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書き直し第一弾です。と言っても原型は殆ど変えてませんが。

 沢渡さわたり花梨かりんの暴行未遂と胡桃澤くるみざわ嘉穂かほの不正事件のあらましを聞かされた加賀谷かがたにそうはこの世の終わりのような表情で黙りこくってしまった。

 加賀谷にとっては沢渡は憧れの先輩、胡桃澤は自分が守るべきお姫様だったのだろうから無理もないけれど…。


「桑、気持ちはわかりますが、ともかく嘉穂の役員復帰は現段階では認められません。そして、生徒会としては早急に彼女に代わる人材を指名する必要があります」


 篠谷しのやの言葉にも固まったまま動かない。完全に放心状態だ。ショックなのはわかるけれど、このままでは埒があかない。私は加賀谷の傍らに歩み寄ると、そのサラサラのマッシュルーム頭を叩いた。ポン、と軽い音が出る。


「なっ…??!」

葛城かつらぎさん!?」


 叩かれた加賀谷と、見ていた篠谷から驚きの声が上がるが、気にしない。とりあえずは加賀谷は呆然自失状態は解除したみたいだし。

 頭に手を当ててわなわなと震える様は小柄な体躯と相まって小動物的だ。口をパクパクさせながらこちらを見上げてくる。

 これはひょっとして『親父にもぶたれたことないのに!』とか叫んでくれるパターンだろうか。前世の世界で人気だったアニメの名台詞を思い出すが、育ちの良いお坊ちゃんだから『親父』とは言わないかもしれない。せいぜい『父さん』とか『お父様』だろう。


「いきなり何をするんですか?!」


 普通に抗議された。まあ、普通そうだよね。うん。ちょっとだけ、肩透かしを食らった気分を一方的に味わいつつ、気を取り直す。


「正気に戻ったのなら話を続けましょう。ここで君が放心していても胡桃澤さんの処遇は変わらないし、時間の無駄よ」


 あえて突き放すように言った私の言葉に、加賀谷の眼に怒りが宿るのが分かる。


「そんな言い方はいくら何でも酷いです! 確かに嘉穂は重大な違反行為を犯したのかもしれませんけど、名誉を挽回する機会も与えられずに切り捨てることは無いと思います!」


 調子が戻ってきたようだ。キャンキャンとかみつき始めた子犬少年にデコピンをお見舞いしてやる。


「機会なら与えたでしょう? 生徒会執行部に入ることを望むならば志望書を提出しなさいと。それを拒んだのは彼女の方よ」

「それは……!」

「おそらく自分が生徒会を外された本当の事情を君に知られるのが嫌で、『新副会長の葛城真梨香が裏で画策して花梨先輩を学園から追い出し、私の事も邪魔だからって役員指名から外したのよ。こうなったらあんたも生徒会の指名を断りなさい! 呼び出されても行くんじゃないわよ!』とか言われたのではないかしら?」


 ゲームで聞いていた胡桃澤の口調を真似しながら言うと加賀谷は青褪めながらどうしてそれを…と呟く。やっぱりか。


「それで? 加賀谷少年は幼馴染で許嫁の女の子のいいつけを破って呼び出しに応じた挙句、彼女が秘密にしたかった真実を暴いちゃって泣きそうになってるわけね」

「な…!? 泣いてません!!」


 軽く涙目だったけど、まあ突っ込まないであげよう。

 要するに、胡桃澤は下僕認定している加賀谷もろとも生徒会をボイコットすることで生徒会、というか私に地味に復讐しようとしたわけだ。まあ、何も考えていなかった可能性も高いけど。胡桃澤に加え、もしも加賀谷も生徒会に入らなかった場合の仕事量の負担を考えると、充分に嫌がらせの域に入る。

