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「梅、です」
嬉しさを隠しきれずに、私もニヤけた顔のままおにぎりを差し出す。
両手が塞がったままのお兄さんは私にリンゴジュースを渡し、それを私に受け取らせてからおにぎりを私の手から取った。
「サンキュ」
軽くおにぎりを持ち上げて礼を言うお兄さん。その嬉しそうな表情に私の顔も自然に綻んでしまう。
「いえ、こちらこそ、です」
返事をしながらリンゴジュースを軽く持ち上げて笑うと、お兄さんは私には構うことなくカサカサって音を立てながら、アルミホイルをはぎ取っていた。
その横で私はプツっと音を立ててストローを突き刺す。
声を発することなくそれぞれ自分の行為に没頭し、口にした瞬間
「うまい!」
「おいしっ」
言葉が重なって顔を見合わせて、どちらからともなくニコリと笑う。
会話が無くても成り立つ空間が幸せで、私も自分のおにぎりを出して一口齧った。
基本的に食事中は無口な私は、無心におにぎりを食べてはりんごジュースに口を付ける。食べる行為というのは、やはり人に見られると思うと恥ずかしいもので……
お兄さんが私を見たりしているはずはないと思うものの、やはり左に神経が集中するのを止められないままに食べていた。
1つ目の鮭を食べ終え、2個目に手を出して2口目を食べようとしたその時。
「おかか、うまい?」
持ってきていたパンまで完食したらしいお兄さんが、横から私を見つめて話しかけてきた。
正確には、私の持っていたおにぎりを見て、だけど。
私は被りつこうと開いた状態の口を慌てて閉じ、チラリとお兄さんを見る。
「一口、ちょーだい?」
お願いとでも言うように両手を合わせてそう言うお兄さん。
そんな子供っぽいしぐさに可愛さを感じると共に、またキュンと胸が鳴る。
「ぅあ、は、ハイ」
しどろもどろにOKをだし、そっとお兄さんの方におにぎりを近づけたら……
「いただきっ」
嬉しそうにそう言って、お兄さんが近づいてくる。
顔が私の手元まで寄ってきて、私の方へ倒れる。
ぐっと手に重みを感じて、お兄さんがおにぎりに齧りつくのが分かった。そしてその手が軽くなった時、ふわっとお兄さんの顔が上がると同時に、髪からシャンプーのにおいが鼻を掠めた。
――うわぁぁぁ……
自分の手にあるものを人にあげる。
なんて親鳥みたいなこと、6年生の弟ぐらいしかしたことのない私。
今までなんの関心もなかったその行為が、対象者が変わっただけでこんなにドキドキすることだったなんて知りもしなかった。
赤らむ顔を隠しきれず俯く私に
「うわー。次はおかかにしよ~」
ペロリと唇を舐めて言うお兄さん。けれど、何もかもが私には初めてのことで、頭がパンクし始めていた。
そして、とても重大なことに気がついた。
――って、このおにぎり、私のだよね? さっき、食べた、よね?
じゃあ、これって所謂。
『間接キス』
うーわーー!!!
叫びたい気持ちを何とか脳内に留めて、私は更に顔を真っ赤にする。
耳まで赤いと思う。
すでに私が一口食べたから、お兄さんはもう間接終了済みで。だから次に私が口をつけたら、お互いに完 想像が爆発しすぎて、しばらく固まって動かない私。
それにようやく気がついたのか
「食べないの?」
って、不思議そうな顔で私を見つめて言うお兄さん。
私は依然顔は赤いままで。なんて言ったらいいんだろうって思いながらも、
「た、べます、よ?」
と安易に返答をしてしまった。
ドキドキを隠せないままに答える私には気がつかないのか
「いらないなら、貰おうかと思ったのに残念」
お兄さんはペロッと舌を出しながらそう言った。
私はその冗談なのか本気なのか分からないその言葉に
「あ! あげませんっっ!!」
ちょっとだけ声を張り上げて、勢いでおにぎりにかぶりついた。
だって、お兄さんが口にしたおにぎり、誰にも奪われたくなかった。
そして口にいれてからハッとした。
――あっ! だから、間接××!!
もうキスと言う単語すら自分で言えないほどに興奮しすぎて、慌てて飲み込もうとする。
そうしたらそれが仇となってむせた。
「ごほっっ、ごほっごほっ!」
物凄い勢いで食べたかと思えばむせた私を見て
「ちょ、大丈夫?」
ビックリしたお兄さんは、抵抗なく私の背中を自然と擦る。
それに私はまた反応して、体が熱くなる。
もう、お兄さんのせいで私の体は熱くなるし、顔は赤いまんまだし、恥ずかしいことばっかりだ。
しばらくゴホゴホして治まってから、
「すみま、せん。だいじょぶ、です」
なんとかお兄さんに伝えて、背を擦る手を止めさせようと試みた。
けれどお兄さんの止めたのは擦る行為だけで、手は背に添えられたままになってしまった。
置かれた手が、熱い。
でも離れてほしく、ない。
また私の胸がキューって鳴る。全に間接キス。そう思ったらもう口がつけらんないって、食べるところを想像だけでも悶えた。