過去編 真梨香1年の秋 3
暴力的なシーン、表現が出てきます。苦手な方はバックしましょう。
暫くして泣き止んだ白木さんはぽつりぽつりと自身の身に起きたことを話してくれた。
文化祭期間の2日目、見知らぬ女生徒に声をかけられたのだという。高等部の制服を着ていたので、おそらく2年か3年の誰かだと思ったという彼女は特に疑うことなく呼び出しに応じ、音響室に出向いてしまったのだそうだ。
「……合唱部に最近仲良くなった子がいて、てっきりその子が呼んでるんだと思ったの……でも…行ったら1年の…内部の子たちに囲まれて……」
話しているうちに思い出してしまったのか、青褪めて震えだす彼女の手をぎゅっと握る。いじめを受けた子への対処は難しい。心から励ますつもりでも、それが逆にプレッシャーになることもある。
ただ、絶対に言えるのは、孤独な気持ちにだけはさせてはいけない、という事だ。逃げ場所でも、一緒に戦う同志でも、盾でもいい。誰かが傍にいると思えることが彼女には必要なのだ。
「…特待生は学園に巣食う寄生虫とか……酷いことをいっぱい言われて…それでも言い返そうとしたら……」
少し苦痛に耐えるように目をぎゅっと閉じていた白木さんの口から消え入りそうな声で紡がれた蛮行は予想をはるかに超えた非道なものだった。
数人がかりで手足を押さえつけられ、服を剥かれた挙句、服に隠れる部位に化学薬品をかけられ、焼かれた。更には油性マジックで体中に侮辱的な言葉を落書きされ、写真を撮られたと聞かされた時は脳みそが焼き切れるかと思うような怒りに私の体が震えた。
「…二度と逆らわないって…言わされて…元通り服を着せられたけど……写真をばらまかれるかもしれないって思ったら…怖くて……」
子供の喧嘩で許される範囲をはるかに逸脱した非道な行為に吐き気がする。
これはもういじめではなく暴行傷害として扱われるべきだが、学園、それも名門としての体裁を気にするだろう伝統校としては公式に訴えたところでまともに取り合ってもらえる可能性は低い。更に複数の内部生が関わっているとなると、彼らの親が子供を庇って理を曲げてくる可能性も否めない。
だからと言ってこのまま見過ごせば特待生は安心して学園生活など送れなくなる。
「白木さん、辛いかもしれないけれど、その時の状況をできるだけ、詳しく聞いてもいいかしら? その場にいた生徒の名前、わからなければ特徴だけでも構わないわ。それから…写真を撮られた時の状況も…」
白木さんがびくりと大きく震える。辛い事を強いているとは思う。それでも、反撃の糸口をつかんで、できることなら彼女たちを苦しめている写真をすべて始末したい。
それから長い時間をかけて、白木さんを落ち着かせながら、事細かに事件の詳細を聞き出した。聞けば聞くほど、犯人への怒りが沸々と湧いてくる。
「白木さん。少しの間、今まで通り、学校を休んで体調を整えることに専念して。…少なくとも、写真の事だけはどうにかして見せるから」
全てを話し、憔悴しきった顔の白木さんが力なく頷くのを見て、心が痛む。全面的に何とかして見せると断言できないのが辛い所だ。
それからしばらく、事件と無関係の、何気ない日常の話を暫くして過ごした。束の間でも、彼女がつらい記憶を忘れてくれたらいいと願いながら。
白木さんの家を出た後、他の被害にあった女生徒の家を一軒ずつ回った。学校では話してはくれなかった子たちも、内部生の目のない処では、重い口を開いてくれた。彼女たちの語った内容はほぼ同じで、服に隠れる部分に痛々しいケロイドが残ってしまった子もいる。
彼女たちには私に話したことを知られないよう、学校では今まで通り、対話を拒否するふりをしてもらうようお願いした。
「休み時間や学校からの帰りは同じ特待生の生徒で固まって帰るようにして。他の子も狙われるかもしれないから。しばらくは他の子たちにも生徒会に反発したふりをさせてもいいわ。知らない生徒や内部生からの呼び出しには充分に気を付けて。絶対に一人になってはだめよ」
