94 山で嫉妬かよ その1
離職して三ヶ月後 九月末
団体ミーティング後の電車で、何度目かの再会
「仕事見つかった?」
と駅から駐車場までの地下道で少し話すことが出来た。
「いや いろいろ捜してるんだけどね 年が年だから」
既に離職したことは、電話で伝えていたか。
「次の市民登山で山行くでしょ」
「うん いく」
「そう」
「じゃ その時にでも」
と 挨拶程度の話で、駐車場に到着して別れてしまう。
秋の山岳会市民登山に参加予定している時の会話である。
別れてすぐに気が付いた。
そして全く意図しないシュチエーションと、予期できない再会に喜び、満足してしまい、先のことが読めない、相変わらず頭がまわらない自分を責めた。
あれ 市民登山当日が雨なら、会えないじゃないか。
俺はなんて、先のことが読めない人間なんだ。当たり前の様に一緒に山行出来るように思っているが、雨なら、久しぶりの再会もここで終わりになるんだ。どうして無理にでも、お茶でもと誘わなかったのか。誘ってからなら断られてもまだ諦めもつく。
「お茶でも」
という 一言が思いつかない自分が情けなかった。
登山が出来ない天候なら簡単な観光と山岳会は計画しているが、淳子は、雨なら参加しないと割りきっていることを知っていた。
晴れ男と、公言するほど天気には自信あるが、淳子との山行になると、途端に自信が萎えるのもまた事実。
数日後の山行当日、既に十月
電車で会った時の後悔も、晴れ男の方が勝ったか、朝からピーカンの天気。
前日に用意したザックに、荷物をパッキングしているうちに、集合時間も迫って、急ぎ自宅を出るも、集合時間、十分前だった。
時間前に集合場所に到着も、既に全員集合済であったようだ。バスに山岳会員の一部以外全員乗車済。駐車場を見回すと見慣れた淳子の車も見えて安心したが、勿論駐車場に姿は見えず、横目でバスを覗くも気配がない。視線も感じない。
どうしたのかなと少し不安になりながら、バスに乗り込むと、山岳会の同級生女子が挨拶してくれる。時間に間に合ったものの、最後の集合ということで、負い目があり、通路を歩きつつ、全員に挨拶するが、だれからも返事がなかった。殆どが初対面のためか、それとも最後の集合者への冷たい仕打ちか。
どこまで歩けば、淳子に会えるのか考えつつ、足元に注意し進むが、俺の座りたい淳子の隣の空席はなかった。
最後尾まであと数列というところで、顔をあげると、淳子が最後尾の中央にいた。
一瞬のうちに、また解決しそうにもない疑問が湧き上がる。淳子の両隣は、かなり年配の男である。中央に座るということは、他人から依頼されてその場所に移動させられる席ではない。自らその場所選んで座ったということだろうか。とすれば俺と隣の席になるような配慮はなかったということだろうか。
シートは満席だったため、中央の予備座席を倒して座る。あ なるほど、彼女は、最後に残った最後尾、中央を選ばざるを得なかったということか と自ら納得した。
ひょっとして、バスへの乗車は、俺が来るまで待っていて、最後になった俺を待ちきれずバスに乗車した時には、最後尾中央の席しかなかったということだろうか。
こんな事を勝手に考えて、自らを納得させるしか、久しぶりに会える淳子と隣同士で出来るであろう会話が不可能になることを諌める手段がなかった。
これで、車中での会話はなしということで、希望も半減。周りは知らない人だらけで当然終始無言になる。
登山口について、やっと二言三言会話が成立する。
天気のことだったか。既にこの山に登ったことがある自分の感想? この山の独特な自然?
いずれにしろ、衆人環視のなかで、そうそう親しい素振りはできなかった。内心は、そうではないのだが。結果的に、できるだけ近くにいようとする自分の素振りに、誰もが気づくのか、周りに他人は近づかない。
登山開始でも、二人が前後になった。その前は、山岳会の同級生である。自分たちの事を少しは知っている同級生は自分たちに気兼ねがないのだろう。
この時の登山は、自分が彼女の後ろを歩くことになった。自分が先行しなくても、この山は歩きやすいだろうとの判断だった。たまには後ろ姿をずっと見ることが出来る登山もいいかな、ともちらりと脳裏をかすめる。
この判断も間違いと言うほどではないが、少なくとも正解ではなかったようだ。途中の登りは少々きつい箇所もあった。そして途中で気がついた。
・・・いつもと少し彼女の様子が違う。苦しい登りで無口になるのは、同じだが、息遣いが違う。階段状の登りで、体制が崩れる。話しかける余裕が見つからない・・・
後悔が早速頭をよぎる。前を歩けば、手も添えてやれたのに。楽なコースも選んでやれたのに。
ここで、同級生がなんでお前がいう。とおもう一言を発した。
「私が言える立場でもないけどオ 淳子ちゃん苦しそうだね。こんな時はね、前かがみにならないで、かえって姿勢を立てたほうが苦しくないよ。肺が膨らんで呼吸が楽になるんだって」
俺も淳子もそれに返事をしないで無視。この急坂で列が詰まっているのは、あんたが遅れているからだよ。そのあとが渋滞なんだけど。
