79 二人でびっくり どきどき で ガッカリ
自分は山岳会員でもある。ルート登山だけだが、地元専門学校の引率を一人ですることも数回あった。
そのために、一週間前にコースの確認やら危険箇所の確認やらで偵察登山をする。
そして、偵察登山と称して(事実偵察登山)彼女を誘った。快く彼女も参加してくれた。二人だけの登山である。
電話で時間を決めて、高速インターチャンジで待ち合わせ。
彼女の装備を移し替えて出発。既に事故でもあって二人の山行が自明になっても、それが頭の中に浮かぶことはなかった。二人でいられることが今の最大の行動目的だった。
ただ、目的地に向かう車中でも、帰りの車中でも話題は記憶が無い。限られた行動範囲での会話は、相変わらず広がらなかった。
登山口では、携帯を持って来てるかを聞いて、自分の携帯に着信してくれるよう頼んだが、ザックの中に入れてしまったからと、掛けてくれなかった。
前日に自分の携帯着メロに、中学校の校歌を入れておいたため、驚かしたかった。過去の思い出を少しでも思い浮かべてくれれば何かのきっかけになると思っていたが、いつも自分の思惑は、思い通りにいかない。
《もし登山中に、どちらかが事故にあったら。貴女が怪我とかしても自分は、担いででも降りてくる。二人で登山していることが公にならざるを得ないことになっても俺は構わないので、まず優先が彼女だった。そして 俺が事故ったら、車の鍵は、ザックにあるので、それを持って下山して構わない。そして怪我人がいると、連絡さえしてくれたら、そのまま俺の車で帰ってもいい。車はそのままで、自分で別の方法で帰ってもいいと思っていた》
ということを伝えたかったが、少なくとも俺は、自分の覚悟を伝えることはなかった。彼女も常に、何かあった場合の対処を気にする風は微塵も感じさせなかった。ただただ二人でいられることに今の高揚感が最高になっていることが感じられた。
登山中は、尾根に出ると同時に、強風とともにガスがかかりほとんど景色は見えなかった。だが事前の天気図では、西に高気圧があり、時間が経過するほど、昼ごろには絶対晴れるという自信があった。風向きも予想通りだった。
一端稜線へ出ると、手頃な風よけがある場所を探しつつ、休憩を取ろうとしたが、どこにも、登りの登山道に風を避けるような場所がなく、ズルズルと登山を続けたが、彼女は急に座高ほどの岩陰に、疲れたーの声とともに腰を下ろし休憩となった。疲れを感じる前に、登山道の稜線から少し外れても、休むべきだったが、自分の決断力の無さを反省した。
風も弱くなってきたころ、休憩中には、会話をする余裕も出来、
「車で登山口まできて、また同じ道を下るのは面白く無いね」
と話すと、
「別々の登山口から登り、頂上で車の鍵を交換してもいいんじゃない?」
と案を出してくれた。自分は、
「それでは一緒にドライブできないね。もし何かあって、頂上で会えなかったら、帰れなくなるし」
と言ったら、
「そうだね」
と話が合った。彼女もまだ自分と一緒に山へ来ることを拒否してないことがうれしかった。
《車を交換? 自分の車は普通のワゴン車。 彼女の車は、国産ではあるが最高級車に近い。故に多数は売れてない。
そんな車を交換してでも、山へ同行してもいいと言ってくれたことが驚いたと同時に、信頼してくれることが嬉しかった。お互いに慣れない車を運転して、何かあったら、なぜ違う車を運転しているのかと疑われるのは自明なのに。そして 自分が言った、ドライブが出来ないことと、会えなかったら 山へ来ることのもう一つの目的(山行は、理由で目的がどのような方法であれ二人で会うことが重要かもしれなかった)が達成できなくなることを理解してくれたのが、自分との想いが一致していることが嬉しかった》
頂上へ行ったかは記憶が定かではないが、山小屋で昼食をとった。先に別の男女の登山客がいて、ザックを置いて頂上へ向かったらしかった。彼女は、何やら不機嫌になり
「ザックなんか盗らないよ」
とつぶやいた。
よく聞こえなかったので、どうしたか聞くと、先の登山客の女が、小屋を出る時、こちらに一瞥をくれたという。ザックを置いてでるときに、さも自分たちがザックを盗むのでは?という表情を見せたので、そんなもの盗るわけないでしょと、睨み返したという。
彼女らしい所作だと思った。俺は
「よく そういう顔色見てるんだねー」
そういう人の表情を見るのは苦手だなーとかの会話をしたと記憶する。
そういえば、昼食の準備をするときに、先の登山客が置いたザックの近くに移動して座り直した時だった。
座った場所は、二階の階段近くで、自分はもっと奥で休みたかったが、座ってしまった場所から彼女は動きたくなかったらしい。昼食をとっている時、彼女の横近くに座りたかったが、二人の間に、おにぎりや、おやつなどを広げたため、一人分の間隔以上は近づけなかった。