 一度、本人と話をする必要がありそうだ。


「……加賀谷君の気持ちは良く分かりました。」


 私の言葉に加賀谷が顔を上げる。その瞳に期待の色が浮かんでいるのが分かったがあえて無視する。名誉を挽回するも何も、まずは本人が反省しないことには始まらない。


「…この際だからちゃんと彼女の本音を聞きたいところだけど、多分私相手では話すら聞いてくれなさそうだし、加賀谷少年もいいつけを破ったと知れば怒られちゃうでしょうしね…」


 怒られちゃう、のところで加賀谷少年がびくりと肩をすくめるのを横目に見ながら、篠谷を見ると、にこりと、聖人君子っぽい笑顔を向けられた。え、なにその顔こわい。


「ひとつ、僕の言う通りにしてみませんか? 嘉穂の本音を聞き出してみましょう」


 神々しくも純度100%の真黒笑顔に今度こそ加賀谷少年が泣くんじゃないかとちょっとだけ心配になった。あと、胡桃澤も。 



 10分後、胡桃澤が生徒会室に恐る恐る入ってくる。室内には篠谷だけが会長の椅子に座って待っていた。


「やあ、久しぶりですね。元気でしたか?」

「篠谷会長…あの、二人きりでお話ししたいことと言うのは…?」


 胡桃澤の声は緊張しているのか微かに震え、頬は桃色に染まっている。憧れの先輩と二人っきりと言うシチュエーションに胸をときめかせる乙女そのものだ。ちなみに、私と加賀谷は隣の資料室にいる。ここの扉は生徒会室と続きの間になっていて、ドアの上に格子の嵌った天窓があるのだ。そこで、資料室側のドアの前に脚立と踏み台を置いてこっそり様子を窺っているというわけである。


「あ…あの…葛城先輩、あまりくっつかれると…その…」

「静かにして。気づかれてしまうわ」


 天窓は小さいので、私と加賀谷はほぼ密着するような体勢で覗いている。加賀谷は居心地が悪そうだが、今更下手に身動きすれば物音で気づかれてしまう。私は加賀谷が暴れ無いよう引き寄せて抑えこんだ。一瞬ビクッとした少年は腕の中で大人しくなった。暴れたら殺すわよバリに視線で脅したのが効いたのかもしれない。

 生徒会室内では篠谷が胡桃澤に蕩ける様な柔らかい微笑みで語りかけている。


「昨年度のあの事件以来、嘉穂とゆっくり話す機会もなくここまで来てしまったので…気になっていたんです。結果としてあなたを辛い立場に追い込んでしまったのではと…あなたは花梨にも懐いていましたし、じつは彼女が学園を去る前に、あなたの事をよろしく頼むと伝言を受けていたんです」

「先輩……」


 憂いを秘めた表情で胡桃澤を見つめる篠谷に胡桃澤の方はもう真っ赤になって瞳を潤ませている。……あいつホストか詐欺師の才能あるな。絶対に桃香には近づかせないようにしよう。私は決意を新たにした。


「嘉穂の本当の気持ちを聞かせてくれませんか? …事件の後、教職員による事情聴取では殆ど黙秘していたと聞きます。…僕にも、理由は話せませんか?」

「…私…あんなことをしてしまって…もう失望されたかと思って…」

「嘉穂には嘉穂の事情もあったんだと思います。ただ、最悪の事態になる前に僕に相談していてくれればと…君の信頼を得られていなかったことが悲しくはありましたが」


 そう言って悲しげに目を伏せる篠谷。胡桃澤はもう感極まったかのように震えながら頭を振っている。なんだろう、これ、すごく篠谷を張り倒したい。


「違うんです! 私…悪いことだってわかってたけど…友達に頼まれて教室をこっそり使うだけならって…そのうち段々断り切れなくなって……頼み事もエスカレートしていって……花梨先輩に頼まれた時も…教室で何をするのかとか全然知らなくて……本当なんです! 侑李先輩だけには…信じて欲しいんです!」


