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漆黒の姫と月の約束  作者: 月子
中等部編
28/33

マラソン大会4

遅くなりました。分割した後半です。

「わぁ! ここ眺めいいねー!」


「うん、ここで休憩にしようか」


「いいですね。天気もいいですし、お弁当日和です」



シェーラ・ココ・ユーフィの三人は、最初の魔物の群れを倒し、坂を下ってしばらくした歩いたところで、それまで道にせり出すように迫ってきていた両側の木々がなくなり少し開けた場所に出た。

腰掛けるのにぴったりな切り株が三つ、ちょうどいい具合に道の脇にある上、この先またしばらく続く下り坂の先には大きな池らしきものも眺められて景色もいい。ここで休憩しようと決めた三人は、弁当(ゆっくりゴールを目指す生徒は大体持ってきている)を広げ、完全にピクニック状態だ。



「ユーフィのはお弁当っていうより出張レストランみたいね~。あ、これも美味しい……!」



少し多めに作ってきたというユーフィの美しい弁当をすこし分けてもらったシェーラとココは、テリーヌやらマリネやらの前菜にまずは舌鼓をうち、続いてローストビーフの芸術的な味付けにうっとりとした。ココの双葉頭の魔獣とユーフィの雪豹に似た魔獣、スノーレオンもおこぼれにあずかり、喜んで食べている。



「ココさんの唐揚げも美味しいですね。それにこのアラケーを使った料理も素晴らしいです。もう一ついただいてもいいですか?」


「うん!そのアラケーのはシェーラのリクエストだよ。 私もユーフィのもう一つもらう~」



ココとシェーラの弁当は、ココが二人分をはりきって作った力作だ。鶏の唐揚げに卵焼き、それにシェーラがレシピを教えてリクエストしたおいなりさん等々、どこか懐かしいメニューが並ぶ。


そうして三人が和気あいあいとお弁当のおかず交換をしていると、さっきから少し離れたところでこちらをチラチラ見てきていたユーフィファンの女子生徒三人が近づいてきた。



(わぁ、見事な金髪縦ロール!少しつり目なのがまたいかにもって感じ。両脇に控えてる二人は太鼓持ちかな。みるからにお嬢様だけど、もしかして貴族? これで気が強くて高飛車だったら完全にテンプレね)



鬼の様な形相をした金髪縦ロールと取り巻きらしき女子生徒二人をシェーラがのんきに観察しているうち、その三人組がシェーラとココの目の前にやってきた。



「そこの二人! !ユーフィ様のお弁当を奪うだなんて、なんと卑しい真似を……! ユーフィ様にはわたくしが昼食を用意してありますのよ! 」



案の定、真ん中の気の強そうな金髪ツインテールの少女が、高飛車に言い放つ。



「えっと~だれ?」


「さ、さぁ……」


突然斜め上の発言をかましてきた知らない女子生徒に、ココの頭の上にはハテナマークが並び、シェーラはあまりのテンプレっぷりに噴き出しそうになるのを堪えるのに必死である。



「まぁ!! エリス様を知らないなんて! 」


「これだから平民は!!」



金髪縦ロールの名前はエリスと言うらしい。両脇の栗色髪の女子生徒二人は信じられないという目でシェーラとココを見ると非難の言葉を次々にぶつけてきた。



「いいのよ、ダリア、マリア。 無知な二人の平民に教えてさしあげます。わたくしは五組のエリス・ロードラント・コラスタイン。父がサヴォア伯だと言えばわかるかしら?」


自分を知らないというだけで完全に二人を平民認定したエリスがふふんと鼻を鳴らして自慢げに言ったが、



「……だれ?」


ココにはそれでも分からなかったらしい。



「ほら、サヴォア伯と言えば今年からこの辺り一帯の領主になった伯爵様よ。そこの末のご令嬢だわ」


「あ~、うーん。そういえばそんな名前だったような……」



ジンドラード皇国の貴族は、特定の領地を持たず数年ごとに各地の領主や皇都の役人などをして回ることになっている。そして今年からロンドの街を中心としたこの地方を治めることになったのが、エリスの父、サヴォア伯爵だ。

ほとんどの生徒が寮から通うのにエリスの姿を見なかったのは、ロンドの街と学園との中間地点にある館から通っているからだろう。

立場上今でも国内人事についてはなるべく詳しく把握するよう努めているシェーラだが、てっきり皇立魔法学校に通っているものと思い込んでいたサヴォワ伯爵の末姫がこの学園にいたのは驚きであった。



