33 大人でも子供でもない
46年6月13日(日) 淳子からの手紙 社会人 二ヶ月 まだ19歳
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前略
その後いかがお過ごしですか。
返事おくれてしまってごめんなさいね。ここんとこ登山やテニスの試合
などで忙しかったので、下宿に帰ると、くたくたで、なにもしないで、すぐ床に
つく仕末でした。ここ会津は、今ちょうど梅雨期で、雨が降ったりやんだりの
毎日なので、今一息ついているところです。(テニスの練習ができないため)
返事の遅れた最大の理由は、前述のこともありますが、やはり あなたが
家から通うようになったことです。あなたは、気にすることはないとおっしゃいますが、
やはり私には気になります。このままずっと家に帰らないのならまだいいのですが、
休みに帰った時あなたの家の人達に会った時の事を考えると、やはり躊躇して
しまいます。私達は、今完全な大人でもなければ、子供でもないという微妙な
立場にあると思います。世間の人は、時には大人扱いをし、時には子供扱いに
します。そんな中で、あなたと私が、単なる文通をしているとだれが見てくれる
でしょうか。みんな変な目で見ると思います。休みをあと一ヶ月後にひかえ、どう
したものかと、これを書いている今も考えています。この事に関するあなたの
考えを聞かせて下さい。
ところで 先日、富美子さんからの便りで知ったことなのですが、後藤一郎
君が、交通事故で失明したとのことを聞いてびっくりしたのですが、本当ですか。
あなたは朝何で通っているのかわかりませんが、くれぐれも気をつけて下さい。
家を離れて、二ヶ月しかたっていないのに、ずいぶんこちらに住んでいたような気が
します。休みに帰った時には、みんなの変わりはてた姿に圧倒さるのでは
ないかと今から心配です。何しろ私は、ちっとも進歩していないもんで。
前に述べた登山ですが、五・六日と浅草岳という福島と新潟の堺の山に登り
ました。ちょっと苦しい事もあっけど、六月雪の上を歩くなんて、初めてで
あり、又、頂上からの景色は最高でした。テニスの試合は、十三日に行われ
結果は言わなくともおわかりのことと思います。山形の加藤さんという 入試の
時 宿が同じで偶然 下宿も同じという人と組んでダブルスに出場しました。彼女は、
初心者なのですが、バスケットをやっていたので、上達が早く、このままでは
追い越されてしまいそうです。
まだいろいろ書くことがあったようなきがしたんですが、ペンをとると、書けなく
なってしまいます。
きょうはこの辺で失礼します。
淳子より
健太郎君へ
六月十六日<水>
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“あなたの家の人達にあった時のことを考えるとやはり躊躇してしまいます。”
《貴女は、自分の家族も知っていたし、自分も貴女の家族を知っていたよね。同じ町だもん。
何を躊躇するのか解らなかったけど、挨拶してくれればいいだけではなかったの? もしかしてもっと先のことを・・・・・》
“単なる文通をしているとだれが見てくれるでしょうか。みんな私達を変な目で見ると思います。”
《変な目で? 自分は付き合っていることが変な目で見られても構わないけど、中学時代からも付き合っていることを知られないように振舞ったよね。でもみんな知っていたし、からかわれたりしたけど それが変な目なの? 敬子も敬俊も変な目だったの? それとも貴女の家族が変な目だったのかな?》
“まだいろいろ書くことがあったような気がしたんですが。ペンをとると書けなくなってしまいます。”
《また 同じことを書いてくれたけど、どんな想いを書きたかったのかな? 手紙でも、電話でも告げられないことって何だったのかな?》
・・・やはり彼女は私の自宅に手紙を出すことを気にかけている。・・・
自分からの返事は、自分は貴方を好きだから付き合っている。家族のことは気にすることはない。と書いた。後にも先にも“好き”と言った(書いた)のはこれっきりだった。
俺は、彼女が度々はっきり教えてという言葉の意味を理解できなかった。この手紙の返事にも質問への答えをほとんど書かなかった。
質問に答えて、また質問されてという転回では、新しい話題にならないような気持ちもあったし、そのようにすると、手紙が長くなり、自分はあまり字がうまくなく長い手紙は正直苦手だった。