《と思ったけど、貴女もそう思ったのかな。幾分不愉快な表情になったような気がしたけど。この無言の返事を後ろで見ていて少しおかしかったよ》
登攀が一端、平坦な道に出ると、いたるところに倒木が。それも大木が根こそぎ倒れていて根がむき出しである。秋の抜けるような青空と比べると別世界の模様に見える。
ああ そういえば一週間前ほどに、大風がふいたことを思い出した。家屋の被害は聞かなかったが、そうか 山中では、こんな大木が倒れるような風だったんだ。と少し感心した。
「すごいね こんな木が倒れるんだ この前の強風の時だよね」
と淳子に話かけるも うん と返事が返って程度だった。
背の高い木々の樹林帯から、ハイマツ帯へ移動すると、岩の登山道になり、所々急な登りが出始める。いつもの淳子らしくなく、終始無口である。
やはり息遣いも荒く、前を歩く同行者から、少し遅れる。
若い時の自分なら同行の気さくな女子でも・・・
「おい 遅れてるぞ。登りがきついならおしりを押してやろうか?」
と冗談で声をかけると
「いやん 健太郎すけべ」
とでも返ってくるのだが、こんなことを話しかけると、冗談にならないのが淳子との付き合いの経過だった。俺の自意識過剰かもしれないが。
ハイマツ帯を抜けて岩山を登り切ると、頂上。汗をかいたシャツが風で冷やされ10月の山頂では少々寒い。
頂上で昼食となるが、淳子の傍らで一緒にとの想いで近くにいくが、淳子は、同行女性陣のグループから動こうとしない。
多くの女性陣の中に自分だけ男がいるのもおかしいので、一人憔悴して、昼食の場所を確保する。
早速お湯を沸かしてカップ麺を作る。カレー味と、普通のものを淳子と自分用としてザックにいれてきたが、淳子はいらないと言う。それでも昼食食べないと、午後の行動が・・・。
カレー味をつくり3分後、どうも食が進まないようなので、完成したカップ麺を、持って行くと、カレー味を淳子は受け取った。
俺は、その間ビールを飲み一心地をつく。
自分の食事の場所から、淳子にカメラを向けるが、元の場所から動こうとはせず、一人で写る写真は撮らせてくれなかった。
ズームで狙っても隣に俺には必要のない人物が写る。そしてカメラを向けられると笑顔になるのだが。頂上ではついに、座った場所から移動しない淳子だった。なにかいつもと違う。
一緒にいる、山岳会同級生に少し嫉妬する。でもこれは、自分の思い過ごしなのだろう。
休憩も終了し下山となる。
今度は自分が先に歩き淳子を先導する。理由は、この山独特に特徴があるため、そしてそれを淳子に見せたいため。
昼食休憩したためか、すこし淳子に元気が戻って来たためか、会話のレスポンスが少し戻ってきたような感じがする。
下山も中盤になると、目的の森林帯と岩場が混在する場所にくる。岩と岩の間を覗くと、見えた。
それはヒカリゴケ。岩の陰にうっすらと光る苔である。ヒカリゴケがあることを淳子は、知っていたか、知らなかったのか、それなりに驚いていた。
岩場がある場所につく度に、ほらここにもあるよ。と教えると、やはりそのたびに覗きこんで感動の言葉を発する。俺はそれが嬉しくて、何度も
「ここにもあるよ」
と教えてやる。淳子は、自ら捜して覗くのではなく、俺が教えた場所で、繰り返すように覗きこむ。こんなことを何度か繰り返すうち、路がやや平坦になってくる。
下山道もそろそろおしまいになるあたり。避難小屋があるはず。しかしこの山行を企画した山岳会は、避難小屋にはよらなかった。
以前この避難小屋に立ち寄ったときに、ノートが置いてあったので、単独行でもあったため、気が緩み、想いを残した。
“今度来る時は、愛しい人と”
今日の山行は、確かに愛しい人と再び訪れることが出来た。でも、何かが違う。自分でもその違いは理解している。それは二人きりの山行ではなかったこと、
でも、それはまだ許せる、自分を納得させることが出来た。最大の違いは、何故か淳子が俺と会話することが少なかったこと。昼食休憩も二人になれなかったこと。
避 難小屋を通らなかったことで、過去の書き込みが知られなかったことで少し安心した。また反対の気持ちも。そのノートを見られても、自分の書き込みを見るとは限らない。そして、自分の本名も書いていない。俺が書いたことなど知られるはずはないのだが。 こんな妄想をしているうちに、下山道に到着。
俺も、淳子もカメラを持参していて、
「写真撮らせて」
と言うと、にこやかに応えてくれ、今登ってきた山を背景に数枚を撮る。登山中とは違う笑顔が眩しい。彼女のカメラでも数回シャターを押して、また一休み。地べたに腰を落として疲れた様子を隠さない。
ついでに言ってみた。
「帰ったら、お茶でもどう?」
「うん いいよ」
駅で会った時に伝えられなかった誘いの言葉を伝えると、了解の返事が返ってきた。今までの満足出来ない行動も少しは、解消される。
淳子は、地べたに足を放り投げ、裾を捲ってしきりに、足を擦っていて、筋肉のコリでもほぐそうとしていた。
ん 登山中の無口は、足の疲れのせいだったのか?と少し考えてみる。
彼女が足をマッサージする様子を、側で見ていて、あ 山に来る時でも、ストッキングを履いているんだ などと少し考えていた。




