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息抜きに書き始めました。不定期更新になると思いますがよろしくお願いします。

 私はこのシーンを知っている。


 金髪碧眼の天使のような容貌の子供が、黒髪黒目のこれまた天使のような容貌の子供と手を取り合っている。二人は大きな瞳から涙をぽろぽろと零している。


「僕の事…忘れないで…」

「ゆうくん…っっく…」

「きっと、きっといつか会いに…迎えに来るから…これを…」


 金髪の方の子供が首に下げていた小さな丸いペンダントを外す。トップに薔薇の形に削られたローズクウォーツが付いている。あれは「彼」の祖母の形見だったものだ。私はそれを知っている。

 あれをあの子が受け取ってしまえば、ソレがきっとフラグ……。


「ダメ―――――――――!!!」


 直後、私は金髪の少年を突き飛ばし、呆然とする黒髪の幼い妹を腕に抱きしめていた。





 窓の外で雀が鳴いている。


 朝だ。いつも通りの朝。夢見が少々悪かったことを除けば、窓の外はからりと晴れ渡り、申し分のない新学年のスタートと言える。


「あ~。それにしても久々にあの時の夢を見たわ~」


 ベッドに身を起こし、寝乱れた髪をかき上げながら私は呻いた。


 あの後、母親からはこっぴどく怒られた。可愛い息子を突然池に突き落とされた相手のご両親も激怒していた。妹は泣いて『お姉ちゃんなんか嫌い!』と言ってきた(実のところこれが一番痛かった)私自身、さすがに行動が過激すぎたと反省もした。

 それでも、あの少年がペンダントを妹に渡し、二人の絆として形に残すのは阻止したかったのだ。そして、ペンダントは騒ぎの有耶無耶で妹の手には渡らずに済んだ。


「まあ、ちょっとした誤算はあったけど」


 ぼんやりと幼いころの思い出に浸っていると、階下から鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん! ご飯できてるから早く下りてきてー。入学式に遅れちゃうよー!」

「今行くわー」


 ベッドを出ると、洗面所で顔を洗い、髪にブラシを通す。寝ぐせのほとんどつかない黒のロングストレート。艶のある髪質は妹と同じで気に入っている。細く、つり気味の瞳は周囲からは切れ長で美しいとか、涼やかで凛としているとか褒められるが、狐みたいであまり気に入ってはいない。妹の大きくて丸く、たれ気味の瞳の方が可愛いし、何より癒される。

 部屋に戻り、制服に着替え、階下のダイニングへ行くと、おいしそうな朝食が湯気を立てていた。


「もう、お姉ちゃんたらこんな日までマイペースなんだから」

「あら、いつものペースなら朝から湯船につかってきてるわ」


 今朝は軽くシャワーで寝汗を流しただけだ。


「それにしても相変わらず桃香の作るご飯はおいしそうね。私の嫁だったらいいのに」

「お姉ちゃんったら。自分だって作ろうと思えば作れるでしょ。…でもお姉ちゃんのお嫁さんだったら幸せだなあ」


 そういってはにかむマイスイート、妹。桃香ももか。肩の下くらいまでの黒髪はすっきりとしたポニーテールにまとめられ、華奢な首筋が見えている。小柄で思わず抱きしめたくなるような小動物系の容姿に、私とは違う大きな丸いたれ目がさらに小動物感を増している。先ほどはジョークで流したが、私の気持ちの上では常に「桃香は俺の嫁」状態である。今日も飛び切り可愛い。可愛すぎて生きるのがつらい。うそ。生きるのが楽しすぎる。こんな人生送れるんなら転生してよかった。


 そう、実は私は転生して今の生を生きている。こんなことを言うと頭の病気を疑われるので、前世の記憶を取り戻して以降、誰にも話したことはない。

 前世の私は、オタクというやつだった。漫画やアニメ、ゲーム小説などなど、割と手広く趣味にしていた。

 特に嵌っていたのは女性向け恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲームだ。

 その中でもお気に入りのタイトルが『花の鎖~桜花学園奇譚おうかがくえんきたん~』。

 ヒロインの少女がとある目的で入学した学園で、生徒会役員たち、学園のアイドル的存在のイケメン達に出会い、紆余曲折を経て恋をし、結ばれるという、ベタな学園ものだ。

 ヒロインは攻略対象のイケメン達との出会いの時に花にまつわるアイテムを渡される。それはアクセサリーだったり、生花だったりするのだが、それがきっかけになり二人の間には運命の絆が現れ、選択肢や学園内での行動によってパラメーター画面でその花が育っていく。満開になればルート確定。恋愛エンドへ突き進むのだが、ルート確定後、選択肢を誤ると花の茎が蔓のように伸びて、パラメーター画面のチビキャラに絡みついていく。その蔓がキャラの全身を覆ってしまうとバッドエンドルートになり、悲劇的な展開や、場合によっては命の危険を伴う結果につながってしまうのだ。

