8.ビー、温泉に行く。
温泉です。温泉ですよ。水着きてますが。
ここは海の家の地下にある船の中。
10畳ぐらいはあるだろうか、すこし照明が落とされた部屋は、壁にある色とりどりの映像を映し出す大きなスクリーンに照らされている。
世界各地に散らばっているカーボナーから寄せられる報告映像の様である。中央にはガラスでできたテーブルがありその中央では緑色の光で構成された大地のマンションの立体映像が映し出されている。
その部屋に苦虫を噛みつぶしたような男と小柄なまだ少女といっても通用する女性がいた。
「報告を聞こうか」
男が立体映像を見ながら口を開いた。
そんな男に少女は微笑みながら、若干の呆れを含んだ声で返した。
「お父さん、あんまりそんな苦虫噛みつぶしたような顔ばかりしてると笑い方忘れるわよ」
海である。只、言ってみただけといった感じで続ける。
「まあ、いいけどね」
テーブルの反対側に移動しながら報告を行う。
「先日、件の大地に空ちゃんと一緒に問いただしたの」
「おまえ、直に聞いたのか?」
そんなダイレクトに聞くとは思っても見なかったのだろう。
「しかたないでしょ。モジュール解析器でもデーター取れないし、毎日マンションに張り込みしたりしたけどなんにも成果が無くて仕方なかったの」
「それで?」
少々呆れるような表情をしながらも先を促す。
「それでね、飲み会という形式にして大地を呼び出したの、あ、大地っていうのはこの映像の部屋にすんでる奴ね」
言いながら立体映像を指差す。
「するとそこに観察者が現れたの」
「ドローンがか?」
「そう、最初はドローンだったんだけど、すぐに女の子が転送されてきたわ。この子は観察者が造ったものらしいわ」
「私たちにはまだ無理な転送設備のないところへの転送か、さすがは観察者だな、それに、すでに体を造っているとは、パートナーを設定しているって言うことか」
「観察者の名前はビー、地球には、たまたまきたそうよ。なんでも、赤道付近からでてる電波とかなんとかに惹かれてやってきたとか」
「あ、それから私が異星人だって会って直ぐに言われたわ。そして私たちの母星の場所を知っていたわ」
「なに、そんなことまで知っているのか」
驚いた表情を見せる。その表情に気を良くしたのか海が続ける。
「なんでも、種族記憶というのがあって、勝手に重要な記憶は種族共有の記憶になるんだって。昔、観察者の一人が私たちの母星近くに来たときの記憶らしいよ」
「それは興味深いな」
「今、大地にくっついて一緒に住んでるらしい。人が好きなんだって」
「お前、良くやったな。これはすごい情報だぞ」
「えへへ」
「それでね、ビーと話しているとき横に空もいたので、私が異星人なことばれちゃった」
「なにー、それはとんでもない」
「仕方なかったの、ビーが喋っちゃったんだから」
少々引き気味ながらも反撃を試みる。
「観察者が言ったのか?、それなら仕方が無いか」
あっさり意見を変える様に少々海は不満を訴える。
「もう、観察者ならいいの~」
腕を組み少々思案顔になる。
「なんにしても今後も観察者について調査するように、なにか動きがあったら報告を忘れるなよ」
「・・・はい」
「ああそれと、くれぐれも失礼の無い様にな」
「・・・」
「返事は!」
「・・・は~~い」
その日の午後、ここは海の家の応接室。
海の家に政治家の霜月幽が訪問していた。
「よく来てくれました、霜月さん」
海の父が呼んだようだ。
「先日の騒動のことお話頂けるとか、どこへでも参りますよ」
「あの騒動は寝耳に水でしてね。まあ、地球の方にとっては良かったと言えればいいんですが」
出されたコーヒーに手を伸ばしながら応える。
「ほう、それはどのようなことでしょう」
「我々の種族にとっては非常に羨ましいことなんですが、地球に、我々の神と言ってもいいある方が来られまして」
「神?それは穏やかではありませんね。神には2種類ありますが、荒ぶる神、恩恵の神。その方はどのような方なんでしょうか」
