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 ………え~……と?

 生徒会室のデスクで、私は文字通り固まって、目の前で微笑む金髪碧眼の貴公子の顔を凝視していた。今この男は何て言った…? パートナー? 誰が?


「……なん…で…?」


 やっと口からしぼり出したのは疑問。目の前の男、篠谷しのや侑李ゆうりは2年役員はパートナーなど必要ないと公言していた。半分以上は自分を売り込んでくる女生徒を躱す為の方便だったとしても、このギリギリにの日程になるまでパートナーを作らないでいたのだから、このまま当日まで行くものだと思っていたのに。ここに来て突然パートナーを求め、しかもなぜ申し込む相手がよりにもよって私なのか。


「…実は急遽パートナーが必要になりまして、現時点で相手の決まっていない女性となるとほとんどおりません。確かあなたは決めていませんでしたよね? パートナー」


 確かに篠谷が2年役員はパーティーの司会や運営、来賓への挨拶廻りなどで忙しいからパートナーはなしでいいと言われて、そのまま相手を決めずにいたけれど…。


「確かに今学園内でパートナーのいない女生徒はごく一部だけど…篠谷君が頼めばいくらでも変更希望する女子は…」

「それでは男子の方があぶれてしまうでしょう? それに、生徒会長と副会長はパートナーじゃなくても当日一緒に行動する時間が長いので、お互いのパートナーを置き去りにしてしまいかねませんし、それならいっそのこと二人でパートナーになってしまった方が都合がいいことも多いと思うんです」


 確かに生徒会の仕事にパートナーを付き合わせて走り回らせるのは可哀想だ。碌に料理も出し物も楽しめる時間がない。篠谷のいう事はある程度理に適っているようにも聞こえるのだけど…。


「でも、それなら別にパートナーなしのシングル参加でも同じことだわ。今このタイミングでパートナーを必要とする理由は何なの?」

「…僕があなたとパートナーを組みたくてわざとこのタイミングまで機会を窺っていた…とは思っていただけませんか?」

「思うわけがないでしょう? 正直に話してもらえないんならこのお話はお断りさせていただくけれど?」


 きっぱりと断言すれば、なぜか苦笑いが返ってきた。


「……まあ、僕としても今年はシングルで参加するつもりでいたんですけど、事情が変わりまして…」


 少し言いにくそうにした後、そっと理由を話し始めた。


「実は…当日、お爺様が来ることになって…」

「篠谷君の…お爺様…?」


 ゲームでは出てこなかった人物だ。新入生歓迎パーティーは学内行事なので保護者は参加しない。けれど、理事会役員やその繋がりで招待されている来賓がいる。


「はい、お爺様は桜花の理事会役員でして…普段は仕事で海外にいるので殆ど会うこともないんですけど、今回急に時間が取れたとかで帰国してくることになって、折角だから僕が生徒会長として新入生歓迎パーティーを取り仕切るのを見に来るという事で…」

「それで、パートナーがいないと不都合があると…?」

「女性のエスコートひとつまともにできないのかと延々長時間にわたって紳士の心得を語り聞かせられます。…ある種の拷問です」


 …長時間の説教癖は遺伝だったのか。しかも篠谷のうんざり顔から察するに、篠谷以上のネチネチ粘着系であるらしい。それはできれば会いたくない。嫌そうな表情になっていたのか、篠谷が申し訳なさそうに言い募ってくる。


「名義上の登録と、来賓者への挨拶でそれらしく振舞っていただければ充分なので…僕としてもこんな形であなたに申し込みをするのは不本意でしたし」


 そりゃまあ、本命の桃香ももかとはまだ親しくなれていないし、他に適任がいないから小姑候補相手に仕方なく申し込んでいるって言うのはわかるけど…少し面白くない。胸の奥がもやもやするような気がする…。


