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漆黒の姫と月の約束  作者: 月子
中等部編
29/33

マラソン大会5

長く間が空いてしまいました……。二話分のボリュームになりましたが、久しぶりなのでとりあえずまとめて投稿します。マラソン大会最終話です。

 

「炎よ顕現せよ、イグニス!!」


「キャンキャン!!」


「風よ顕現せよ、ウェントス!」



 マラソン大会最後の難関、鳥型の魔物による上空からの攻撃に耐えながら、トップを争う二人ーーーノアとミレーユは真っ直ぐ伸びた林道を走り抜けようとしていた。

 走りにくい凸凹の道、所々に横たえられた丸太や岩も、この二人にとってはなんの障害にもならない。

 食べ物を奪おうとするカラスのように急襲する魔物に対して、ノアは初級の火属性魔法を連射し、この大会で召喚した黒い犬型魔獣とともに応戦している。ミレーユは、初級より威力のある低級魔法を広範囲に放つ作戦をとっているようだ。体力も魔力量もほぼ五分五分の二人は、僅かに抜いたり抜かれたりしながら、ほぼ並走して森の外へと急いでいた。



(くっっそ! 体育の走り込みでは俺がぶっちぎりだったのに! 速ええじゃねーかよ!ミレーユのやつ、手を抜いていやがったな!)



(ふふふ、ノアめ、私が思っていたより速くて動揺しているな! 体育の時は重りをつけて走っていたのさ! 勝負は身体能力だけではないのだよ!)



 実際のところ、純粋な走るスピードとしてはノアの方がいくらか速いのだが、いざ体力勝負となれば簡単に引き離せるだろうという予測が裏切られたノアの動揺が、その少しのリーチをなくしていた。また、騎士らしく身体を鍛えることに重きを置いていたため、魔法操作の精度もそれほど高くない。一方ミレーユは、作戦通りにノアが狼狽えてくれた分冷静であり、またバランス良く鍛えていたため魔力操作の精度も高く、効率的に鳥型魔物を撃退していた。



(しかし、最後のグラウンドまでに引き離さないと抜かれてしまうだろうな……。ふむ、ここが勝負どころか)



「ラミアンヌ!!」


「っうお!?」



 整備されたグラウンドを走る最後の100m走に突入してしまえばノアに抜かれるだろうと予測したミレーユは、若干自分に有利と踏んでいる今のうちに勝負をかけることにした。

 水から上がった段階で一時帰宅していてもらったラミアンヌを、突然召喚したのだ。そしてそれに驚いたノアの一瞬の隙を逃さず、一気に前へ出た。さらに鳥型魔物の攻撃を受ける前に再びラミアンヌを一時帰宅。



(な、なんだったんだ今の……っとマズい、やられた!!!)



 ノアがあっけにとられているうちに、ミレーユは見事3mほど前に出ることに成功していた。と同時に林道を抜け、二人はグラウンドに出る。


 先頭走者二人の登場に、グラウンドで待機していた教師陣と、リタイア組の生徒、見物しに来ていた上級生から歓声があがった。ゴールには、家庭科担当の教師ソラノと、体育担当のゴードンが白いテープを持って待ち構えている。



「っぅぉおおお!!」


(っっ! 流石に速いな、ノア!!)



 ここから先は、純粋な100m走だ。自分の力を一番発揮できるフィールドに来て、ノアはいよいよ全速力、ラストスパートをかけた。ミレーユの読み通り、残り70m、60m、50m……とゴールに近づくごとに3mあったその差は縮まってゆく。


 そして、30m、20m、10m……二人は同時にゴールテープを切った。



「えー、一位走者、うーむ、これはどちらか……学園長!」


「うむ、そうじゃの〜、これは、ソラノ先生のイアホークの眼に教えてもらうしかなさそうじゃ」



 見た目には同時にゴールしたように見えた二人の順位を判定しかねたゴードンがハイス学園長に指示を仰いだが、学園長にも難しかったらしい。優勝の栄誉の行方は、ゴールライン上空を旋回していたソラノの鷹に似た契約獣、イアホークの眼に委ねられることになった。