「まあ、我われの種族にとっても、カーボナーにとっても恩恵を与えてくれる神なんですが、地球に対してはどうでしょうか」
「それこそ、神のみぞ知るということでしょうか」
「なるべく穏便にと祈るばかりですよ」
「で、その神なんですが、我々は観察者と呼んでいるんですが、ある、地球の方を気に入ったようで、その方の縁で、地球に留まれる様です」
興味が出てきたのか少々乗りだし気味の霜月。
「ほう、気に入ったですか」
「そう、その方に害が及んだ場合、地球は未曾有の危機に陥るでしょう。逆に、そのような事態にならなければ、地球の繁栄は約束されたものと言えるかもしれない。なにしろ、我々カーボナーの科学力の大半は、彼女達からもたらされたものと言っても過言ないですから。」
その話を聞きながら霜月は昨日のことを思い出していた。
昨日、霜月のもとには1通の報告書が届いていた。霜月が所管する宇宙産業関連に関するある部局からものもだった。
内容がすこし荒唐無稽なものであったのだが、霜月がその部局に関わりだしてからは、どんな些細な出来事も全てを報告に回すように言いつけていたため、回ってきたものであった。
こんな内容が書かれていた。
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月探査衛星「かぐや6号」が捕えた映像。月面の「神酒の海」近辺にて人型の動くものの映像を採集。
物体の詳細は不明。赤外線、重力線、放射線等の兆候は皆無。
月面において約28分間当該物体は活動。
その後、月面にて当該物体の消滅を確認。
当該物体が残したであろう痕跡は皆無。
足跡等の痕跡は認められなかった。
当該物体の拡大写真を添付する。
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大写しになった画像には、ウエットスーツの様な物を着た人物が写っていた。
その顔は日本人のように思えた。
特筆するべきことはその人物が着ているスーツである。
そのスーツは一般的な宇宙空間や月で作業活動する、ごわごわした大きなものではなく非常にすっきりとしたもので体に密着したウエットスーツのようなものを着ており今の地球の科学ではありえないものであった。
カーボナーという異星人のことを知っている霜月には、カーボナー関連ではないかと最初疑ったが、こんな目立つ行為をするとは考えられない。
別の勢力ではないかという結論に至っていた。
その報告を受けてから自身の目で見たいと思いその映像を確認したところ、どうやら月の重力を楽しんでいるように思えた。
そのことと、今回カーボナーからもたらされた情報から、カーボナーの神に気に入られた存在とを結びつけるのにそう労はいらなかった。
(これは、確認が必要だな)
少々顔から表情を消し沈黙していたあと、にこやかに挨拶をし、海の家を辞していった。
「海ちゃん、一緒に行って~」
昼飯を食べ終わって大地はうとうととまどろんでる昼休みに、そんな声が扉の陰から聞こえてきた。
「どこにいくの?」
(空さんがなんかゆうてるわ。相手はツンツン海かな、そういえばこの前の飲み会散々やったなあ。でも空さん色っぽかったなあ)
なんてことを大地は考えてる。
「え~とね、こんどうちの鉱山で町おこしの一環の温泉パーク開くの、そのオープン記念イベントなの」
「ああ、あの温泉出たとか言う鉱山の、炭鉱だっけ?」
「そう、それ」
「あれって空ちゃん家なの」
「そうなの」
「ほんとはお父様が参加することになってたんだけど、じじいが参加するより若い女性のほうが受けが良いからって、無理やり言いつけられちゃったのよ。だから出席しなくちゃだめなの」
「いつ?」
「今度の日曜日なの」
少々思案顔になったかと思うと急に笑顔を向けて言った。
「わかったわ」
急に扉から頭を中に入れて大地に声を掛けた。
「聞いていたでしょ、あんたもビーちゃん連れて来なさいよね」
(ぎくっ、聞いてたのばれた?)
