10
廊下には今しがた登校してきた生徒や騒ぎを聞きつけて廊下に出てきた近くの教室の生徒などがすでに野次馬となり始めている。そんな中で元生徒会役員で内部生の胡桃澤嘉穂が座り込み、外部特待生の栂まなみと数名の外部生女子が対峙、その間で胡桃澤を庇うように立っている桃香。
その光景に既視感を覚える。桃香以外の人物が違っているが、ゲームの中で桃香がいじめを受けている生徒を庇ってトラブルに巻き込まれるというエピソードがあった。
この光景は、それとは別としても、このまま桃香がこの件に深入りするのは嫌な予感がする。
そんなことを考えている間に、後ろから追いついてきた加賀谷がその状況を見て鋭い声を上げた。
「嘉穂!!? これは一体どういうことですか!!??」
胡桃澤に駆け寄り、助け起こす。キッと睨み付けられて栂の周囲にいた少女数人があわてて取り繕うように言い訳をし始めた。
「私たちは何も…」
「そ、そうよ、その子が勝手に転んだのよ」
「嘘です! そこにいる先輩が彼女を突き飛ばして、取り囲んで笑ってたじゃないですか!」
桃香の糾弾に少女たちは口々にそんなことはしていない、見間違いだと叫び、桃香の言いがかりだと詰り始める。どうやら決定的な瞬間を見たのは桃香だけで、周囲の野次馬は騒ぎになってから集まってきたらしい。
そこまで確認してから私は人垣を分けて彼らに近付いた。
「何をしているの。もうすぐ予鈴が鳴るから各自教室へ向かいなさい」
努めて冷静に振舞いながら桃香と胡桃澤の場所まで近づく。胡桃澤はどうやら膝を擦り剥いているようだった。
「…加賀谷君、彼女を保健室へ連れて行って頂戴。桃香、あなたは教室へ向かいなさい。遅刻するわ」
「でも、お姉ちゃん…」
「お姉ちゃん…?! 葛城さん、その子あなたの妹さんなの?」
栂が驚きの声を上げる。その言葉に胡桃澤と加賀谷も立ち止まって目を丸くしてこちらを見ている。そう言えば初対面だったっけ。加賀谷は本来なら新入生歓迎パーティーまで桃香と顔を合わせない筈だったし、胡桃澤は更にその後のイベントまで登場しなかった。
とはいえ、この際突然の初対面イベントについては全力でスルーして、この場を収める方を優先しないと。
私はそう決意して栂の方へ向き直った。
「ええ、そうよ。妹が何かしたかしら?」
あくまでも、たった今来て状況が掴めていないという顔で尋ねると、栂はあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「いえ、大したことじゃないの。ちょっとした誤解があったみたいね。葛城さんの妹さんならぜひ仲良くさせてもらいたいわ」
さっきまでの様子が嘘の様に愛想よく桃香に笑いかける栂に桃香が困惑した表情になる。私としては桃香を生徒会の関係者と深く関わらせるつもりはないので、当たり障りない形で桃香にこの場を立ち去らせたかった。
桃香が関わることで、この事態は大きく動くかもしれない。一気に解決してしまうか、より大きなトラブルの呼び水になるかはわからない。それくらいの影響力が桃香にはある。だからこそ、この場を収めるのは自分しかいないと思った。
「栂さん、もう予鈴もなるから、詳しい話は放課後、生徒会室で聞かせてもらいます。構わないわよね?」
「……私たち何もしてないわよ。胡桃澤が勝手に転んだだけで」
「ええ、行き違いがあったのならそれも含めて。桃香には私から言っておくわ」
「お姉ちゃん…」
桃香が納得がいかないというように私の袖を掴んだ。正義感の強い桃香の事だから、栂たちのやっていることが許せないし、お咎めなしでこの場を収める私のやり方にも納得はしていないのだろう。
栂をこの場で問い詰めるのは簡単だが、既に周囲に野次馬が集まっている中で、口の軽い彼女が去年の事件の事を暴露してしまう可能性がある。それは拙い。
「桃香、帰ったら話すから今のところは引いて頂戴」
「……絶対だよ?」
