過去編 真梨香 1年の夏 2
過去編が長いとご指摘いただいてます。すみません。あともう少し続きます。
体育祭の選抜メンバーの放課後練習が始まって3日。練習が終わった後、生徒会室で執行部の仕事をこなしながら私はこの3日間のストレスを叩きつけるようにキーボードを打ち込んでいた。
「あ、の、ヘラヘラロンゲめ~~~~~!! いつか絶対あの髪毟ってやる~~~~~~~!!!」
不本意ながら天敵、吉嶺橘平と二人三脚のペアになってから、放課後は足を縛って、肩を組んでの練習が続いている。その間、密着されるわ、時間中ずっと話しかけられ続けるわで私のストレスは最高潮に達していた。
前世で得たゲーム知識を頼りに吉嶺の好感度を下げようと、わざと失礼を承知で揚げ足を取ってみたり、無視してみたりするが、吉嶺は終始ニコニコしていて反応が変わらない。全く持って腹立たしい。
しばらくキーボード相手に八つ当たりをして多少すっきりした頃、梧桐君がお茶を持ってきてくれた。
「あら、ありがとう梧桐君。言ってくれれば私が行ったのに」
「ちょうど休憩しようと思って淹れに行ったついでだから。…荒れてるね」
一緒に執行部で働くようになり、本の貸し借りも良くするようになった梧桐君からは敬語が取れ、だいぶ親しくなった。同じ特待生同士、意見を交換しあったり、役員に提出する陳情の草案を練ったりするのに協力し合っている。
「…体育祭までの我慢だとは思っているのだけど、どうにも苦手なのよ。ああいうタイプ」
「吉嶺先輩が珍しく1年女子にご執心だなんて噂にまでなっちゃってるしね」
まったくもって不本意極まりない噂だ。吉嶺本人が取り巻きたちに注意をしたおかげか、今のところ直接絡んできてどうこうされるという事は起こっていない。とはいえ、廊下を歩けばひそひそと指をさされ、あからさまに敵意を含んだ視線で睨まれるので、精神的に堪える。
再び火が付きそうな苛立ちを、お茶を飲むことで抑える。
梧桐君にも言ったが、今は我慢の時だ。選抜メンバーになってしまった以上、ペア競技も変更できない。体育祭までは現状を耐えるしかないのだ。
「…本当に。今だけは我慢するしかないわ」
今回、私が吉嶺の策にいいように踊らされたのは、私自身の失策に他ならない。前世で得ていたゲームの知識と目の前の状況分析だけに頼って、全体を正しく見極めるのを怠ったからだ。
ミスした分は3日前に充分すぎるほど落ち込んだ。しっかり落ち込んで、次に生かさなくては、ここで負けたら私の桃香があのチャラチャラロンゲに奪われる!
落ち込みついでに桃香に添い寝もしてもらってたっぷり桃香充した翌日から、私は密かに情報収集に明け暮れた。吉嶺だけでなく、現在桜花学園に在籍している桃香の攻略キャラ達の『現在の状況』を可能な限り詳細に、彼らを囲む人間関係も含めて事細かに集めた。
協力してくれたのはクラスメイトの柿崎由紀と2年の枇杷木夕夏先輩だ。
特に、由紀とは互いにシスコンブラコン趣味を打ち明けあってからは、親友と呼べるほどに仲良くなった。初等科から桜花学園にいる生粋の内部生なので、彼らの事情にも通じているし、彼女の許嫁の山茱萸先輩は上級生にかなり広い情報網を持っているらしく、有益な情報をいくつも教えてもらった。
常に幾人もの取り巻きを連れている双璧だが、そのメンバーは似ているようで全くタイプが異なっているらしい。
パッと見はどちらも派手めのセクシー美人系で、背も高くスタイルの良い女性ばかりを侍らせてるように見える。けれど、性格的な分類でいうと、一之宮の取り巻きは彼のわがままに振り回されつつも尽くすことに喜びを見出しているタイプが多い。夕夏先輩も、『石榴は我儘だけど優しいこともあるのよ』などとDV被害にあっている女性の典型みたいな台詞を言っていた。早く目を覚ましてほしい。
一方の吉嶺の取り巻きは、先日遭遇した茶道部の先輩、檀優子先輩のようにちょっとお高くとまった女王様タイプが多い。筆頭は3年の郁子野ゆかり先輩だ。彼女はゲームでも女子大生になって吉嶺ルートのライバルキャラとして登場する。桜花のOGだったとは知らなかったが。
彼女たちのご機嫌をうまくとりつつ、遊びとしての享楽的な関係を築いているのが吉嶺橘平という男だ。…もげればいいのに。