「なんだよ、二人で行ったらいいやんか」
不満そうに抗議の声を上げるが、その声には力はこもっていない。
海とのあまり長いとは言えないその接触の中で学習したのか、もうすでに、諦めているかのようであった。
「いいじゃない、あんたも暇なんでしょ?だったら、来なさいよ。空もビーちゃんいた方がいでしょ」
空に同意を求める海。
「そりゃ多い方が楽しいし、来てくれると嬉しいな」
にっこり微笑む空。
最近の空は、地味にして隠れることを辞めたのか化粧も明るく変わっており、以前ならおばちゃん然としていたその容姿、振る舞いが、自然な感じで年齢に見合った若若しいものへと変化している。
正面から微笑まれるとドキドキしてしまう大地だった。
社内の評判も鰻登りであるのだが、お近ずきになりたいと思っても海がガードに入るため、そのガードを超えたものはまだ現れていない。
その空とちょくちょく親しげに話している姿を目撃されている大地は、社内男性陣から羨望のまなざしもしくは、敵意の籠った目で見られていることを知らない。
その笑顔に少々ぼーっとなる大地。
自分のその姿にきずいたのか急にはっとなり小さく返事を返すのでした。
「わかったよ」
その様子に一言返さないではいられない海。
「あんたも調子いいわね。ちょっと微笑まれると手のひら返すようになるんだから・・・」
それぞれの想いが胸中駆け巡り一同無言。
「・・・」
そんなこんなで日曜日。
空と海は迎えに来た施設の車にて現地に向かう。
大地とビーは例によって施設から少々離れた人気のない建物の陰に実体化を行う。
温泉施設前で合流しさあ、屋台群に向かおうと歩き出したところ、空だけ貴賓席に座るように促されて泣く泣く分かれる海。
それもそうだろう、この施設の土地、鉱山等の持ち主なのだから、建物自体は自治体が建設したとは言え土地を提供した家、父の代わりで主催者側の席にいないと困る人物である。
「海ちゃ~ん。悲しいよ~う。ぐすん」
引きずられるように係の者達に両脇を抱えられて貴賓席に連れて行かれる空。
事情は分かっているのか以外とあっさりした口調で見送る空。
その連れて行かれる様子が面白いのか顔は笑顔になっている。
「わかった、わかった。また、あとでね~」
「あたしも引きずられたいの」
その様子を見ていてなにか心に響いたのか引きずるよう大地に要求するビー。
仕方なく脇に手を突っ込んで引きずるようにしようとしたところ。
海から叱責の声が飛んだ。
「なに女の子の脇に手を入れようとしてんの、すけべ」
在らぬ疑いをかけられ、涙目になる大地。
県知事やどこそこの副大臣など挨拶をしていく中に霜月幽の姿があった。
彼が特に参加しなければならないイベントではないのだが、出身地であり、カーボナーの拠点にも近いこの地方には何かと足しげく通っている。
挨拶を終えた後、相対する人ごみの中に海の姿と見慣れない男、そして綺麗な少女がいることに気がついた。
係りのものに少々席を外すむねを伝えてから来賓席を抜け出した。
いたずら心を出し音を立てないようそっと海の背後に忍び寄り、耳元で囁くように言葉を掛けた。
「デートですか、海さん」
「ひゃう。!!!、えっえ~」
可笑しな声を発しながらその場でうずくまる空、そして、座ったまま周りを不信そうにきょろきょろしながらなにが起こったのか確認している。
霜月と目が合い、見る間に真っ赤になる。
意味の無い言葉をまくしたてる海。
「〇×△□$%ー」
それは羞恥のためなのか、怒りのためなのか言葉からは判断できない。
「びっくりするじゃない。霜月さん。も~」
頬をぷくっと膨らませた姿はハムスターを思わせた。
「こんにちは、海さん、今日はデートですか」
なんだこいつは?と思いながらも、スーツをピシッとばかりに着こなして、いかにも政治家ですって雰囲気を醸し出している霜月に対して
(私は壁、壁にてっするんだ)
と思いながら無表情になる大地。
「違うわよ。こいつは大地っていって、会社の同僚。今日は親友の空ちゃんの付き添いよ。ほら、貴賓席にいてるでしょ。ここの鉱山の持ち主の家の子よ」
「ああ、初めに挨拶していた子の」
霜月はなにかあったのか、少々目を赤くしていた女の子が始めに挨拶をしていたことを思い出した。
空の挨拶は途切れ途切れで少々拙いものだったが、その壇上に立つ雰囲気だけで回りにほんわかした空気を造っていたので霜月は覚えていた。
霜月はそこで初めて大地に目を向けた。
そこにあったのは紛れも無く月面で活動していた人物と瓜二つであった。
「!!!、き、君は・・・」
(ちょっと、かま掛けてみるか)
「先日は、あんなところにいるなんて、面白かったですか」
そお言いながら月に視線を向ける。
(・・・この人、俺が月にいったこと知ってるのか?)
