過去編 真梨香 1年の秋 2
前回からちょっと間が空きました。すみません。
「どうしてですか?」
文化祭から数日、生徒会では次の行事、冬に行われるクリスマスパーティーの企画段階に入っていた。代議会を通じて各クラスで企画についての要望や取り入れて欲しい余興などが多数寄せられる中、議論の的になったのは、『プレゼント交換』だった。例年催されていた企画ではあるのだが、今回は特待生から企画を取り下げてほしいと要望が出たのだ。
「アンケートによれば、プレゼントの内容に各家庭の格差が出る企画は交流を目的とするパーティーで逆に軋轢を生むから、ということらしいな。」
生徒会長の菅原棗が要望書の束を見ながら溜息をつく。
これまでも大きな行事以外で、外部生および特待生と内部生のコミュニケーションを目的とした小規模のレクリエーションは実施されてきたのだが、いまいち効果を上げられないでいる。大きな理由は、小規模とはいえ、用意される料理や景品、設備や装備など、基本的な水準が学園の大多数を占める内部生の経済水準に合わせられている為、外部生、特に特待生にしてみれば、ひたすらにギャップを見せつけられる結果になってしまった事だ。
そこで今年のクリスマスは特待生の希望や一般的なクリスマスに合わせた企画や余興を用意して、内部生に庶民的なクリスマスの楽しみ方を知ってもらおうという計画を立てた。けれど全校アンケートから特待生の意見を中心にまとめた結果、このような意見が出てきたのだ。
「プレゼント交換…割と一般的な庶民の家庭でも行われる一番親しみやすい行事の筈なんですけどね…」
私の家でも毎年親子3人で交換会を行っている。去年は桃香には髪留めを、母にはブローチをあげたんだった。桃香からは手編みのマフラーを貰った。そろそろ寒くなってきたから出さないと…。
そんなことをつらつらと考えていて、思いついた。
「プレゼントに格差が出ないように、という事でしたら、手作り品限定というルールを付けたらどうでしょう?」
文化祭でも思ったのだが、この学園のお嬢様お坊ちゃまは自らの手で料理したり、何かを作ると言う作業をあまりしない。過去のプレゼント交換も、既製のブランド物のオーダーメイドの品評会のようになっていたのだろうと想像がつく。
「材料費で多少格差は出てしまうかもしれませんけれど、生徒本人の手作りに限定すれば市場価値の差は殆ど出ませんし、学生らしくていいと思うんですけど」
私の提案に役員は皆目を丸くしている。どうやら、手作りをする、手作りした物が贈り物として有効という発想がなかったようだ。基本的に物は買うものという思考なんだろうなあ。
「…なるほど…でもそうすると色々と問題が生じませんか? 飲食物の場合は安全性に不安がありますし、素人にそれほど大したものは作れないのでは…?」
「大したものを作る必要はないです。日常で使えるちょっとした小物でいいんですよ。手作りならデザインとかで個性が出ますので同じものを作ってもいいと思います。うちでもよくプレゼントの贈り合いするときに、同じものを作ってたりしますよ」
私の言葉に篠谷がピクリと反応するのが分かった。多分桃香の手作りプレゼントが何だったのかが気になってしょうがないんだろう。教えてあげないけど。
「いっそコンセプトを決めて、その中で出来栄えを競うとかしてもいいかもしれませんね。作成について、手芸部に協力してもらって、手作り教室を開催するなどすればパーティー当日だけでなく、準備期間も含めて生徒同士で交流を深められるんじゃないでしょうか?」
この学園の文化部の中で、手芸部と調理部は特に特待生の率が高い。特待生が指導側に回るという事で反発する内部生もいるかもしれないが、彼女たちの作る手芸品はプロ顔負けの作品も多数あるので、見れば心惹かれると思う。
私の提案に役員たちと執行部員の内部生が考え込む。こればっかりは実際に体験してみて楽しさを理解してもらった方がいい気もするけど…。