「イアホーク!」


 ソラノに呼ばれたイアホークは、ソラノの肩に降り立つと用意された黒い模造紙にその鋭い眼を向けた。

 すると、イアホークの眼が、映写機の如く模造紙にゴール直前からゴール後までをパラパラ漫画のように映し出した。


「今じゃ、今のところをもう一度映すのじゃ!!」


 ハイスの指示で少し巻き戻し、ちょうどゴールした瞬間の映像を映す。そしてそれをアップにしてゆくとーーー



「うむ、これは……アレじゃの!」


「そう、ですね……」



 そこには、シェーラやココにはなくミレーユにはある二つの豊かなアレが、ノアよりもほんの僅かに早く、テープに触れているのが大きく映し出されていた。

 先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら。当のミレーユ以外にはなんともいえない空気が漂っていた。ノアは微妙に目を逸らしている。全力疾走したおかげで元々顔が赤いのが救いだろう。



「うぉほん、一位、ミレーユ・フェン・トルテ!! !二位ノア・シュヴァイン・ラインバルト!! 二人とも、素晴らしい成績じゃ!」



 微妙な空気を打ち破るように、ハイスがミレーユの優勝を宣言した。二人の白熱した戦いの素晴らしさに大きな歓声が沸き起こり、それに応えてミレーユが手を振る。



「ほら、ノアも」


「え? あ、ああ」



 ミレーユに促されてノアも控え目に手を振ると、歓声が一段と大きくなった。その声にやりきったという晴れやかな気持ちが広がり、先ほどの気まずさも消えた二人は互いの健闘を称え合った。



「俺、走り込みだけじゃなくて、魔法の訓練ももっとやることにするよ。来年は負けないからな」


「ふむ。私も小細工ばかりじゃ来年ノアに勝てそうにないからね。精進するとしよう」



 小細工、とミレーユが言ったのはラミアンヌを突然召喚したことだろう。今回ミレーユが競り勝ったのは、あの技のおかげでもある。



「……小細工なんてことはない。俺の肝が据わってなかったってだけだ。あの池だって俺一人じゃいつまでかかったかわからないしな。それに比べてミレーユはなんかこう、実戦慣れしてるって感じがしたんだが気のせいか?」



 目くらましのような召喚の使い方といい、池を渡る時の機転といい、自分にはない経験と余裕をミレーユに感じたノアは、敬意を込めつつ、素直に訊ねることにした。



「ああ。私の家は商家だからね。地方へ行商に行く際には山道も通るし、魔物は当然、運が悪ければ魔獣も出る。考古学者になるための修行と言って、時々連れていってもらってたのさ」


「なるほどな。俺も少し外に出た方がいいのか……」



 むむむ、と考えこんだノアに、ミレーユはそれはどうかな、と意見を述べた。



「そんなに急がなくてもいいのではないかな。私の場合は他にたくさん腕利きがいたからついて行ったのだし、基礎をじっくりやれるのは今のうちだよ。それにこうして、マラソン大会と言う名の実戦訓練も行われるわけだしね」



 実際、大きな商家のお嬢様でありまだ魔法も使えないミレーユが行商に連れて行けと最初にごねだした時は大変だったのだ。結局、体術を修めるまでは荷物の中に入れられてその中から外を見ていたのだが、考えてみれば申し訳ないことをしたものだとミレーユは懐かしく思い出した。もっとも、今度行商について行く時には魔法も使えるしもう少し役に立てるかな、などと考えている時点で反省はしても改める気はなさそうだが。



「それもそうだな。なにはともあれ、優勝おめでとう。来年もまた競えるのを楽しみしてる」


「はは、ありがとう。私も楽しみだ」


 二人はキラリと光る汗を額に浮かべ、握手を交わした。








「さ、お嬢様。お手をどうぞ」



 ミレーユとノアがさっそく獲得した上級生ファン(言うまでもなく全員女性である)に囲まれている頃。

 池を渡るため、二人は楽に並んで立てる幅の道を土属性の上級魔法で簡単に出現させたユーフィは、先頭に立ち、シェーラとココをエスコートしていた。



「わぁい!ありがと!」


「ありがとう」


(登りやすい段差の階段付きとは……。ほんと恐れ入るわね)




 等しい高さの段差を持つ階段を作るその技量に内心舌を巻きつつ、シェーラは先に上にあがったココに続いてユーフィの手をとる。



(あ、冷たい……)