そのほかいくつかの忠告とお願いをした後、私はいくつかの連絡先へ電話やメールを送った。
翌日、生徒会には話をしてもらえなかったと嘘の報告をした。白木さんは部屋から出てきてくれず、生徒会を信用できないので話したくないの一点張りだったと伝えたのだ。
「せっかく送り出してもらったのに、すみません。…会長、お話があります」
その日、葛城真梨香が生徒会を辞めたという話は、瞬く間に学園中に伝わった。
「…さすがに放課後が暇になっちゃったわね…」
授業が終わっても、急いで生徒会室に行く必要がなくなると、途端に時間を持て余してしまう。こういう時は図書館にでも行くのがいいかと思いつつ、何となく部活動を行っている運動部を眺めながら歩く。ここ2日ほどはそんな怠惰な放課後を満喫している。
「ろくな引継ぎもしないで辞めちゃったから梧桐君たちには迷惑をかけちゃうなあ…」
ちょっと疲れて、暫くベンチに座っていると、校舎の方から駆け寄ってくる女生徒が見えた。小柄で、明るめの茶色の髪を両サイドで緩く三つ編みにして、縁の太めの眼鏡をかけている。
「葛城さーん! よかったあ、もう帰っちゃったかと思った!」
息を弾ませて走り寄ってきた少女は私の前で止まると、少し呼吸を整える。地味に見える髪型や眼鏡のチョイスが残念になる程の美少女だ。
「あのね、木田川先生が執行部の辞任についていくつか引継ぎ書類があるから呼んできてほしいって頼まれたの。今資料室にいるから連れてきてって!」
「そうなの? わざわざありがとう。資料室だったらひとりで行けるけど…」
「私も木田川先生に用があったからついでなの!」
そう言って歩き出す少女を追って歩き出すとすぐに彼女は歩調を合わせて隣に並んだ。
「ねえ、葛城さんって、どうして急に生徒会を辞めちゃったの? 皆からすっごく頼られてたんでしょ?」
「そんなことないわ。力不足だったって痛感してるの。生徒会に迷惑をかけるくらいならって思って…」
「でも、代議会からもお誘いがかかってるんだよね? 次は代議会に入るつもりなの? それとも…」
「今のところはまだ何も決めてはないわ。…折角だから特待生らしく勉強にも少しは力を入れないといけないのだけれど…」
そんな話をするうちに、特別教室棟についた。木田川先生が使っている資料室はこの棟の端にある。人気のない廊下を二人で歩く。特別教室棟は普段はほとんど使う事がないので、少し空気も淀んでいる。
話のネタが尽きたのか、少女はやけに静かになった。
「…そういえばあなた…」
こちらから声をかけようとしたとき、ちょうど私たちの目の前にあった教室のドアが急に開いた。驚いて振り返ったところを背中から突き飛ばされ、たたらを踏みながら教室に飛び込んでしまう。その瞬間、ドアが再び閉ざされた。
「何よこれ?!」
慌てて見回すと、見覚えのある顔ぶれに囲まれていた。4,5人の男女、共通点は1年生であること、そして内部生であることだった。ドアの外でガチャリと鍵がかかる音がした。先ほどの少女が外から施錠したのだろう。
「…いったい何のつもりかしら?」
壁を背にし、彼らに向かい合う。特に教室の中央で机に座り、足を組んでふんぞり返っている男、橡圭介に目線を合わせると、彼は嬉しそうに歪んだ笑みをその薄い唇に浮かべて見せた。
「見ての通りだ。生徒会の庇護を受けられなくなった哀れな負け犬に制裁と教育を、と思ってな。いままで散々僕ら内部生を侮辱し続けてきてくれたお前には特別に趣向を凝らした躾を施してやろうと思ったのさ。」
「校内でこんな事をしてただで済むと思ってるの?!」
「もちろんだとも。お前が口を閉ざしていればな。…まあ、閉ざさざるを得ないようにしてやるだけなんだがね」
「いくら人気のない特別教室棟だからって、大声を出せば…」