「その通りよ。わかったら早くそこを去りなさい!!」


ココのパッとしないリアクションにイライラしつつも、シェーラの解説にいくらか満足したらしいエリスが堂々と命じる。

もしこのエリスがもう少し思慮深ければ、「末のご令嬢」という普通の平民ならば知らないであろう情報をシェーラが口にしたことに注意しただろうが、彼女がそれに気づくことはない。



「じゃあ行こっか。もう少しあっちで食べよ~」


「そうね」


理不尽極まりない要求ではあるが、ココもシェーラもわざわざ伯爵令嬢と揉め事を起こす気はない、というよりも面倒だったので、さっさと場所を変えることにした。


ただ、エリスたちにとって予想外だったのは


「仕方がないです。移動しましょう」


とユーフィまでもがいそいそと弁当箱をしまい始めたことである。



「えっ! お、お待ちになって!! ユーフィ様はわたくしと一緒に……」



大慌てのエリスが笑顔を作ってユーフィの袖を捉えようと手を伸ばす。が、それはさりげなくも華麗にかわされ、代わりに



「なぜです?」



と氷のような冷ややかな声が返ってきた。



「なぜって、そんな卑しい者たちと一緒にいるべきではありませんわ!」



ユーフィがヤハト王国の貴族であることを知っているエリスは当然だという態度を崩さない。なぜ平民と一緒にいるのか、心底分からないらしい。そんなエリスを見てユーフィはた小さくため息を吐き、


「クラスの友人に身分は関係がないし、そもそも僕は卑しいと思いません。悪いけど、あっちに行ってもらえないかな」


と薄氷の如き笑みを貼り付けたまま、有無を言わせぬ調子で突き放した。さすがにショックを受けた様子のエリスだったが、すぐにキッとした表情に戻ると再び矛先をシェーラとココに向け、甲高い声で叫んだ。



「そこの二人! 卑しい者がまとわりつくからユーフィ様がお慈悲でこんなことを仰るのよ! 早くユーフィ様から離れなさい!!」


「そうよ! 卑しい者のくせに生意気だわ!」


「卑しい者が近づいていい方じゃないのよ! 分をわきまえなさい!」



エリスに加えて取り巻きのダリアとマリアもまくし立てる。ほとんどが貴族で占められる皇立魔法学校ならばいざ知らず、「学ぶものは皆平等」を掲げるこの学園でここまで言われるいわれはない。スルーを決め込んでいたシェーラとココも「卑しい者」と連呼され、さすがに不愉快を隠しきれなくなってきた。



「卑しい者って……私達にはちゃんとした名前があるのに……」


「ふん、いいでしょう。卑しい者達、名前を名乗ることを許すわ」



ボソッと呟いたココの言葉が自らの首を絞めることになるとも知らないエリスは、平民を卑しい者と見下す余裕からか、二人に名乗りの許可を与えた。



「ココ・ミル・レント」


「……シェーラ・ライラ・ザードよ」



出来ることなら名乗らずに済ませたかったが偽名の偽名を名乗るわけにもいかない。多少面倒なことにはなっても、まともな貴族ならばこれで気がついて手を引くだろうと思いながら、ココに続いてシェーラが名乗る。

ところが、さっと顔色の変わったダリアとマリアに対して、エリスは全く気付きもしない。


「ではココ、シェーラ。二人ともさっさとユーフィ様から離れーー」


「エリス様!!」


「い、いけません!」


「なによ、どうしたの!」



血相を変えて止めに入った二人に、エリスは機嫌悪そうに尋ねた。

ダリアもマリアもさっきまでの威勢の良さは微塵もなく震えていたが、ダリアはゴクリと唾を呑み込むと、やっとの思いでエリスに告げた。



「……シェーラ・ライラ・ザード。ライラはーーファ、ファンドール公爵家の名乗り名ですわ!」


「ファ、ファンドールですって!?」



現皇妃の実家でもあり、ジンドラード皇国を支える三公の筆頭に数えられるファンドール公爵家。さすがにその名前は頭にあったエリスは、信じられないという顔でシェーラを見る。



