70.ビー、大地くんごめんなさいなの。
大地、観察者の知恵熱にかかる。
俺の名前は水無月大地、機械設計で飯を喰っている。
いつも会社でCADに向かってマウスをかちかち鳴らしている。
昔は、CADルームがあって、その中では、冬でもガンガンに冷房を利かせて仕事をしたもんやけど、最近のPCの性能の向上は目覚しく、普通に事務所の机でPCで仕事をしている。
今日も、俺はPCに向かって仕事をしていた。
時刻は午後2時をすこし回った頃、少々、眠くなってくる頃合だ。
その時の俺も睡魔と闘いながら、前回やった設計の変更作業という、少々気が抜ける作業を進めていた。
すると、急に辺りの音が途絶えた。
部屋の中はそれほど騒音に包まれていたわけではないのだが、 時折、窓に吹き付ける風の音とか、下の道路を走る車の音だとか、向かいに座る空さんの息使いなどが聞くとは無しに聞いていたのだが、それが突然聞こえなくなったのだ。
俺は、そのことに怪訝に思いながらマウスを動かす手を止めた。
モニターの向こう側に座る何時もながら綺麗な海さんとなんとなく目があった。
にこっと海さんが笑いかけてくれたが、俺はその時、それどころではなかった。
辺りの音が消えたわけではなかったのだ、俺の方に問題があったのだ。
視界の端に、何時もなら騒々しい音を立てて進む台車が音も無く進んでいく。この台車は会社に入っている仕出し弁当屋さんのお昼の弁当のケースを回収しにきたものだが、音が無かった。
(あれ、音が・・・?)
俺の思考はここから乱れる。
(ああ、かったるい)
(今日は、晩飯どこでたべようか)
なんだ?これは、なにが起こった?
(あの子、可愛い、声掛けてみるか)
(はい、そこ~、そこに車停めたら駄目だよ~、捕まえちゃうよ~)
(¥16200だから御釣りは幾らだっけ?)
(けぷっ、ちょっと食べすぎたな)
頭の中に。様々な人々の思考が強制的に入ってきたのだ。
(なんや・・・、う、うう)
俺は、その情報の多さに耐えられなくなったようだった。
気を失う瞬間に、ビーの心配そうな顔を見たような気がしたんやけど、気のせいだったかもしれない。
俺は無意識 に立ち上がると、床に急に崩れ折れたらしい。
* * *
立ちあがった大地に、少し不思議そうな視線を向ける空。
「大地さん!」
崩れ折れる大地をみて空が慌てて駆け寄る。
その時、廊下に繋がるドアから、トゥーネックパーレント学院の制服を来た小柄な女の子が走りこんできた。
ビーである。
「ダイチくん、ダイチくん、しっかり」
「あれ、ビーちゃん、ど ~して?」
ビーは険しい顔つきのまま、ダイチのおでこに自分のおでこを付けて、虚空から円筒形の機器を取り出し、大地のこめかみにあてた。
円筒形をした機器から青紫色の光が発する。その光が、大地の状態を示しているのか、ビーの険しい表情が少し緩む。
ビーが大地を見つめながら、今の状態が自分のせいだとでも言うように、ぽつりと呟いた。
「ダイチくん、ごめんね。ビーには判っていたのに」
「ビーちゃん、ど~してここに?」
伏し目勝ちなビーがのろのろと空に視線を向ける。
「空ちゃん。ビーね、判っていたの。ダイチくんが倒れるかもしれないって、でも、ひょっとしたらなにも起きないんじゃないかって、期待してたの」
「ビーちゃん?」
床に、横たわる大地の頭を愛おしそうに撫でている。
「今日もね、ビーの深~いところにある、ダイチくんとの接続が切れて、ビーは、慌てて跳んで来たの」
幸いなことに、今部屋には、出張にでも行っているのか、空の他は、同僚の姿はない。
「大地さんはそれで、大丈夫なの?」
空は慌てて大地に駆け寄った為、座っていた椅子を蹴倒してしまっている。また、机の上にあったコーヒーのカップも倒してしまっていて、小さいながら、机の上に茶色い水溜りが出来ていた。
「うん。一応、暴走は納まったみたいなの」
不思議そうな顔をする空。
「暴走?」
「暴走なの。ビーもね、経験あるの。生み出された頃にね、能力の急激発達があって調整が必要なのね」
「子供のころかかる物なの?知恵熱みたいなものなのかな」
ビーは大地に視線を落とす。
「その知恵熱というのがどんなものか、ビーは知らないけど・・・、ダイチくんが罹っているものは、きちんと調整しないと命を落としてしまうの」
「命を落とすって、それって、大変じゃない、ビーちゃん調整ってできるの?」
ビーは左右に首を振った。
「ビーは、知らないけど、ツバイなら、種族記憶を管理しているツバイならたぶん、知っていると思う・・・」
「ここはいいから、直ぐに大地さん連れて帰りなさい。そして、直ぐ調整してちょうだい」
「うん」
* * *
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