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漆黒の姫と月の約束  作者: 月子
幼少編
9/33

カラコンと新居

引越し当日、早朝。


「陛下!陛下!ついに完成いたしましたっ!!」


「おお!!レイザ!間に合ったか!!」


連日の徹夜で目の下に酷いクマをつくった若き魔術師団長レイザが、徹夜明け特有の妙なハイテンションのまま執務室へと飛び込んで来た。


シェーラの濃い銀の瞳をどうやって隠すか。レイザは最初、銀色をどうにかなくそうと魔法薬の調合を進めていたのだが、月の加護の象徴である銀色を打ち消すのは思ったより難しく、実験は一向に進まなかった。それならばいっそ銀色はそのままに、物理的に色を隠してしまえばよいのでは? と思いついたのが三日前。それから不眠不休で作業を続け、ぎりぎりのタイミングでようやく完成したのだった。魔術師としてのレイザの腕を信頼しつつも気を揉んでいたアルダンは、この報告に思わず立ち上がり、レイザと手を取り合って喜んだ。


すでに出発の準備を終え、母ソフィー、兄クレイル、姉セイラと最後の時間を過ごしていたシェーラは、執務室に呼ばれてレイザの努力と苦労の結晶を目にした時、思わず


『カラコン……?』


と普段は口に出すことのない日本語で呟いてしまった。


「カラ……なんでございますか?」


「あ、いえなんでもないです。この液に浸っている薄い膜のようなものを両眼につければいいのね?」


「そうです!銀色自体を消すことは難しいですが、これを装着すれば見た目にはわかりません。色は皇妃様と同じ碧色にしてみました」


やっぱりカラコンか。と思いつつ、前世でも薙刀を振るう時にコンタクトを使用していたシェーラは、慣れた手つきでコンタクトをつけた。


「あら?」


「ふふふ。驚きましたか?なんとこの装着膜、つけると消えるのです!」


マッドサイエンティストのような笑みを浮かべたレイズが得意気に言った。


「外そう、と念じれば姿を現しますが、通常の状態であればどんなに近くで見つめられてもわかりません。また、一年以内であればたとえ火の中水の中、どんな場所で何日つけていても大丈夫です。予備としてあと二組用意してございますので、とりあえず向こう三年は心配ございません」


「ふむ。ではとりあえずしばらくの間はこのまま何も気にせず生活できるということか。素晴らしい出来だな、レイザ」


「はっ!お褒めにあずかり光栄でございます」


「皇家の銀眼を隠してしまうのは惜しいが、ソフィーと同じ碧眼も似合っているぞ、シェーラ」


「ありがとうございます、お父様。そしてレイザ、本当にありがとう!」


「シェーラ様……! これから更に改良を加えてゆきますので、どうぞご期待ください!」


「さてシェーラ、もうすぐ時間だ。準備は……できているな?」


「はい」


「よし、ではカザス、下の広間に皆を集めよ!」


「既に、アルダン様、シェーラ様、レイザ様の他は皆様お揃いでございます」


「うむ。さすがだな。では我々も参るとしよう!」


皇宮の玄関にあたる大広間には、皇宮中の人間が見送りに集まっていた。


「シェーラ、私の可愛い妹よ。もし寂しくなったらこの兄が何としてでも会いにゆくからなっ!!どうか、どうか元気で…ううっ」


「シェーラ、身体には気をつけて……。手紙、たくさん書くわね」


「クレイルお兄様、セイラお姉様……」


「シェーラ、そのうちにまたセイラと服を選んで送るから、楽しみにね。それから、ボーイフレンドができたら教えるのよ!」


「お、お母様!」


「シェ、シェーラ!!! これ以上私の遠くへ行かないでくれ!!」


「ふふっわかりました、お父様、お母様。元気で行ってまいります」


「……皆様、今まで本当に、本当にお世話になりました。しばらくの間お別れとなりますが、どうかお元気で。では、行ってきます!」


こうして、涙、涙の皆に見送られながら、シェーラは生まれて初めて、皇宮から橋を渡り、外の世界へと旅立った。





皇都から馬車で三日かけて北の森の手前の街まで移動し、更にそこから馬の背に乗り換えて森の道を進んだシェーラと元侍女頭のフランは、出発から五日目の夕方、森の最奥の村の外れ、切り立った崖の上に立つサーラの木を利用した新居へとたどり着いた。


