見えたものだ。


「まあ、柑治かんじに負けたことだし、あの王子様の妙な鼻っ柱も折れただろうからちっとは大人しくなるんじゃねえか?」

「だといいんですけど…。先輩は事の経緯をご存じなんですか?」


 あまりにナチュラルに話しているからうっかり流しそうになったが、男子部の指導でこの場にいたという事は二人が勝負するに至った経緯を知っているという事じゃないだろうか。期待を込めて見上げると、愉快そうにシェリムを指しながら口角を上げて応えてくれた。


「ああ、あの王子面白いな。来ていきなり女子部と合同練習にした方がモチベーションが上がるとか提案して、柑治に怒鳴られてたぞ」

「わあ……」


 予想以上の爆弾を投下していたシェリムに二の句が継げない。

 …ゲームで見ていたシェリムに輪をかけてネジがぶっ飛んでる気がするな。この現実のシェリム。


「更に自国で護身用に覚えた剣術の方が実践的で強い。基礎練習もつまらないから参加したくないと我儘言うから、俺が柑治に勝ったら好きにしろって提案したんだよ」


 ……アンタが原因か。頭を抱え込みたい気分になる。

 そう言えばこの人はこういう人だった…。お祭り好きというか、勝負とか賭けとかよく言ってたしな…。私とも手合わせしたがったりと、とにかく変わった人だった。


「無茶ぶり過ぎじゃないですか? 津南見が負けたらどうするつもりだったんです?」


 菅原先輩の言葉に全面的に同意したい。何でか勝ってるからいいけど、本来負ける可能性の方が高かったんだぞ。思わず半眼で木通先輩を見上げる。当の木通先輩はどこ吹く風で、


「今の柑治なら勝つと思ったからな。あいつも成長したからな~。今でこそあんな古武士のような雰囲気醸してるけど昔は…」


 木通先輩の昔話が始まりそうになったところで、私の横から突き出してきた竹刀が先輩の眉間を鋭く突く。容赦のない突きに木通先輩が悶絶する中、私のすぐ斜め後ろから響く低い声にびくりと肩が震えた。


「何を余計な事をべらべらと話そうとしてるんですか!」

「いってえな~。柑治お前誰のおかげであの我儘王子に勝てたと思ってんだよ?」

「先輩の指導はともかく、勝ったのは俺の実力です!」

「勝てたのが木通先輩のおかげってどういうことだ?」


 菅原が興味深げに追及するのを見ながら、私はすぐ横に立ったらしい津南見の方を見ることができず、固まっていた。右側の肩が緊張で震えている気がする。さりげなく距離を取りたいが、狭いスペースで固まって話していたので逃げる場所がない。こころもち、左側に立つ桃香に擦り寄る。


「こいつ基礎は怠らないし、正統派な剣の使い手としては充分強いんだけどさ、応用が利かないっていうか、トリッキーな動きとか、動きのリズムが違う流派の相手は苦手でさ。そんなんじゃいざって時に困るだろってんで、俺が色んな格闘技覚えて来ては練習相手してやって、剣道どころか異種格闘技戦でも戦えるように仕込んでやったんだ」

「木通先輩のは単に自分が格闘技マニアなだけでしょう? 葛城が護身用の柔術ができるって知って手合わせを迫っていたこと、まいねえにばらしますよ」


 そういえば、私の動きが正しい剣道とちがうと見抜いたのも木通先輩だったな。確かに先輩は色んな格闘技に興味を示していた。私の護身術の指導をしていた臼木の師範が古流剣術の使い手だと知って目を輝かせていたっけ。


「…つまり木通先輩の我流戦闘術の練習台をさせられた結果、あの王子の動きについていけるようになったってことか?」

「……軽く不本意だがそう言うことだ。まあ、見たことない動きとリズムだったから、慣れるのに時間がかかってしまったが」

「うんうん、やっぱ俺の指導の賜物だよな。柑治のような優秀な弟弟子に恵まれて俺は幸せだなあ」


 調子に乗ってニヤニヤする木通先輩の眉間に再度竹刀の先端がめり込む。痛そうだ。蹲って頭を抱えている。


「弟弟子…?」


 ただの後輩にしては妙な言い回しに首を傾げる。


「ああ、そういえば葛城は知らなかったか。木通先輩は俺の爺様の開いている道場の門下生なんだ。…と言っても一時期は親父から破門喰らってたんだが」

「いや~、他の道場に勝負を持ちかけるならともかく掛け持ち入門とかふざけるなって文字通り投げ飛ばされたんだよな」


 そりゃ津南見のお父様も怒るわ。でも一時期って事は…?