「……本当よ。ファンドール公爵の甥が私の父。七歳の時に静養で北の森のオランジ村に越してきて、調子がいいからそのまま暮らすことになったの」



身を隠すのに用意したものの今まで使うことのなかった設定を初めて披露したシェーラは、緊張しながらもなんとか落ち着いて答えた。



「う、嘘よ! こんな卑しいところに公爵家の令嬢なんているわけがーー」



エリスはまだ信じられないのか、それとも信じたくないのか、動揺を見せつつも言い募る。

それも、この状況でまだ「卑しい」と言いながらココの方へ視線をやるその言動、反省の色はない。



(ああ、これはダメだわ……)



自分の煽り耐性の低さを先に反省してから、シェーラはすぅっと息を吸い込むと、わざとらしく笑みを作り、エリスの瞳をじっと見据えて言った。


「……マウロス・ロードラント・ファリーザ伯爵は末のお嬢様を随分と可愛がっていらっしゃると聞いていたけれど、こんな方だったのね。三人の兄君は全員皇立でしょう? 伯爵家のご令嬢が皇立以外へ行くなんて、どうなさったのかしら。まあ、公爵家のこともご存知ないようだし、仕方がないわね。"卑しい者たち"と学園生活を送ることになって残念でしたこと」


子爵以下の次男や三男ならともかく、伯爵以上の家が皇立魔法学校以外へ行くのは非常に珍しい。既に成人しているエリスの兄三人も当然皇立出身であり、エリスがこの学園にいるとは思いもしなかった理由もそこにある。

しかし、この国の貴族に独特の二つの家名、すなわち、ファンドールやサヴォアといった一般に知られる「通り名」(狭義の家名はこちらを指す)と、名乗る時だけに使うライラやロードラントと言った「名乗り名」の知識は、皇立魔法学校の入学試験で必ず問われる必須教養だ。「ライラ」が「ファンドール」の名乗り名だとも知らないエリスは、恐らくその非常識のために、皇立ではなく、格は下がるがレベルの高いサーラ魔法学園へ入学することになったのだろう。

シェーラが遠回しそのことを指摘すると、エリスは顔を真っ赤にしてわなわなと震え出した。どうやら図星のようだ。



「……わかったらもう行ってもらえるかしら、エリス?」


「……っ!! 失礼しますわ!」


「エリス様!」


最後の駄目押しにシェーラが言い放つと、エリスは唇を噛み締め踵を返し、ダリアとマリアが後を追った。



(ちょっとやり過ぎたかな……でも、これでもう関わってくることもないよね)



なんとか修羅場をくぐり抜け、ほっとしたシェーラだが、ふと横を見ると途中から無言で立っていたココの、揺れる瞳と目が合った。



「シェーラ……」


「……ごめんね、ココ。秘密にしてわけじゃないんだけど、わざわざ言うようなことでもないかなって」



オランジ村に遊びに来ていたココとシェーラが七歳の時に出会って以来、特にそういった話も出なかったので口に出さなかっただけなのだが、なんとなく気まずいシェーラがまずはココに謝った。



「ううん、まさか公爵家だなんてちょっとびっくりしたけど、元々、シェーラはどこかのお嬢様っぽいなーとは思ってたから。それに、私が名前のこと言ったせいで、嫌な役押し付けちゃったよね。こっちこそごめん」



ココはココで、自分の発言が元で面倒な相手にシェーラの素性を明かすことになり、さらに公爵令嬢としてエリス達を撃退する役を押し付ける結果になってしまったことを気にしていたようだ。



「そういえば、ユーフィは全然驚いてなかったけど……知ってたの?」



お互いの胸のつかえがとれたところで、騒動の原因でありながら途中から完全に戦線離脱していたユーフィの存在を思い出したココが話を振ると、ユーフィは既にいつもの天使の微笑に戻っていて、小さく頷いた。



「ええまあ。僕も一応貴族ですし、他国とはいえ公爵家の名乗り名くらいは」



二種類の家名があるのはジンドラード皇国くらいなもので、他国からすると非常にややこしいのだが、さすがに公爵家の名乗り名は知られているようだ。



「この前はうっかりしてたけど、サハトってサハト神殿のサハトでしょ? 一応どころか、エリスに狙われるだけのことは十分あるわ。私は公爵家って言っても傍系だし、結婚したらファンドールの家名は名乗れないもの」


「えっそうなの?」



エリスには偉そうに言ったものの、ユーフィに「お家はレストランか何か?」などと調理実習で訊いた自分も同類だと、思い出して恥ずかしくなってきたシェーラは、さりげなくユーフィに分かってますよアピールをし、自分の身分についても説明する。

