39 なぜ泣く ぎゅっとしてあげれば
46年10月18日(月) 淳子からの手紙
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その後お変わりありませんか。
先日はいろいろありがとうございました。お客さんであるあなたに
迷惑をかけ本当に申し訳ありませんでした。あまりにも突然だったので
で驚いてしまい、結局は何にも役に立つことができず、申し訳なく、おもっています。
本当にごめんなさいね。又いつか来る機会がありましたら、今度はまえもって
連絡して下さい。
あなたが帰った次の日 つまり 11日は、こちらは雨降りでした。あなたからの
電話で、郷里の方も雨だったそうですが。 もしもう1日こちらにいたら大変な
事になっていたでしょう。ね でも帰る途中いろいろ大変だったそうですね。
今度でこりたのではありませんか。 これから先、出歩くことがあると思い
ますが、くれぐれも、気をつけて下さいね。 それから、あまり無茶なことは、しない
で下さい。(今回のような。) でも私にとっては、すごくすばらしいことだった
けれど。 一ヶ月間、何も連絡がなかっただけ、だけれども、私には、すごく
長く思われました。 それなのにあなたがあまりにも、アッサリしているので
少し腹がたったんだ。あなたの顔を見た時。あなたが会津の土地に
魅力があってやってきたのかもしれないけれど、私にはすごくうれしかった。
これは矛盾なんだけれど、今回のようなことはもういやです。あなたに
会えた事は うれしいけれども、その後がたまらないほどに さびしさを
感じるのです。あなたが帰ったあと 車で帰ろうかなあと思ったんだけれ
ども、一人でいたいような気がしたので歩いて帰ったんだけど、すごく さびしい
というか、悲しいというか、変な気持ちになり、次々と涙がでてきて、しょうが
ありませんでした。その時はもうこんな事はイヤだと思いました。でもこれは自分
勝手ですね。 今、何日か間を置いて考えてみると、やはり 良い思い出が
出来たと思えるようになりました。 これ書いてんの授業時間なんだ。
厚さ10cm以上もあるような本を先生はいっしょうけんめい、読んでいる最中です。
私は、その本を見ているようなふりをして、書いています。今日は、1時間だけ
なので、買いものに行ってきました。 その時、男物の売り場に行って見たん
だけれども、やはりあのネクタイは、地味でしたね。もう2,3年たってから
しめて下さいね。(無理にとは、言いませんけれども) それから、寮に入ったら
一言教えて下さい。 あと15分位で、授業が終わるので、そろそろ、まじめに
やらなくちゃ
きょうはこの辺で失礼します。
淳子より
10/15。(金) 午後3時.
あの時は、何も言ってくれなかったけれど、あなたの本心を聞か
せて下さい。 お願いします。
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“あまりにも突然”
《一ヶ月何も連絡しなかったかな? あなたからの手紙には、すぐ返信していたので心配してくれてたんだね。少しはびっくりさせてやろうかとおもったのかな 今となっては思い出せないよ。》
“少し腹がたったんだ。”
《もっと強く貴女に会えたことを嬉しく表せばよかったのかな? でもそれができたら中学校も、もっと早く付き合えたんだけど。 会った時も、帰りも ギュッと抱きしめてあげれば貴女の疑問も少しは解消できたのかな。 腹がたったのは、たぶんこれだけではではなかったよね。俺も悪かったけど、倉本のことで貴女は怒ってばっかりだったよね。》
“私にはすごくうれしかった。“
《会津で会えたことが嬉しく思ってもらえて 自分も うれしい。 でも もっと態度で表してくれたらもっとうれしかったと思うよ。会った時あまり笑顔とか、言葉でも言ってくれなかったよね。俺は鈍感だし、貴女の気持ちを察してやることが下手だったんだよ》
《あなたの本心? 今でも、これからも一緒にいたいのが本心だったよ。それとも先に会いに来た倉本と観光してもいいと言ったことを気にかけているの?》
自分には、この質問の意味が思い出せなかった。
《何か本心を伝えなければならないシュチエーションがあったかな? だれよりも貴方が好きだったし、倉本と一緒でも自分には貴方から、誰よりも好いてもらっているという自信があったけど、違ったかな?》
“次々と涙がでてきて、しょうがありませんでした。”
《ごめんね どうして俺は貴女を泣かせてしまったのかな? 会いたくてしょうがなくて会津まで行ったけど 反対にかえって、さみしい思いをさせてしまったのかな?》
この少し前にネクタイをプレゼントされた。当時流行りの幅広のネクタイで紺を主体にした色だった。まだ19歳の自分には地味だった。電話か手紙では、礼を言ったが、地味だねと返事をした記憶がある。 彼女が帰郷した時に買ったとの事で、買った店で交換してもよいと言われた事を記憶する。
しかし自分には交換する気持ちは全くなかった。彼女が選んでくれたネクタイを手放すことは自分の性格として、するべきではないと思っていた。彼女に失礼と考えた。
もし、交換してもいいのであれば、出来れば彼女と一緒に見て交換したかった。またこれもあとあと自分で胸にしこりが残ったのだが・・・
自分には、なぜ俺に贈ったモノを簡単にアッサリ交換してもいいと言えるのだろう。
この第三者的な物言いに私は不自然さを感じていた。
贈られたものに、価値があったのだ。もっと極端にいえば、喜んでもらえると思って、選んでくれた品を、俺が気に入るかどうかはあまり関係ない。気に入らなかったら交換すればいい とでも思っていたのかと 感じていた。
この感情は、交際をしていることをだれもが知っていた中学時代に、淳子が、仲良し仲間の間でも、二人は関係ないという仕草をすることに対する、自分の感情を重ねあわせていた。
自分はもっと 甘えてほしい、好いてくれるのならその気持ちをもっと他人の前でも表して欲しいといつも考えていた。
“今回のようなことはもういやです と、会津に興味があったのかも”
自分からこの手紙の返事は、
極端に言ったら命の危険があるようなことだけれど、貴女に会いたいから 会うために危険は厭わない・・・のようなことを書いた記憶がある。
会津に興味が・・についても、淳子の気持ち、俺の気持ちや行動に、他の理由を付けて、本心が別にあるような、俺の気持ちが他にあるような、表現が気に入らなかった。
《なぜ素直に俺の気持ちを感じてくれなかったかな 会津に興味があったのではないんだ。淳子に会いたいから会津に行ったんだよ。どうしてそんな表現をしたのかな。 自分の気持ちに素直になってほしかったんだよ。 もう一度言う 貴女に会いたいからだったんだよ。 一ヶ月も手紙を我慢してやっと会えたんじゃないか。 貴女もうれしかったと書いてくれたよね》
“本心を聞かせて”
についても、貴女に会いたかったから(会いたくて会いたくてたまらない)の表現で、回答したつもりであったが 彼女には通じなかったようである。
会津旅行初日には、また二人に問題が起きるハプニングがあった。
《このハプニングの顛末で、俺が貴方に言ったことが、俺に対する不信感をふくらませてしまったのかい?》
どうも文書の表現とか、順番がばらばらになってしまいました。ご容赦