 必死の表情で訴えてくる胡桃澤は愛くるしい顔に切なげな表情で、男性ならば庇護欲をそそるに違いない。


「ええ、信じています。…でも僕だけが信じていても、君の汚名を灌ぐことはできません。君が心から反省し、それをきちんと示せば、分かってくれる人も増えるんじゃないでしょうか? まずは葛城真梨香副会長と話をしてみませんか?」

「先輩……お気持ちは嬉しいです。…でもきっと…葛城先輩は…私の事をお嫌いでしょうし…顔を合わせるのは…怖くて……内部生には必要以上に厳しいって…噂ですし…」

「大丈夫ですよ。彼女が怖いのは顔だけです。むしろ花梨の事でも自分の方をを責めているくらいですから。目つきが悪いので睨んでいるように見えるかもしれませんが、嘉穂の事も誤解があるのなら解いて仲良くしたいと思ってくれていますよ」


 …私の事をフォローしてくれているつもりなんだろうけど、無性に殴りたくなるのはなぜだろう。あと、加賀谷少年、笑いをこらえるように小刻みに震えるな。


「侑李先輩はそうおっしゃいますけど! あのおん…葛城先輩は女の子にも容赦なく暴力を振るったらしいって聞きました。その時に机とか投げて教室を半壊させたとか…私そんな野蛮な人とは仲良くできる気がしません!!」


 投げたのは椅子だけだし、教室半壊は言い過ぎだし。…野蛮……まあ、多少腕力に物を言わせたことは反省はしないでもないけど…。


「たしかに、一人で無茶をした挙句に暴れたのは事実ですが、相手は複数のグループだったのだし、ギリギリ手加減はしていたようですよ? まあ、女性らしいとは言い難いですが」


 篠谷め…。


「…あの…葛城先輩、痛いです…」


 加賀谷から小声で訴えられて、つい彼の首に腕を回して締め上げていたことに気づく。…こういう所が野蛮って言われちゃうのか、なるほど。


「あら、ごめんなさい。大丈夫?」


 小声で謝ると、彼はそっぽを向いて無言で頷いた。耳が真っ赤になっているようなので、やっぱり首がしまって酸欠状態だったのかもしれない。後でちゃんともう一度謝ろう。


「…確かに葛城さんは言葉の暴力に加えて腕力に訴えることも少なくありませんけど、根は優しい所もなくはないですし、特に女の子や弱い者には紳士的ですよ?」


 篠谷は今度殴ろう。絶対にだ。思わず拳を鳴らしそうになってぐっと耐える。隣の加賀谷が怯えた眼差しを向けてきたので、微笑みかえしてあげたが、余計に青褪められた。おかしいな。


「葛城さんはただあなたを糾弾するのではなく、理解者になりたいと考えています。内部生と外部生、特待生の垣根をなくしたいと本気で取り組んでいます。その為にも嘉穂に協力して欲しいと。そのためにも君がきちんと反省し、立ち直ることが必要です。僕も嘉穂のこれからには何らかのサポートが必要だと考えています。もちろん桑だって君の事を心配していましたよ?」

「…!? 話したんですか?! あいつに!!」

「桑は君が生徒会役員を外されたことに納得がいかないと、抗議しに来ました」


 篠谷の言葉でその後の顛末は想像がついたのだろう、胡桃澤は今にも舌打ちしそうな表情で俯いた。心境的には『あいつ余計なことしやがって』とかそんな感じだろう。


「桑は嘉穂の事を心配して…」

「嘘よ!!」


 加賀谷をフォローしようとした篠谷の言葉を遮るように、胡桃澤が叫んだ。あまりの剣幕に篠谷が目を丸くしているが、それに構う余裕もないのか、彼女は目の前にいない加賀谷を睨むかのようにキッと顔を上げた。