「気づいていないのか、愚かな女だ。ここをどこだと思っている? 防音設備の整った音響室だ。いくら叫んでも誰も助けには来てくれないぞ。ついでに、携帯の電波もここは圏外だ。どうあがいても助けなどこないぞ」
元々おしゃべりな男だが、嗜虐の興奮に酔っているのか、いつにも増して饒舌だ。それにしても、防音に加え、電波圏外の特別教室など、本当に何の目的で作ったのか、当時の生徒会および学園上層部をおおいに問い正したい。
「…そんなに簡単に従うような人間に見えるのかしら?」
「…強がりは止せ、声が震えているぞ。裸に剥かれて皮膚を焼かれてもそのセリフが言えるか試してやる」
「……もしかして……白木さんたちにも同じことを?」
「ああ、あの寄生虫どもか。貧乏人の分際で俺よりも成績がいいことを鼻にかけるいけ好かない女どもだ、二度と反抗できなくなるくらいは痛めつけてやった。お前も今からそうしてやる」
少女たちの痛々しい傷跡を思い出して、思わず唇を噛みしめる。鉄臭い血の味が舌に沁みた。握りしめた手がわなわなと震えるのが目に入る。
「この人数で寄ってたかってか弱い少女に暴行したというの?!」
「みっともなく抵抗するから押さえつけたまでだ! 最初から大人しく従えば傷も残らずに済んだものを。お前も怪我をしたくなければ大人しくするんだな」
「傷跡が残ると分かっていて、薬品をかけたの?!」
橡以外のメンバーも嗜虐的な笑みを浮かべている。これから私の事も同じ目に合わせると、心の底から楽しみにしている眼だ。私と目が合うと次々にその口から悪意の塊を垂れ流し始めた。
「そうよ。ギャアギャア泣きわめいて、いつもの優等生っぷりはどこへやらだったわ。いい気味ね」
「前からムカついてたのよね。内部生は頭が悪い、みたいに見下してきて、貧乏人の癖に身の程をわきまえないったら。所詮学園のお金にたかる蛆虫みたいなものだもの、特待生なんて。私たちのストレス解消くらい役に立ってもらわなくっちゃ」
「制服脱がしたのも表向きはばれないようにっつーだけなのに、何を勘違いしたんだかこっちを強姦魔とか言ってきやがってさ~。お前みたいなブスに勃つかっつーの!犯す代わりに踏みつけてやったらすげえ泣き喚いてたな」
「その点、アンタはちょっと楽しみなんだよね。生意気だけど顔と身体はよさそうだし、玉の輿狙いとか聞いたけど、遊びでなら記念に一回ぐらい抱いてやってもいいぜ」
最後の男に至っては舌なめずりしながら全身を見つめられ、鳥肌が立った。思わず腕をさする。
「どうやら怯えて震えが止まらないようだな。…そうだな、お前が今まで俺たちに働いてきた数々の無礼を土下座して謝罪し、今後絶対の恭順を誓うと言うなら手加減してやらんこともないぞ」
橡が高らかにそう言った時、我慢の限界が来た。
「ふっ…あははははは!!」
「な…なんだ急に?! 恐怖のあまり気が触れたか??!」
突然笑い始めた私に戸惑ったいじめっ子グループはお互いに顔を見合わせている。私はしばらく笑ったあと、ポケットから取り出した小型の音声レコーダーをかざして見せた。
「バカばっかりで大いに助かったわ。いじめの事実を自ら告白してくれるなんて」
「!!?」
私の言葉にいじめっ子グループに動揺が走る。なんせ自分たちの声でいじめを行った事が語られている。動かぬ証拠、というやつだ。
「な?! それを寄越せ!!」
「寄越せと言われて渡すバカはいないわよ」
目の前で青褪めているお坊ちゃんお嬢ちゃんの顔を見つめながら、いつもより気合の入った女狐笑顔をみせてやる。杜撰な計画や思考、幼稚な動機、残虐極まりない暴行、なにより、自分たちの犯した罪の重さに対する無自覚、この際きっちりと思い知らせてあげようじゃないか。
「な、何をやっている! そいつを押さえつけろ!! レコーダーさえ奪い取ればこちらのものだ!!」
立ち上がり叫んだ橡の脇を掠めるように、重量のある物体が飛び、彼の背後の壁に轟音を立てて激突した。音響室にいくつか置かれているパイプ椅子だ。あまりの事にいじめグループの全員が凍り付いたように動きを止めている。何が起こったのか把握できないでいるようだ。