そんな彼が取り巻きを抑えながら私にちょっかいをかける理由がなんなのか、そこのところが分かれば彼の興味から外れることもできると思うのだけど…。
そんなこんなで競技の練習というより、忍耐力の訓練のような放課後練習も残り1日となった体育祭前日。
「困ったね…。誰か気づいてくれるといいけど」
私と吉嶺は何故か体育用具室に閉じ込められていた。
その日は体育祭前日という事もあって、練習は早めに切り上げられた。練習で使った道具を1年生がまとめて片付け、用具室に持っていこうとしたとき、吉嶺が手伝いを申し出て、私と数人の1年生と吉嶺で道具を用具室にしまっていたら、気づくと他の1年生がいなくなっていて、ドアを閉められた、というわけだ。どう見ても人為的に陥れられたのだが、目的が分からない。
「一応、聞きますけど、吉嶺先輩の差し金とかではないですよね?」
「君と二人っきりになる為に協力してもらって? さすがの俺でも体育祭前日にそんなリスキーなことしないよ」
「……だといいな、と思います」
「信用無いな」
あると思うのか。しかし確かに吉嶺の言うとおり、私と二人きりになりたいからと言ってこの状況を作り出すほど彼は馬鹿じゃない。となるとあの1年生たちは別の目的で私をここに閉じ込めたという事になる。吉嶺が一緒に閉じ込められたのは手伝いを申し出たために巻き込まれたと考えるべきか…。
私以外の選抜メンバーの生徒の顔ぶれを思い出す。今日の片付けに一緒にいたのはA組の柏木君と楓さん…。そこまで考えて、心当たりを思い出した。正直忘れかけていた、私を陥れようとする人物。
「…先輩、すみません。多分、この状況は私の所為だと思います」
「どうしたの急に殊勝な態度になって」
「さっき一緒にいた子たち、1年A組の内部生です。…多分、元生徒会執行部員の橡圭介が嫌がらせ目的で指示したんだと思います」
よくよく考えれば男の方は橡と一緒に私に絡んできたグループにいた。橡が執行部を辞めてからは殆ど彼らのグループと接触がなかったので忘れていた。
このまま明日になれば、体育祭の早朝準備に来た実行委員が私と吉嶺を見つけてくれるだろうが、そこには絶対不純異性交遊の疑いが私たちにかかる危険がある。私一人でも充分嫌がらせになるだろうが、吉嶺が手伝いを申し出たことで、更に企みを大きくしたのだろう。何かと噂になっている吉嶺と私が一晩二人きりで過ごして何もなかったわけはない、と噂を煽るつもりなのだろう。
「…なるほどね。つまりこのまま朝になっちゃうと事実内容に関わらず君と俺は深い仲になったように扱われちゃうわけだ。いっそのこと事実にしちゃう?」
「……この場で私に指一本でも触れたら傷害罪覚悟で先輩の顔を変形するまで殴ります」
「怖いなあ。まあ、俺も女の子を無理矢理どうこうする趣味はないし、大人しくしてるよ」
大人しくしていてくれるのはいいけど、このままじゃ本当に事実に関わらず不本意な噂がさらに過激になって広められる。それは避けたい。どうにかならないかな、と用具室のドアをガタガタ動かしてみるが、開く気配はない。
「そんなに慌てなくても、こっちに来て座りなよ」
吉嶺は閉じ込められているとは思えない程余裕の表情で自分が座る競技用マットの隣をポンポンと叩いて見せる。…本当にこいつの企みじゃないよな? 疑わしい気持ちになりつつ、睨む。
「よくそんなに落ち着いていられますね」
「まあ、困ってはいるけど、流石に朝までいる羽目にはならないよ。最終下校時刻の後、警備の人が全部見回ることになっているから」
そういうことは最初に教えておいてほしい。無駄な体力を使ったじゃないか。半眼で吉嶺を睨みつつ、隣ではなくマットの端に距離を置いて座った。吉嶺は面白そうにくすくすと笑っている。
「警戒するねえ。君から見て俺はそんなに危険なのかな?」
「危険なのは私の方です。先輩に傍にいられるとうっかり傷害罪か殺人罪を犯してしまいそうな程度には」
「それは怖いね」
私の答えにさらに笑う吉嶺。何がそんなに面白いのだろうか。あと、さりげなく距離詰めるようにずれてこないでほしい。ほんとに暴力に訴えそうだ。
「……この際なのでお伺いしますけど、先輩はなぜ私に構うんですか?」
「君に興味があるから。美人だし、頭もいいし、気が強い所も好みだし。君さえ良ければ不埒な噂の的になっても良いくらいだ。…もちろん、事実関係付きで」
