86 山と散歩とコーヒー
地元山岳会での市民登山に彼女も参加するとのことで、自分も参加した。
当時、仕事が多忙で山登りは、年単位で休止状態だった。
何かの機会に、同級生女子が、山岳会に所属していて、よく山へ行っているとのことであった。
・・・中学のころは、おとなしくて、内気な感じと思っていたが、そうでは無かったらしい。山へ行っても、クラス会でもよくしゃべる女になっていた。山談義では、余計なお世話と思えるような声がけもあったが まあ 彼女のお陰で、何度か淳子と山行できたこともあり、許す・・・
「俺も、参加してみたいから、いつか誘って」
と水を向けると
「淳子ちゃんも時々、参加するよー 参加する時は教えてあげる」
と、返事があり、なんと、彼女もまだ山歩きしているとは、既にもうやめているとばかり考えていた自分は、驚くとともに、再び一緒に山登りが出来るかも と希望が湧いてきた
たまたま出かけた街で市民登山募集のポスターが貼ってあり、電話してみる。
「もしもし、今度の市民登山、まだ空きあるかな?」
「あるある 淳子ちゃんも来るよー」
「んじゃ いくいく」
久しぶりの登山で、新しいザックを購入。日帰り縦走となるし、足腰も不安でストックも購入。ソックス、山シャツも。
で 当日、出発の集合場所に行ってみる。
見覚えのある、車が既に駐車されていて、彼女が来ていることを知る。
出発時間も迫っていて、すぐにバスに乗り込むと・・・・
そこには、久しぶりの淳子が座席に座っている。都合がいいことに、隣の席が空いていて、安心というか、嬉しい心地で一緒に座ることに。
毎度のことで、会話はぎこちなくなるが、心地良い。
早朝からの出発で、少し眠る。
温泉地からの出発となり、名簿とグループ分けの発表があり淳子と同じグループとなった。運がいいと思ったが、年齢構成で別けた様で、年齢の若いグループと、そうではないグループとなっただけだった。
準備を整えて、俺は彼女の先に発ち、いざ出発。硫黄の煙る山肌を見つつ歩き始めると、彼女は登山の開始前の道路で突然自分のザックの紐を掴み、引っ張ってくれとの様に振舞った。
背中に重さを感じて、後ろを振り返り
「こらこら」
と言ったが特段拒否はしなかった。彼女は手を離したが、初めてだった。他人の前で、明らかに自分に甘えてくれる仕草をしたのは。うれしかった。しかし昔の自分達に戻れることはないのは明白だった。
《久しぶりに逢えたけど、バスの中ではちょっと遠慮があったね。 相変わらず口下手な俺は、会話が弾むような話は出来なかったし。ザックを掴まれた時は、かわいいしぐさと思って、別にずっとそのままでも良かったけど。すぐ手を離したのは、俺が怒ったとでも思ったのかな? 貴女がすることならどんな事でも俺は受け入れることが出来るけどね》
登山中は、急な坂では手を引いたり、頂上では写真を撮らせてくれた。カメラに向けた笑顔か、撮っている自分に向けた笑顔か、どっちにしても昔と変わらない笑顔がいい。
もう付き合っていたころの、疑問だらけで、その質問を投げかけても、無視されて、ただ街に出かけて遊ぶだけの付き合いの笑顔は必要なかった。
山小屋でも少し休憩。彼女トイレで俺は外で待つ。小屋までは、遠くから小屋は見えるがなかなか着かない。なだらかな山体で小屋までの道はなかなかの景色だった。
まだまだ俺も歩けるじゃないか、などと安堵しつつ無事下山することが出来た。
市民登山の案内にあったか、温泉で汗を流してからのバス乗車とのことで皆温泉へ。俺は電話で直前の申し込みのためか、案内状も貰えなかったか、タオル、着替えもなく、温泉をブラブラと歩き、ビールを一杯飲んだ。
「あーあ ビールなんか飲んで、だいじょうぶ?」
「大丈夫 街に戻るまでには覚めるよ」
と 少し会話をするが、何気ない会話でも言葉を交わすのは何でも嬉しい。
帰りのバスでも、席は一緒だった。
どうしたことか、帰りの席は、シートのロックが効かず、背もたれに寄りかかるとリクライニング状態となった。後ろに体重をかけると、後ろの席からの冷たい視線を受けるため、常に背を伸ばしたままの姿勢で、正直休まらない。
「大丈夫? 席を替わろうか?」
「大丈夫、大丈夫」
と彼女が気をつかってくれて何度か声を掛けられるが、これまた心遣いに癒やされる。
一応俺も男。女性に苦労をかけるわけにはいかん。
さすがに、数時間も背を伸ばしたままのバスは辛い。山道では、カーブもあり左右に揺れた。
彼女のシートに斜めに体を預け、少しはゆったりしたつもりだが、彼女の体に触れないよう、でも不可抗力でも触れたいなどと考えると、気持ちは穏やかではない。
そんななか、下山中のバスで、明かしてくれたのは、
「近くにね 音楽を聞かせるコーヒーショップが出来たの」
「へー どこらへん?」
「家から、ちょっと離れた、スタンドの近くだよ」
「そうか あのへんで儲かるのかな 客もたいして入らないよね」
「うん 趣味で開いたらしいよ 儲けも気にしてないらしいから」
「おもしろそうだね 今度いってみようか」
「私、毎日夕方散歩してて、その後 そこに寄って、コーヒー飲むのが日課ね」
この時は、毎日散歩? あの街で、コーヒーショップなんて長続きしないだろ、とたかをくくっていたのだが、この後 いろいろと面白いことが・・・
出発場所と同じ駐車場へ戻り、既に夕方に近いと感じる。登山の疲れか、曇っているせいか。
「お酒は覚めた?」
「大丈夫」
と二言三言声を交わすが、すぐ別れる。さすがに疲れていたため、お茶でもなどと誘う気力もない。




