3 恋という文字も知らず なぜか気になる
私の小学校は、校内だけで通用する年賀状配達の制度があった。 6年の時に自分は校内年賀状を彼女に出さずに、普通葉書で出した。それが相手先住所氏名を本人宛としたため(子供の名前)他の女生徒の家に配達されたらしく、さらに誤配された先にもクラスメイトの女生徒がいたため、一時、学年内で噂になったらしい。
《貴女も俺に対する態度が、避けるように少しよそよそしくなったよね。》
しかし、小学校時代は1年から6年まで同じクラスであり、掃除当番が一緒になった時など彼女の名前が淳とも読めるので
「あなたの事をまこと呼ぼう」
と言ったり、まーちゃんと呼ぼうとも言ったりして、からかったが、
「まことじゃない」
と恥ずかしそうに下を向き、言葉では拒否はするが、その拒否は激しくなく、嫌われることもなく時間は過ぎていった。
俺は幼稚園児か
自分でも、なんとなく気になる異性であることは自覚した。
しかし 好き という言葉を使っていいものかどうか 自分でも理解してはいなかったのだろう。
異性を好きになるという感情すら、どういうものかも理解できていなかった。
今 自分がそういう状態だったというのに。
同級生がホッチキスを学校に持って来て、いわゆる見せびらかしをしていた。紙を綴じ、開いて壁に針を打ち込んでいることが、とてもめずらしく見ていた記憶がある。
で それを買ったか借りたか、たぶん買ったのだろう。おもちゃを与えられた子供のように、用もない紙を綴じ、無駄に針を飛ばし、木に針を打ち付けた。まあこれくらいはだれでも試すだろう。
次にしたことは、針を空打ちして、それをチェーンのように繋いだ。そして輪になった状態にしてペンダントを繋ぐように更に伸ばした。
とてもネックレスにできるような物ではないことは自分でも十分承知はしていた。針は危険だし、切れやすかった。 が 無性に作りたくなっていた。 そう 淳子にプレセントしたくて というより 何か自分で行動してないと、何がなんだか解らなかったのだろう。
プレゼントなど実行出来もしない事は承知していたが、最後までやめることはしなかったと思う。最後の仕上げは、ペンダントの部分だったが、気の利いたようなものは手元になかった。
自分がしたことは・・・
これも自作することだった。さすがにハートの形にすることは、気が引けたのだろう。それにチェーンに吊るすには逆になる。どうしたかと言うと、クラブの形につくり天頂部に穴を開け完成。
完成しただけでよかったのだ。彼女のために何かしたかっただけ。
実行出来もしないプレゼントであり、完成した後は、放ったらかし。後は何処にいったやら。自分で壊したか。
このごろは日常でも、淳子の事が気にかかっていたのは確かだったのだろう。
《いま思い出すととても恥ずかしいことだけど、貴女に何かをしてあげたかったのは事実だったかな そしてとても気になっていたことも》
わかりやすい行動といえば、言えなくもないが?
ちょっとだけ行動してみるのだけど