「あいつは私を監視してるだけだわ! 婚約者の私が問題を起こせば加賀谷と胡桃澤両家の不名誉になるからいろいろうるさく言ってくるのよ!!」


 胡桃澤と加賀谷の両家は遡れば平安時代の公家とそこに仕える武家の家柄であったらしい。ゲームの設定のよれば、胡桃澤家は代々加賀谷家の当主やその子息に忠義をもって仕えてきたらしいのだけど、彼らが小学生の時、旅先の山で二人で遭難した挙句、胡桃澤の方が崖から転落し、大怪我を負った。加賀谷家当主は忠臣の娘を傷物にしてしまった責任を取ると言って、二人を婚約させたのだそうだ。


「あいつも私も好きで婚約したわけじゃないのに、いっつも傍にきて、何かあればやれ胡桃澤家の名がとか、婚約者としてとか、私の事なんて面倒くさいお荷物だと思ってるに違いないんだから!! 今回の事だって、家名を傷つけたってパパに報告して、あわよくば婚約破棄したいに決まってる!!」


「そんなこと…っ!!?」


 胡桃澤の言葉に思わずといった感じで加賀谷が叫んだ。

 ただ、時と場所が悪かった。彼は私と一緒に隣の資料室で、脚立と踏み台の上にいたのだ。急に体勢を起こそうとした加賀谷は当然バランスを崩し、私も巻き込まれて、踏み台から落ちた。

 ものすごい音がしたし、先刻の加賀谷の叫び声からも、胡桃澤にこちらの事はばれてしまっただろう。


「いったぁ……」

「す…すみません、先輩、怪我はありません…か?」

「ええ、君こそ大丈夫? 思いっきり下敷きにしてしまったけれど」

「あ、はい僕もどうにか…」


 二人して呻きながら半身を起こしたところで、資料室のドアが開いた。呆れ顔の篠谷と驚愕に目を見開いた胡桃澤がこちらを見下ろしている。


「何をやっているんですか? あなたたちは。僕はこちらで少し待っているようにとは言いましたが、踏み台まで使って覗いているようになどとは言っていませんでしたよね?」


 篠谷がいつものように笑顔で嫌味を放ってくるが、見慣れた人間には、そこに凍り付くような怒りが含まれているのが分かる。確かに覗き見が行儀が悪かったのは認めるけど、そこまで怒らなくてもいいと思わない?


「ちょっと! なに桑を押し倒してるのよ、この女狐!!」


 胡桃澤の叫びで、現在の自分たちの状況を改めて見直すと、確かに私は加賀谷の上に伸し掛かるような体勢になっていた。慌ててどけば、加賀谷はものすごいスピードで立ち上がり、数歩飛び退いた。…拒否反応激しすぎやしないか? お姫様に誤解されたくない気持ちはわかるけど、そんなに過剰反応したらさらに誤解を招くと思うけど。


「ち、違うんです! 隣が気になるって言ったのは僕で、今のも僕が先輩を巻き込んで引きずり落としてしまったせいで!! とにかくあの、そんなんじゃないんです!!!」

「わかっていますから落ち着きなさい。嘉穂も、状況を考えたらわかるでしょう?」


 冷静に後輩二人を諭すクールな生徒会長といった口ぶりの篠谷だが、背後にどす黒いオーラが見える気がするのは気のせいだろうか。小動物加賀谷少年が完全に怯えきってるじゃないか。


「覗き見の提案に乗ったのは私も同罪よ。行儀が悪かったのは謝るし、危うく篠谷君の大事な後輩に怪我をさせてしまう所だったから反省してる。だからそんなに怒らないでちょうだい」

「…その様子だと全く分かってませんね?」

「…? 何が??」

「いえ、もういいです。とりあえず、落ち着いたところで、折られてしまった話の腰を戻してもいいですか?」


 篠谷が飛び切りの笑顔で生徒会室を指さす。逆らえる人間など、もちろんこの場にはいなかった。

 ……なるほど、話の腰を折られたから怒ってたのかな?