「本当なら来年までには本気でパートナーを申し込めるようになるつもりでいたのに…まったく予定外です」

「…? 何か言いました?」


 篠谷は時々小声で何か言っているが聞こえないので、聞き返す。大概何でもありませんと返ってくるのだけど。


「いえ、こちらの話です。…それで、いかがですか? 僕のお願い、聞いていただけますか?」

「正直あまり気乗りしないのだけれど…」

「わかっています。今回は僕を助けると思って、ご協力願えませんか?」


 今まで反目し合ってばかりだった相手にこうも下手に出られると、断りづらいものがある。つい先ほど私の方からも篠谷を頼りにすると話していた手前もあるし…。


「ええと…お爺様は私が可愛いお孫さんを過去に池に突き落とした相手だとは…?」

「…僕は話してませんけど……」

「ご両親経由で知られてるんじゃないです? そんなのがパートナーだと言ったら逆に嫌がられませんか?」


 私としてもその辺りを考えると、会いづらい。


「両親にはあの後、僕が池に落ちたのはちょっともみ合いになった末の事故で、池から助けてくれたのもあなただと話してあります。そんなに根には持ってないと思うんですけど…」


 10年近くぶりの再会までネチネチ根に持っていた篠谷に言われても説得力に欠ける…とは思ったけど、言わないでおく。


「……まあ、あの頃結局ご両親にはちゃんと謝れてはいなかったし、この機会にお爺様相手でも謝罪はしておくべきかもしれないし…」

「引き受けてくださいますか?」


 仕方なく、という言葉は子供のように無邪気な笑顔を見せられた瞬間に喉の奥へ飲み込まれた。…だからイケメンってずるい。中身が残念の極みなのに思わずドキッとしちゃったじゃないか。


「あ、真梨香まりかさん当日のドレスの色を窺ってもいいですか? 僕のスーツをあなたのドレスが映える色に合わせますので」


 なんだか心なしか浮かれて見えるのは、お爺様に怒られずに済む安心感からなのだろうけど…どんだけ怖いんだよ、その爺さん。まあ、パートナーとして行動するのなら衣装もそれなりに装いを揃えるべきなんだろうし、私の方は今更変更など効かないから、篠谷の方がスーツを合わせてくれるのはありがたい。こいつは正装礼服の類は腐るほど持ってるだろうし。


「試着の時の写真でよければどうぞ」


 携帯に保存してある写真データを見せる。篠谷はしばらく無言で食い入るように画面を見つめている。…なんだろう? いくら見つめても桃香の試着写真は見せてあげないぞ。


「あの…もしかして合うようなの持ってなかったですか? それなら別に無理に合わせなくても…」

「え? …ああ、いえ、問題ありません。何パターンか合いそうなのがありますのでこちらで見繕って決めます。……その、少し意外なイメージだったもので」

「ああ、ふわふわひらひらしてるから似合わないって言うんでしょう? 私もちょっと違和感があるって言ったんですけどね。妹が気に入っているので」


 あ、しまった。こいつの前では桃香の話題を出さないつもりだったのに。慌てて篠谷の顔を窺うと、何やら難しい顔で考え込んでいる。桃香情報にはどうやら気づかなかったらしい。


「……すごくお似合いだと思います……似合いすぎです」

「…え?」


 一瞬聞き間違えたかと思ったが、どうやら違ったらしい。思わずじっと見返してしまい、篠谷の顔が真っ赤になるのを見てしまった。天敵を褒めてしまって不覚、と言う表情だろうか。言われたこっちも何となく恥ずかしくなる。

 私だって、着飾った姿を褒められて嬉しくないわけはない。


「あ、ありがと。当日は髪もメイクももっとちゃんとするけど、篠谷の御曹司の隣に立って見劣りしちゃったらごめんなさいね」

「そんなことありません。僕の方こそ、ちゃんと隣に立てるか不安です。……心配も増えましたし」

「…? 今なんて?」

「なんでもありません。それじゃあ、当日はよろしくお願いしますね」

「こちらこそ……!!?」


 篠谷に握手を求められ、何の気なしに手を出したら、騎士がお姫様にでもするように手を掬い取られ、甲に唇を寄せられた。思わず力いっぱい振り上げてしまい、手の甲が篠谷の顎にクリーンヒットする。

