36 なぜまた
また路子から手紙が来ました
46年9月3日(金) 仙台から路子の手紙 記憶2通目
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こんにちは、お元気ですか?
突然手紙なんて書いて、ゴメンなさいネ。
このあいだ、ちらっと会った時、すごくおちついて
見えました。働いてると、おちついてくるのかな。
わたしなんかクルクルしていてバカみたい。早く働き
たいです。私は毎日そろばんと帳ボの、つけ
かただけです。けっして楽ではありません。
健太郎君は、毎日、どんな仕事をしているのですか?
私の友達が東高でタイプを習っているんですが
タイプの方とはぜんぜん関係ないのですか?
萬田一恵という人で高校時代のテニス部
の中では一番、目が大きく一番色が黒かった
人なんですがけどネ。知らないわネきっと・・・・
なんか、14日に会ったのがとても印象的だった
ので書きました。1人でいると、とても人が
こいしくなります。
なんだか仙台というのは、私の目には、みんな、
冷たく、写ります。
話は変わりますけれど健太郎君が良かったら
文通をしていただけないでしょうか???
私は今、とても健太郎君を、兄キの様に感じるので
す。 でも、迷惑でしたら無理にとは言いません
から、その時は、はっきりことわってネ
(乱筆乱文にて)
路子
健太郎君へ
九月三日
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・・・14日? 9月始めの手紙なので8月のことだと思うのだが・・・
たまたま町内の夏祭り準備の会場で一緒になりしばらく会場の体育館の壁に背をつけながら話をした記憶がある。
路子の学校のこと、自分の仕事のこと、路子は、あまり学校のことには満足していない様子だった。どこか他人行儀なような元気のない様子が見て取れた。ストレスのせいかな、少しポッチャリした体型になっていた。
青年会のような団体があって、かりだされたときの一時だった。他に街なかで見かけたような記憶もあるが・・・・・・。路子が見かけたと書いてあったのは、この時のことを書いたのだろうか?
返事は消極的だがOKと返事をしたと思う。よくよく文通に縁がある。
淳子に悪いとは思ったのだが文通だけであればバレることはないだろう。なんとか付き合えると考えた。勿論淳子と、路子にバレた時の悲惨な立場も考えたが、結果は全く心配するような事は起きなくて、どちらも複数回のチャンスを逃すだけだった。
この時の路子には淳子にない明るさと、手放しで甘えてくれる可愛さがあった。しかし淳子に対するような、これといった恋愛感情はなかった。もっと言えば全く違う感情だった。
路子へ
《路子の自分に対する気持ちは 前からの手紙でも察しがついていたけど、どうしても路子の気持ちには応えられなかったよ 仙台にも、東京にも誘ってくれたけど 結局行けなかったね ごめん》
当時よく淳子が帰郷してたころ、街中でも会っていたのだが、路子と合うことはなかった。もしそんなことがあったら、淳子は怒り、路子は悲しんで、両方の付き合いは終わりになったろう。しかし自分は、あまりそんなことは気にしなかった。淳子と会えるうれしさが優先した。




