マラソン大会2
マラソン大会その2です。戦闘描写が難しい……。
先頭集団が森に入って五分が経過した。
道は整備されていないデコボコとしたものに変わり、両側に鬱蒼と生い茂る木々がざわめく。誰も言葉を発したりはしないが、いよいよこれからが本番だという緊張感と高揚感が集団を包んでいることは、皆が肌で感じていた。
横たえられた丸太や小川など、彼等彼女等にとってみれば申し訳程度の障害物をなんなく乗り越え、今のところは順調である。が、事前に伝えられた魔物の出現ポイント数は三箇所。そろそろ最初のが出て来てもおかしくない頃合いだ。このゆるい上り坂になっているカーブを曲がった先で何かあるだろうと、全員が警戒を強めつつ先へと急ぐ。
「あれは……」
一番前を走っていた男子生徒が、何かを発見して声を漏らした。
それに反応して後ろに続く集団も若干ペースを落とす。やはりこの先に何かあるようだ。
「植物型か!」
生徒の一人が声を上げた通り、そこには植物型の魔物の群がしばらく先まで道を埋め尽くして蠢いていた。
ハエトリグサに似た赤く巨大な頭部は、棘のついた口を開けたり閉じたりする度に中の粘液が糸を引き、腕のように伸びた二本の長い蔓の先には、紫の丸い瘤のようなものがついている。子供の背丈くらいあるその不気味な姿に、女子生徒の一人が小さな悲鳴をあげた。
幸い、足の部分はあまり器用に動かせないようであまり素早く動く気配はなさそうだが、よくよく見れば両側の森の中にも数多蠢いており、全滅させるのは難しそうだ。通り抜けるのに邪魔になる分だけ倒して進むより他ないと、完全に立ち止まってしまった集団全員が理解した。
「うぉぉぉぉぉおおお!!!」
先頭の男子生徒が、剣を抜いて突っ込んでゆく。
まずは一匹の胴体部分を一閃のもとに断ち切り、彼の召喚獣らしき猪に似た魔獣ももう一匹を突き上げる。
動きの遅い魔物は、素早い動きに対応できないらしい。
それを見て、後の数人も叫びながら群れに突入し、魔物が赤い棘のついた口をパクパクと開いて威嚇するのを巧みに躱しながら、次々の魔物をなぎ倒していった。
「この頭にさえ気をつけてりゃ、楽勝だな!」
だんだんと勢いがついて余裕が出て来たのか、一人が笑みを浮かべて言い、赤い頭をひらりと避けた。
「早くこの気持ち悪いのを片付けて先に進みましょう!」
先ほど悲鳴をあげた女子生徒も落ち着きを取り戻し、棘のついた口に挟まれないよう身を躱す。
しかし
「いけない、その頭はフェイクだ!!!」
後ろから叫んだミレーユの声が聞こえた時には、既に遅かった。
手前の魔物に気を取られているうちに、奥の魔物たちの姿が変化していることに気がつかなかったのだ。
シュルシュルシュルシュルーーガシュッ
「うわぁぁああ!!!!」
二本の腕の先についた紫色の瘤からぬらぬらと光る紫の触手が伸び、最初に突っ込んでいったの男子生徒の足に巻きついた。体勢を崩した男子生徒はそのまま転んでしまい、あとは魔物の為すがまま。触手を伸ばした魔物の群れに取り込まれ、少ししてから道の脇へと放り出されていた。
「おい! 大丈夫か!!!」
気を失って倒れている男子生徒にノアが駆け寄って行ったが、そうしている間にも男子生徒と女子生徒が一人ずつ投げ出された。
「魔力を少し吸われただけさ。気を失っているのは、あの触手の粘液に催眠効果があるせいじゃないかな。大丈夫、そんな危険な魔物が放たれたりはしないよ」
「それはそうだが……放っておくわけにもいかないだろう」
「少し魔力を取ったらもう用はないみたいだからね、心配ないよ。それにほら、さっきから上を旋回しているミニドラゴン、あれはリージン先生のところのレイだろう。直に迎えが来るさ。それより、我々まで奴らにやられてしまっては先生方の仕事が増えるだけだ。ここは一気に突破するのが賢明だと思うけど、どう思う?」
「……そうだな。わかった。ここは俺がやろう」
上空を旋回していたミニドラゴンがグラウンドのある方向へとすごいスピードで引き返して行ったのを見て、ノアの心配もなくなったらしい。キッと魔物の群を見据えると、自身の適性属性である炎属性の魔法を唱え始めた。
