白騎士演武祭(後)
お待たせしました(滝汗)引越しその他諸々で遅くなってしまいました、ごめんなさい。白騎士演武祭後編です!
新入団員五十名による最初の演武は、集団で様々な陣形の変化を魅せる華麗なものだった。
五名ずつ固まった小さな花のような集団が、流れるような動きで次の瞬間には魚の鱗の形になり、また次の瞬間には完全な真円、空飛ぶ鳥の群れ、大鳥が羽を広げた姿……と変わってゆく。白銀の甲冑は日の光を受けて清らかに輝き、鋭く繰り出される槍に宿る力には、見るものに月の加護を感じさせる。まだ入団して間も無いとは思えない練度の高さに、会場のあちこちから感嘆のため息が聞こえ、演武が終わると場内は盛大な拍手に包まれた。
「ふむ、見事なものだな。一糸乱れぬ流麗さに、力強さも併せ持っている。月の大狐の坐す皇国に相応しい神聖さを感じたよ」
「うん。なんか、神々しいって感じだよね。白騎士様も素敵だなぁ〜」
ミレーユは目を瞑ってうんうんと頷き、ココはぽ〜っとして黒騎士様から白騎士様へと浮気中の様子だ。
大国ガロリア王国の黒騎士団がその名の通りに黒い甲冑を纏った雄々しい炎の一団であるとすると、ジンドラード皇国の白騎士団はそれより規模は小さいながらもハッと目を引く精鋭、気高き聖なる光の一団といったところだろう。
今年の新入騎士達のレベルに満足したらしい会場の貴族達からはこれで一安心だという声が聞こえ(ついでに別の意味で騎士のレベルに満足したご令嬢たちからは、何か華やかなささめきごとの声が聞かれた)、場内の関心は次に行なわれる剣の型の披露へと集まった。
ヤア!ヤア!エイ!ヤア!
まずはぐるりと円状に並んだ新入騎士が、どこか初々しさの残る掛け声とともに両手剣の基本的な型を披露してゆく。そしてそれが一通り終わると、今度は円の内側にいた二年目騎士に入れ替わる形で片手剣と盾による型の演武へと移り、最後に三年目の騎士によるレイピアを用いた演武で締めくくりとなった。
「うーん、やっぱり黒騎士とは型が違うんだな。面白い」
二つ目の演武が終わって休憩に入ることを告げるアナウンスが流れたところで、真紅の瞳をらんらんとさせて見入っていたノアが、ふぅ、と一息ついて感想を述べた。
「そうなの?」
城にいた頃はしょっちゅう白騎士の訓練を見学していたのを懐かしく思い返していたシェーラが他国の様子に興味津々で聞き返すと、ノアはうーん、と何かを思い出すようにしながら頷いた。
「ああ。去年観た黒騎士団の演武とは大分違うな。最後が護衛を意識したレイピアというのも皇国らしいというか。やっぱお国柄ってやつなのかな」
今では半分賊化した王政府反乱軍の残党との小競り合いがたびたび起きている大国ガロリアとは違い、ジンドラード皇国では皇家の人間の護衛と魔獣の討伐が騎士の主な職務だ。その違いが剣技にも出ているのだろう、シェーラがなるほどと相槌をうっていると、お菓子を手にどこからか戻ってきたココがノアの言葉に食いついてきた。
「えっ!黒騎士団の演武って、も、も、もしかして黒薔薇祭の!?」
「そうだけど」
黒薔薇祭と呼ばれる黒騎士団の演武祭は、二年に一度、一ヶ月半かけてガロリア王国の主要都市五つを回って大々的に行われる完全公開制の一大行事だ。黒騎士ファンにはたまらないイベントであり、半限定公開の白騎士演武祭ほどではないものの、そのチケットは国外の一般庶民ではそうそう手に入らない。ココが取り乱し気味に食いついてきたのも道理である。
「いいなぁ〜っ! 憧れの黒薔薇祭!私もいつか観に行きたいよ〜」
