白騎士演武祭(前)
白騎士演武祭、前編です。
「白騎士演武祭」。
ジンドラード皇国北東部の中心都市、ロンドで毎年開かれる大イベントだ。
国が誇る精鋭部隊、白騎士団の新入騎士たちのお披露目も兼ね、一年目から三年目までの騎士により、流れるように変わってゆく美しい陣形、洗練された型、超絶技巧の実演が行われる。
一日目は一般公開日で、演武というより演舞に近い形にアレンジされた、言わば「公演」が行われる。二日目は貴族や関係者向けに実戦を意識した演武が行われる限定公開日、最終日の三日目は街を練り歩くパレードの日だ。
他にも、三日間のうちには白騎士コスプレコンテストやビンゴ大会らしきもの、たくさん並ぶ屋台の人気ナンバーワン決定戦など様々なイベントが催され、ロンドの町はたいへんな賑わいを見せる。
今回、マラソン大会上位入賞者への褒美として贈られたのは二日目、限定公開日の演武観覧チケットだ。実戦に近い形の演武を観て、研鑽に役立てるようにということだろう。
「……どうしてこんなことになってしまったのでしょうね」
「うるせぇ。馬車から放り出すぞ」
ロンドの町の東の外れにあるサーラ魔法学園から、会場のある中心部までは馬車で一時間ちょっとの道のりだ。その道を、ノアとユーフィは向かい合わせに座り、特に景色を楽しむでもなくほぼ無言で過ごしていた。朝早く二人で馬車に乗り込むところを、何故かわざわざ見物に来ていた女子生徒たちからきゃーきゃー言われた為にあまり機嫌のよろしくないノアに、ユーフィはやれやれといった様子で話を振った。
「ミレーユさんたちは、10時半頃着くように出ると言っていましたね」
「……ああ。ミレーユはともかく、残りの二人は支度に時間かかりそうだしな」
「ええまあ、そうかもしれませんが、むしろ僕たちはどうしてこんなに早く出たんでしょうか。演武は12時からでしたよね?」
朝8時前に学園を出た二人は、間違いなく今回の入賞者たちの中で一番早く会場に着くだろう。
昨夜、筋肉痛だと言って一日引き篭もっていたユーフィの部屋をノアが訪ね、七時半に寮の玄関前集合とだけ言って去って行った際、ぐったりしていたユーフィは詳しい話を聞くのを忘れていたのだ。
「あー、そういえば言ってなかったな。昨日たまたまゴードン先生に会って聞いたんだが、演武祭の間は特別に早くから開ける店が多いんだ。武器とか防具とか、色々見たいと思ってな。皇都から特別出店する店も結構あるらしいし」
ここでようやく今日初めての笑顔を見せたノアは、ユーフィも興味あるだろ?と赤い瞳を輝かせた。
「なるほどそうでしたか。確かにそれは気になりますね。ヤハトにはジンドラードの物はあまり入って来ませんでしたし、僕もじっくり見たいです」
ユーフィの故国ヤハト王国は大陸の南西に位置しており、ノアの故郷である北西のガロリア王国と南東にあたるミレーユのサンドール王国とは国境を接しているが、大陸北東の小国ジンドラード皇国とは離れている。そのため、ガロリア、サンドールの二国に比べ人や物の行き来は盛んでなく、文化的にも距離があるのだ。
「だろ? 楽しみだよな」
「ええ」
珍しい武器や防具、魔法具に書籍を想像する二人の間に、再び沈黙が訪れる。しかしそれは先ほどまでのぎこちないものとは違い、寛いだものであった。
「ふわぁ〜ラリクの花がこんなに!きれいだねぇ」
「ほんとね!こんな素敵な並木道があったなんて」
「素晴らしい。サンドールでは見られない景色だ……!」
ノアとユーフィから遅れること一時間半。同じ馬車に乗り込んだ三人は、窓から見える薄紫のライラックに似た花房が美しいラリクの並木道を楽しんでいた。
ラリクの花は寒い地方でしか生育しない高木で、ロンドを象徴する花として地元では親しまれている。白騎士演武祭にやってくる観光客の多くは、このラリクの花をもう一つのお目当てとして楽しみにしているのだ。
「着いたらまず、ロンド名物ラリクケーキだな。あとは地鶏の網焼きに焼豚ロール、特産野菜のスープも食べたいな。それからーー」
「特別出店、花びら屋謹製サーラ印のサーラ餅!」
「それにムーンハットのふわふわチーズパンと石窯屋のオリジナル特大ピザもね!……って、そんなに食べられるかなぁ」
昨日ばったり会った治癒学教師ナタリアから美味しい出店屋台の情報を入手していた三人は、ノアとユーフィと待ち合わせて一緒にお昼ごはんを食べるまでの間、食べ歩きの旅に出るらしい。
「ふむ。この決戦に備えて朝はジュースだけで済ませてきたんだ。きっと大丈夫さ!ロンドライスだって入る!」
「うんうん。三人で分けて食べれば平気だよ〜。スイートポテトパイも外せないよね。たのしみっ!」
「そうね〜。じゃあ、先生の言ってたフルーツタワーパフェも食べちゃおっか」
「さんせーい!」
「……で、こうなったと。馬鹿か」