「……え?……」
教室の後ろまで飛んでいったパイプ椅子をゆっくりと目で追い、その視線が再びこちらへと戻ってくる。その眼は完全に化け物に遭遇したホラー映画の被害者役の顔だ。まさかとは思っていたが、こいつらは私が強いってこと、知らなかったんだろうか。過去剣道をやっていたことも、そこそこ鍛えていたことも、少し調べればわかることなのに…。
「あらあら、揃いも揃ってバカ面引っさげて、何をそんなに驚いているのかしら? 他人に暴力を振るおうとしたら抵抗されるなんてわかり切ったことでしょう? こんな大人数でか弱い女生徒ひとりに襲い掛かってきたのだから…」
そこまで言って、一呼吸、整える。怒りで余計な力が入っていた肩や腕を軽くほぐし、楽な姿勢を取る。拳の関節もパキパキ鳴らして見せる。時に意味のない行為だが、世間知らずのお坊ちゃんお嬢ちゃんを威嚇する効果は充分だ。勉強だけが取り柄の学業特待生、それも女子だと思って侮っていた相手が実はバリバリの武闘派だったなんて知らなかったらしいいじめグループは、この瞬間、完全に立場が逆転していることを思い知ったことだろう。
「…当然、全員まとめて相手してくれるんだよね?」
突然口調の変わった私にギョッとするいじめグループ達。さっきまでの勝ち誇った顔が嘘のように怯えと後悔に変わっている。女狐ぶりっ子も脱ぎ捨てた私の表情はきっと、さっきの彼らよりも凶悪で嗜虐心に満ち溢れているのだろう。一方的な暴力を振るう側から振るわれる側へと転落した哀れな少年少女に、私はこれまでで一番の、笑顔を見せてやった。
「おいで、モヤシボーズども。制裁と教育的指導を受けるのがどちらか、思い知らせてあげる」
青褪めてぶるぶると震え始めた連中が降参の意志を示そうとするが、にっこり笑って無視した。だって彼らは同じように、被害者の懇願も無視したのだろうから。
「葛城さん! 大丈夫だった?!」
数刻ののち、音響室に駆け込んできた梧桐君が見たのは、腰を抜かし、あるいは白目をむいて気絶しているいじめっ子グループと、彼らの携帯を片手に高速で操作している私の姿だった。
「あ、梧桐君。これ、証拠の音声、会長に届けて頂戴」
「え…あ、うん。会長ももうすぐ来るよ。他の人にばれないように生徒会を抜け出してくるから遅れてくるって。…この証拠、念のため木田川先生と栗山先生にも渡さないと。…でも、葛城さんも逆に訴えられたりしない? これ」
「まあ、教室の器物は破損しちゃったから、それは仕方ないんだけど、彼らには攻撃は当ててないわよ」
寸止めや髪の毛一筋掠めるような攻撃だけで、女子は気絶したし、男子は避けようと抵抗して自分で転んだり地べたを這いつくばって逃げようとしたのでその目と鼻の先に椅子を投げ落として見せたりしただけだ。自分で転んだ時に打ったりはしてるかもしれないが、私の攻撃自体は一つも当ててない。
本当なら、被害者の女生徒と同じ目に会わせてやりたい気持ちもあった。追い詰めて胸倉を掴み上げた橡のポケットから薬瓶を奪い、顔の真上で傾け…薬液が垂れるより先に橡は失禁しながら気絶した。
無様な彼らの姿は私の携帯の中に納められている。ついでに許しを請い、もう二度としませんと土下座する姿も動画で撮ってあるのだが、このことは梧桐君たちには内緒だ。
「瓶のふたを開けても中のゴムキャップ外さなきゃ零れるわけないのに…やっぱりどうしようもないバカだったわね」
この薬瓶の出どころも調査しないと。特別教室の無断での悪用の他に、学内備品を盗んで使用した疑いもある。
「ところで、葛城さん、その携帯は何してるの?」
「ああ、被害者の女生徒の写真を削除してるのよ他にメールやSNSにアップしてないか確認したけど、流石に自分の悪事をネットに流すほど馬鹿じゃなかったみたい」
「え、でも削除って重要な証拠が…」
