7 グループ交際
グループで交際
・・・中学時代に仲良グループでサークルを作って何か慈善活動をするというようなことが流行した・・・
《当時、学習雑誌を読んでいた中にもよくグループ交際の記事があったよね 貴女と同じ学習雑誌だったし》
中学2年夏休み前だったか、同級生女子(ダーツの子)から校舎はずれ、家庭科室廊下のはずれの給食室廊下に呼び出され、グループ交際の申し込みがあった。もちろん淳子もその中にいた。他にも数人いたかな。
男子は、一人ひとり呼ばれ、深刻そうな表情の女子連中の前で
「誰と、誰に声をかけてるんだけど」
と説明され、(中学時代の親友敬俊とその他だった)入会を即された。
グループ入会はすぐにでもOKしたかったのだが照れもあり敬俊が入るなら自分も入ると互いに言い合いぐずっていて、一旦は、呼び出し場所から離れたが、再度の呼び出しの時、元気のいいルリ子の一喝
「グループに入りたいんでしょ。だったらさっさと二人で入りなさいよ」
で結果は決まった。
ミーティングは、日曜日で、小学校の体育館を借りたりだった。冬休みで小学校を借りに行くと、何をするグループとかしきりに聞かれたらしい。不良の溜まり場とでもおもわれたのだろうか。
とりあえず名前はアーネストミーティングと決まったが、何をすることもなく、雑談で過ごした記憶だけが思い出だ。
でも、淳子に会えるのが楽しみで、ミーティングの開催を心待ちにしていた。
《後の手紙でも書いてくれたけど、貴女も俺と会えるのが楽しみだったのかな? 直接話しをした記憶は、あまりないけど。でも 顔を見られるだけでもうれしかったんだよ》
しかしこのグループも半年ぐらい10数回の活動でウヤムヤになってしまった。病院か老人ホームに千羽鶴を送ったぐらいの活動であった。(千羽鶴は、授業中に作ったと、淳子は話し、不足する分も集まりの中で作らされた)
これで彼女と話す機会がなくなってしまった。冬休みを経て、新年まで継続したかな。
初回、グループの名前を決めるとき、グループの歌?を作ろうとした時、1人が辞めたいというのを、みんなんで引き止める時、何かどこかに 慰問をする話。
慰問が決まって何をつくるか話し合った時、千羽鶴を作って会長が慰問をしたと聞いた後、集まりはなくなった。
これで彼女と話す機会がなくなってしまった。
誰かが、辞めたいと言い出すのは、何かしら運営に問題とか不満があったのだろう。一人が辞めたいと言ってから、有耶無耶になったのは、その後3、4回の集まりの後だった。まあ このころの年代は、お互いに男は女と、女は男と何かしら親密に話をしてみたい。だけど、告白するのも勇気がいり二人だけの交際に発展することは少なく、ということでグループ交際という形になることが多かったのだろう。そしてグループとはいえ、交際という本音を少しでも薄めるための慰問であったり、花壇に花を植えたり、ゴミ箱の設置だったりという簡単な福祉活動という形になったのだろう。
中学二年夏休み、自分は盲腸の手術で入院
以前から腹部に痛みがあったが、夏休みを期に入院。一週間とは言え退屈ななか、グループの仲間が見舞いに来てくれた。勿論淳子も。
もっぱら話し相手をしてくれたのは、敬俊。俺は淳子が何処にいるか探したが、病室に入って来たのは最初だけで、あとは何処にいるのか見つける事が出来なかった。多人数だったためか、廊下に出ていたようで、ドア向こうに、ちらっと見える程度だった。
ルリ子は、
「淳子ちゃん、こっちへ来て健太郎くんと話 しなさいよ」
とからかいで呼んでくれたが、それがますます、淳子の入室を阻んだ。
《見舞いは嬉しかったけど、会えたのは最初だけで、あとは俺のベットから見えなかったよね。恥ずかしかったのか、パジャマ姿が見苦しかったのかな》
付き添いの親も、常時居なかったので汚れていたのだろうか?
・・・中2春休み 三年になる前の春休みだったかな。こたつで快気祝いだったかな。・・・
春休みに 同級生家出(という噂)、悩みごとで入院(という噂)、どちらにしても快気祝いでお呼ばれしたのだから、何かの病だったのだろう。その快気祝いで自宅に何人かお呼ばれした。グループ交際中に辞めたいと言ったやつだったから、グループ交際のメンバーが大半で・・・
勿論 俺、そして敬俊、ルリ子、淳子、優子、泰子だったかな。他に敬子もいたか?
当時の俺の感想では、女はみんな、男受けする顔立ちだったような。まあ今でもそこそこストライクゾーンなのだが・・・
快気祝いに事前に呼ばれはしたが、なんで俺が(お呼ばれ?)という疑問と、1人だけ呼ばれたはずはないが、呼ばれたメンバーが誰か判らず、自分は何をお祝いに持っていけばよいか、思いつかなくて、だいぶ思案した。
田舎では、近くに、花屋とか、ケーキ屋とか、気の利いた店はなかったので、自分は、思案の末近くの雑貨屋で果物の缶詰を複数個買って、紙袋に入れて持っていった。センスの欠片もない快気祝いであった。
当日、他の数人のメンバーは、お金を出しあって、シュークリームの菓子箱を持って来た。自分が呼ばれたメンバーに知られてなかったことと、お祝いの品が、一個一個バラで買って、普通の紙袋に入れた缶詰であったことが恥ずかしかった。中学生とはいえ、世間知らずだった。
中身を知ったのは、それがおやつで出されたから。
お祝いは、和気あいあいで進む中、当たり前だが、病名など聞くわけもなく、それなりに盛り上がった。当時の俺は、ダジャレを連発で女子の気を引くことくらいしか笑いをとることができなく、ルリ子のヒンシュクを買うが、淳子はにこにこしているだけ。
《どうして学校を休むくらいのノイローゼ?(という噂)になったかは、わからないけど、まさか俺達のせいじゃないよな。こいつが貴女に好意を持っていたのは、なんとなく知っていたけどね。運動会で貴女の走る格好と、同じ格好で走るのを後ろから見ていたし。意識はしていたんだろうね。
まさか まさかなんだけど、告白とかされたのかな? それとも俺も、まだ正式に告白されてはいなかったけど、貴女の視線が俺に向いていたのを知ったからかな。最初の手紙にも書いてあったけどアーネストミーティングもなくなってとあったから、グループ交際の時から、俺のことが気になっていて、話をしたかったんだよね》
中学3年になると、校内のいろいろな役員会があり、役員として集まることがあった。
クラブ代表者会議かなにか、家庭科室で集まりがあり、私は遅れて参加した。淳子の近くで
彼女が椅子に座っていた輪から、少し離れた後ろの位置に座ったが、議題が一端途切れた時、彼女から
「ここに入りなさいよ」
と注意される語彙で、即され輪の中に入った。最初から輪に入らなかったのは、やはり彼女を意識して、遠慮があった。
・・・選挙管理委員長で彼女に当選証書を渡す。中学三年春・・・
当時、自分は、生徒会役員の選挙管理委員長になった。
その時の当選証書授与式で、当選証書を全校朝礼で渡すのだが、淳子に授与のとき、証書を読み上げてから、お互いに礼をした時、自分の礼は相当ぎこちなかった。貴女も、他の当選者もきちんと礼をしてくれたのだが、自分は完全に上半身を曲げるのではなく半身で少し背を曲げる程度だった。
自分でも理解はしていたのだが、教師と、授与式を見ていた他の生徒も、礼の仕方がぎこちないことに疑問をもったのではないだろうか?