脳内に薔薇が咲き乱れているのだろう、頬を紅潮させどこか遠くをうっとりと見ながらココが言った。今まで白騎士様〜、と興奮していたがやはり本命は黒騎士様らしい。
そしてノアは、そんなココの様子に意地悪心が刺激されたのだろうか、わざとにやりと自慢気に笑って見せた。
「ふぅん。俺は二年に一度、赤ん坊の頃から毎回観てるぞ。俺のところも一応騎士の家系だし、黒薔薇祭は国内ならチケットを手に入れるのもこっちの演武祭ほど難しくないからな。いいだろ〜」
そう言ってふふん、と笑うノアにややムッとしたココは、悔しそうにしながらも強気で言い返す。
「うぅぅ〜。いいもん、将来黒騎士様と結婚したら見放題だもん!」
「ほぉ、ま、何百年かかるか知らんが物好きな黒騎士様探してがんばれよ。俺はその間も毎回観にいくけどな!」
物好きな黒騎士様ねぇ、とシェーラ達は含みのある視線をノアに投げかけたが、本人は気がついていないらしい。悔しそうなココの顔を見て実に楽しげに活き活きとしている。
「むぅぅ。いじわる! ずるい! ノアばっかり!」
「はん、何もずるくねーよ! お前はあれだろ、きっと前世の行いが悪かったんだろ!」
「なっなによそれっ! 意味わかんない!」
確かに意味がわらかないが、そんなことはどうでもいいとばかりにノアは嬉々としてココをからかい続けた。好きな子ほどいじめたくなるというのはどこの世界でも一緒らしい。
しかし少々やりすぎたようで、黒騎士様がらみとなると興奮しやすいココは早々に涙目になりかけていた。
「い、いつかみにいくもん、ぜったい……」
(ちょ、ちょっとノア! ココ泣かさないでよ!?)
なんだかんだでココを泣かしたことはないノアであるし、いつものことと黙って見ていたシェーラだったが、フォローに入った方がいいのだろうかと内心慌てていると、ノアはそれまでのニヤニヤ笑いを引っ込め、真剣なのかむすっとしているのか照れているのか、よくわからない顔をして黙って俯くココを見つめた後、ふいと顔をそらすとぼそっと呟いた。
「……まあ、今からなら次回のチケットも余分に手に入るだろうし、どうしてもって言うならなんとかしてやらないこともないけど」
「ふぇ?」
「あー、だから、来年の夏休み! 予定空けとけ」
「えっ? わ! ほ、ほんと!? ありがとうノアっっ!!」
萎れていた花が元気を取り戻したかのように、ぱぁぁっと笑顔になったココは、両手でノアの手を取り何度もお礼を言って、その後早速夢と妄想の世界に一人旅立っていった。
「へぇぇ。ノアもやるわね。大胆〜」
「ふむ。良い戦法だな。見直したよノア」
「しかしいきなり実家に挨拶とは気が早いですね、恐れ入りました」
今回の白騎士演武祭にココを誘うことも出来なかったノアが、明らかに長期のお泊り、それもおそらくは自分の実家に誘うとは……!とシェーラ達三人は信じられないといった顔でノアをからかう。
が、やはりそのような大胆な作戦はノアの頭にはなかったらしい。
「は、はぁっ? 何言ってんだ、お前らも来んだよ! 来年だからな、忘れんなよ!!」
この一言で、早くも五人の来年の夏休みの予定が決まったのだった。
「まもなく、第三部、最終演武が始まります―――」
なんだかんだと大事なことが決まった濃い休憩時間が終わり、いよいよ最後の演武が始まろうとしていた。
「ほぅ、あれに的中させるというのか」
ミレーユが目を見開いたのは、剣から弓へと持ち替えた騎士たちがこれから為そうとしている超絶技巧だ。
休憩時間にステージ中央に設置されたポールの上に金色に輝くボール状の的が取り付けられ、それをステージの端に等間隔で立った十二人の騎士達が同時に射抜かんと構えている。ステージの端から中央のポールまでは30メートル以上、そこから斜め上を狙って全員が同時に的中させるのが極めて難しいだろうことは、会場の誰の目にも明らかだった。