「こんな写真を見せなきゃ立証できないほどこいつらの悪事は巧妙ではないでしょう? 特別教室の無断使用、暴行の自白、学園備品の盗用その他諸々…充分だわ。…こんな物は残しておくべきじゃない」
私の言葉に梧桐君はそうだね、と頷いてくれた。
今回の作戦は、会長と梧桐君、それと栗山先生にだけ話してあった。白木さんの証言でいじめグループのメンバーは割れていたし、橡が首謀者なら、私が生徒会を離れれば、絶対に狙ってくると踏んだのだ。
もちろん自ら囮になることにはものすごい勢いで反対されたけれど、無理を言って押し通した。いじめグループが狙う、特待生の女子で、学園の改革派とみられている生徒となると、他に適任はいないからだ。
栗山先生に話したのは、いざというときに杏一郎を通じて理事会に話を通してもらうためだ。杏一郎の権力に頼るのは気が引けるが、相手が家の財力や権力に訴えてきた場合の保険が必要だった。
「とにかく、これで一件落着だね。葛城さんも、また生徒会に戻ってくるんでしょ?」
「……そうね………」
確かに表向きはこれでひと段落ついたことになるだろう。橡たちの罪を明らかにし、適切な処罰を与える。内部生の過激派にはおおいに牽制になるだろうから、白木さんたちもすぐに安心して学校生活に戻って来られるだろう。
「…梧桐君、生徒会復帰についてはもうちょっと待ってて。……仕事、押し付けちゃって悪いのだけど…」
「…わかった。葛城さんの事だから何か考えがあってのことだと信じてるけど…無茶はしないでね。頼りないかもしれないけど、僕で力になれることがあったら遠慮なく言ってよ?」
「ええ、頼りにしてるわ」
どーんと胸を叩いて見せる梧桐君は相変わらずビーバーに似て愛嬌がある。少しだけ、癒されたところへ、廊下の向こうから会長が走ってくるのが見えた。
待ち合わせは教室棟校舎の屋上。本来は鍵がかかっていて入れないのだが、実は結構前から壊れているのだ。その事実を知ったのはゲームのプレイ上でだった。来年入学してくる桃香のクラスメイト、小林檎宇が授業をさぼる場所として出現ポイントとなっているのがこの屋上だったからだ。
吹き抜ける風は冷たく、秋ももうすぐ終わろうとしているのを感じる。桜花に入学してからの事を思い出す。
ゲームの世界に生まれ変わって、ゲームのシナリオに逆らって、運命を改変したくて色々やってきたけど、どれだけのことができただろうか? ただ迷走してきただけのような気もする。こうしていても、来年桃香が入学して、攻略キャラの男達と出会ってしまえば、私の立ち位置や行動に関係なく、桃香は彼らの誰かと恋に落ちて、泣いたり苦しんだり、怒ったり、笑ったりして自分の力で幸せを掴み取ってしまうのかもしれない。
そうなったとき、私はどうなるのだろう? どうするのだろう…。
「お姉ちゃんは、ずっと桃香の隣にいちゃ…駄目かなあ…」
物思いに耽っていたら、屋上に出てくる鉄の扉がギイイと音を立てて開き、待っていた人物が、現れた。きょろきょろと周囲を窺い、私の姿を見つけて、ほっとした顔になる。歩み寄ってくる姿は優雅で、戸惑いを浮かべながら少し首をかしげる様すらも美しかった。
この学園で出会って、驚かされた。ゲームとは違う行動や言動。理由はわからないけれど、運命が変わって、敵じゃなくなったのかもしれないと思っていた。私と同じ理想を掲げていて、この人の下でなら一緒に戦える。そう思えていた。
風が吹いて、長い髪が靡く。ふわふわの柔らかな髪が夕日を浴びて煌めいて見えた。
「急に呼び出してごめんなさい。……どうしても、あなたに聞きたいことがあって…」
「…かまいませんわ。…それにしても、葛城さんはどうやってここに? 確か鍵がかかっておりましたでしょう?」
沢渡花梨は悪戯を見つけた先生が子供を軽く叱るような、優しくも可愛らしい微笑みを浮かべていた。
ラスボス、ついに登場…!
次回で過去編終了の予定です。