 いや、でも今のは私は悪くない!! 思わず自分の手を守るように胸に握って睨み付けたら、痛そうに顎を抑えながら腹黒笑顔全開で微笑みかけられた。


「痛いじゃないですか?」

「今のは篠谷君の自業自得よ。いきなり何するのよ?」

「欧米ならこのくらいは挨拶ですし、多分お爺様もフランスの方ですから挨拶時にハグや頬へのエアキスをしますよ。…何でしたら本番まで練習してさしあげましょうか?」

「結構です!!」


 くっそ~、からかわれた。絶対そのうち仕返ししてやる。

 私は残りのお弁当を掻きこむように食べると、篠谷を置いて生徒会室を飛び出した。

 ちなみに生徒会の犬猿の仲で有名な会長と副会長が二人きりで生徒会室でお昼を過ごしたと言う噂は瞬く間に校内を巡り、私は桃香からその夜再びのお説教を喰らう羽目になったのはまた別のお話である。




「ず~る~い~!! カイチョー職権乱用じゃね~の~?」


 その日の放課後、生徒会室では会議室で研修を受けていたはずの小林こばやし檎宇ごうが篠谷のデスクにしがみついて文句を言っていた。飼い主の仕事を邪魔する猫みたいだ。猫と違って可愛くはないけど。

 私と篠谷、前生徒会長で現風紀委員長の菅原すがはらなつめ先輩、前副会長で現監査委員長の五葉松ごようまつ亜紀あき先輩は生徒会室で締め切りギリギリの、新入生歓迎パーティー参加者名簿の登録変更作業に追われている。つまり、すごく忙しいのだ。


「小林君、君は梧桐あおぎり君から書類を届けに来ただけでしょう?書類ならもう受け取ったからさっさと戻りなさい」

「真梨センパイもカイチョーとパートナー組むくらいなら俺と組も~よ~」

「生徒会長と副会長は当日行動が被るからこの方が都合がいいのよ。君はパートナー決まってるでしょうが」


 篠谷とパートナーを組むにあたって、彼の家庭の事情を吹聴するわけにもいかないので、あくまでも仕事の都合という建前で通している。


「俺も真梨センパイエスコートしたい~」

「小林君、エスコートって言うのは女の子におぶさって引きずってもらう事じゃないのよ?」

「わかってるよ~。お嬢さん、お手をど~ぞって奴でしょ~できるよ~」


 悪いが想像がつかない。まずまともなスーツを着てくるかどうかも怪しい。そして何よりそろそろいい加減に仕事の邪魔だ。…とその時菅原先輩が立ち上がり、小林の所へ歩み寄ったかと思うと、その頭に拳骨を落とした。ゴツっと鈍い音がする。


「小林、いい加減にしろ!! 仕事の邪魔をするんなら帰れ!!!」

「いった~~~~!!! リョーチョーお~ぼ~! 暴力はんた~い!!」

「うるせえ! こちとら忙しいんだよ!! お前のわがままに付き合ってる時間はない!! わかったらとっとと会議室に戻れ阿呆!!」


 涙目で頭を抑える小林とそれを叱る菅原先輩。まるで兄弟か親子のようだ。そういえば二人とも寮で生活していて、菅原は寮長でもある。生活態度に問題がありそうな小林とはこういうやり取りは日常茶飯事なのだろう。


「ほれ、お前がわめいてる間にこっちの書類はチェックも終わった。これ持って木田川きたがわ先生に提出したら会議室に戻って梧桐に指示を仰げ!」

「わ~かりま~した~。ちぇ~。真梨センパイ、まったね~」


 …ひょっとして菅原先輩の書類待ちの間暇つぶしで篠谷に絡んでたのかな…? だとすると篠谷も災難だな…。


「篠谷、悪かったな、早めに木田川先生に提出しておきたい書類があったから小林を待たせてたんだが、うるさかっただろ?」

「…大丈夫です。仕事の手が止まる程ではありませんでしたから。それに、文句を言いたくなる気持ちもわかりますし」

「あいつも悪い奴じゃないんだけどな~。注意するときはガツンと言っていいからな」


 本当に弟の事でもいうように語る菅原先輩はおそらく寮でもみんなの頼れるお兄ちゃんなのだろう。何となく微笑ましくて口元が緩む。そんな私の腕を五葉松先輩がつついてきた。