 物語の中でヒロインは明るく、強く、健気に行動し、攻略キャラが抱える心の闇を一度は打ち払い、恋に発展するのだが、運命のいたずらが再び攻略キャラを苛んだり、別の脅威が現れたりでなかなかハードな展開になるのだ。タイトルにある「鎖」に象徴されるように、バッドルートでは攻略キャラの束縛によって精神的に追い詰められるヒロインの姿が痛々しかった。


 そんな乙女ゲームの、明るくて、優しくて、健気で、一途で、可愛くて、可愛くて、可愛いヒロインなのが、今の私、葛城かつらぎ 真梨香まりかの妹、葛城かつらぎ 桃香ももかなのだ。


 私がこの世界が前世で遊び倒した乙女ゲームの世界だと思い出したのは6歳の時。ゲーム中では回想シーンとして出てくる、攻略キャラの一人と桃香の出会いのエピソードシーンを目の前で見た瞬間だった。


 夏休みに家族で旅行をした時、偶然旅のルートが重なっていた外国人の家族と母が意気投合し、互いの子供たちを一緒に遊ばせながらの旅行となった。

 旅行の間は私も前世のことなどまったく思い出していなかったので、3人で仲良く遊んでいたのだ。

 しかし、旅行最終日、別れを惜しむ少年と妹を見て、既視感を覚えた瞬間、記憶の奔流が頭に流れ込んだのだ。普通なら異常事態に耐え兼ね混乱し、体調の一つも崩していただろう。実際旅行から帰ってから3日間寝込んだ。

 けれど、その瞬間、私はその少年と妹の出会いフラグを咄嗟にへし折ることしか考えられなくなっていた。


 前世の私がこのゲームに嵌っていた理由はヒロインが可愛かったから、が10割である。ヒロインが頑張る姿を応援し、ヒロインがいじめられればいじめた相手やその原因になった攻略対象に憎しみをこめて呪いの波動を送りつつ、「ヒロインもこんな男は見捨ててしまえばいいのに。」と言っていた。

 設定資料やドラマCD、夏冬のビッグイベントで限定販売される小冊子などはヒロインの情報を求めて目を通していたが、攻略対象者のグッズやキャラソンCDなどにはさっぱり食指が動かなかった。カレンダーはヒロインが表紙だったので買ってそのままビニールも外さず部屋に飾られていた。

 オタク仲間との萌え語りでは「ヒロインは俺の嫁」豪語し、攻略キャラについては「イケメンとはいえ、残念すぎて3メートル離れた地点から定点観測する程度に留めたい。」という感想を漏らして、そのキャラのファンたち(クラスタとかいうらしい。)と喧嘩になったこともある。

 そんなヒロイン至上主義だった私にとって、攻略対象のイケメン達は、可愛いヒロインに苦労を掛けた挙句、一度持ち上げたと思ったらさらに不幸に突き落とし、そのうえでヒロインから救ってもらうのを待っているようなダメ人間集団としか思えない。

 ヒロインがつらい思いをし、泣いたり、場合によっては怪我をしたり、命を落とす羽目になったりするのはゲームだった時だけで充分だ。ゲームが現実になった今、私は一つの決意をした。

 妹となったヒロインがいらぬ苦労を背負い込まないよう、攻略対象者とのフラグを折ることにしたのだ。

 もちろん、ヒロインが恋する相手ができ、それが攻略対象だった場合はヒロインの幸せの為に応援する覚悟はある。その場合は全身全霊を持ってバッドエンド回避に尽力してやろうと思っている。

 だがそれはそれ、これはこれ。

 そもそもの苦労の元凶に接することなく過ごせればそれに越したことはないじゃないか。桃香の無邪気な笑顔を守るためなら私は鬼にでもなろう。


 気が付くと、朝食はすっかり空になっていた。桃香のご飯は世界一旨い。家事が当番制の我が家では私も人並みに料理はこなすが、妹の腕前にはかなわない。ほんと、いい嫁になる。


「ごちそうさま。桃香、今日も美味しかったよ。それじゃあ私は式の準備もあるから先に行くね。桃香は一人で大丈夫?」

「大丈夫だよ。でも嬉しいなあ。お姉ちゃんと一緒に憧れの桜花学園に通えるなんて」


 …実のところ、高校受験で志望校を選択するとき、悩んだ。そもそも桃香が桜花学園に入学しなければフラグをほぼ全粉砕できるんじゃないかと。けれど私が入学しなくても桃香が入学してしまったら意味がないし、その場合は近くで見守ることもできなくなる。

 桜花学園は初等科からあるようなセレブ学校だが、高等部から特待生枠を広くとっており、勉学や芸事、スポーツなどで優秀な生徒に奨学金や授業料免除などの特典をつけている。