「ああ、今は津南見の道場に戻ってるよ。色々やってみたけど、結局は師範代にも瓜生うりゅう先生にも一度も勝てなかったし、ひとつの流派で道を極める方が大変で、すごいことだってわかったからな」


 瓜生先生というのは津南見の従姉で、剣道の女子部の前主将の瓜生うりゅうまい先輩のお父様なのだろう。なるほど、そこに勝つためにあれこれ格闘技を身に着けようとしていたのか。


「さて、休憩時間もそろそろ終わりだな。柑治、男子部を集合させてくれ。葛城…っと、妹の方な、雪柳ゆきやなぎに報告したら女子部の練習に戻っていいぞ」

「はい。ああ、そうだ。葛城妹、一応ジャムシードは剣道部は続けるそうだが、部の方針、練習メニューについては俺や監督に従うと約束させた。煩わせてすまなかったな」

「あ、いえ、ありがとうございました! こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」

「迷惑をかけたのはジャムシードであってお前じゃない。気にするな」


 桃香がホッとしたように笑顔で津南見に礼を言う。その光景にずきりと胸の奥が疼いた。……あれ? いや、まさか……?? 目の前の安心したような桃香の表情は津南見への感謝と敬意に溢れていて、嫌な予感に血の気が引く音がする。

 いつになく柔らかい雰囲気の津南見と、無邪気に微笑む桃香…何度となく画面の向こうで見た景色と重なる、現実いまの光景……。

 まさか…シェリムのフラグが折れたと思ったら津南見にフラグが立ったとか……??


 もし…もし、万が一に桃香が津南見の事を好きになったとしたら……いや、でもそれが桃香の意志なら……嫌だけど…すごく、すごく嫌だけど、正直こんな女性恐怖症のヘタレ侍のどこがいいんだと思うけれど、桃香が選ぶなら……応援…できる……筈………。

 そうは思うのに、喉に石が詰まったような息苦しさと目の前が真っ暗になるような、足元の地面が崩れて底なしの闇に落ちていくような感覚が止まらない…。……桃香が……津南見に取られる……? それとも………。

 なんだか考え過ぎて胃まで痛くなってきた。


「おい、葛城、顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」


 菅原先輩が心配そうに顔を覗きこんでくる。それを聞いて桃香も驚いたように飛びついて来た。


「ほんとだ! お姉ちゃん、大丈夫?!」

「え…ええ、平気。ちょっとここの所忙しかったうえに急いでここに走ってきたから立ちくらみ起こしちゃったみたい。…ジャムシード君の問題も解決したみたいだし、私、生徒会に戻るわね」

「大丈夫か? 何だったら俺もついていこうか?」


 菅原先輩の提案を遠慮しようと無理やり笑顔を作ろうとしたところで、ぐい、と肩を引かれた。


「生徒会室に戻って仕事ができる顔色じゃないだろう。保健室へ連行する。菅原、悪いが生徒会室に知らせてくれるか? 葛城妹は雪柳の所に戻って報告と練習再開だ。心配だろうが、容体は後で必ず報告する」

「先輩……それじゃあお姉ちゃんをお願いします」


 桃香、そこはお願いしないで欲しい。桃香が津南見に寄せる信頼の態度に更に胃がきりきりと締め付けられる。この上、津南見と二人で保健室とか全身全霊で遠慮したい。


「え、いや、保健室って大げさな…っていうか津南見先輩は部活練習再開するんでしょう?! そっちに行ってください。私の事は気にしなくていですから!」

「そういうことは自分の体調をしっかり管理できるようになってから言え。手向かうなら無理やり運ぶぞ」

「柑治、男子部は俺が見とくから安心して行って来い」


 木通先輩までそんなことを言い出して、津南見はそれこそ真剣な顔で腕を引いてくる。それこそ反抗するなら抱えるぞ、とアーモンド形の瞳が言っている。

 お荷物よろしく肩に担がれるのを想像して、それは恥ずかしいと思ったので、大人しく保健室に向かうことにした。

 一応、一人で行けると主張してはみたものの、菅原先輩、津南見、木通先輩、桃香の全員から却下され、終いには桃香にお願いだから保健室で休んでいて欲しい、部活が終わったら迎えに行くからと懇願され、折れざるを得なかった。