「実際、手芸部が作っている作品で、初心者でも作れる物をいくつかサンプルとして見てみませんか? 簡単なものは製作期間1日でできるものもありますし、検討の余地はあると思います」
「男子生徒も手芸作品を作るんですか?」
「工芸作品が得意な男子が手芸部に数人いますから、男性向けの小物も作れますよ。革の加工とかステンドグラスモザイクのランプシェードとか作ってるらしいです」
文化祭で手芸部の作品展示は結構人気で、作品販売は行っていなかったにも関わらず招待客の人からかなり問い合わせがあったと聞いている。執行部の何人かはそれを見て覚えていたらしく、少しずつ乗り気になってくれた。
ひとまず、いくつか手芸部からサンプルを借りて検討するという事で、落ち着いた。
最後の議題は、ここの所増えている、アンケートの白紙提出についてだった。数人とはいえ、文化祭の感想を募った時も、今回のクリスマス企画アンケートでも、一部の特待生が白紙でアンケートを提出しているのだ。該当する生徒を調べると以前は積極的に生徒会へ意見を寄せてくれたり、他の特待生への呼びかけも行ってくれていた子ばかりなだけに、この態度の急変には何か理由があるのではないか、というのが私や梧桐くんの意見だった。
「…少し、大げさではありませんか? 今回はたまたま特筆すべき事がなかっただけかもしれませんし、欠席が重なってしまっただけという方もいらっしゃるのでしょう?」
沢渡が困惑をあらわにしている。確かに偶然ならばそれでいいのだけど、私はこの件を何故か見過ごすことができないでいた。直感のようなものでしかないが、生徒会に今まで協力的だった特待生の、学業奨学生の女子数人だけが揃って急に生徒会に背を向ける行為に及んだことが偶然とは思えなかったからだ。
「本人たちに尋ねた時も、何も書くことがなかったと言っていたそうですし、他の特待生が充分に意見を出してくれているのですから、構わないのでは?」
篠谷もこの件については沢渡と同意見のようだった。確かに、白紙はごく一部の生徒だけだし、全校生の意見をまとめるにあたって、特待生、外部生、内部生の殆どの意見は集められているので、支障はない。でも…。
「ごく少数だからと、切り捨てたくないんです。切り捨ててしまえば、大多数の内部生の為に外部生、特待生の意見を切り捨ててきた過去の体制と何も変わらないことになる気がするんです。もちろん、全員の希望や意見を全て叶えることはできません。でも、ちゃんと耳を傾けたうえで、できることもできないことも、真摯に返事を返すことが、意見を募る側の責任なんじゃないでしょうか?」
書くことが何もなかったと言った彼女たちの様子を思い出す。顔色が悪く、落ち着きのない様子だった。何かを言いたくて、でも言えないでいる、そんな無言の訴えを感じた。
「彼女たちに個別に聞き取り調査をする許可をください。その上で、問題がなければそれはそれで構いません」
本当なら個人的に話を聞いて回りたいくらいだが、生徒会執行部員という肩書がある以上、勝手な行動は取れない。何か問題を発見したり、大事になった時に対処する責任を負うのは生徒会全体になってしまうからだ。
「僕からもお願いします。彼女たちも、葛城さんにならきっと話してくれるんじゃないかって思うんです」
梧桐君が援護射撃をくれる。彼の眼にも彼女たちの様子は尋常ではないと映ったらしい。何人かの友人を通じて話を聞いてみたりもしたらしいが、頑なに口をつぐんでいるという。
杞憂ならそれでいい。けれどもし何らかの理由があっての事なら…。
「わたくしも同行してもよろしいかしら?」
「いえ、沢渡さん、申し訳ないんだけれど、一人で行かせてほしいの。こちらの人数が多いと向こうに余計なプレッシャーを与えてしまうと思うから」
沢渡は心配そうな顔をしていたが、ただでさえ怯えている女の子に生徒会役員まで引き連れて話に行ったら最悪逃げられてしまう可能性が高い。平の執行部員で、同じ特待生の私が一人で行くのが最善だろう。
「本当に、何もなければそれでいいんです。ただこのままでは私自身が納得できないので、お願いします!」