この答えはまあ予想の範囲内だ。私が美人かどうかは微妙だとしても、気が強い高飛車なイメージを持たれているのは自覚している。そういう意味では私は吉嶺の取り巻きと同じタイプだろう。
私は、少し迷ってここ数日気になっていたことを突っ込んでみる事にした。
「…先輩、本当は私みたいなタイプは好みじゃないですよね?」
「え? なんで? 好みだよ。背が高くてスタイルもいいし、昔から君みたいな子が好きなんだ」
吉嶺が目を丸くして首をかしげる。実際取り巻きにしている子たちも私も似たタイプだという事なら、普通に考えれば私は吉嶺好みだと言えるのだろう。けれど…。
「先輩は取り巻きの女性の方々の事も本当は好きなわけではないですよね……むしろ嫌い、というか………憎い…?」
吉嶺の取り巻きを調べながら彼らの関係性を観察していて、何となく感じていたことだ。吉嶺は甘い言葉も惜しげもなく囁くし、ニコニコと彼女たちのご機嫌をとっていて、一見女の子大好きなチャラ男にしか見えない。けれど、なぜかその姿が逆に彼女たちを拒絶しているように見えたのだ。甘い言葉に釣られて踊る彼女たちを冷めた目で見下しているような、何かを試しているような…。
思えばゲームでも吉嶺の取り巻きの切り捨て方は非情で、一之宮よりもある意味酷かった。一之宮のように声すらかけることなく、桃香と恋人になった瞬間から彼女たちの存在を無かったことにしたのである。おかげでゲームでは桃香が恨まれ酷い目にあった。あのルートは絶対に回避しなくては。
前世に思いをはせていた所為か、吉嶺の接近に反応が遅れた。気が付くと手を掴まれマットに押し倒され、上から覗きこまれていたのだ。
「……図星でしたか?」
暗がりの中見下ろしてくる眼にはさっきまでの甘さは欠片もなく、暗く冷たい憎悪。…ニコニコつかみどころのないチャラ男の、初めて見せる素の表情。一瞬恐怖に震えそうになる心と体を理性でねじ伏せて睨み返す。
「女性を侍らせながら、踏み込まれるのは嫌、踏み込むのも嫌、似たようなレプリカで周りを固めて、その実全く違う本物だけを求めている。…そうですよね」
「頭の良い子が好きなのは本当だけど、賢しい女は確かに嫌いかもね」
まるで愛撫のように頬を撫でられ、長い指が首に絡みつく。そのまま少し力を入れられたら、私の首は容易く締まるだろう。思っていた以上に彼を動揺させたらしい。
吉嶺のルートでは吉嶺に振り回されつつも、時に素直に罠にかかり、時に真面目に吉嶺を諭す桃香に次第に吉嶺が癒されるようになっていくという展開だった。吉嶺が何をしても、ちゃんと本気で接し、離れていかないと食い下がる桃香に絆されるように恋人になり、それでも更に試すような無茶ブリを仕掛けてはちょっとでも意に染まない行動を取るとBADルートに突入してしまうとんでもない理不尽シナリオだったのだ。
そんなシナリオの中で、吉嶺は過去に女性に裏切られたというようなことを語っていた。…おそらくだが、彼を裏切った女性というのは私や取り巻きの子たちみたいなタイプだったのだろう。そう思ったので、あえて、踏み込むことにした。
津南見柑治が女性恐怖症からの女嫌いなら、この男は女性不信に凝り固まった女嫌いの女好きだ。精神の捻じれ具合ではゲーム中一番だろう。それだけに、自分の事をあれこれと深入りされたくはなかった筈だ。
「…ようやく意見が一致しましたね。私もあなたが大嫌いです」
今までニコニコと笑って好きだの可愛いだのとほざいていた男の憎悪に歪んだ顔に、心からの笑顔で宣言する。ようやくこの男から『私みたいなタイプが嫌い』だと言質をとれた。今まで我慢した甲斐があったというものだ。
私の態度に虚を突かれたのか、吉嶺の力が緩んだので、突き飛ばして距離を取る。
「さて、吉嶺先輩。取引の時間です。たった今申し上げました通り、私はあなたの事が大嫌いなので、今後できる限り必要な場合を除いては接触したくありません。…先輩も、賢しい女にこれ以上あれこれと痛い腹を探られたくないでしょう? …ですから、今後は互いに不可侵、という事にしませんか?」
吉嶺の過去や本当の心にまで踏み込むつもりはない。それは元々私の役割でもないし、桃香にも触れさせるつもりはない。その為に、あえて少しだけ踏み込んで見せる。本気になれば私は吉嶺のテリトリーを侵せる。それを見せておいて、引けば、彼もこれ以上こちらへ踏み込めなくなるはずだ。