 津南見に先導されるように南校舎に向かう。菅原先輩は生徒会室に伝えに先に行ってしまった。木通先輩は男子部の指導をしながらニコニコと手を振って見送ってくれた。妙に嬉しそうだったのが気になる。


「……」

「………」


 正直、気まずい。桃香は昼休みの事は知らないし、さっきの試合の事もあって、津南見を信頼して頼んでくれたのだろうけれど、私は津南見と二人きりは遠慮したかったし、実際昼休みに津南見にそう言ってしまっている。

 言い逃げに近かったとはいえ、津南見だって聞いていたはずなのに…。これは生意気な事を言った後輩への嫌がらせだろうか。それとも桃香の頼みだから暴言を吐くような後輩でも仕方なく面倒を見ようとしているのだろうか…。


「(……違うか。津南見には悪気なんかない。…私がこいつを悪く思いたいんだ……)」


 ……嫌な考え方だと自分でも思う。相手の善意を否定して、粗さがしをして、どうにかして相手を嫌な奴だと思い込もうとしている。相手を敵だと思っていたい。桃香を狙う危険人物だと、そう思っていたいのだ。そうしなければ、彼らを認めてしまえば、きっともう、フラグを折ることができなくなるから。

 津南見はきっと単に面倒見がいいだけだ。困っている人を放っておけない、お人よし。そんな事は充分に分かっているはずなのに、否定しないと、駄目な奴だと思わないと、自分の中の壁が揺らぐ気がするのだ。

 ……だからこそこれ以上、優しくされたくなかった。


「……あの…もうここまでで大丈夫ですから…先輩は部活に戻ってください」

「ちゃんと保健室まで送り届けるとお前の妹にも約束したからな。それにお前の大丈夫はあてにならない」


 前にも誰かに言われた気がするな、それ。こうなったら一刻も早く保健室にたどり着いて、津南見を部活に戻らせるしかない。そう思って足を速めようとすると、津南見に腕を掴まれた。


「具合が悪いのに急に走り出す奴があるか。倒れるぞ」

「すみません、分かりましたから離してください」


 掴まれた腕が熱い。ふと、さっきの桃香と笑い合う津南見の顔を思い出す。津南見ルートは真梨香わたしの干渉が無ければそう不幸な展開は起こらない。

 もし…本当に桃香が津南見の事を好きになるなら……私はもう関わらない方がいいんじゃないだろうか……。そうすれば桃香は津南見と普通に幸せになれるんじゃないだろうか……。私さえいなければ……。

 再び足元がぐらつく感覚が蘇る。胃が痛い。…吐きそうだ。


「……保健室で大人しく休んでいます。……先輩は保健室についたらすぐ部活に戻ってくださいね」


 …どうも今日の私はおかしい。津南見の前で泣いてしまったり、篠谷に動揺した姿を見られたり……。桃香を守ると決めた筈なのに、弱気になったり…。体調が悪いせいかもしれない。言われた通り、大人しく休んでいよう。そして桃香と一緒に帰ってお母さんのご飯を食べて……久しぶりに桃香と一緒に寝てもいいか頼んでみようか…いや、でもこの体調不良が風邪だったら桃香にうつる。やめておこう。



 取り留めもないことを考えながらようやく保健室にたどり着く。保健室の主である保健室のおばちゃんこと合歓木ねむき洋子ようこ先生はどうやら不在らしい。部活動の時間帯はよく運動部の怪我で呼び出されているので今回もそうなのだろう。壁のホワイトボードに『第一グラウンド、すぐ戻る』と殴り書きがされていた。


「とりあえず、お前は横になって休め。頭痛や吐き気は? 水でも飲むか?」

「いえ、大丈夫です。先輩は部活に…」

「合歓木先生が戻るまではいる。熱はどうだ?」


 ものすごく当たり前の動作で手を額に当てられる。額同士でごっつんこじゃなかっただけましだが、昼に篠谷に頬に触れられたのと被って、顔に熱が集中する。慌てて振り払えば、津南見が驚いたような、傷ついたような顔で俯くのが見えた。罪悪感が胸に刺さる。