「…わかった。お前の好きなようにやってみろ。何かわかったら教えてくれ。それと、俺たちのフォローが必要な時もすぐ知らせること」
頭を下げて頼み込む私に、菅原会長は苦笑いしながら頭をポンポンと撫でるように軽く叩いた。…前々から思っているのだが、菅原は人の頭撫でるのは癖なんだろうか? なんだか照れるような恥ずかしいような気持になるので、やめてほしいんだけど。…ゲーム中ではそこまで頻繁に桃香の頭を撫でる描写がなかったように思うのだけど……そういえば何度かは撫でてたな。
「…会長、年頃の女性の頭をあまり気安く撫でるのはどうかと…。」
「あ、すまん。…気に障ったなら謝る。つい、癖でな」
抗議の言葉が口をついて出たのは、ゲームの中での菅原が桃香の頭を撫でるシーンのスチルを思い出してしまったからだ。その所為か、最高に不機嫌な顔と声になってしまった自覚はある。菅原は私が頭を撫でられるのが嫌いで不機嫌になったと思ったのだろう、かなり真剣に謝ってきた。
「いえ、こちらこそすみません…あまり撫でられ慣れていないものですから…」
実際、父親が早逝しているので、撫でてくれた大人と言えば母くらいなのだが、母の場合は撫でるよりもまず豪快に抱きしめられてしまうので、頭を撫でられると言うよりは全身揉みくちゃにされる、が正しい。
「とりあえず、明日、何人かに話を聞きに行ってきます」
ひとまず話し合うべき議題は決着がついたので、書類作業をそれぞれにこなし、その日は帰路に就いた。
「……アンケートの事は…書くことがなかっただけです。あの…もういいですか?」
「……理由なんて別に……ありません。放っておいてください」
「………ごめんなさい。本当に何もないんです…もう、来ないでください」
翌日、アンケートを白紙で出した女生徒を訪ねて回った結果、見事に門前払い三連チャンを喰らった。共通項は全員『何もない』の一点張りだったこと、私に話しかけられると、周囲を気にするようなそぶりを見せたこと、けしてこちらの目を見ようとしなかったことだ。
執行部の仕事で3年生相手の折衝をしていた時に門前払いは何度も喰らったので、1度や2度の拒絶くらいでは諦めたりはしないが、あの怯え具合ではあまりに力押しをすると逆効果な気もする。
それにあの怯えた様子が何か引っかかっている…。
考え事をしながら廊下を歩いていると前方から歩いてきた男子生徒にぶつかりそうになった。間一髪避けて見上げると、3年の男子剣道部主将、木通由孝先輩だった。
「葛城か。どうしたんだ? ふらふらと歩いていたな」
「木通先輩。すみません、ちょっと考え事をしていました」
生徒会で仕事をするようになって、部長会との交渉や連絡役を任された時、唯一門前払いせずに受け入れてくれたのが剣道部の女子主将、瓜生舞先輩と男子部主将の木通先輩だった。剣道部への勧誘をあれだけきっぱり断ったので、反感を持たれているものと思っていたのだけれど…。
「何か悩みでもあるんなら、ちょっとうちで素振りでもしたら気が晴れるかもしれないぞ?」
単に勧誘を諦めていないだけとも言える。生徒会の仕事で顔を合わせるたびにちょっと手合わせだけでもとか、見学していけとか熱心に誘ってくださっている。すべて丁重にお断りしているが。
「遠慮しておきます。もう体も鈍ってしまっていますから、みっともない姿をお見せしてしまうだけかと思います」
「確かに筋力は多少落ちてると思うが…勘が鈍ってるようには見えないんだよなー」
木通先輩が興味深そうに視線を注いでくるので微妙に居心地が悪い。
「なあ、一回だけでいいから俺と勝負してくんない?」
「何を仰るんですか?! 先輩は男子の全国ベスト8でしょう。弱い者いじめが趣味だと言うならちょっと軽蔑しますよ」
「ハンデは付けるからさ。…そーだなー、足払い有、防具なしの実践式とかどう?」
木通先輩の言葉にギシリと体が強張った。恐る恐る見上げれば、悪戯が成功した子供のような顔で笑い返された。冷汗が背中を伝う。