 氷を思わせる髪と瞳と同じく冷たい手に何か言い知れない不安が胸に広がりかけたが、高さのある道の上に立つとそれもすぐに吹き飛んだ。



「わぁ。綺麗!」


「いい眺めだねぇ。ヤッホー!」



 キラキラと光る池に、目の前に広がる森。向こうにはゴールのあるグラウンドが見える。周りに山はないのでもちろんこだまは返ってこないのだが、ココも楽しそうだ。



「喜んでいただけてよかったです。これで少しは罪滅ぼしになったでしょうか」


「うん!ゆるしてつかわす〜」


「そうね。こんなに快適に池を渡れるとは思わなかったわ」



 こうして、談笑しながら三人は何事もなく池を渡り終えた。便乗して後からついてこようとした不届き者もいたようだが、三人が向こう岸に降り立ってすぐにユーフィが魔法を解除したため、そうした生徒たちは悲惨な目にあったようだ。



「最後は鳥型の魔物、みたいね」


「そうですね、ここから見えるだけでも三十はいそうです」


「双葉ちゃんズ、大丈夫かなぁ……」



 ユーフィの召喚したスノーレオンはともかく、ココが今回召喚した七体の植物型魔獣と鳥型の魔物との相性はあまり良いとは思えなかった。七体という群れであることも都合が悪い。これから先は、慎重に進む必要がありそうだ。



「では、このまま僕が先に歩きますね。風属性の魔法で魔物を威嚇するので、お二人は援護をお願いします。なるべく固まって行きましょう」



「風よ顕現せよ、エアロレイド」



 ノアとミレーユの場合と違い、この三人には走って撒きながら攻撃するという考えはない。どんどん集まってくる魔物に出し惜しみせず風の上級魔法を放つユーフィに、シェーラとココも加勢する。双葉ちゃんズも頭の双葉を扇風機の羽のように回して必死に威嚇しているようだ。


 そうして林道もあと少しというところまで進んだ一行だったが、戦いながら行くうちに、徐々に先頭のユーフィと続くシェーラ、ココの間の距離が開いていっていた。

 そしてココのななめ後ろ、最後尾を固まって移動していた双葉ちゃんズのうちの一体が、道の窪みにはまって転倒した。



「双葉ちゃんっっ!!」



 前方の魔物に気をとられていたユーフィとシェーラは気づくのが遅れたが、ココの悲鳴に振り返り、ユーフィはすかさず、転んだ一体を狙って急降下してきた魔物に向かって魔法を放つ。



「風よ顕現せよ。エアロレイド!」



 背の低い双葉ちゃんの頭上を狙った上級魔法は、しかし思わぬ形で危険をもたらすことになった。



「いけない!!」


「ココ!!!!」



 ユーフィが詠唱を始めていたにもかかわらず、召喚獣の危機にパニックに陥ったココが、狙われた双葉ちゃんを助けようと今まさに魔法が放たれた先へ飛び込んだのだ。

 その結果、双葉ちゃんを抱きしめたココに向かって、魔物とユーフィの魔法の両方が向かうことになった。



「きゃぁぁあっっ!!」






 ココの悲鳴を耳にした後のことは、まるでスローモーションのようにシェーラには感じた。






御雷神(ミカヅチ)!>






 叫ぶように、あるいは祈るように口から出たのは新たに編み出した雷のオリジナル日本語詠唱、それも短縮詠唱だったが、焦る心の一方でどこか冷静なシェーラの頭の奥底には、なぜだか不思議な確信があった。


 ユーフィの上級魔法を、横からぶつけたシェーラの雷魔法はバリバリと轟音を立て、まるで食い破るように消滅させてゆく。そしてそのままの勢いで道の脇の木を一本消し炭に変えた。


 本能で危険を察知したのか、魔物たちは遠く上空に避難して姿を消し、後には双葉ちゃんを護るようにうずくまったままのココと、駆け寄るシェーラとスノーレオン、驚きに目を見開くユーフィが残された。



「ココ!ココ!大丈夫!!??」


「シェーラ……ううっひぐっ怖かったよぉぉ」



 泣きじゃくるココが落ち着くまでのしばらくの間、シェーラはぎゅっと抱きしめていた。






「ココさん、危険な目に遭わせてしまって、申し訳ありません。本当に、なんとお詫びすればいいのか……」



 ようやくココが落ち着きを取り戻したところで、ユーフィがココに頭を下げた。



「ううん、ユーフィのせいじゃないよ。助けてくれようとしてたのに、私が変に動いたから台無しにして……。むしろ、こっちの方がごめんだよ。助けてくれようとして、ありがとう」