「ああ、すまない。触れてほしくないんだったな…。少し熱があるようだ。氷枕を用意するからとりあえず横になっていろ」

「あ……」


 一瞬、言い訳を口にしそうになって踏みとどまる。このまま、津南見が私を嫌な奴だと思って離れてくれればそれが一番いいじゃないか。私だけが女子恐怖症の対象にならなかったことも、このまま嫌われて距離を置けたら関係なくなる。

 無言で保健室のベッドに横になれば、少しだけ楽になった気がする。そう言えば昨夜はあまり眠れなかったんだっけ…。ぼんやりと思ううちに睡魔が訪れる。


「…………」

「葛城……? …眠ったのか……?」


 津南見の声が遠くに感じる。目を閉じて、睡魔に身を委ねる。完全に意識がなくなる直前、頬に暖かい感触が触れた。包むように触れ、目元を指がなぞる。

 壊れ物を触るような優しい仕草だった…。


「……し……やく…?……」


 薄れゆく意識の中で、問いかけると、それはぱっと離れていった。そしてそのまま私の意識はそこで途切れた。



 目を覚ますと、津南見の姿はなく、ベッドサイドには書記の香川かがわ茱萸ぐみさんがいた。桃香のクラスメートで、ゲームの中では良きアドバイザーでもある彼女は本来は代議会所属のクラス委員長の筈だったんだけれど、胡桃澤の騒動の時に生徒会に引き抜いて、書記になってもらった。少しツンデレだけれど友達思いの良い子だ。


「香川さん? いつからここに? 起こしてくれても良かったのに…。ごめんなさい、仕事中に私事で抜け出したりして、その上こんな…」

「いえ、来たのはついさっきです。会長に言われて葛城先輩のお荷物とか持ってきただけですから。…会長も梧桐先輩も皆も心配なさってました。会長と小林君に至っては知らせを聞いた途端生徒会室を飛び出そうとしたので梧桐先輩と加賀谷君に止められていました。…あまり無理なさらないでください」


 気遣うような声にホッと息をつく。生徒会の皆にも明日謝らないと…。


「仕事は大丈夫?」

「先輩、今日のところは仕事の事は気にしないでください。急ぎの案件はありませんし、先輩の分で分担できるところは無理なく分担しています。ゆっくり休んでくださいね」


 そう言った香川さんがじっと何かを言いたそうにこちらを見ている。…? なんだろう、仕事の事とかだろうか?


「香川さん…?」

「……あの…先輩は…剣道部の津南見先輩と親しいんですか?」

「……いいえ。……どうして?」


 何故いきなり津南見の名前が出るんだろう? 津南見に付き添ってもらった事、菅原先輩にでも聞いたのだろうか。それにしても親しいかとは話が飛躍しすぎのような……。


「ここに来た時、ちょうど津南見先輩が出てこられて、合歓木先生がなかなか戻らないから呼びに行こうとしてたって仰ってたんですけど…。津南見先輩、女性嫌いで有名で、狭い室内に女子と二人きりには絶対にならないって噂で聞いてたのに……葛城先輩とは平気だったのかなって……」

「……平気じゃないから出て来たんじゃないのかしら。私も送ってもらったらすぐ部活に戻ってくださいって言ったし…。」


 私の言葉に香川さんは少し戸惑うような表情になる。


「あの……私が来たの…ついさっきって言いました……よね…?」

「……ええ……」


 嫌な…予感がする……。


「菅原先輩から知らせを受けて、本当はすぐ行こうかと思ったんですけど、仕事の分担とか、ある程度切りのいいところまで片付けてからだって、梧桐先輩に言われて…なので、もう30分以上は…経ってます」


 つまり私は津南見の前でうっかり30分以上も熟睡していたのか…。気が抜けているにも程があるだろ…私。ベッドヘッドに頭を打ち付けたい衝動に駆られる。


「……えっと…つまり津南見先輩は寝ている私と30分以上二人っきりだったのに平気な様子だったから、私と津南見が親しいのではと思ったわけね…」

「それもあります…」

「他にも何か…?」

「……女性嫌いで有名な津南見先輩が、葛城先輩とは普通に話をしているって、以前から噂になっていたんです。…中等部の頃は生徒会や代議会の用事でも男子生徒相手にしかまともに会話もしていなかったので…」