「ねえ、本当のところ、どうして侑李…篠谷君とパートナーを組むことにしたの?」


 その瞳は興味と好奇心で輝いている。これはどう見ても良からぬ誤解をしている顔だ。


「さっきも言いましたけど、仕事上都合がいいからというだけで、特に深い理由はないんですよ」

「そうなの? とうとう年貢の納め時になったのかと思ったのに、違ったのね、残念。」


 つまらなさそうに口をとがらせる表情は大人っぽい彼女の容姿とはギャップがあって可愛い。けど、とうとうって何のことだ? やっぱり何か誤解をされている気がするんだけど…。


「そういう五葉松先輩こそ、菅原先輩とずっとパートナーなんですよね?」

「それこそ仕事の都合よ。…あとは何となく毎年組んでるから習慣になっちゃってるだけで」


 そう言いつつ頬が桃色に染まっている。執行部員全員が目下応援中の彼女の恋は、菅原先輩が朴念仁過ぎて今のところ目立った発展はない。沢渡の時のように菅原先輩がすでに誰かに恋をしているという様子もないから、順調に進んでくれたらとは思うんだけど…。

 新入生歓迎パーティーで、菅原先輩は桃香と出会う。篠谷や、3年の一之宮いちのみや石榴ざくろ吉嶺よしみね橘平きっぺいらとの初対面イベントの後、彼らのファンからの嫉妬による嫌がらせから桃香を助けるのが菅原だ。風紀委員長として放っておけないから、とその後もトラブルに巻き込まれる桃香を助け、絆を深めていく、そして…。


「まずは、パーティーを乗り切らなくちゃ…か」


 ついゲームの回想に耽ってしまいそうになる頭を振って、気を取り直す。目の前の書類を一枚一枚確認し、サインしていく。パートナーの変更届が今年も多数提出されている。名簿順で組まされた1年からの希望はわかるが、事前に自分たちでペアを希望して提出していたはずの2、3年からも変更希望が出まくるのはどういうわけだろう。

 パートナー変更はペア両方の意思確認と、組み換えの手続きを必要とするので、片方だけが変更希望を提出してきた場合はもう片方に確認を取る必要が出る。その為、変更希望がある場合は必ずパートナー二人そろって提出に来るようにと決めているが、それでも一人で一方的にパートナーを破棄したいと駆け込んでくる生徒が後を絶たない。

 生徒会うちは家庭裁判所ではないので痴話喧嘩や別れ話は行事の外でやってほしい。


「2、3年は双璧の所為で男性がシングルになりがちだし…あいつらマジで破裂すればいいのに」


 思わず本音が漏れそうになる。3年の双璧、代議会議長の一之宮石榴と吉嶺橘平は常に取り巻きの女生徒を何人もまとわりつかせている。一応、その中で一人パートナーとして登録はしているが、他の女生徒はパートナーを登録せず、彼らの傍に侍っている為、必然的に男子生徒の方は余ってしまうのだ。その為彼らについての苦情も何件か毎年持ち込まれる。


「なんっで生徒会が代議会議長へのクレーム対応に追われなきゃなんないのよ…。」


 思わず握りしめたペンをへし折りそうになる。切りのいいところまで書類の決裁を終えると、処理済みの書類を束ねてケースに入れ、生徒会室を出る。


「代議会室に行ってきます」

「気を付けてくださいね」


 篠谷の心配そうな声に送られつつ、生徒会室とは離れた南校舎の真反対にある代議会用の執務室に向かう。代議会の会議自体は広い会議室を借りて行われるが、会議の無い時でも仕事や相談をする幹部クラスの為の執務室が用意されているのだ。……ただし…。