「…何のこと…でしょう?」
「駅裏の路地突き当りの小さな道場…確か臼木道場だっけ? メインは道場主の甥御さんがやってるスポーツチャンバラで近所の子供とか高齢者の集まりでやってるけど、元は古流剣術と柔術を組み合わせた実践的な武道を教えてたんだろ?」
「……何で…それを…」
「だーかーらー、言ったじゃん。俺、お前の追っかけだったって。お前中学の時個人戦じゃ飛び抜けてたけど、何か型とか不自然なところが多かったし、戦いにくそうにしてるなって思って、部活以外で別の武道やってんじゃないかと思ってさ。」
確かに部活で剣道に打ち込むのとは別に臼木道場に週一回通っていた。と言っても本格的な古流剣術を習うためではなく、臼木の師範から教わったのは、武道というよりは過剰防衛ギリギリの護身術だったのだが。
「古流剣術は習ってないです」
「じゃあ柔術の方?」
「師範が教えてる正式な武道は教わっていません。…木通先輩…このこと…」
「ああ、言わないよ。別にこの情報を盾に手合わせしてくれって言うつもりもなかった。ただ、お前が本気で相手を倒しにかかったらどんなに強いんだろうって気になってるのは本当だ」
そう言って笑う木通先輩の顔には確かに好奇心以外の色は見えなくて、本当にただ純粋に強い相手と戦ってみたいのだろうな、と思えた。少年漫画のヒーローみたいだ。そういう純粋な強さへの憧れみたいなものは私にはない。
「申し訳ないんですが、私が剣道を始めたのも、臼木道場に師事するようになったのも、護身術の強化の為で、先輩のように競う事やより高みを目指すことを目的としていません。それに、ハンデを頂いても木通先輩の方がリーチもパワーも有利なのですから勝負になりませんよ」
ゲームの世界で桃香はライバルキャラの企みや、様々な陰謀によって暴漢に襲われそうになったり、命を狙われたりする。もちろん、攻略キャラが助けに来る王道展開だが、現実のものとなったこの世界でそんなご都合主義な展開を必ずしも迎えるとは信用できないし、助けられるものなら私が桃香を助けたい。剣道も、護身術もその為に鍛えているものだ。なので、万が一実力が拮抗していたとしても、木通先輩と勝負する気はない。
「なんだ、残念。じゃあさ、津南見は? あいつならリーチの差はそんなないし、良い勝負になるんじゃね?」
「なんでそこで津南見先輩の名前が出てくるんですか? しませんよ、勝負なんて」
津南見柑治と勝負などするくらいなら木通先輩と勝負してぼろ負けした方がマシである。何のために剣道部入部を断ったと思ってるのだ。いや、本当の理由は話してないから知らないんだろうけど。
「え…でも津南見って…」
「木通先輩何してるんですか!!」
木通先輩が何か言いかけた時、小さな影が突進してきたかと思うと目の前から木通先輩が数メートル先に連れ去られた。最近木通先輩や瓜生先輩と話していると、高確率で津南見が寄ってくる。直接言葉を交わすことは殆ど無いので気にしないようにしているが、正直お前何で来るんだよ? と思わずにはいられない。
津南見が来た方向からは、瓜生先輩も歩いてきた。部活の用事か何かだったのだろうか?
「木通君来るの遅いから呼びに来たら、葛城さんの勧誘してたのね。勧誘成功してるなら遅刻は見逃してあげるけど?」
「それでしたら今回も失敗に終わっているので、こってりと遅刻の罰を与えてあげてください」
「あら、また駄目だったの? 木通君、嫌われてるんじゃない?」
笑顔でそう返すと、瓜生先輩も笑って茶化してくれる。熱心な勧誘を断り続けてもこうして許してくれるのはありがたい。
「柑治も、葛城さんがいるからって毎回飛び出していかないでよ。何事かと思われるでしょう?」
「…前からちょっと気になっていたのですが、瓜生先輩はなんで津南見先輩を呼び捨てにしてるんですか?」
「気になるの?」
「はい、木通先輩との差別がはっきりしてるので、何か理由があるのかな、と」
一瞬何かを期待するように輝いた先輩の顔が、即座に苦笑に変わった。何かおかしなことを言っただろうか?