「わぁ!すてき!!」


シェーラの新しい家は、入って正面にリビングとダイニング、左手に台所等の水回り、その奥におそらくフランの部屋になるであろう一部屋、右手に階段があり、豪華ではないものの手すりや窓、階段など随所に植物をモチーフとした凝った細工が施された可愛らしいデザインとなっていた。苦労して選んだ木製の家具たちも、その中にぴったりおさまっている。


「ふふ、新しいお住まいはお気に召しましたか? シェーラ様のお部屋はお二階の一番奥でございますよ」


「ええ、とっても気に入ったわ、フラン! ちょっとお部屋を見てくるわね!」


慣れない旅の疲れも吹き飛んだシェーラは、つい行儀を忘れて二階へと続く螺旋状の階段を駆け上った。二階は、左側に一部屋、右側に二部屋、奥に一部屋というつくりになっているようだ。一番奥のシェーラの部屋は、白と淡いピンクを基調し品良くまとまってはいるが、皇宮以上に少女趣味全開の部屋となっていた。


「かーわーいーいー!!きゃー!こんな部屋、一度住んでみたかったのよね~」


白の猫脚机と、お揃いの天蓋付きベッドに本棚、ふかふかのラグの上に置かれた丸いミニテーブル。淡いピンクのベッドカバーとカーテン。サーラの木の落ち着いた濃い茶色の壁と床。壁一面の大きな出窓には、可愛らしい花をつけたハーブの小ぶりな鉢植えが置かれている。


(あ、このハーブ、たしか精神を落ちつかせる効果があるんじゃなかったっけ。ありがとう、お母様、お姉様……)


それにしても、と部屋を見渡してシェーラは思った。


(この部屋、何かが足りないような~うーん)


「衣装室はこちらにございますよ、シェーラ様」


いつの間にか二階に上がってきていたフランが、首をかしげているシェーラの様子を見て声をかけた。


「えっ! 衣装室?」


そういえばクローゼットの類がなかったと気がついて、シェーラは納得した。あれほどドレス選びに熱心だったのだ。母がそれ用の部屋を作らせたとしても不思議はない。実は二階は全てシェーラのための部屋で、階段を上がって左手が衣装室、右手が洗面所と浴室、それにお手洗いとなっていたのだ。


衣装室は、事前に持ち込む物を選んでいたとはいえ、改めて見るとなかなかの眺めだった。ドレス十着、普段用の質素なワンピース三十着、動きやすい運動服十着、作業着五着、などなど。それに帽子や鞄、靴などもある。今は春物しかないが、そのうち公爵家経由で夏物も送られてくるであろうことを考えると、かなりの量になるだろう。やはり猫脚の、白いドレッサーと大きな姿見の置かれたこの衣装室は公爵家の傍流の娘にしてはやりすぎではないかと思われたが、可愛い盛りの娘を遠くへやらなくてはいけない母からのせめてもの餞別ということだろうか。


(今の私には分不相応な気もするけど、誰に見せるわけでもないし、まあ大丈夫、なのかな?)


しかし、次にフランの口から伝えられたのは、衝撃の事実だった。


「シェーラ様。先ほど届きましたカザスからの知らせによれば、ソフィア様とセイラ様はさっそく四月分のお召し物をお選びになっているそうです」


「四月分!? 夏物ではなく? 今月だってあと十日もないのに!?」


「はい、四月分だそうです。五月に向けたカタログも、取り寄せているとか」


(そのうちに、とは確かに言っていたけど、いくらなんても早過ぎない? お母様とお姉様を甘くみていたわ。はぁ)


「フラン、急いで手紙を送ってやめさせて頂戴。これじゃ身を隠す意味がないわ……」


「かしこまりました」


フランは明らかにほっとした表情を浮かべると、すぐに返事を書いてカザスの召喚獣である鷹の足に括り付けた。カザスがすぐに手紙を書いて寄越したことから察するに、皇宮ではかなり困ったことになっているのだろう。


「お父様が、もう少しお母様とお姉様に対してしっかりしてくださったらねぇ」


「シェーラ様、それは言わないお約束でございます」


新居で過ごす初めての夜は、静かに更けていった。


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