 生徒会室に全員移動し、それぞれ席に着く。加賀谷はまだ動揺から立ち直っていないのか落ち着かなげで、胡桃澤はずっと私を睨んでいる。篠谷は笑顔のままだ。なんだこのカオス。


「さて、嘉穂は桑の心配は偽りだというような事を言っていましたけれど、僕にはそうは思えません。…桑、君は先ほど何か叫んでいましたよね?」

「…僕は…ただ嘉穂を守りたくて…それが僕の役目だからって…」


 おずおずとそんなことを言う加賀谷の後頭部に私は本日二度目の平手打ちをお見舞いした。こころもち先ほどより強く。スパーンといい音がして、加賀谷が机に突っ伏す。


「っ! 何するんですか?!」

「その言い方じゃ益々胡桃澤が誤解するでしょ! この朴念仁!!」


 何でこうも桃香の攻略対象の男どもは顔はいいのに残念思考なんだ! そんなんでうちの可愛い妹に近付こうだなんて、腹立たしい。我ながら理不尽な怒りも込めて、もう一発お見舞いする。


「役目とか、家に決められた婚約者だからとか、そんな建前ばっかり並べてるからこの構ってチャンが勘違いして暴走するのよ」

「なっ…!? か、構ってチャン…!??」


 胡桃澤が何か文句ありげに叫んでいるが、構わず加賀谷の鼻先にビシッと指を突き付ける。


「あなた自身が胡桃澤を心から心配しているってどうして素直に言えないの!?」

「それはっ……」

「照れくさいとか、恥ずかしいなんて言うのはちゃんと気持ちも通じたラブラブバカップルにでもなってから言いなさい。幼馴染でずっと傍にいるから通じているなんて言うのは甘えよ! そんなこと言っていると、どっかの似非王子みたいになるんだからね!!」

「葛城さん、それはひょっとして僕の事ですか?」


 篠谷がブリザードスマイルを放っているが黙殺する。

 見たところ、加賀谷少年の胡桃澤への気持ちは私が桃香に対して過保護になるのと似ている。小さい頃から一緒にいたのだから、兄妹のような気持ちになってしまっていてもおかしくはない。彼女は彼女で、口うるさい親への反抗期じみた癇癪にしか見えない。


「大切に想っている相手の事を心配するのは当たり前のことよ。そこにやれ家がだの、婚約してるからだの、おかしな理屈つけようとするから拗れるのよ」

「大切に…?」


 思いもよらないことを言われたというように呟く胡桃澤に向き直る。おそらく彼女は遭難事故以来、自分を甘やかしたり、過剰なまでに過保護に接する周囲への不信感を募らせてきたのだろう。彼女を大切に扱う人間は、何かあったら自分が責任を取らされるから、仕方なくそうしているのだと。それを加賀谷の口下手が助長した。


「胡桃澤さん、あなたはもっとちゃんと目を開きなさい。怪我の所為で甘やかされて、腫れもの扱いされて、捻くれる気持ちはわからなくもないけど、この加賀谷少年は少なくとも本心からあなたを心配していたわ。そうじゃなきゃ単身乗り込んできた挙句泣きながらあなたに名誉挽回の機会をくれなんて懇願してこないわよ」


 多少盛ったが、まあ、いいか。隣で加賀谷少年は憤死そうな顔で「泣いてません!!」と叫んでいる。むしろ今、泣きそうだ。


「桑が…?!」

「親がどうとか、家がどうとか関係ない。彼は中等部時代一緒に生徒会で働いていたあなたを認めていたから、処分の理由を問いたださずにはいられなかったし、あなたがやり直せると信じたから、あなたの復帰を願い出たのよ」


 胡桃澤が加賀谷を見る。加賀谷は恥ずかしげに目を逸らす。これで多少は彼女の目の曇りが晴れてくれるといいんだけど。まあ、長年蓄積された誤解を解くのは時間もかかるだろうし、何より加賀谷少年が圧倒的に頼りない性格の持ち主だったことが分かったので、もうちょっと精神的に鍛えないとだめだな。