「柑治は従弟なのよ。昔から家族ぐるみの付き合いで…」
「そうだったんですか?!」
という事は津南見の姉軍団に加え、瓜生先輩も幼い津南見を構い倒して女装させてたってことだろうか? そう言われてみれば、この3人でいるとき、津南見は瓜生先輩に対して及び腰だった。単に女性恐怖症の症状だと思っていたが、過去の支配者本人を前にして真実恐怖している姿だったのか。
「言われてみると眼元がよく似てますね。表情が違うから気づかなかった…」
「そうね、普段は言わないと気付かれないわね。…さて、私たちはこれから部活なのだけれど、見学していかない?」
「すみませんが、私もこれから生徒会室に向かう所でしたので…」
「そう、見学だけとか、木通君に打ち込みだけしたくなったとか、いつでも歓迎するからね~!」
もはや恒例となったやり取りに苦笑しつつ、私は生徒会室へ向かった。
「…というわけで、初日は収穫なしだったわ。梧桐君はどう思う?」
「何か隠してるっていうのは確かみたいだね。……確か一人、ここの所ずっと学校休んでる子がいたよね?」
「ええ、担任の先生を通じて連絡を取ってみたんだけど、部屋に閉じこもって出てこないらしくて、保護者の方も何があったのかと心配しているらしいわ。…私、その子の家に行ってみようと思うのだけど…」
通常業務を終えてからだとかなり遅くなってしまう。その子の家は電車で30分ほどかかるので、ご家庭を訪問するにはちょっと非常識な時間になってしまうだろう。
「…今日のうちに明日の書類まで片づけて、明日放課後すぐに行ってみようかしら」
「それならいっそ今から行って来たらどうですか?」
本日の書類を前に考えていたら、突然書類の束を取り上げられた。見上げると金髪碧眼の会計サマが自分の書類の山の上に私の書類を置いていた。
「いえ、自分の仕事は自分で片づけますので…」
こんなところで篠谷に借りを作れるかと断って書類を取り戻そうとしたら、鉄壁のディフェンスを披露された。そんな技は体育のバスケの授業ででも披露してくれ。
ムキになって取り返そうとしたら、書類の代わりに鞄を押し付けられた。
「今、あなたにしかできない仕事があるのでしたらそれを最優先に片付けてください。よそごとに気を散らされたまま仕事されては迷惑ですので」
「篠谷君もこう言っているし、葛城さんはその休んでる子の所へ行ってきて。書類は僕も手伝うし」
梧桐君にまで背中を押されたので、二人にお礼を言ってから、生徒会室を出た。
問題の女生徒、白木さんの家に着くと、母親が怪訝そうな顔で取り次いでくれた。文化祭の後から、部屋にこもったまま、出てこなくなっていて、食事も部屋に運んではいるが最低限度しか手を付けていないらしい。以前は明るく、家族にも学校が楽しいと話していたらしいのだが…。
私が訪ねてきたことを母親に告げられたドアの向こうからは震える声が聞こえてきた。
「……葛城さん…? 本当に…?」
「白木さん、葛城真梨香です。…ここを、開けてくれませんか?」
ドアの向こうではしばらくの間沈黙が続いた。今日はもうだめかと思い始めたころ、部屋の鍵が回る音がした。
「白木さん……!!」
どうやって話を聞き出そうかとか、何か手がかりはないかとか考えていたことが、彼女の顔を見た瞬間に霧散した。頬がやつれ、真っ赤に泣きはらした目、怯えて泳ぐ瞳、震える体…咄嗟に抱きしめるしかできなかった。
「……もう…大丈夫だから…」
そういってぼさぼさになってしまった髪を撫でていると、白木さんの腕がぎゅうぎゅうと私にしがみついてくる。そして彼女は声をあげて泣き出したのだった。
どうして気づかなかったのだろう。他の3人も、同じだった。
こんな風に怯えた顔をする子を、前世で見たことがある。アルバイトで行っていた家庭教師先の子供だ。不登校で、引きこもりのその子供が、学校へ行けなくなったきっかけは、学校でいじめによる暴行を受けたことがきっかけだった…。