「構えー、始めッッ!!」
場内に緊張した空気が漂う中、一段高く作られたポールの前に立ったカイ騎士団長が号令をかけると、十二人の騎士達が一斉に矢を放った。
「「「おおおー!!!」」」
ヒュン、と張り詰めた空気を切り裂く音がして放たれた矢は、何か仕掛がしてあったのだろう、赤、青、黄色、緑、紫等々それぞれ異なる色の煙で軌道を彩り、見事金色の的へと吸い込まれていった。
「ふわぁ〜すごいねぇ!あれ、中るものなんだ……」
「うん、見てるこっちはドキドキだったけど、あっさり全部命中したね」
止む気配のない拍手と歓声の中、驚きを通り越して呆れに近いような感情を抱きつつココとシェーラが顔を見合わせたところに、弓術にも多少心得があるというミレーユが興奮しながら付け加えた。
「この場であれに命中させてみせたということは、少なくともあれくらいはまず間違いなく外さないレベルだということだからね。実際はもっと厳しい条件でも充分的中圏内なのだろうよ。しかも今のは三年目の騎士だろう? 多少弓矢に補助術式を組み込んだって三年であれはあり得ないよ!」
「そうですね、それに、黒騎士なんかもそうだと思いますが普通他国の筆頭騎士団は剣と槍が主で弓はそれほど得意じゃありません。白騎士は国の特性上万能型が求められるとは聞いていましたけど、まさかこれほどなんでも器用にこなすとは……。皇国が小国ながら四大国に数えられるのは、月の大狐様の坐す国だからというだけではないということですね。まあ、それを示すためにああして他国の軍部関係者も招かれているんでしょうが」
ミレーユに続けて驚嘆の言葉を発したユーフィの視線の先には、他国の軍部関係者を集めた特別招待席らしきブースがあり、大喜びで拍手喝采する者、ヒソヒソと何か相談する者、思わず立ち上がって目を丸くする者等々、それぞれの国の皇国との関係を反映したリアクション
を垣間見ることができた。
「なるほどなぁ。確かに、黒薔薇祭でも弓は出てきた記憶がないしな。……お、次は剣みたいだぜ!試合でもするのか」
今だ場内がざわめいている中、今度はロングソードを携えた騎士が二人一組となって登場した。弓もすごいがやっぱり剣が好き、というノアはどんな小さな動きも見逃すまいと身を乗り出すようにして開始のアナウンスを待っている。
「続いては、二人一組の模擬試合です」
「構えー、始め!」
アナウンスの後再びカイ騎士団長が号令をかけると、ステージのあちこちで白銀の火花が散った。
踏み込み、斬りつけ、躱されたところからすぐにまた斬り込む。
剣を受け、流し、一歩引いて一気に攻める。
模擬、とはつくもののそこには命をやりとりしようとする気迫が見え、しかし不思議とどろどろとした生々しさは感じさせず、高貴と優雅とを兼ね備えていた。
「止め!」
五分ほどしてカイ騎士団長の声が響くと、騎士達はサッと姿勢を正して元の整列状態に戻り、次の指示を待つ。
「ロイド・セス・トロン、アリシア・フィー・リード、イアン・リア・ホープ、以上三名、前へ!」
騎士団長に呼ばれて前へ進み出た三名は、それぞれ一年目、二年目、三年目で最も優秀な騎士であり、ここで名前を呼ばれることは騎士当人にとって、また観に来ている家族にしても大変な名誉だ。
「これより、各年最優秀者と騎士団長による模擬試合を行います」
(へぇ、模擬試合かぁ。久しぶりにカイ団長の華麗な剣技が見られるのね。それにしても、二年目代表のアリシアさんって綺麗な人だな〜。しかも強いだなんて、きっと物凄い争奪戦が繰り広げられてるわねこれは)