不承不承という様子で桃香がその場を立ち去るのを見守る。栂たちはいつの間にかいなくなっていた。周囲の野次馬にも教室へ向かうよう促していると、篠谷と梧桐君がやってきた。
「先ほどそこで桑と嘉穂とすれ違いました。…凡その事は聞きましたが、大丈夫でしたか?」
「とりあえずは。胡桃澤さんは大丈夫そうだった?」
「気丈に振舞っていたよ。むしろ加賀谷君の方が動揺してたくらいで」
それはもう目に浮かぶ。休み時間にでも胡桃澤の様子を見に行った方がいいな。加賀谷がいる間は意地で平気なふりをするだろうけど、そういう子ほど一人になった時が脆いから。
何とか野次馬を散らして教室へ向かう為階段を上がっていると、篠谷に呼び止められた。
「真梨香さん、今日昼休み空いていますか?」
「…一応」
おそらくは先ほどの胡桃澤への嫌がらせの件だろう。そうなると人目に付かない方がいいな…。
「会長はお弁当ですか?」
「ええ」
「じゃあ、私もお弁当なので、どこかで待ち合わせしましょう」
私の言葉になぜか篠谷が一瞬固まったように見えたけど、すぐに早口で昼休み迎えに行きますと言って小走りに去ってしまった。止める暇もなかった。
「……教室に迎えに来られると女子が煩くて迷惑だから待ち合わせにしたかったんですけど…」
「……それ、篠谷会長には言わないであげて」
梧桐君が私の肩をポン、と叩いて言った。心なしか憐れみがにじんだ声だったような気がする。
昼休み、宣言通り迎えに来た篠谷の所為で教室は結構な騒ぎになった。このまま食堂やら中庭やらに移動してもついて来られそうだ。仕方なく二人で生徒会室に向かう。そこなら、生徒会の仕事の関係でと言えば二人で向っても不自然ではないし、人目も避けられる。
好奇の目をかいくぐり、生徒会室に入るとほっと息をついた。
「相変わらず、篠谷君のファンはすごいわね」
「そうでしょうか? 昔からこんな感じなのでよくわからないんですが」
うわあ、爆発すればいいのに。腹立たしい返事に引きつった笑顔を返して席に着く。生徒会長と副会長のデスクはほぼ隣同士なので、そのまま座るのかと思いきや、篠谷はわざわざ椅子を持ってきて私の正面に座った。
「篠谷君?」
「こちらの方が話しやすいでしょう?」
それはそうなのだが、向かい合って座るように作られていないデスクは幅が狭く、互いのお弁当を置いて向かい合うと、かなり距離が近い。膝も触れ合いそうな距離だ。
話はしやすいかもしれないが、私としては変に緊張するからちょっと離れてほしい。そんなことを考えているうちに篠谷はお弁当を広げてしまっている。
漆塗りの小ぶりな重箱に彩りも鮮やかなおかずが詰まっている。野菜の種類や量もバランスよく、考えて作られている。ただ、意外と量が多いのに驚いた。
「篠谷君のお弁当、すごいわね。…いつもこんなに食べるの?」
「このくらいは普通だと思いますよ。むしろあなたのそのお弁当箱の小ささで足りるのかが不安です。ダイエットとか言うならその必要はないと申し上げます」
「私のもこのくらいで適量よ」
私のお弁当箱は女子としては平均サイズだ。むしろちょっと大きいかもしれない。桃香は運動部なのでこれとお揃いのお弁当箱の他、ミニタッパーが一つ追加されているが、だからと言って私のお弁当が少ないとは思わない。2段重ねのそれを広げると、篠谷が興味深げに覗きこんでくる。今日のお弁当は私自身の手作りだ。ミートボールとほうれん草入りの卵焼き、コールスローサラダにプチトマト、パセリを散らしたバターライスだ。豪華な篠谷のお弁当と比べられると恥ずかしい。
「あんまり見ないでよ」
「いいじゃないですか、美味しそうですよ」
素直に褒められてちょっと照れてしまうが、篠谷は私が作ったことは知らないので、母か、もしくは桃香が作ったと思っているかもしれない。
「そ…それより、胡桃澤さんの件で話があったんでしょう?」
恥ずかしさにいたたまれなくて、そう言うと、篠谷が一瞬え? と言う顔をした。あれ? 違った?