本当は公爵令嬢どころか皇姫なわけだが、そうは言っても肩書きはなるべく堅苦しくない方がいい。



「ジンドラード貴族の場合、その家の名前を生涯名乗れるのは当主から数えて三親等までだからね。四親等目は、基本的には結婚したら相手の家から家名をもらうことになるの。他にも名前関係だと、世代交代で当主が変わったりして三親等から外れた人は家名の前に"アルク"を入れたりとか、まあ色々細かな決まりがあるんだけど、とにかく私は、期間限定のファンドールってこと」


「へぇ~。ややこしいんだねぇ。でも、皇妃様とも親戚になるんでしょ? すごいよ~!!」



シェーラの母、ジンドラード皇国皇妃ソフィアは、ファンドール公爵家の長女で、現公爵を含む年の離れた三人の兄に可愛がられて育った末姫だ。ソフィアの娘であるシェーラは、現在ソフィアの二番目の兄の孫という設定になっている。



「ああ、ソフィア皇妃様ですか。絵姿を拝見したことがありますが、そういえばシェーラとよく似ていますね。公爵令嬢ではなく皇姫様だと言われても信じてしまいそうですよ」



(う、さすがユーフィ。仰る通りです……)


「 そ、そう? それは光栄ね。……それより、残りのお弁当を食べましょう!」


「そうですね、仕切り直しといきましょうか」


「じゃあ改めて、いっただっきまーす!」



シェーラはまさに真実そのもののユーフィの指摘にどきりとしつつ、なんとか二度目のお弁当タイムに持ち込むことに成功し、三人の間には再びのんびりとした空気が流れだした。






そうして、そろそろデザートもなくなろうかという頃、今日はピクニックではなくマラソン大会だと思い出したココがスノーレオンを撫でる手を止め口を開いた。



「ねぇねぇ、ところで、あの池はどうやって渡るの? みんなは舟みたいの作ってるみたいだけど」



先頭集団の生徒が土属性魔法で失敗して以降、池を渡る手段は専ら舟になったらしい。作業の様子まではよく見えないが、高く積まれた丸太に群がる生徒たちの姿が小さく見えている。



「そうね~、私たちも作る?」



作るとなれば、全てを魔法でちょちょいと、とはいかないので、ある程度地道な作業になる。確実に渡れはするだろうが、既にほとんど最後尾に近いシェーラたち一行がそんなことをしていては時間内にゴールするという目標の達成が危ぶまれるだろう。



「ユーフィ、何かいい案ない?」


困った時の新入生代表。シェーラがユーフィに尋ねると、ココの双葉魔獣の頭を指でつついて遊んでいたユーフィが顔を上げた。



「そうですね……。舟でもいいですが、召喚獣のことも考えると一艘じゃ足りないですよ。それより、僕が道を作りますから普通に歩いて渡りませんか?」


「えっそんなことできるの!?」



夢の徒歩発言にココが目を丸くすると、



「向こう岸までの距離からして、土属性の上級魔法を10回ほど使えばいけると思いますよ」



とユーフィは事も無げに言った。困った時の新入生代表は、シェーラとココが思っていたより優秀だったらしい。


「上級魔法!? しかも10回って……なんかもうなんでもありね……」


「力技バンザイ!」



シェーラは脱力し、ココはスノーレオンに万歳のポーズをとらせて考えるのをやめた。上級魔法を十回連続で使用するなど、高等部でトップクラスの生徒でも難しい。一体この美少年は何をどこまで出来るのか、考えると背筋が寒くなるほどだ。



「まあさっきは僕のせいでお二人を巻き込んでしまいましたし、その罪滅ぼしということで、ここは任せてください」


「あ、そういえばそれもそうね」


「やっちゃえ双葉ちゃんズ!」



七匹の双葉魔獣となぜかスノーレオンにまで軽く襲われ、後ろにひっくり返ったユーフィの珍しく間抜けな姿に、シェーラとココは大笑い。ひどいです!と拗ねたユーフィまでもが噴き出して、三人の賑やかな笑い声は、しばらく青空に響いていた。


テンプレお嬢様(ちょっとアホの子)、書いてみたかったんです。この後もちょこちょこ出てきます。最終的にはもう少し親しみやすいキャラクターになるといいなぁ。

マラソン大会は、次回で終わらせる予定です。更新がんばります!

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