「失礼します。生徒会副会長の葛城かつらぎ真梨香まりかです。代議会議長一之宮先輩と副議長吉嶺先輩に用があって参りました。」

「あら、真梨香ちゃん、いらっしゃい。…石榴は…えっと…」


 ドアを開けて出迎えてくれたグラマラスな美女は3年の枇杷木びわぎ夕夏ゆうか先輩、一之宮石榴の取り巻きの一人だ。私の顔を見て困ったように微笑んだ後後ろをちらりと振り返る。その肩越しに、別の女生徒の膝枕で眠りこけている一之宮が見えた。

 生徒用の執務室の癖に革張りのソファはどこからどうやって持ち込んだのか問いただしたい。双璧が代議会議長とその補佐におさまってからというもの、この執務室は完全にこいつらと取り巻きのサロンと化している。内装から調度品まで寄付と称して一之宮が持ち込み、魔改造の果てにできた奴の城である。


「……夕夏先輩。通していただいてもよろしいですか?」

「あの…さっきまではちゃんと仕事していて…だからその…あまり手荒な真似は……」


 おっとりと一之宮を庇う枇杷木先輩の横をすり抜け、ソファの後ろに回る。怪訝な顔をした膝枕係の女性を無視して一之宮の体に手をかけるとそのままソファから突き落した。ゴロン、ドタン、と音を立てて一之宮が床に転がる。慌てて起き上ったその顔に彼宛の苦情をまとめた書類その他を叩きつけた。


「はい、一之宮先輩、休憩は終わりです。こちらの書類に目を通していただくのと、こちらの方には確認後署名を、最後にこっちは代議会を通して全クラスに通達してほしい要項のまとめです」

「お前…もう少しまともな起こし方はできんのか?」

「そもそも代議会室で寝ないでください。ここは先輩の私室でも何でもないんですよ」

「お前だって生徒会室で休憩ぐらいとるだろう」

「女性の膝枕で眠りこける様な寛ぎ方はしたことがありません」

「何だ…嫉妬か?」

「まだ夢の世界を彷徨っておられるなら、もう2、3発失礼させていただきますけど?」


 書類を丸めて構えてみせると流石に一之宮は口を閉ざしてソファに座りなおした。


「…ったく相変わらず冗談の通じん奴だな。書類を寄越せ。今確認してやる」


 あくまでも上から目線のバカ殿に再度書類を叩きつけたい衝動に駆られたが、抑えて書類を渡す。ここはアウェイだ。周りには一之宮の取り巻き女子が何人もいる。中には敵意も露わに睨み付けてくる子もいる。


「…そういえば、篠谷とパートナーを組むそうだな」

「お話が早いですね。今日決まったばかりですよ」

「噂というものは衝撃的なもの程速く回る。それだけお前たちがパートナーになるとは誰も思っていなかったという事だろう」

「一応生徒会長と副会長なので、そうおかしな組み合わせではないと思いますけど」

「今期の生徒会長と副会長の犬猿の仲は有名だからな。…いっそ俺とパートナーになってみるか? 学園中を驚かせてやれそうだぞ?」

「それこそ悪い冗談でしょう。一之宮先輩には美しい花がいっぱいいらっしゃるじゃないですか」


 そのお花ちゃんたちから今めっちゃ睨まれてるから勘弁してほしい。冗談にしてももうちょっと空気読めよ。背中を冷汗が伝う。必要以上に一之宮を貶しても怒るだろうし、逆にご機嫌を取るようなことを言っても勘違いされて嫉妬されてしまうので、ものすごく気を遣うのだ。