「…いえ、そうでしたね。あの後桑の方には栂さんたちへの追及は放課後に行うので、一人で突っ走らないように、とは言っておきました」
「よかった、そっちのフォローの事を忘れていたわ。胡桃澤さんは会いに行ったら少し落ち込んでいたから、発破をかけておいたけど」
下手に私が優しく慰めるよりはと少しからかったら、効果覿面すぎて顔を真っ赤にして怒っていたけど、元気が出たみたいだったから、まあいいか。
「問題はこれからよね。栂さんのあの様子だと緘口令もあってなきがごとしだし、多分取り巻きの子たちには話してしまっているでしょうし、そうなるともう去年の事件のことはすぐに広まるでしょうね…」
そうなれば、加害者グループで唯一学園に残っている胡桃澤にすべての非難が集中するのは目に見えている。いくら胡桃澤にも責任はあるとはいえ、これがきっかけで逆いじめが始まっては元も子もない。
「四六時中彼女の傍にいて守ってあげるわけにもいかないし…。せめて彼女に偏見なく傍にいてくれる友達が一人でもできれば良かったのだけど…」
…ひとり、条件に当てはまりそうな人物に心当たりはあるが、それだけは、絶対に駄目だ。トラブルの種に『ヒロイン』を近づければ、イベント発生装置にしかならない。たとえどんなことがあっても、桃香をこの件に関わらせるわけにはいかない。
「……少し、様子を見てみませんか?」
「…え…? でも…今日のようなことが続いたり、さらにエスカレートしたりしたら胡桃澤さんは償いどころか心が折れてしまうわ。…何とか彼女を守る方法を考えないと…」
篠谷の提案に、頷けずにいると、トン、と額をつつかれた。驚いて顔を上げる。
「思いつめすぎです。…以前あなたは僕に働き過ぎだとか、一人で抱え込み過ぎだと仰いましたが、今そのセリフをそっくりそのままお返ししますよ。あなたは一人で背負い込み過ぎです。嘉穂の事も、去年の事件の事も、あなた一人の問題ではないし、僕にも責任はあります」
思いもよらなかったことを言われ、まじまじと篠谷の顔を見つめ返す。そこにはいつもの胡散臭い笑顔ではなく、気遣うような真剣なまなざしがあって、目を逸らせなくなった。
「…去年、あの事件を沢渡さんが起こすほど彼女を追い詰めてしまったのは間違いなく私よ。被害者の皆にも、駒として使われ、今追い詰められた立場に立たされている胡桃澤さんについても、私には責任があるわ。篠谷君には関係…」
「僕は無関係ではありませんよ」
強い口調で遮られ、はっとする。碧の双眸に視線を絡め取られる。
「花梨を追い詰めたのは僕だって同じです。彼女の友情に甘えて、その奥にある気持ちを気付かずに、僕のエゴを押し付けてしまった。結果、彼女にも、あなたにも取り返しのつかない傷を背負わせてしまった…」
「私は…怪我なんて……」
「目に見える怪我だけが傷ではないでしょう? あなたはずっと花梨の事を気に病んでいる。…囚われている、と言ってもいいかもしれません。僕はあなたから見れば信頼するには足りないのかもしれませんが、あなたの助けになりたい、支えになりたいという気持ちだけは、信じてもらえませんか?」
そういう篠谷の表情は切なげで、まるで必死に縋られているような気分になり、落ち着かない。
信頼ならしている、と言おうとして言葉に詰まる。今までにも何度か、篠谷から似たような事を言われ、その度に信頼はしている、生徒会長として尊敬もしていると答えてきたけれど、そんな私の言葉が薄っぺらな拒絶だったことに今更気づかされたからだ。
