13 メモ
校内で渡された手紙
昭和42年11月25日(土)中学3年 手渡しの手紙より
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返事が遅れてすみませんでした。
(又 鉛筆で書く失礼をお許し下さい)
私は返事を書いたらよいかどうかまよいました。でもけっきょく
今こうして書いているしだいです。
私の願いは無理なねがいだそうですね。それではちょっと残念なような
気もしますがあきらめることにします。
よき友になってくれるとのことどうもありがとう。
それから 私は成績も、人間的にもすぐれてはいません。 ここで私の一学期の
成績を公開しても良いのですが あまりにも悪かったのでちょっとためらって
しまいました。次に私には たくさんの欠点があります。多すぎてここには、
並べません。あなたにも私の欠点がわかっていることと思います。(短気だという
ことは十分承知しているはずです)
先日(二十一日 火)の一校時の時、私と友達二人 廊下に立たせられ
たと言ったら信じますか。あの時あなたたちは 私達を見て笑っていたよう
でしたね。興味深そうな顔をしながら。今までに一度も立たされたことが
ないので一度くらいはいいかななどと言って一時間たっていました。(ウソであるかどうか
どうかは 瀬戸先生に聞いて下さい)でもほんとにくやしかった。(なぜだかは
自由にそうぞうして下さい)
初めに書いた 返事を書くのに迷ったということにもどりますが なぜ
まよったかと言うと うまく表現出来ないのですが 手紙には 自由に
どんなことでも書けるが 話すこととなると非常にぎこちなく
今までよりなお それがひどくなっていくような気がしたからでした。
でもその反対もありうることだと思ったりもしています。
最後に気がかりなのでおねがいがあります。それは、あなたが私と
文通をすることによって マイナスを生じることがあったり いやになった
ときは だまってそのままにしないで一言 言って下さい。
伊東淳子
十一月二十五日
きょう四校時の自習時間にノートに走り書きしたのを
渡そうとしましたが機会を見つけることができませんでした。
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《悔しかったのは、自分に興味深そうに見られたからだったの? それとも優等生のプライドが許せなかったのかな?》
そのときは、授業が終わった直後に(ルリ子の手紙をみた。後で出てくるが教室を覗いた)同級生が
「淳子と、敬子が立たされている」
と大声で言いながら教室に入ってきた。自分は、他の同級生と共に
「なにっ」
と叫び教室の後ろ扉から頭だけ出して覗いたけど、
《貴女もこの騒ぎでこちらを向いたから自分の表情はしっかり見えてたんだね》
やはり 淳子も、敬子も優等生で、決して授業中に立たされるというようなことは無いと思っていたし、内心では、知らせてくれた同級生の言葉に対して、何か行動をしないと、付き合っていた彼女に対して特別な感情を持っていることを勘ぐられるのではと、咄嗟に考えたからだった。
《それほど当時あなた達が廊下に立たされると言うことは普通ではなく、優等生的に見られていたんだ よ。》
《話題は変わるけど、話すことがぎこちなくなるのは自分も同じだったよ。それは、貴女が大好きだったから。でもその頃もまだ、大好きというような感情を文字で表せるような具体的な感情ではなくて、二人で話がしたい。会っていたいという、なぜか自分でも理解できないモヤモヤした気持ちだったんだ。
貴女も増々自分を好きになってくれていたのではないですか? 自分も、貴女と会ってると、どうしても、少しでもよく見られたいと思っていたし、ちょっとでも嫌われるような事は言いたくなくて、相当ぎこちなくなっていたんだよ。》
嫌になったときはなんて、当時はあるわけないと思っていたし、どうしてそんなことを考えるのか自分には理解できなかった。正直 本当に嫌になった時に、なるべく心の被害を少なくしようと、一歩引いて、まだ自分は客観的に見れているという気持ちでいたのだろうか?
昭和42年 11月最終週 手渡しの手紙より
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これを書いたのは、五校時の社会科の時間です。(下書きを
社会のノートの最後のページに書きました)
私はなぜか 社会科の時間になると何かをしていないとねむくなって
しまうので いつも内職をしています。 この前 ぬきうち)テストが
あったときは、授業を受けるときの態度を改めなければならないと
強く感じたのですが本を読んだり(もちろん社会の本です)ノートをとったり
だけしていると 上のまぶたと下のまぶたが仲良くなってしまいます。
適当に休むことが必要なのだと自分をなぐさめたりします。 これは
書いているとき先生は学歴について話をしています。(書きながらも
先生の話は聞いています)<ここまでが社会科の時間にかいたぶんです。>
あなたが手紙を書いていたころ、私は目ざましの止めて眠って
いました。(目ざましは、3時にあわせてあります)朝型のためか
夜は、いくら勉強をしようと思ってもねむくなってしまうのでいつも
朝することにしています。でもこのごろは、寒くて 起きる
のがつらくなってきました。
あなたの手紙に 私がすぐに後ろを向いてしまったのに興味深そ
うな顔がわかりましたね と書いてありました。 ということはほん
とうにそのときあなたは興味深そうな顔をしたということになり
ますね。
土曜日 つごうがよかったらテストが終わっても帰らないで下さい。
では この辺で
伊東 淳子
南野 様
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・・この手紙の前には、自分から “よく興味深そうな顔がわかりましたね”と書いたことを思い出した。・・・・
それと、自分からの手紙で(青い月がとても綺麗です)・・・・・と書いた気がする。私は真夜中に深夜放送を聞くのが日課で、窓からよく星を見たり、月を見ていた。よく冷えた夜は、青空に(夜だけど)染まったような月が実際見えることがあった。これもまた、深夜の時間を手紙の最後に書いて・・・何か辛い悩みと、涙の形に水滴を残して出したかと思う。いささか手の込んだ気を引きたいがための小細工だった。
ラジオ少年だった自分。この頃からか、自作のラジオで深夜放送を聞くのが日課だった。受験勉強のつもりで、目ざまし代わりの、ラジオを午前一時頃にセットして眼を覚ますのだが、寒くて布団から出ることが出来ず、そのまま深夜放送を聞いて、遠くのラジオ局が聞こえなくなる頃、また眠るのが大分だった。オールナイトニッポン、ラジオ大阪、等々、でも一番気にいっていたのがラジオ大阪。他にはないパーソナリティと、企画だったと記憶する。時々かかっていた曲が雪村いずみ 約束だった。少年特有の思い込みか 聞くたびに涙していたのは事実だった。