アナウンスが入って間も無く始まったカイ騎士団長と各年最優秀者との模擬試合は、ロイドと呼ばれた一年目の騎士が三分、二年目のアリシアが六分半、三年目のイアンが七分で剣が手から離れ、終了した。
その中でシェーラを含め、来場者の注目を特に集めている女騎士アリシアは、輝く短い金髪に青い瞳が印象的なきりっと整った美貌のみでなく、俊敏さを活かした多彩な攻撃も見事で、声援の多寡だけで言えばカイ団長に匹敵するほどであった。
(たぶん、カイ団長はほとんどの時間をわざと防御に徹して、これ以上攻撃させても無駄と見切った時点で猛攻に転じて瞬時に勝負を決するというやり方をとっていた……ということは、二年目のアリシアさんと三年目のイアンさんとの試合時間の差は実力差で、それほど違いがないということよね。おそらく、若手騎士の中ではアリシアさんが一番の有望株。素敵だなぁ〜!おっとり系のセイラお姉様とはまた違ったタイプね。ああ、お父様に紹介してもらいたいっ!―――ん?うそ、私の方見てる!?きゃーっアリシアお姉様ー!!!)
「ねねね!シェーラ!今あの女騎士様こっち見てなかった!?」
「ココもそう思う!? 私、思いっきり手振っちゃった!」
「ふむ。確かにこっちを見ていたね。シェーラの声援が届いたのかな?」
「ああ、あんなにキャーキャー言うシェーラは見たことなかったし、聞こえたんじゃねーの」
「シェーラはなんだかんだいつも落ち着いてる印象でしたが、意外ですね。ああいう方がお好みですか」
「う、そ、そんなに騒いでたかな〜? 素敵だったからつい……。ていうかユーフィはなんでそんなに私の好みを気にするのよ!?」
「いえなんとなく。情報収集は基本ですからね」
知らず知らずのうちに黄色い声をあげていたシェーラに気付いたのか、それとも別の意図をもってかはわからないが、確かにシェーラに向かって笑顔を向けたアリシアにシェーラは思わず令嬢の慎みも忘れて大きく手を振り、アリシアもまた手を振り返した。
年の離れた兄クレイルと姉セイラに可愛がられて育った為か、どうもシェーラは年上のお兄様お姉様に対する憧れが強いらしい。前世の精神年齢貯金もあり、同年代の中でも落ち着いているシェーラの珍しい姿に、ココ・ミレーユ・ノア・ユーフィの四人はやや面食らいつつも、興奮冷めやらぬまま閉会の挨拶を聴き終え会場を後にした。
「いやぁー、凄かったな!あの騎士団長の殺気!!攻撃に転じた瞬間会場の空気が変わったもんな!あの速さ!技術!パワー!黒騎士の団長も凄いけど、白騎士も凄いな!」
シュッシュッ!と剣を振る真似をしながらノアが言うと、
「ふむ。私は来年のマラソン大会でパワーアップしたノアにまた勝たなきゃいけないからね。色々策を考えていたんだが、とても勉強になったよ。明日からの修行が楽しみだ」
とミレーユは何か良い事を思いついたらしく満足そうな顔でふむふむと頷いた。
「あら、ミレーユはそんなこと考えてたの? 来年のマラソン大会が楽しみね。私はしばらくあの素敵なお姉様のことで頭がいっぱいになりそう!」
「うんうん、素敵だったよね〜!私は今日の白騎士様と、来年観られる黒騎士様!! もう、今からどきどきだよ〜」
ココとシェーラは、会場を出たところの出店で買った食べ物とお土産のお菓子を手に夢の中。
そしてユーフィは―――――
「本当に、楽しかったですね。その分、僕は来月のテストが気になりますが」
「「「「!!!!」」」」
天使の微笑みで大きな爆弾を投下し、一人悠々と馬車乗り場へ向かって行った。