「うぅ〜。だって、美味しかったんだもん……」
四本のサーラの巨木の上に建てられた会場へ早めにやってきたノアとユーフィは、食べ過ぎて動けなくなっている三人を発見。ノアは呆れて溜息を吐き、ユーフィは苦笑いとなったのだった。
「制服のスカートが。苦しい脱ぎたい。誰か手伝って」
「ああ。全てを脱ぎ捨てて飛び立ちたい気分だ……」
長期休暇以外での外出は制服の着用が義務づけられているため、三人はその身体にフィットするかっちりとした作りの、特にグリーンを基調とした可愛らしいチェックのスカートに苦しめられているようだ。
「お二人とも、公共の場で危ない発言はやめてくださいね……。うーん、食べ過ぎに効く薬でもあればよかったのですが」
ユーフィは公爵家の令嬢にあるまじき発言をしたシェーラとどこかへ旅立とうとしているミレーユを窘めると、心配そうに眉を寄せた。
「……あ!持ってる!薬!こんな時のために!」
薬、というユーフィの言葉を聞いて思い出したらしい。突っ伏していたココはがばりと起き上がると、鞄の中から小瓶を取り出し、その内の三錠を飲み込んでまずは自分に治癒魔法をかける。
「わが力を持ってこれを癒せ、ヒール・サーナ・レビウム!……ふぅ。さ、シェーラとミレーユも飲んで!かなり楽になるから!」
「コ、ココ……!」
「ああ、私の天使よ!」
大げさに喜ぶ二人に、ココが魔法をかけてゆく。
「まったく。薬持ってくるくらいなら、最初から気をつけろよな……」
「ノア、僕たちにはわからない戦いが、きっとそこにはあるのですよ……」
喉元過ぎれば熱さ忘れる。帰りに何を食べるか相談しはじめた女衆三人を見て再び溜息をついた二人が周りに目をやると、コロッセオのような円形をした会場は八割ほどが人で埋まっており、十段ほど下に見える演武ステージでは司会らしき女性が拡声魔法具の高さを調整していた。
「ご来場の皆様。お待たせいたしました。まもなく、白騎士演武が始まりますーーーー」
アナウンスが入ると、会場には拍手が響いた。一日目の一般公開では会場一杯ギュウギュウに詰めかけた観客から口笛や声援が飛び交い非常に賑やかなのだが、限定公開の今日は会場にも余裕があり、漂う雰囲気もどことなく上品である。
少しして、司会の女性の紹介で若き騎士団長、カイ・グレーテス・ラブレーが現れ、開会宣言を行った。
カイはシェーラが黒髪となった衝撃の魔力測定の際にも現場に居た人物で、魔術師団長レイザ、治癒師団長のエレノアとは同期。魔力測定当時は二十二歳、俗に史上最年少トリオと謳われる三人の一人であり、今年で二十八歳になるはずであった。
(久しぶりだなー、カイ団長。ますます男っぷりを上げちゃって。そういえば、エレノア団長とはどうなったんだろう。結婚したって話は聞かないけど、プロポーズしないのかなー……まさかまだ付き合ってないなんてことないよね!?……あ、こっち見た!?)
ジンドラード最強の戦士と名高い史上最年少騎士団長の登場に会場は沸いたが、シェーラは拍手をしつつも周囲とは違う目で騎士団長を見つめていた。
「シェーラ、騎士団長とはお知り合いですか?」
さっさとプロポーズしろ!とシェーラが念を送っていると、隣りのユーフィが小声で話しかけてきた。
「えっ!?」
シェーラは思わず素っ頓狂な声をあげかけ、ユーフィはクスクスと笑って続けた。
「いや、なんだか妙に迫力のある目で見ていたので、もしかしたらお知り合いなのかと思いまして」
「あー、ううん、団長さんかっこいいから、ついついじっと見ちゃってただけ」
両親が転勤で皇都を離れるのをきっかけに静養も兼ねて七歳からオランジ村に越し、以来中央に出ることなく過ごしている……という設定のシェーラが、白騎士団を含む全ての騎士団を束ねる皇国の要である騎士団長と知り合いというのはあまりにも不自然だ。シェーラは騎士団長さんかっこいいな〜と笑って言って、誤魔化すことにした。
「そうですか。シェーラはああいった方が好みなんですか?」
しかし、別方向から撃ち込まれた砲撃にシェーラは今度こそ困惑した。
「えっ好み? いや、別に、好きなタイプってわけでは……」
「では、どんなタイプが好きですか?」
「う、うーんまあどちらかというと、体育会系よりは文化系、かな……?」
(えっなっ何!?なんで合コンみたいな流れになってるのー!)
珍しく赤面しておどおどとするシェーラを見て、ユーフィは楽しそうに笑った。
「文化系。そうですか、わかりました。あ、そろそろ最初のが始まるみたいですね」
(『わかりました』って……一体なんなのよー!!!」
何事もなかったかのように平然と会話を終わらせたユーフィは涼しい顔でまたステージの方を向いたが、シェーラは大混乱。
もしやからかわれたのではと思い至った時には、すでに最初の新入騎士による集団演武が始まろうとしていた。