 そんなことを思っていると、篠谷と目が合った。何故だか思いっきりふーやれやれ的な溜息をつかれた。外人っぽく両手を広げるジェスチャーもつけられた。見た目に違和感がないだけに腹立たしい。


「…篠谷会長、何か仰りたいことでも?」

「いえ、何も。…嘉穂と桑の関係修復の目途が立ったところで、話を戻します。嘉穂、あなたは昨年の事件について、今後どのように罪を償っていくつもりですか?」

「償うって……罰なら受けたじゃないですか。生徒会役員の指名取り下げ、桜花学園の生徒会史に残る不名誉以上の罰があるんですか?」


 不服そうに唇を尖らせた胡桃澤の頭を叩く。加賀谷よりも弱そうなので力は加減して。


「な!? 何すんのよ!!? お父様にだって叩かれたことなんかないのに!!!」

「ぶっ…んっごほっ…胡桃澤さん、あなたは考え違いをしているわ」


 予想外の所からツボを突かれて一瞬むせかける。咳払いで誤魔化すと、胡桃澤に向き直った。


「…役員の指名取り下げはあくまでも生徒会の信用を回復するための措置よ。昨年度の書記が事件を起こし、更にその後釜と目される中等部の副会長がその共犯だと分かった時、この生徒会は理事会および教職員会議で徹底して叩かれたわ。最悪生徒会に与えられた学生による自治権を取り消される危険だってあった。そうなれば生徒会は名ばかりの教師の雑用係に成り下がるわ。すべての行事は教師の取り決めに従うのみ、生徒は企画し運営する楽しみや自分たちで行事を作り上げる喜びも達成感も奪われる」


 少し大げさには言っているが、近しい意見は理事会でも教職員会議でも上がっていたのだ。生徒会が元の権限を損なうことなく存続できたのは、協力的な先生や、理事会役員の存在に加え、問題のあった役員を即座に切り捨てる決断をして見せたことが大きい。あの時、菅原会長や五葉松先輩が下手に沢渡や胡桃澤を庇っていれば、役員同士の癒着と捉えられ、教職員会議の信用は失っていただろう。

 私はつい、沢渡への情状酌量を願い出てしまったりしたのだが、菅原、五葉松両先輩に諭されたのだ。親しみを持っていたからこそ、ちゃんと断罪しないといけない時もある、と。


「つまり、あなたは罰を受けたというけれど、まだ本当の意味での罰は受けていないし、償いもできてはいないということよ。……今見た限りでは償い以前の問題のようだけれど」

「償い以前の問題って何よ?」


 胡桃澤の片眉が跳ね上がる。気丈にも睨み付けてくるが、その瞳に不安の色が揺れているのがわかる。酷く怯えているようだった。


「あなたは役員の指名を取り下げられたことを自身の不名誉だと言ったけれど、私から言わせてもらえば、役員としてやるべきこととしてはいけないことの区別を忘れた人間に役員職を与えることは生徒会そのものの品位を落とす不名誉だわ。それともう一つ。あなたは自分が何をしたのか理解できていない。だから今の措置を不服に感じるし、自分が不当に扱われているとしか思えないでいる。…違うかしら?」

「私のしたことって、確かに書類を勝手に使いまわして空き教室を無断で使ったりしたけど…っ!」


 胡桃澤の言葉を遮るようにもう一度頭を叩く。カラカラと音がするんじゃないか、この子。


「二度もぶったわね!!」

「……そっちじゃないわよ。橡圭介の起こした傷害事件の方よ」


 さすがに2度目は心の準備ができていたので、吹き出すのは免れた。


「あなたは橡たちグループに空き教室を提供するカラクリを教えた上で、私を含めた数人の女生徒をだまして現場まで誘導したでしょう? つまりあなたはいじめグループの加害者の共犯。沢渡共々ね」