「…そうだな。お前と組んだらパーティーの間中説教されそうだしな」

「それは先輩の素行に問題があるからだと思いますけど」

「……しかし俺に対して遠慮なくずけずけとものを言ってくるのはお前と橘平くらいだ。…俺が寛容だからお前のその態度も許してやってるんだぞ?」

「それはどうも。一之宮先輩の寛大な対応にはいつも感謝しております」


 棒読みになるのもついでに寛容な心とやらで許してもらおう。


「感謝ね…そういえば、生徒会には貸しがあったな」


 何かを思いついたかのような声音にぎくりとする。代議会の幹部候補とも言われていた1年生の香川かがわ茱萸ぐみを生徒会役員として引き抜いたことについては代議会幹部からはかなり文句も上がっていたのだが、一之宮が幹部連中を抑えてくれたおかげで無事香川さんを生徒会書記として迎え入れることができたという経緯がある。

 あんまり無茶な事を言い出さなければいいけど…。


「葛城、パーティーの時、少し時間を取れ。着飾ったお前を侍らすのは良い余興になりそうだ」

「は? あの、私は篠谷君とパートナーになったんですが?」

「パーティーの間四六時中密着していなければならないわけじゃあるまい。これがダンスパーティーなら1曲付き合えという所だが、仕方ない。しばらく俺の傍らで談笑して見せろ。周りの連中が驚いて右往左往する様が見られるだろう?」


 そんなことの何が楽しいのかはわからないが、その程度で借りがチャラになるなら悪くはなさそうだけど…。


「一之宮先輩の本来のパートナーの方にも悪いですし、パーティーの間はかなり忙しいので、いつ時間が取れるかもわかりません。確約はできませんけど…」

「なに、適当に頃合を見計らって迎えに行く。それまでせいぜい化粧や着付けが崩れないよう気を張っていろ」

「それ、迎えに来た時私の手が空くとは限らないんじゃないですか?」

「その時は空けさせてやる。挨拶廻りくらいしばらくは篠谷一人でもできるだろう」


 …篠谷が聞いたらブリザードスマイルで怒り狂いそうだ。結局、確約はできないと念押ししたけれど、一之宮の中ではパーティーで私の所へ来るのは決定事項になってしまったらしい。取り巻きのお姉さん型の視線が鋭さを増したが、主の決定には異を唱えたりはしないらしい。忠実な事である。


「ほら、この書類はこれで決定。職員室と理事会に提出して結構だ。こっちは要再検討。気になった点に赤をいれてある。こっちの苦情の束には『善処する』とでも応えておけ。あと、生徒会室に戻るならついでにこの書類も持っていけ。菅原と篠谷への提出分だ」


 お喋りしつつも仕事は進めていたようで、あっという間に渡した書類を片付けた男はこれで文句はないだろうとばかりに再びソファに寝そべってしまった。もちろん女生徒の膝を枕にして。私は差し出された書類を受け取ると、お茶を淹れてくれていたらしい枇杷木先輩にお礼を言って代議会室を後にした。



 職員室へと向かう途中、廊下の角で慌てて走ってきた女生徒とぶつかりそうになった。


「ごめんなさ…あ…葛城さん…」

「こちらこそ…って…白木しらきさん…」


 白木しらき由美子ゆみこ。去年の事件でもっとも酷い傷を負ってしばらく不登校になっていた少女だ。今では学園に復帰し、執行部員の中で過去同じ事件にあった被害者たちのまとめ役のような立場に立っている。気が強く、しっかり者の錦木さんとは中学生の頃からの友人であるらしい。今日は執行部の当番ではないので自習をしていたか、他の用事で残っていたのだろう。


「…奏子かなこから聞いたわ。栂さんが迷惑をかけてしまったみたいで…ごめんなさい」

「白木さんの所為じゃないわ」


 放課後の仕事の前に、栂まなみには今朝の件について話をした。胡桃澤を故意に転ばせたことは最後まで認めなかったが、去年の事件の事を不用意に口にしたことについては反省し、今後気を付けると言ってくれた。…手遅れという気は多少するけれど、ひとまずは緘口令についてと、守秘義務について今一度気を付けてもらうよう話をして、その場は終わらせたのだ。


