講義
説明回?
今日は二月十五日、シェーラの7歳の誕生日まで、あと一ヶ月。今は「基礎国学」といって、社会に理科をちょっと足したような、この世界とジンドラード皇国の常識を習う講義の時間だ。
「一ヶ月は三十一日、一年は十二ヶ月、一年は三百七十二日ですね。では、満月の日はご存知ですか」
家庭教師のメリンダ先生が、優しい茶色の瞳で問いかける。
「はい、毎月十五日に満月となります」
「その通りです。満月は、三月十五日に最も大きく、九月十五日に最も小さくなります。一番小さい満月の大きさを一とすると、一番大きい満月はその七倍となります。最大になる三月十五日は、月の力の恩恵が最も大きい日であり、わが国ではそれに感謝する月明祭が行われていますね。では、月の力とは何でしょうか?」
「はい、月の力とは、世界の全てを支える力です」
「はい、その通りでございます。もう少し具体的に言いますと、月の力は、太陽をはじめとする星々を動かし、命あるものにも、命ないものにも魔力を吹き込む力です。そしてそれは、この世界を創造された、月の大狐様のお力です」
前の世界では、主神が太陽神ってパターンが結構あったのに、どうして唯一神が「月の大狐様」と呼ばれる月の神様なのだろうと思っていたが、答えは簡単だった。こちらの世界では、太陽より月の影響の方が遥かに大きいのだ。太陽も一応存在はしているけれど、こちらの世界では月の衛星の一つに過ぎず、そのエネルギーも月の力によるものとされている。要は、前の世界の月や太陽とは似ているようで全く違う、別物。ちなみに月のクレーターの形も、餅つきをするうさぎではなく、優雅に跳躍する狐である。
「シェーラ様がお生まれになったのは、三月十五日、つまり月明祭の夜でございますね。この日に生まれた子どもは、世界を守護する月の大狐様に祝福された縁起の良い子といわれ、強い魔力を持つ場合が多いのです。元々皇家に連なるお方は魔力が強い傾向にありますし、月明祭にお生まれになったシェーラ様には、大きな魔力が宿っている可能性があります。来月が楽しみですね」
魔力。そう、魔力。あったらいいなとシェーラが願った通り、この世界には魔法が存在していた。
基礎魔法学の講義で習った知識によると、この世界の魔法は、火・土・水・風のいわゆる四大属性を用いた基本魔法と、魔獣召喚を行う召喚魔法、怪我や病気を治す治癒魔法の三つに分けられる。
基本魔法にはそれぞれ適性があり、普通は四つのうち一つの適性を持つ。二つ以上の属性に適性を持つ人は千人に一人と言われ、さらに魔力量が多いと国家魔術師団に入るチャンスを得られる。
召喚魔法は、自分の魔力にあった魔獣を召喚して使役することができる。その場かぎりの召喚では、召喚していられるのは長くても一日、召喚する魔獣は召喚者の特性が反映されるところがあるものの、ある程度ランダムになるらしい。契約を結んだ場合は、時間制限はなくなりその魔獣だけが召喚されるようになる。ただし、召喚した魔獣と契約を結べるのは生涯に一度、それも19歳までだから、慎重にしなくてはならない。
治癒魔法は、全ての人が使えるわけではなく、適性を持つのは百人に一人。その為、一般家庭ではかすり傷や軽い風邪程度なら治癒の効能のある薬草でなんとかするのが普通だ。それ以上の怪我や病気になると、治癒魔法を使える治癒師に頼むことになる。まあ、お医者さんみたいなものだ。基本魔法の場合と同じで、魔力量の多い治癒師の中には、国家治癒師団に入る者もいる。
「ちなみに、基礎魔法学でも既に習われたかもしれませんが、魔力量は普通の人ですと、一般的に使われている魔法具を普段の生活で扱える程度、ということになっています。シェーラ様はきっとそれ以上の魔力をお持ちでしょうから、クレイル様やセイラ様のように皇立魔法学校へ通われることになるでしょうね」
「ええ。お兄様とお姉様の後輩になれたら嬉しいわ」
ここでいう魔法具を扱える程度、というのは、例えば料理の為に火をおこす魔法具を使ったりとか、そういうことだ。呪文を唱えて火の玉を出す、氷の矢を放つ、という魔法らしいことは、それ以上の魔力を必要とするので、普通の人には使えないらしい。
魔法らしいことができる程の魔力を持つ人は、大体百人に一人。これは両親から受け継がれる部分が大きいので、結果的に王族や貴族、騎士や魔術師、治癒師、一部の職人などの家系がほとんどとなる。基礎魔法学は全国民必修だが、初級以上は、魔力を一定以上持つ子ども達が魔法学校へ通って習うのだ。クレイルに続きセイラがこの春から通うことになっているジンドラード皇立魔法学校は、魔法学校の中でも最も格式が高く、皇家の人間や各国の王族、貴族が通っている。
その後はジンドラード皇国の年中行事についての講義が続き、最後にメリンダ先生が何か質問はないかと訊いた。
「では先生、来月の魔力測定について教えてください。月明祭の日、三月十五日には、今年7歳になる全ての子の、魔力測定が行われるのですよね」
「そうですね、魔力測定は七歳の月明祭の日に初めて行われ、その後は魔法学校ですと、身体測定の際一緒に行われる場合が多いようです。測定には、一般には月の大社に湧き出ている聖なる水を少し混ぜて作られた特殊な測定用紙が使われます。ただし、ジンドラード皇家の場合、つまりシェーラ様の場合ですが、月の大社から湧く聖なる水を大きな桶に入れて、そこに体を浸します。慣習として、初めての魔力測定の場合は全身を、それ以降は両手を浸すことになっていますね」
「全身、ですか。寒そうですね……」
「そうですねぇ、禊ぎの意味もありますから白の潔斎着は着ますが、寒いのは間違いないでしょうね。でも終わったら魔術師団長が温風で乾かしてくださるはずですから、それまでの辛抱です」
「魔術師団長もその場にいるのですか」
「はい。初めての魔力測定は、皇家の方々の他、国家魔術師団長、国家治癒師団長、騎士団長、各大臣の前で行われます。皇家の一員としてのお披露目という場でもありますから」
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
「いえ。シェーラ様は本当に理解が早くて助かります。来月やっと7歳になられるというのを忘れてしまいそうですよ。では、本日の講義はこれまでとします」
「はい先生。ありがとうございました」
すっかり板についた優雅なお辞儀でメリンダ先生に挨拶したシェーラだったが、頭の中は来月の今日行われる初めての魔術測定のことで一杯だった。
(そんな大勢の前で、ただの白い潔斎着一枚を着て水に入るなんて!確かに身体は7歳だけど、ちょっと恥ずかしいなぁ)
先生が部屋を出て行ったあと、シェーラは小さくため息をついた。