「花梨先輩を悪く言わないで! 先輩が悪いんじゃないわ、アンタが先輩を追い詰めたんじゃない!」

「そのことについては否定はしないけれど、だからと言って、私とは無関係の女生徒に怪我を負わせて良い理由にはならないわね」

「そ…れは…橡たちが…私はただ……生意気な特待生を少し脅かすだけだって言われて……」

「何人かは脅されただけで済んでるけど、最後まで抵抗した2人の女生徒は今も傷痕が残っているわ」


 傷痕、という言葉に胡桃澤の顔が一気に青褪める。自身が傷痕の所為で嫌な思いをした身だ、事件の経過として伝えられてはいたのだろうが、改めて事実を突き付けられた動揺が全身を震わせている。


「さっきも言ったけれど、あなたが直接彼女たちに何かしたわけじゃなくても、少なからず、彼女たちの怪我にあなたは関わっている。被害者の目の前で、同じことが言えるかしら?」

「それは……でも、お父様だって、被害者に充分な補償はした、お前は何も心配するなって…」

「………ひとまずあなたのお父様が大概バカだというのはわかったから、まずは自分の頭で考えなさい。治療費の問題じゃないわ。あなただって経験してるでしょう。心や自尊心を踏みにじられることが傷そのものよりも何倍も痛いって」


 怪我の所為で婚約者に捨てられた胡桃澤の古傷をえぐるのは気が引けたが、胡桃澤がそういう経験をしているからこそ、白木さんたちの気持ちになって考えて欲しかった。

 しばらくの間、胡桃澤は黙りこくって、じっと俯いていた。ただひたすらに考え続ける様子に、私や篠谷、加賀谷も黙って見守る。



 気が遠くなるほどの時間が過ぎて、胡桃澤は不安そうに加賀谷や篠谷の顔を見渡していたが、私と目が合うと、きっと睨み付けてきた。


「…私、アンタが嫌いだわ」

「嘉穂?!」

「……」


 胡桃澤の言葉に加賀谷があわてるが、篠谷は無言で先を促す。


「花梨先輩が、私に相談してきたとき、アンタの事、嫌いで嫌いで、憎くてたまらないのに、つい目が追ってしまう。眩しくて羨ましくて、惹かれそうになってしまうって言っていて、意味が分からなくて、ただ花梨先輩が苦しそうだって言うのはわかった」

「……」

「花梨先輩が、内部生の不穏分子がアンタの取り巻きを襲撃しようとしてる、手を貸したいから協力して欲しいと言われた時、優しかった花梨先輩が変わってしまったことが悲しくて、辛くて、全部アンタの所為だと思ったわ。アンタさえいなけりゃ花梨先輩はこんな事言いだすような人じゃなかったのにって。橡たちが、取り巻きは少し脅すだけで、最後にアンタだけは学園にいられなくするって言っていて、アンタがいなくなれば、花梨先輩がもとの優しい先輩に戻ってくれる気がして、空き教室を使う方法を教えたの」


 胡桃澤の言葉に、沢渡の顔を思い出す。優しく微笑む顔、悲しみに歪んだ顔、殺意と狂気に満ちた顔。学園の理想を語る、凛とした顔…。


「結局、花梨先輩の計画は失敗して、アンタが花梨先輩が座るはずだった生徒会副会長の椅子に座ってる。私から優しい花梨先輩を奪って、花梨先輩から居場所も何もかも奪ったアンタなんか、大嫌いだわ」

「嘉穂…」

「…それで? 大嫌いな女の言葉じゃ聞く気にならない?」

「……大嫌いだけど、本当にムカつくけど、アンタの言う通り、私は何も知らなかった。ううん、知るのが怖くて知らないふりしてた。怪我人が出たことも、…花梨先輩が、アンタに何をしようとしたかも…」