「栂さん…悪い子じゃないのよ? 事件の事も、私と奏子がそれだけ怖い思いをしたんだって主張しようとしてくれてるだけで、友達の子たちも、心配してくれているんだと思うし…」

「…何か言われたの?」


 白木さんの言葉で、やはり栂は周囲の友人たちに事件の事を話してしまっているのが分かった。それ以上に、白木さんの様子が気になる。


「えっと…何をされたとか、言われたとか、その時の事を色々聞かれて…話しちゃ駄目ってことになってるからって断ってはいるのだけど…」

「……それは…栂さんとその周りには私から注意をもう一度しておくわ。…辛いことを思い出させてごめんなさい」

「あ、ちが…葛城さんの所為じゃないわ。葛城さんには本当に感謝してるもの。…あの時、私を助けてくれた。あなたがいなかったら、きっと私はこの学園を辞めていたわ」


 穏やかな微笑みにホッとする。事件の事が広まってしまえば、栂の友達のように、興味本位、ゴシップ扱いで白木さんや錦木さんに話を聞こうとする連中が大勢湧いて出るだろう。せっかく事件の傷も薄れてきているのに、再びつらい記憶を抉られるような目には会わせられない。


「何かあったらすぐに私や梧桐君に相談して。……内部生は信用できないかもしれないけど、加賀谷君も篠谷君も、きっと力になってくれるから、もし良ければ彼らにも」


 事件の被害者の少女たちは、執行部員として働くときは役員の誰の指示でも従うが、相談や普段の何気ない雑談などは私か梧桐君にしかしない。イケメンと美少年に気後れしてるのかとも思ったけれど、どうやら彼女たちの中の内部生への苦手意識は根強いらしく、警戒されているというのが真相らしかった。


「あの…そういえば、葛城さん、今度のパーティーで会長とパートナーを組むって…」

「え?ああ、仕事の都合上、仕方なくではあるんだけど、元々パートナーじゃなくても行動は一緒になってしまうから、来賓の方への体裁もその方がいいからって」

「そう…大変だね」

「まったくだわ。パーティー中にいつもの口喧嘩が始まったら会場内大吹雪になるんじゃないかって梧桐君が今から心配してるくらいよ」


 冗談交じりに言えば白木さんの口に控えめな笑みが浮かぶ。


「よかった…」

「え…?」

「笑ってくれて。白木さんには笑顔でいてほしいから」

「……葛城さん…」

「それじゃあ、また…」


 真っ赤になって頷く白木さんに別れを告げて、職員室へと向かう。少しだけ、足取りが軽くなった気がした。



 けれどその職員室から帰ると、生徒会室では加賀谷と梧桐君が難しい顔で黙り込んでいた。


「…何かあったの?」

「それが…こんなものが投書箱に入っていたらしくて…」


 差し出されたのは、胡桃澤嘉穂に退学勧告を求める投書だった。そこには胡桃澤が去年学内で起きたいじめの加害者であること、親の権力でその事実を隠蔽し、学園にお咎めもなく居座っていること、学内で権力の巻き返しを図り、陰謀を巡らせていること、その際、事件被害者に再び復讐を企てる恐れがあることなどが書き連ねられ、学内の平和の為に彼女を排除するように、と締めくくられていた。


「……やっぱり、事件の事はもうそこそこ学内に知れ渡っていると考えた方がいいわね。問題はこの投書みたいに胡桃澤さんが復讐を企んでいるとか事実無根の話が織り交ぜられてしまっていることね。これが広まれば、正義を名乗る暴力が横行してしまいかねない」

「正しいことをしていると思い込んでる人ほど怖いものはないからね。とりあえず、錦木さんに連絡して、白木さんと他の被害者の子も、できるだけ固まって動いて、何か聞かれても応えないように、とは言っているけど…」


 梧桐君の言葉に、頷きながらも、嫌な予感が拭えなかった。

ここまでで、改稿はほぼ終了です。次回更新から新規の更新になります。

ご心配をおかけしてすみませんでした。

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