 うちの家計の事なら気にするなと母親からもさんざん言われたが、私も桃香も、授業料が免除になり奨学金の給付まで受けられるのならその方がいいと考えた。それに桃香は以前から桜花学園に憧れを抱いていた。

 桜花学園は母の母校だ。特待生として高等部から桜花に入った母はそこで父と出会ったのだそうだ。セレブと庶民なので、当然その交際は周囲の猛反対にあい、一時は別れを余儀なくされもしたらしい。

 けれど、卒業の日、父がすべてを捨てて母と生きる道を選び、二人は駆け落ち同然に家を捨て、その後、結婚した。私が生まれ、桃香が生まれ、順調に見えた生活はある日突然の父の事故死をきっかけに暗転する。

 頼る親類縁者を自ら捨てていた母は、女手一つで私たちを育てた。父の保険や事故の賠償などである程度の貯金はあったが、それにほとんど手を付けることなく、身を粉にして働いて、私たちを育ててくれた母を、私も桃香も尊敬している。

 そんな母の母校に、特待生で合格すれば母の経済的な負担を軽くできるということもあって、私も桃香も結局二人して桜花学園の特待生枠の受験を希望し、見事合格したのだ。

 桃香は小学生から初めて、中学では全国レベルになっていた剣道でのスポーツ特待生。私は普通に勉強を頑張っての奨学生だ。

 勉強は前世でも嫌いじゃなかった。偏差値のそれなりに高い学校に通っていたし、本をジャンル問わず読み漁っていたおかげで読解力には自信があったし、数学もパズルゲームみたいで嫌いじゃなかった。前世の自分に感謝である。

 実は剣道は私も中学までは桃香と一緒にやっていたが、高校では別の活動目的があるため、勉強を頑張り、成績からの推薦枠をもぎ取った。

 桃香よりも1年先に入学する身として、フラグ回避の下準備や根回しをするために、部活にいそしんでいる時間などないからだ。


「お先に行ってきます。桃香。何度も言うけど、校門のところに案内係の女子が何人かいるから、絶対にその子たちに教室まで案内してもらうのよ。じゃないとうちの校舎結構複雑で外部生は最初必ず迷うんだから」

「もう、お姉ちゃんは心配しすぎだよ。地図も配られてるし…」

「だ~め。言うこと聞けないんだったら、私が校門で待ち伏せて教室に強制連行するから」


 子ども扱いされてちょっとむくれる桃香も死ぬほど可愛い。が、これもフラグ回避のため。

 ゲーム冒頭、学園の入学式で桃香は迷子になり、攻略対象の一人と出会い助けてもらうというエピソードがあるのだ。

 ちょっとしたことだが、折れるフラグは折っておきたい。ていうか、桜の舞う渡り廊下で桃香と出会うなんてシーン、私が攻略対象者になって体験したいくらいだ。妬ましい。


 そんなわけで十分に桃香に言い含めると、私は一足先に家を出た。同じ学校に行くのだから一緒に行ってもいいのだが、私は今高等部の生徒会に所属している為、入学式の準備の手伝いに駆り出されている。

 生徒会は選挙で選ばれた会長と副会長、それからその会長副会長の及び顧問の指名推薦と本人の承諾によって選出される書記、会計、の4人が中心となり、ほか数名の執行部員がいる。文字通り生徒全体をまとめ、各種行事や予算配分、監査などを行う。

 また、生徒会のほかに校則や規律の監督を生徒の自治にゆだねる目的の為設置された風紀委員会、また、生徒側の意見代表者会議として各部の部長および各クラスのクラス委員で編成される代議会がある。

 いわゆる政府と裁判所と国会みたいな3権分立の組織編成の中で生徒たちの自治を行わせることで将来国家の上層を担う人材を育てるための教育方針だそうである。

 私はそんな生徒会の副会長に1年の終わりに選出された。1年から執行部員として仕事はしていたが、まさか選挙で選ばれるなんて思ってもみなかった。妹の為の人脈とコネづくりが思わぬ方向に出てしまったようだ。

 学校への道すがら、これからの事を考える。

生徒会や風紀委員会、代議会のトップの方のメンバーは本来のゲームでの攻略キャラがいっぱいいる。

 今日からは桃香が桜花学園に入学してきて、本格的なゲームのシナリオ期間に突入する。エンディングまでの期間は1年間。何事もなく、ノーマルルートで過ごせれば、とりあえずゲームシナリオにおける危険は回避できたことになるんだろう。

先は長いが、妹を守るため。仲良し姉妹の平和な生活を守るため、ここからが勝負の始まりだ。

 私は軽く頬をたたいて気合を入れなおすと、通いなれた学園の門をくぐった。


イケメン攻略キャラの出番は次からです。


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