「知らないふりっていうのは、結局知ってしまっていることになるんじゃないかしら?」

「……そうかもね。……今からでも、間に合うのかな?」


 ぽつりと零れた声は泣き出す寸前の子供のようだった。


「間に合うかどうかは、動いてみてから決めてもいいんじゃないかしら? 大事なのは、あなたの意志の有無よ」

「アンタに言われてって言うのが癪だけど! すっごく癪だけど!! ……侑李先輩、罪の償いについては答えを保留にさせてください。この女の言う通り、私まだちゃんといろんなことを見ていないから。本当の意味でどうするべきか分かったら、また、会いに来てもいいですか?」

「そうですね。…僕もそれがいいと思います。嘉穂、人は失敗から学ぶ生き物です。そして、取り返しのつかないことは無いと僕は思います。何かあればいつでも相談に乗りますよ」


 篠谷は珍しく黒さも寒さもない、素直な笑顔を見せた。…いつもそうしてれば、多少見栄えがするのに。そんなことを考えながら見つめていたらいつもの黒い笑顔で睨まれた。…考えてたことがばれたかな。


「葛城真梨香、…別にアンタに屈したとかそんなんじゃないから。…いろいろちゃんとして、やり直したら、改めてアンタと決闘するわ。花梨先輩の代わりに私があんたをぎゃふんと言わせてやるんだからね!」


 …ぎゃふん、て…テンプレなツンデレ発言と言い、色んな意味で私のツボを刺激してくれる子だな。強気な瞳でそう宣言する胡桃澤に、私の口には自然と笑みが浮かんでしまった。気の強い女の子は嫌いじゃないな。加賀谷よりも鍛えがいがありそうだ。


「いいわ。受けて立ちます。ただし、手段はあくまでも正当な手段のみでお願いね」

「あんたこそ、支持率高いからって、怠けたりしたら許さないんだから! それと、桑に変な色目使わないでよね!!」

「それはまずないと誓えるけれど。胡桃澤さん、あなた実は加賀谷少年の事結構好きなのかしら?」

「ちっ…違うわよ! 桑は純情なんだから、悪い女に誑かされないよう気を付けてあげてるだけよ! 私の好みは大人で背が高くて頼りがいのある人なんだから!!」


 お嬢ちゃん、背後で加賀谷少年が地味にショックを受けてるから。特に身長の事は言わないであげて。多分気にしてるから。


「身長はこれから伸びるだろうし、大人になんてほっとけばなるんだから、今のうちから頑張れば加賀谷少年が2,3年…いや、多分5,6年後にはあなたの好みになってるかもしれないわよ」

「葛城さん、成長にかかる年数を下方修正しないであげてください。桑がもう虫の息です」


 篠谷が止めに入らなければ危うく前途有望な若者の心を粉砕するところだった。気を付けよう。


「ともかく、嘉穂、これから大変かもしれませんが僕達が君を応援していること、忘れないでください」

「侑李先輩…」

「ほら、加賀谷少年、あれがいたいけな少女を誑かすブラックスマイルよ。ああはなっちゃだめだからね」

「葛城さん、何か仰いましたか?」

「いえ、篠谷会長は今日も神々しい笑顔で目が潰れそうですと言っただけです」


 腹黒会長と笑顔で睨みあう。1年二人が若干怯えている気がしなくもない。まあ、そのうち慣れるだろう。


「さて、あれこれと時間を取られてしまったけれど、そろそろ今日の議題に戻らないと時間がないわ。胡桃澤さん、給湯室に逃げた木田川きたがわ先生を掴まえてきてくれるかしら?加賀谷少年の説得は終わったから、会議に戻ってくださいと伝えて頂戴」

「なんで私が……いえ、行ってきます」



 数分後、顧問の木田川先生も無事連れ戻され、本日の役員会議が再開されたのだった。

ご心配の声を頂いておりますが、基本的なキャラクターの性格や言動は変えないつもりです。行動の選択肢だけが変わってルート分岐したような展開になると思ってください。

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