27 もっといろいろ書こうと思うけど
4月16日 淳子からの手紙
****************************************
健太郎君いかがおすごしですか。
そろそろ会社(仕事)にもなれてきたことと思います。
私は一四日に家を立ち きのう無事に入学式がおわりました。
私の下宿した所には、全部で五人短大生だけが泊っています。
幸い受験の時 宿が同じだった人とまた下宿が同じなので
あまり淋しさも感じられません。 今のところは・・・・
でもこうして手紙を書いているということはさびしいからかもしれません。
先日の手紙にこちらにきてから写真を送ると書きましたが制服のしかありません。以前に
学生服(制服)でとったのをあなたにあげているので また今度の機会
にして下さい。前の手紙にも書きましたが、私にも写真を下さい。あなたに
以前いただいた写真 家に置いてきてしまったんです。よろしくおねがいします。
私はまだ学校生活がどういうものかもわからない状態で、不安と期待を
いだいているのですが、それ以上に、下宿生活ができるかどうか心配です。
初めて家を離れることになったのですが、ここに来る前は、早く下宿生活をしてみた
かったのですが、現在感じることは、やはり自分の家が一番いいということです。
あなたはどうですか。 寮の生活はたのしいですか。
もっといろんなことを書こうと思っていましたがいざとなるとあまりよく書くことができません。
またいつか書きます。
最後にくれぐれもお体を大切に。
ではこれで失礼します。
淳子より
南野 健太郎 様
四月一六日
****************************************
この手紙でも、過去の手紙でも、これからもらう手紙にも
“もっといろいろなことを書こうと思っていましたがよく書けません” というニュアンスが
度々出てくる。自分は彼女の言いたいことや、思っていることを自然に受け止めることができる姿勢ではなかったのだろうか? と思ってしまう。
それとも、彼女の自分に向けられる想いが強くて、比べて自分の彼女への想いがそれほどではないと感じていたのだろうか。そうだとすれば、もっともっと想いを、手紙や電話で伝えるべきだったのだろうか?