目を見開きながら、言葉を返す。
「俺は水無月って言います。あそこはたのしかったですよ。あなたは行かれたことあるんですか」
「あ、霜月です。私はないですね」
怪訝そうな表情をしながら海が加わる。
「ねえ、なんの話?。なんの話してんの?」
ビーは大地の後ろで先ほど屋台で買ってもらった焼そばを興味深げに、まだ、箸は使えないのかプラスチックのホークでつついている。
時折、「むむ、ほ~。」とか感心するような声を発していることから、結構気に入ってるようだ。
最初は二人の話に割って入ろうとした海であるが急に興味を無くしたのか、
「また、エッチな話してるんじゃないでしょうね・・・、ビーちゃんあそこりんご飴あるわよ」
言い残しビーを連れてりんご飴を買いに行ったようだ。
大地はというと、知らない人、それも政治家らしきしかも月でのことを知っているらしい人物と二人残され少々気おくれぎみだ。
最初、かまを掛けて、反応を見ながら話をしようと思っていた霜月だったが、大地が肯定の反応を見せたため単刀直入に聞いてみることにしたようだ。
「水無月さん、あなたが観察者に気に入られた方ですか」
「観察者っていうのがどんなものか分からんけど、たぶんそうですよ」
あっさり肯定する大地をみて好感を覚えたようだ。
「----霜月さ~ん」
遠くで係の者数人が霜月の名を口にしながら探しているようだ。
「あなたと知り合いになれてよかった。係のものが呼んでいるようなので今日は失礼します」
係の者と合流し貴賓席に戻っていく。
少々呆けた表情をしながら見送る大地。
それと引き代わりに海が大地の前に戻ってきた。
「やっと、戻ってこれたよ~。大地さんなんか食べました?」
ちょっと暑いのか会場入り口で配っていた地図でぱたぱた扇いでいる。
胸元をちょっと引っ張りながら扇いでいるのでドキドキしているのはないしょだ。
「いや、まだなにも口にしていないよ。ただ、ビーに焼そば買っただけ」
「それじゃあ、あそこの焼イカ食べませか?」
「OK、それじゃあ、買ってくるわ。空さんはそこにおって。動いちゃうと、ビーやツンツン海が戻ってこらないからね」
「私が言いだしたのに・・・。分かりました。早くお願いしますね。じゃないとまた、泣いちゃいますよ」
「はいはい」
財布を取り出しながら歩いていく。
ビーやツンツン海に見つかると何を言われるかわからないので、ビーと海の分と合わせて4つほど焼きイカを買って戻る。
運がいいのか悪いのかビーたちが戻ってきた。
手にはもちろんりんご飴、また反対の手にはフランクフルトまで持ってる。
ビーは満面の笑顔だ。
「ダイチくん、これすごいの。あま~いの。なんか、なんかすご~いの」
すごいを連発しているビー。
人の体を得て、食べることに興味を持ったようだ。
「ほい、これも食べな」
棒に刺さった焼きイカを持たしてやる。ビーは無心で食べている。
「はい、空さんも」
「ありがとう」
笑顔を返してくれる。
(なんか癒されるな)
「ほれ、海も」
「あれ、サービスいいわね。大地にしちゃ上出来じゃない」
両手で受け取る海。
(なんか、両手で持つ姿は小動物みたいやな)
「空さんはもうもどらんでええんか」
期待しつつ聞いてみる。
「ん~、今日はもう役目終わりだよ」
背伸びしながら返す空。
「それじゃあ、メインの洞窟温泉いきますか」
「ここね、水着きて入るんだよ」
空が答える。
「スパリゾートやしね、鉱山跡の穴利用して造ってあるので、冒険みたいにくぐった先にいろいろな温泉あるんだろ」
「あんた、水着が目当てじゃないでしょうね」
「正直、それも期待やけど・・・」
「まあ、いいわ。ビーちゃん連れてきてくれたことだし、今日は大目にみるわ。私たちの姿をその目に焼き付けて、泣いて、喜びにむせび泣くがいいわ。さあ、行きましょう」
あっさり引いた海に少々驚きながらも、期待どおりに温泉行くことになって内心喜んでいる大地。
海の後ろを少々浮かれた足取りで付いていく。
お読みいただきありがとうございます。
ちょっと強引でしたでしょうか。