71 携帯 なぜ聞く 名刺もかよ・・・
《それでも、電話をかけ続けたよね。電話していい?と聞くと何のためらいもなく、いいよ
と答えてくれて。 俺は、電話してもいい? と聞くたびに今度こそ断られるかもしれないと、内心こわかったけど、貴女は、笑顔さえ浮かべて答えてくれて、そのたびにホッとしてたんだ》
何かの写真を渡したくて、10時ころ自宅に電話を掛けた。土曜日だったか。
「写真を渡したいけど逢えないかな」
「うん いいよ」
「え ほんとに?」
「午後からなら会社抜けられるから」
「仕事なのか だいじょうぶなの?」
「結構自由きくから どこへいけばいい?」
「うーん ちょっと遠いけど、黒沢の角に喫茶店があるからそこはどうかな」
「知ってる 3時頃行く」
「近くに親戚がいるけど、昼間だからいいかな。 まあ気をつける」
淳子に聞いて、自宅に10時ごろ電話をかければ自宅に一人で、彼女はまだ出勤前で、10時ごろに家を出ることを知っていた。
以前そのことを聞いた時は
「電話してもいい」
「うん いいよ」
「いつ電話すればいい」
「10時頃までは、家にいるから。たぶん一人」
家族は、その時間はいないと、それとなく伝えてくれた。ついでに
「五時頃会社を出て、家に向かうんだ。少し早く家に着くように」
其の頃電話をかければ、車の中か、自宅で一人という暗示だったのか。実際電話をかければ、必ず彼女が電話に出てくれた。電話での雰囲気からは、家族がいる気配はなかった。彼女の言葉に嘘はなく、何の疑いもなく、午前10時と、午後6時頃は楽しみな時間であり、約束された時間だった。
待ち合わせの場所を黒沢のスーパー&喫茶店に決めて待ち合わせ、彼女は会社から外出してくれた。店内でコーラを飲み、淳子は紅茶だったか。
「レモン食べてもいい?」
「うん」
といういつもの淳子が紅茶を飲むときのことわり文句だった。
《いつも 紅茶を飲む時は、レモン食べてもいい? と俺に確認したよね。それでいて、ほんとに食うわけでもなく、しゃぶることもなかったよね。レモンが好きということで、この言葉が何かのメッセージだったのかな?
毎度のことで、俺は、なんでそんなことを俺にことわる必要があるのかと思っていたけど、レモンを口に入れることが、下品なしぐさをすると思われることが心外だったのかな? あ 今思い出した 別れを喫茶店で告げられた時も、貴女が飲んだのは紅茶だったかな。 やっぱり レモン食べてもいい? が 貴女が最初に言った言葉だったかな》
写真を渡し、ひととき世間話をしてから、店を出、駐車場でしばらく立ち話した。既に用事は済んだのだが、お互いか、自分だけか、すぐには別れ難かった。
彼女もすぐには帰ろうとしなかったので、互いにだったのだろう。
しかしここは、自分の親戚の近くであり、誰かに見られるのでは?という不安が正直あった。
「どんな仕事してるの?」
「うーん メーカで小さい会社だから、何でもする。組立から検査、出荷まで」
「ふーん」
「メインは、品質管理だけど」
「ひと月に2回くらいは出張とかするし、忙しい」
この前後からだったか、出張の帰りに新幹線からも時々電話を入れていた。
「今新幹線の中から。トンネルに入ると切れるかもしれないけど」
「何か用事?」
「うん 声が聞きたくて」
「ふふっ」
「できれば顔が見たいけど」
「若いね」
でな会話だった。
他にも
「来週 コンサートに行くよ」
「私も行く」
更に
「今度 山に行くよ」
「どこ?」
「小学校の引率で、偵察で烏帽子山」
「私も行く」
「じゃ 高速のインターで六時に」
また 喫茶店にもどり。
駐車場では、彼女は、周りをあまり意に介さない雰囲気で
「会社の名刺をちょうだい」
名刺を渡すと、次は
「携帯の電話番号は?」
彼女から自分の会社の名刺を頂戴と、共に携帯の電話番号を聞かれた。
何故か積極的だった。
自分は、何かを期待できる雰囲気で、
「会社に電話をかけても、うちの会社は、外部の電話にも厳しくないから取り次いでもらえるよ」
と答えた。
正直、この時に彼女が何を意図して名刺と、携帯の電話番号を聞いてきたかは、窺い知れなかった。
しかし電話番号を積極的に聞いてくれた会社の電話へも、かかって来たことはない。
なぜ聞いたのか。
《黒沢で会ってから数日後か、数週間後か、会社に携帯を持っていくのを忘れた時があったんだ。充電中の携帯に着信があったそうで、帰宅したら家内が女の声だったというが、電話にでたら、すぐ切れたと話してくれたんだ。この電話は貴女だった? 俺は貴女からの電話だったと今でも確信しているよ。 でもその後は一切携帯に電話が来ることはなかったね。 残念》
この当時、携帯を持っているのは、会社でも半分以下で、自分も登録している番号は少なくて、なおさら女性から携帯に掛かってくるとは、予想してなかった。携帯の番号を聞かれた時から、彼女からの着信を予想できてなかった自分も間抜けでもある。
以後彼女から電話が先にかかってくることは一切ない。着信番号を調べれば、だれから来たのかは、判ったはずであるが、非通知であったのか、正確にはだれからの電話かは、分からなかった。すぐに彼女に返信してみればよかったのかもしれないが、そこまでは考えが回らなかった。
番号非通知だったけど。ていうか このころの携帯は、着信の相手は表示されたか?
再び ていうか 彼女の自宅の番号は登録してなかったし。