「……言ってくれる。俺の弱みでも掴んだつもりかな?」
「いえ、まったく。何故吉嶺先輩が嫌いなタイプの女性を侍らせているのかとか、そもそもどうしてそういう女性が嫌いなのかとかは正直どうでもいいです。嫌いなんだろな、と直感で思っただけですし。ただ、私は嫌いな人から好きでもないのに絡まれるのは不愉快なだけで益がないので、手を引いてくれませんか? とお願いしているだけです」
「お願いが命令にしか聞こえないよ。確かに、君の言うとおり、嫌われている子に無理強いはできないかな。俺としてはもうちょっと楽しみたかったんだけど。主に肉体的に」
「痛めつけますよ。肉体的に」
不埒な発言に拳を構えて見せると吉嶺はいつもの笑顔に戻って降参のポーズをした。
「わかったよ。この体育祭が終わったら、必要があるとき以外は君にちょっかいをかけない。それでいいかい?」
「…いいでしょう」
今この場で妹に近付くなと言ったところで吉嶺にはなんのことかわからないだろうしな。ひとまずは私が距離を置くことができただけ良しとしよう。
「…ついでに一之宮先輩も止めてくれると助かるんですが」
「あ、それは無理。あいつは人の言う事なんてきかないよ」
「ですよね…」
あわよくばついでにバカ殿避けもしてくれると楽だったんだけど、そうもいかないらしい。
とりあえず、元通りマットの端に座る。吉嶺も反対の端に座ってくれた。どうやら距離を置いてくれるつもりでいるようだ。
「……ねえ、真梨香ちゃん」
「できれば名前ではなく苗字で呼んでください」
ついでなので、呼び方にも距離感を出してもらいたい。そう要求すれば、苦笑いされた。
「頑なというか…。ぶれないね。前から気になってたんだけど、名前呼ばれるのそんなに嫌いなの?」
「親しくもない男性から呼ばれるのは正直不愉快ですね」
「…しかたないな。葛城さん。これでいいかい?」
「はい、何でしょう?」
ようやく振り向いた私に、吉嶺は表情を引き締めた。
「この際だから君に聞いておきたい。…君はこの学園をどうしたいと思ってる?」
「…それは代議会の2年副総代としての質問ですか?」
「そうだよ。君は生徒会執行部では平の執行部員でしかないけれど、既に多くの外部生から支持され、代議会の一部のメンバーにも影響を受ける人間が出始めている。正直生徒会にいるより、代議会に来てほしいと思っているくらいなんだ」
「……ひょっとして取り巻きの方々を下がらせてまで私にしつこく接触してきていたのはそれが目的ですか?」
「それも、だよ。面白そうだから手を出してみたいって思ったのも本当だけど」
わりとついでで手を出されそうになってたのか、私。やっぱり殴っておけばよかった。
「お誘いはありがたいですけど、私としては生徒会で頑張ると決めているので。…最初の質問についてですが、私がこの学園に望んでいるのは外部生とか内部生といったことで差別やいじめが発生し、少数派の外部生が泣き寝入りするような構図をどうにかしたいだけで、立場を逆転させたいわけでも、自分が上に立ちたいわけでもないんです」
できれば来年、桃香が入学してくるまでに、少なくとも表立って外部生が虐げられるようなことは無くしてしまいたい。
「なるほどね…。益々代議会に欲しいな。君の言う理想の実現は生徒会よりも代議会の方が実行可能だと思うよ。文字通り生徒代表の意見機関なんだから」
「代議会の構成員のほとんどが初等科から桜花学園に通う内部生です。更に3年生が全体の意見を大きく左右する年功序列型の組織では1年の中で私一人が変革を訴えたところでその他大勢にかき消されるのがオチでしょう。逆に、生徒会は少数精鋭で、トップが2年生なので、1年の私でも意見が言いやすいです。発信が私でも、代議会で生徒会代表が私の意見を採用してくれたらそれは生徒会の意見として、代議会は注目せざるをえません」
私の言葉に吉嶺は目を丸くしている。正直、吉嶺の言うように代議会に入るルートも考えたのだが、自分で言った理由に加え、2年双璧と生徒会役員を比べて双璧の方が近付きたくなかったというのもあった。まあ、そこは言わない方が花だろう。
「驚いたな…。益々代議会に欲しくなった。口説くのはだめでも勧誘はオッケー?」
「どちらもお断りします。…というか、私のやりたいこと自体には反対なさらないんですね?」