「いえ……。そもそも、固まって動くはずが魔物に気をとられてバラバラになってしまったのですから、やはり僕のミスです。すみませんでした」



 それでも謝るユーフィに、今度はシェーラが声をかけた。



「それを言うなら、ユーフィだけじゃないわ。確かにここまでユーフィに頼りきりで来ちゃったけど、私たちだってチームの一員なんだから」


「チーム、そうですね。……ありがとうございます」



 シェーラの言葉に、ユーフィもようやく笑みを浮かべる。



「とにかく、ココが無事でよかったわ!」


「ええ本当に、よかったです」


「二人とも、ありがとう。シェーラ、助けてくれて……ううっ」


「もう、また泣かないの。言ったでしょう? 開会式の時、私がちゃんとココを守ってあげるからって」


「うん……シェーラ、大好き!!」


「ふふ、私もよ、ココ!」



 二人が抱き合っている横で、シェーラが消し炭にした大木に目をやったユーフィが口を開いた。



「ところで、シェーラのあの魔法は……? 何か聞きなれない言葉を叫んだように思いましたが」



(き、きたー!!どうしよう!?)



 ユーフィの不意打ちに一瞬固まりかけたシェーラだが、そこは皇姫として培ってきたポーカーフェイスを素早く装備。



「うーん、自分でも必死だったからよくわからないのよね〜。何か叫んだような気もするけど、きっと言葉になってなかったんじゃないかな。前みたいに魔力が暴走しちゃったのかも。本当に運がよかったわ」


「……そうですか、それはよかったですね。では、気を取り直して行きましょうか」



 努めて冷静に、できる限りの笑顔でシェーラが返すと、ユーフィは瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめてから、ふっと天使の笑みをこぼしてあっさり引いた。



(一応納得してくれたの……かな? ユーフィは妙に鋭いからな〜)



 毒舌天使の笑顔に若干の恐怖を覚えつつ、シェーラは出口まであと少しに迫った林道を歩き出した。


 その後は順調にーーーお喋りしながらのんびりトラックを歩いていたら、ゴードンから少しは走れ!と喝を入れられたりはしたものの、中の上という、三人には思ってもみなかった好順位で無事ゴールした。



「シェーラ、ココ、お疲れさま」


「ミレーユ! 優勝おめでとう!!」


「おめでとー! !私、ミレーユなら絶対一位だと思ってたよ!あ、ノアもお疲れさま。おめでとう」



 早速はしゃぐ三人。離れていた時間は少しだがなんだか随分久しぶりのような気がするのは、それだけこのマラソン大会の内容が濃かったということだろう。

 他方、ココからの悪意ない一言に撃沈したノアは、ミレーユに惜しくも敗れた時よりも悔しそうであった。



「……ノア。おめでとうございます」


「なんだよ嫌味かぁあー!!」


「まあまあ。プロポーズの機会を逃したのは残念でしたが、来年もありますし。それに、二位だってすごいですよ」


「プ、プロポーズって……!地味にこの前より話進んでるじゃねーかよおい!誰がだ!誰にだ!ああもう来年は絶対に優勝してやるからなぁぁああー!」


「あはは、その意気です。頑張ってくださいね」



 心が荒んでいるせいもあるのだろうが、どうもユーフィに対してはクールになれないノアであった。


 こうしてノアのデート大作戦(?)は失敗に終わったかのように思われたが、今年の上位入賞のご褒美が明日からの三連休にこの地方の中心都市、ロンドで行われる「白騎士演武祭」への往復馬車つきチケット二枚だったこと、シェーラは元々招かれており自分用のチケットを一枚持っていたこと、この二つの幸運が重なり、作戦は再び息を吹き返した。当人たち以外でのアイコンタクトも済み、あとは勇気をもって誘うだけである。






「あー、お、俺と……一緒に行かないかーーーユーフィ!!」


「「「「きゃぁーーーっっっ!!」」」」






 もっとも、ノアにそんなことが出来るはずもなく、勢いでユーフィを誘った結果、その方面を期待する女子生徒たちを大興奮させることになってしまったのは言うまでもない。

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