 香川さんは中等部でも代議会所属だったから、部長会にいたであろう津南見とは面識がある。そもそも代議会を通じてほとんどの攻略キャラと一応の面識があることが、ゲームの中で桃香をサポートする為の設定だったのだから、当然なのかもしれないけれど…。


「……普通にって言っても…話すのはそれこそ必要最低限だったし、去年は剣道部は木通先輩と瓜生先輩がいたから津南見先輩とは殆ど直接は話してないわ。それ以前は面識すらなかったんだし…。」

「それでも、充分異常です。快挙と言ってもいいくらいです。……本当に以前は面識なかったんですか? 一度も?」


 香川さんの声に疑念が混じる。まるで私が中学生以前に津南見と交流があったのではと言わんばかりだ。

 会う機会なら何度となくあった。会わないように意図して避け続けたのは私の方だけれど。


「……何と言われても顔を合わせて言葉を交わしたことは無いわ。そりゃ、剣道の試合なんかですれ違うことくらいはあったかもしれないけど、少なくとも私は記憶にないわ」

「……それじゃあ、葛城先輩じゃないんでしょうか…?」

「何が?」

「…中等部の頃、津南見先輩には幼馴染の恋人が学外にいるって噂になったことがあって…。剣道を通じて知り合った剣術小町に違いないって話だったんです」


 何だその噂は…と否定しようとして、思い出す。香川さんの話は、ゲームの中の真梨香について周囲が噂していた話とほぼ被っている。

 津南見と真梨香は幼馴染、剣道を通じて知り合い、互いに対等に口をきき、冗談も言い合う仲の良さだった。女嫌いの津南見が唯一親しくする相手がいるということで、誰もが二人をお似合いのカップルだと噂し、桃香もその噂を信じた…。

 けれど現実いまの津南見は真梨香とは出会っていない。もしかしたら真梨香に変わる誰かが過去にいたのではとも思ったが、津南見自身が私以外の女相手では蕁麻疹が出ると断言していたのでそれもなさそうに思える。


「その噂は…どこから出たものなの…?」

「……さあ…? 私も詳しくは……。ただ、津南見先輩に告白して振られた子が、先輩には好きな人がいるらしいって話したことから、相手は誰だろうっていろいろ憶測が飛び交っていたので…」


 色々な憶測の中で有力だったのがその説なのだと香川さんは言う。けれど、それはおかしい。津南見の言葉通りなら、私と高等部で出会うまで、彼の女性恐怖症を発症させない女性は現れていない。そんな状態で彼に恋人がいるなど、何処をどうしたらそんな噂が出るのだろう。

 じっと香川さんを見つめると、気まずそうに視線を逸らされた。


「……すみません、なんかおかしなことを言ってしまって…。葛城先輩は美人でモテるから、やっかみも多いんだと思います。……気を付けてくださいね」


 なんとなく、この話題を早々に切り上げようとしている雰囲気を感じたが、あまり追求するのもおかしい気がして、口を噤む。

 香川さんが口にした中等部での噂の事も、気にならないと言えば嘘だけど、下手に問い詰めても不審に思われるだろう。

 根も葉もないうわさの中に、どうしてこの世界では起こりえなかったゲームの中での事が混ざったのか…。

 ……家の机の引き出しに入れたままの、ゲームの真梨香のイラストの事を思い出し、溜息が零れた。


「それじゃあ、荷物、ここに置いておきますね。会長からは『妹さんの部活が終わったら二人まとめて車でお送りします。今度ばかりは拒否も反論も許しません』だそうです。それでは時間までしっかり休んでいてくださいね」


 香川さんはそう言うと椅子の上に私の鞄を置いて、保健室を出ていった。しばらくすると合歓木先生も戻ってきて、私の様子を見た後、ゆっくり眠るようにとホットミルクを作ってくれた。

 そうして結局、桃香たちが迎えに来るまで、保健室で寝て過ごすことになったのだった。

一応言い訳しておくと、作者は格闘技の事は剣道も含め詳しくはないので、何となくで書いてます。解説とかが稚拙な点は雰囲気で読んでいただけると助かります。

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