下山の前にトイレに行くということで、他の人が来ないよう、トイレ入口で見張った。荒れているのでドアも鍵がかかるかわからないよと 言って、見張っててあげると言った。
下山直後は、登ったルートではなく、急傾斜の登山道のない箇所を、下の登山道を目指して降りることを提案して、了解してもらい、降りた。ほぼ見た目垂直の行程だったが、無事登山道まで到着。
鼻歌もでそうな、順調な道だったが、突然、先行していた自分の前の熊笹が揺れて、黒いものが動いているのが目に入った。
ほんの短時間の瞬間だったが、登山道ではない、笹の中の黒いモノとなると、熊 以外の選択肢はなかった。
すぐに両手を大きく横に広げ、止まるよう彼女に合図し知らせた。
しばらくその場に立ち止まり、様子を見たが、黒いものは、動く気配はない。
もしほんとに熊だったらと咄嗟に考え、ザックの食料を出して逃げるか、ナイフはどこに入れたか、襲われたら彼女を、下山方向か、登り方向どちらに逃してやればいいか 等々頭は、めまぐるしく活動した。下りなら走って逃げることができる。だが熊にはかなわない。第一今見えている場所に一端、より近づいてからになる。反対に登り方向に逃げれば、走っても、直に疲労で動けなくなる。どちらにしても進退極まった状態だった。
一呼吸おくと・・・
この時期は、姫竹のたけのこを採る時期でもあり、登山入り口の道端には、多数の車が駐車している。ならば山菜採りかとも思い、声をかけようとしたが、
「だれですか」
と声を掛けるのも、もし熊だったら、マヌケな声の掛け方だ と思い、またしばらく無言で様子をみた。
幸い黒いものは、登山道にでてくる様子もなく、さりとて、尾根を下る様子も伺えなかった。
この場所を離れるなら、今しかないと、静かにその場を通過し、彼女を前にして、自分は時々振り返りながら、再び元の順調に下山となった。
-------後々、何かの機会で会う機会があり、この時のことを聞くと、
「下山中に、急に止めたときどんな感じだった?」
「あのときはびっくりしたー」
「胸がものすごくドキドキしてたよ」
と笑いながら話してくれたのだった------
「俺は、黒いものに声掛けようとしたけど、もし熊だったら、それも間抜けだし、誰って聞いても他人に名前をいうはずもないし どうしようかと思ってた」
「あと ザックのナイフ入れた場所どこだっけ とか ナイフをタオルで手に縛ったら、少しは反撃できるかな とか考えていたよ」
と話したが、無事だったからこそ、できる会話だった。
無事下山後、国道に出た時、登山前に考えていた、温泉に入ってから帰ろうと誘った。
自分は、山に来ても、一回も温泉に入ったことがない。せっかく温泉に来たのだし、この温泉に入ったこともないのでと もっともらしい理由を付けて誘ったのだった。
以外にも 彼女は少し間を置いてから「いいよ」という 返事で、正直驚いた。
Uターンできる場所を探したが、しばらく帰り道を進んでから、これから想像する、めんどうな手続き(正直、混浴とか、二人休憩とかの妄想をしてたため、どうやって口説くか)を想像してしまい。
「面倒だからやめた」
と言って取りやめた。
彼女は、ふっと 鼻でわらったような気がしたが、気のせいか。
そのまま、直進すると、道端に山菜やらを売る売店があった。
熊だったのか、山菜取りの人に出会ったことで、瓶に詰められた姫竹の値段を見て、苦労の割に安いねーなどと会話した。
そこで淳子がソフトクリームを買おう、ごちそうしてあげるといい 二個買った。道端に座り二人で並んでソフトクリームを舐めた。自分の妄想では、ソフトクリームを持つ腕を絡めて、互いに自分のを舐めたら嬉しいだろうな、とか彼女が舐めているソフトクリームをなめさせてと言ったらなめさせてくれるだろうか?とかここでも妄想したが、やはり出来なかった。
途中、高速道路サービスエリアで、コーヒーを彼女は飲み、無事出発点の高速乗り場で別れる事になった。彼女を見送るまで荷物をまとめるのを待っていたが、彼女は不機嫌な態度に見えた。
「もういっていいよ」
と告げられたが、少しでも二人でいたく、そしてお茶でもさそうとしていたのでそのままでいると、再び
「もう行っていいよ」
と告げられ、彼女を置いて自分は駐車場を去った。彼女の心変わりに憔悴感がいっぱいだった。
・・・相変わらず、彼女の一喜一憂に振り回される・・・
彼女が不機嫌になった理由は、どうしても判らずじまいだった。だれか知った顔に会うことを避けたのだろうか・・
それとも、温泉に誘っておいて、めんどくさいと 言って やめたのが気に入らなかったのか。
車中で、険悪になって、事故でも起こされるより、平穏を装い、駐車場についてから、その怒りが一気に発散したのだろうか。
《今だに理解に苦しむことなんだけど。いつか聞いたら、きかせてくれるかな》
こんなに長くなるとは
ついに年をこしてしまいました




