表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手紙から始まった交際・・・・だけど  作者: ロックハート
25/109

25 再 会 そして 別れ

 ・・・淳子の短大合格を知ったのはいつだったのだろう。・・・


《記憶にあるのは、もう合格発表はあったはず。でも調べる手段が思いつかなかったから、交際を再会できるかどうかで必死だったよ》


 本人から? しかし連絡はなかったし、もし受かってなかったら本人に聞くのは酷だった。 新聞? 当地の新聞に他の県の大学の合格発表が載るかも疑問だった。 

 

 新聞か、友人からの連絡だったか。どちらにしても彼女から連絡はなかった。


同じ高校だった、敬俊か、敬子に電話をして聞いたのかもしれない。これも まだ付き合っている(一年間の断絶状態だったが)のか とか まだ未練があるのか とか 勘ぐられるのが嫌で、相当迷った記憶がある。


 しかし、合格を知ったのは、意外とアッサリ結果を知った記憶もある。


 《思い出すと、何処を受験したかすら知らなかったんだよ。ブランク中は、貴女のことを聞きまわることもはばかられる様な気がしてたんだ。遠い記憶をたどると、なにかの機会に貴女の高校に行ったような気がするんだ。クラブの交流会?、文化祭?どれも時期が合わないけど。でも行ったんだ。校舎の廊下を歩いていると廊下の窓の上に、木の名札があって、大学合格者の欄に短大名と共に貴女の名前があったよね。この時が初めて貴女の進む大学と、合格したことを知ったような気がするんだ》

 


 

  合格を知ってから、

 自宅からではなく、学校から帰る途中の駅の電話からだった。

 駅の電話は、駅舎へ入ったすぐの柱の隣にあった。一年間のブランクの後の電話は流石に勇気が必要だった。貴女の自宅に電話をするのは、いつものことだが、家族が出たらなんと言って替わってもらおうか、替わってもらうのを断られたらどうしよう。一言でも小言を言われたら、電話をすることを咎められたら。

幸いに呼び出し音が鳴ってすぐ貴女が出てくれて・・


「合格おめでとう」


と告げると

俺の声もすぐわかってくれたか、すぐ


「ありがとう」



淳子は少し驚いた様子の電話の返事だった。ブランクの後、連絡があるとは思っていないようだった。

《自分は、そうすることが当たり前のように電話をしたけど、なぜ


「合格したよ」


と貴女から連絡してくれなかったのかな?》


《また付き合えるよね と言ったかどうか。それとも自然のながれだったかな。またはっきり言わないでなんとなく付き合うようになって、貴女の不満が積もったのかい》


《お祝いをすることは当然だったけど、駅から貴女の自宅に電話をするのも、相当勇気が必要だったんだよ。正直このまま電話をしなければ面倒なことも起きないだろうし、貴女のことで気に病むこともないだろと。貴女は短大に合格した事を誰よりも早く知っただろうけど、俺から連絡が来ることは、期待していなかったかい? 一番に俺に連絡しようとは思わなかったのかい》


 高校三年で卒業近くなると、卒業記念となる、記念楯、状差し等々の記念品を業者が売りに来た。来たというより教師が見本と、購入希望の一覧を持ってくるのだった。

 自分は 彼女に“青春”と書かれた状差しを贈ったかと記憶する。

恋愛を表すような文字もあったようにも記憶するが、しかしそういったものを贈りたかったけど、クラスメイトの眼が気になり、注文出来なかった。

 彼女からも“和”という 壁掛け型の楯をもらった。確かに自分達には“和”が必要だったが、自分はもっと、親しい、二人だけの言葉が欲しく、少し不満だった。“和”という言葉を必要とする問題を投げかけてくるのはいったい誰?と。




《短大入試時期は 今とは試験制度は違うけど、当時はいつ頃だったのかな》

《発表もいつだったのかな? 卒業記念を渡したのは、卒業時期だから、2月、3月には

もうお祝いの電話していたよね》


合格祝の電話をしたのは、年内(45年)で、それ以後交際を再会していたかもしれない。



 高校を卒業して、しばらくは同級生の家を転々として、遊んでいた。バイクで街中を走れば

誰かには会えた。そうして何日も家を開けていたが、その中でも、彼女とは何回かデートをしていた。

 市内の店で、昼飯で中華料理の店に入った。カウンターだけの小さな店で、餃子を二人で食べた。

当時餃子の文字が読めなくて、何と言って注文したか定かではないが、店を出る時、餃子の名前をもごもごと喋ったら、彼女にいわれた。


「あれはギョウザだよ」


と。


 自分の知ったかぶりを、恥じた。店を出るときに、ガムを貰ったが、なぜガムをくれるのかが判らず、気の利いた店だとそのときは単純に思った。口の匂いを消すためと後で知ったが、自分は食事や、服装のセンスや、デート中の会話とか、世間知らずだった。

 この当時、ほとんど付き合いのなかった中学時代の女子とも数回街なかで会ったこともある。より遊んでいる雰囲気だった。遊びで何かがあるのではと勘ぐったが、これも自分の積極性がなかったためか、すぐに機会はなくなった。


 ビリヤード

高校卒業近くから、友人とビリヤードをし始めた。当時は四つ玉だった。

上手くはなかったが、友人同士では、まあ 互角か少し負けていた。

一度、彼女をビリヤードに連れて行ったことがあった。

 たぶん知り合いが、いるだろうという思惑で、彼女を見せびらかしたかった。

当時、彼女がいる同級生は、少ないはずという自惚れがあった。

ビリヤードを遊んだことが無い彼女は、非力で、満足に手球を突けなかったが、キューの突き方を教える事が楽しかった。

 彼女は、他の客からの眼が気になるのか、恥ずかしい素振りを隠さなかった。自分はそんな彼女が可愛いいと思いつつもうすぐ遠くに行く彼女から眼が離せなかった。


46年3月 彼女は福島の短大へ、自分も郷里を離れ通信機器メーカへ入社し寮へ入った。

そして路子は宮城の経理学校へ。


就職地へ赴く前日 堤防で会った。 あたらしいパンツと蚊と散歩と覗き


 自分が地元を離れ、就職地へ赴く前日に、彼女と近くの川の堤防で会った。その前日に買った

ズボンを履いて。少しでもこれから社会人風に見てもらいたかった。彼女の目がそこに行くように振舞った。自分はまだ子供だったのだろうか?・・・

 しばらく草むらに座って話をしていたが、彼女がスカートで来ていたので、

足をよく蚊に刺された。刺された足をさかんに掻く彼女を気の毒に思い、歩きながらの話になった。


「手紙書くよ」


「うん」


「写真くれるかな」


「うん 後でおくるね」


200mぐらい歩いたところで、誰かが遠くから付いてくる様子が伺えた。

自分たちが止まれば、止まり、歩けば歩く様子だった。二人で誰かついて来てるね

と言いつつ、別れを惜しんだ。既に夕焼けが木立から長い影を土手に映していた。



高校卒業まで ここで終わりです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