一之宮も吉嶺も生粋の内部生だ。先日のドレスコード事件といい、外部生差別の先陣を切っているのかと思っていたのだが。
「俺は君の意見、良いと思うよ。高等部で外部から優秀な生徒が増えるのは内部生にとってもいい刺激になると思うし、生活や考え方の違いも話を聞いてみると案外面白いと思うし。…石榴もああいう性格だけど、外部生をむやみやたらと嫌っている訳じゃないんだ。あいつはいつも思い付きで行動するから」
「思い付きで特待生に経済的打撃を与えるような規則を作らないでほしいんですけど」
あの時の行動や言動のどこに外部生を嫌っていないと思える要素があるのだろうか。
「あの時か~。あれね、本当は礼服を用意できない生徒には一之宮財閥が援助するって付け加えようとしてたんだよ。流石に3年の総代にそれは止められて、規則が可決された後、個別に対応するつもりになってたみたいなんだよね。…どうやら誰かさんが自力で解決しちゃったみたいだけど」
理事会に掛け合ったことは双璧にはばれていたらしい。というか、一之宮財閥が援助って…下手をすると特待生へのご機嫌取りと取られかねないんじゃ…。
「そういうスタンドプレーもどうかとは思いますけど、そもそもあんな規則提案しなきゃ良かったんじゃないですか?」
「…君、あの新歓パーティーの日、制服を汚されてたでしょ? 石榴が外部生が皆制服でパーティーに出るようになったら、内部生と外部生の溝がますます深くなるんじゃないかって考えたんだ。規則で全員平等に礼服を着させる。もちろん、経済的に負担のかかる特待生には何らかの援助措置を取る前提で。やることは極端だけど、あいつも考えてるんだ」
吉嶺の言葉に私は沈黙するしかなかった。元々制服を着てパーティーに出たのは昔はそれでも大丈夫だったらしいという楽天的な考えからで、梧桐君たちが賛成してくれた時も味方が増えた、制服姿が増えれば桃香が入学したときに制服でパーティーに出ても目立たずに済むくらいにしか考えていなかったからだ。私の行動が外部生と内部生の全面対決を煽ってしまっている。その事さえ、自分の都合のいいように利用することしか考えていなかった。
「……吉嶺先輩の考えはわかりました。一之宮先輩については…保留します。お二人がちゃんと桜花の生徒の事を考えてくれているというなら、代議会でそれを示してください。私は生徒会で、私にできることを続けます」
「…やっぱだめか。……それじゃあ、生徒会で頑張る葛城さんに、俺から一つだけ忠告」
吉嶺先輩がそう言いかけた時、警備員の巡回が来て、倉庫の鍵を開けてくれた。彼らは閉じ込められていた私たちに驚いていたが、片付けで奥の方にいる間に、他の生徒が間違えて鍵を閉めてしまったという説明に何とか納得してくれた。閉門時間を過ぎている為、すぐに着替えて校門までは警備員さんがついてきて開けてくれることになった。
吉嶺先輩の忠告が何だったのかは気になったが、警備員さんにせかされるようにそれぞれの教室へ急ぎ、着替えて校舎を出ることになってしまった。
校門を警備員さんに開けてもらい、外に出る。教室で着替えている間に車を呼んだという吉嶺先輩が送ると申し出てくれたが、丁重にお断りした。
「徒歩圏内ですのでお気になさらず。というか、家の前の道はどうせ狭いので吉嶺先輩の家の車みたいな大きな車が停まるスペースはありません」
「はは、残念。君と親しくなって家に送る権利を得たあかつきには小さい車を買うことにするよ」
「そんな日は来ませんので、安心して大きな車に乗っていてください」
昨日までと似た軽薄な発言も、今日は口先だけの冗談と分かるので、軽く返すことができる。吉嶺先輩は車に乗り込んで、ウィンドウを降ろすと、手招きし、小声で一言だけ告げて、去って行った。
「生徒会で頑張るつもりなら、書記のお嬢様に気を付けた方がいい」
……沢渡が…? 彼女は私や執行部に入ってきた特待生の事も良く見てくれているし、彼女自身、内部生と外部生の差別撤廃派の中心にいる。吉嶺の忠告の意図が分からず、私は少しの間立ち尽くすしかなかった。
彼の言葉の意味を私が知るのは、体育祭も無事終わり、夏休みを経て2学期になってからの事だった。
秋で2、3回くらいで過去編終われたらいいな…。くらいの予定です。現代編をお待ちの方にはすみません。