信頼していると言いつつ、私は彼らに頼り、協力を仰ぐような事をしてこなかった。沢渡の件でも一人で立ち回り、結果、絶体絶命のところまで陥った。その上、助けに来てくれた篠谷を殴った上に詰った記憶もある。これでは信頼しているなんて言われても嘘にしか思えないだろう。
桃香の恋愛対象にならないように、フラグを立てないように、そんなことに気を取られ、仕事仲間としての彼らすらまともに見てはいなかったのだ。見たつもりになって、それでも頼ることも、信じることもできず、差し伸べられていた手を無視して、自分で自分を追い詰めていた。
「……頼っても…いいの?」
今まで散々彼らを拒絶し続けていたのに、その手を借りてもいいのだろうか、そんな都合のいいことが許されるのだろうか。
「頼って欲しいとお願いしているのは僕の方です。……まだあなたが認めるに足る程の人間にはなれていないかもしれませんが、これでも多少は成長したつもりです」
篠谷が、昨年の事件以降、それまで以上に周囲への気配りや目配りを欠かさなくなっていたのは気づいていた。
学業と生徒会活動で行き詰った生徒の相談に乗ったり、代議会との折衝の為に広く意見を求め、その一つ一つを深く理解するために、特待生や外部生、内部生の区別なくしっかりとした話し合いの時間を持つようにしていたり…。
普段の嫌味な態度や腹黒で粘着質な性質はそう簡単にはなくならないけれど。それでも、篠谷は確かに変わった。
変われていなかったのは、私の方だった。
「……ごめんなさい。…面倒をかけてしまうかも…」
「まったく…あなたほどの優秀な人が、こんな時言うべき言葉が分からないわけないでしょう?」
冗談めいた言葉で窘められ、思わず笑みがこぼれた。
「………ありがとう」
「…どういたしまして」
したり顔で頷く篠谷はもういつもの嫌味な態度に戻ってしまったけれど、今日だけは、反発する気持ちが湧かなかった。
「でも、様子を見ると言っても、胡桃澤さんがこのままじゃ危ないのは確かよ? 具体的にはどうするの?」
「登校時は僕達の生徒会活動の終わり時間に合わせて来てもらいましょう。本校舎の入り口で合流すれば教室に着くまではそう滅多な事は起きません。休み時間も人目に付く場所にいればそれほど危険な事にはなりません。放課後はすぐに運転手のいる駐車場まで送って帰らせます。しばらくはこれで嘉穂本人への手出しは抑えられるでしょう」
「それでも些細な嫌がらせや陰口は防げないわ」
「あなたと出会ってから、嘉穂は変わりました。今の嘉穂なら些少のことにくじけたりしないと僕は思います。もちろん、表立って庇えなくても、心を配り、声をかけることを怠るつもりはありません。それに、たとえ過去にどんな過ちを犯していたとしても、我が校の生徒である以上、生徒会が彼女を守ることは間違いではありません。彼女を守ることも、学内のいじめを根絶する事につながる。…いずれ錦木さんたちも分かってくれるはずです」
自信に満ちた声で言われると、そうかもしれないと思えてくる。イケメンとイケボイスの有効活用ってこういうことを言うんだろうな。
「そうね。頑張るわ!……じゃ、なかった、…えっと…一緒に、頑張りましょう…?」
ちょっとまだ慣れなくて、疑問形になってしまった。首を傾げた斜めの視界で、篠谷がぐっと言葉に詰まったのが見えた。…あれ、疑問形だったから怒ったのかな? それにしてはなんだか困ったような表情だし、顔が赤いような…?
「……以前から思っていたんですけど、あなたはもう少し色々自覚した方がいいと思います。自身の不用心さとか…。」
「いきなりなんですか?」
「不用意に今みたいな顔をするものではありません、という意味です。更に今更自分で言うのもなんですが、今のような状況を簡単に許すのもどうかと思います」
今の状況って何のことだ? 疑問がそのまま顔に出ていたのだろう。篠谷が盛大な溜息を深々と吐いた。
「……これは予測なんですけど、あなた昨晩妹さんに怒られませんでしたか?」
「…何で知ってるんですか?」
「……まあ、あれだけ釘を刺されれば、何となく…」
「??」
なんだか私の知らないところで桃香と通じ合わないでほしい。いつの間にそんなフラグ立ててたのさ。へし折らないと。不穏な気持ちが顔に出ていたのか、篠谷が気まずそうに咳払いをする。
「…ともかく、おそらく妹さんは男性と二人きりで車のような密閉空間に入るなとか仰いませんでしたか?」
「会長は我が家を盗聴でもなさってるんですか?」
「しませんよ、そんなこと。予測だと言っているでしょう。…さて、真梨香さん、今僕たちがいるこの室内の状況についてはどのようにお考えで?」
言われて気付く。そういえば人に聞かれて困る話をするからと言ってここに来たけれど、今の状況―密室で篠谷と二人きりと言うシチュエーションは桃香に注意された状況そのものじゃないか。しかも、私が自らここに篠谷を連れてきてしまったんだった。
「……桃香にまた怒られちゃうわ」
「気にするところはそこですか?」
篠谷が脱力感溢れる声で呟いて天を仰ぐ。そう言われても私の中では最重要事項だもの。仕事の打ち合わせだから問題ないと思っていたけど、はたから見たら確かに誤解されても仕方ない状況だ。
「今からでも誰か呼びましょうか? 梧桐君とか加賀谷君とか…」
「……その必要はありません。今度から気を付けてください。……僕に対して無防備な分は構わないんですけどね…いや、それも良くはないか…」
「…? 今何か仰いました?」
気を付けてくださいって言った後に何か小さくつぶやいていたけど、小さすぎて聞こえなかった。
「…いえ、何も。…相手が常に紳士とは限らないんですから、特にやたらとあなたに絡んで来たり、隙あらば触れてくるようなのとは二人きりにならないことをお勧めします」
「アドバイスが妙に具体的ですね」
「…いるでしょう? 事あるごとにあなたに突っかかってきたり、隙あらば突進してくる輩が」
まあ、2,3人思い当たるけど。…でも篠谷や桃香が言うような意味での警戒は必要ないんじゃないだろうか? 桃香が気を付けるならともかく。
「……なにか御不満が有るような顔をなさってますね?」
じとっと睨まれて慌てて笑顔で誤魔化す。ここからまた粘着ネチネチのお説教モードに入られてはたまらない。
「いえ、以後気を付けます」
「……まあ、いいでしょう」
篠谷はまだ言い足りなさそうではあるが、ブリザードを収めてくれた。そのまま話題を変えることにする。
「そういえば、パートナー表が貼り出されたから今日の放課後から変更届がラッシュですね」
1年生は名簿順でパーティーのパートナーが組まれているが、中には学内に許嫁がいたりして、そちらとパートナーを組むのでと変更を申請してくる人もいる。その為パートナー名簿はパーティーギリギリまで調整が必要になるのだ。
「ああ、双璧のところは毎回揉めますしね」
心なしか篠谷の声がぐったりする。3年の双璧、代議会議長の一之宮石榴と吉嶺橘平の二人はペアどころか常に複数の女性の取り巻きを引き連れている。ただ、パーティーの席での正式なパートナーとして会場入りの名簿に記載されるのは一人であるため、毎回誰がその座を得るかで揉めるのだ。あまりに揉めるのでいっそのこともう全員パートナーで名簿に書きこんでやろうかと思うほどだ。むしろ残りの女性が一人で出席と名簿にサインをしなければならないことの方が可哀想だ。
「…そういえばパーティーの時の胡桃澤の相手は誰になるんでしたっけ? 加賀谷君はうちの妹とですけど、2組で一緒に行動してもらうことになってしまうのであれば変更も考えた方がいいかもしれませんし」
「…そうですね…放課後、確認してみましょう。……その、実は葛城さんにお願いがあるんですけど」
篠谷が急に改まった感じで箸をおき、背筋を伸ばしてこちらを見てくる。
「はい、変更届の受付と調整は私の方で引き受けますから、ご心配なく。篠谷君は当日のプログラムのタイムスケジュールの最終調整をお願いしますね」
「はい…いえ、そのことではなく」
他に何かあったっけ? 当日の開会式での新役員お披露目スピーチの原稿は最終稿が上がってるし、顧問の木田川先生の太鼓判も貰った。当日早朝の設営は人員を割り振ってあるし、来賓者席の配置は家柄とか相関関係が複雑なので篠谷に任せることになっていたはずだ。…何か行き詰ってるのかな?
手伝える範囲でなら手伝おう。彼も私の事を手助けしようとしてくれているのだし、私も同じように彼の仕事を手伝おう。
そう考えていた私に、篠谷は真剣な面持ちで、こう言った。
「パーティー当日、僕のパートナーになってくれませんか?」
連投すみません。