「炎よ顕現せよ、ブレイズ!」
初級の「イグニス」より数段威力の高い低級魔法「ブレイズ」を発現させたノアは、火炎放射器で焼き払うかのように魔物を退けつつ、両横の魔物たちが再び道を塞がないうちにと駆け出した。
ノアとノアの黒い犬型召喚獣が走るすぐ後をミレーユが行き、これ幸いと無事だった10名程の生徒達が続く。
「ありがとう。魔力は大丈夫かい?」
植物型の魔物は炎が苦手だったようで、ノアが切り拓いた道にはなかなか戻ろうとせず、一行は無事に群から脱出することができた。初めての魔物との戦闘と全力疾走に、さすがの猛者達も疲れを隠しきれず、今は一時休憩して水飲みタイムだ。
魔法はその持続時間が長ければ長い程多くの魔力を消費する。先頭を走り、群を抜けるまで炎を維持していたノアを気遣ってミレーユが声を掛けると、ノアは汗を拭いながら笑顔を作って答えた。
「ああ、あれくらい平気だ。それよりミレーユ、ラミアンヌはどうした」
そんなことよりと、いつの間にかミレーユの愛する大蛇、ラミアンヌの姿が見えなくなっていたことに気がついたノアが心配そうに眉根を寄せる。
「あんな気持ちの悪い触手が私のラミアンヌに触れたらと思うと我慢ならないからね、一時帰宅してもらっていたんだ。ーーさぁ、出ておいで、ラミアンヌ」
白い光の渦から姿を現したラミアンヌを長い指で愛おしそうに撫で、ご心配ありがとう、と微笑むミレーユ。召喚獣は一度呼び出すと一日そのままだが、契約獣となれば正式な呼び出し後の出したり引っ込めたりは自由だ。ラミアンヌの巨体は不利になるかもしれないと心配したミレーユが、魔物と戦闘になる前に帰しておいたらしい。
「へぇ、契約獣になると呼び出し自由なんだな!」
実はこの辺の知識は召喚学の授業でとっくに習得済みのはずなのだが、座学になるとついうとうとしてしまいがちなノアは感心したようにラミアンヌを眺めた。
「ふふふ、いつでも会いたい時に会える、いいだろう?きっとノアもそのうち運命の相手と出会えるさ。私とラミアンヌのようにね!」
ミレーユの甘い台詞とラミアンヌと見つめ合う甘い空気に当てられたノアがリアクションに困っていると、周りの生徒達が時計を気にしはじめた。一時間以内のゴールを目指すならばもう出発しなくてはならない時刻だ。
「さて、そろそろ行くか。向こうに大きな池が見える。たぶんあそこでまた何かあるんだろう」
ここから先しばらく下り坂となっている道の彼方に、キラキラと輝く水面が見える。気合を入れ直して立ち上がったノアの言葉に弛緩していた空気が引き締まり、生徒達は魔物の群に手間取った分を取り戻すべく、ペースを上げて再び走り出した。
マラソン大会開始から20分、まだまだ先は長い。
先頭集団が大池へと近づいている頃、丸太に躓き水溜りに足を取られてからご機嫌ナナメのココとなだめるシェーラ、微笑みの天使ユーフィの三人は、マイペースに森を進んでいた。
「も~、森に入ってからついてない!これじゃゴールする時にはボロボロだよ!」
「大丈夫よ、オランジ村の辺りの森と似たようなものじゃない。なんとかなるなる!」
「お二人とも楽しそうですね。それより、この先を曲がった辺りで何か出そうですよ」
「楽しくないよ! ……ってえっ!? 魔物??」
もうすぐお昼ですよ、と言うようなノリで放たれたユーフィの言葉に、半分シェーラに甘えてふざけながらブーブー言っていたココは、元々の丸い瞳をさらにまんまるに見開いて聞き返した。
「恐らくは」
にっこりと答えるユーフィの落ち着いた瞳を、魔物と聞いて身体を強張らせたシェーラは感心して見つめるが、その深い蒼の瞳は薄い氷が張ったように静かで、なんの動揺も見られない。
「ユーフィは落ち着いてるねー。魔物との戦闘なんて初めてだから、緊張するわ」
「こ、怖いのが出てきたらどうしよう!! どうやってやっつければいいの!?」
「まあ、先生方の説明の仕方によれば大したことはなさそうですし、なんとかなりますよ。あ、見えてきましたよ。植物型の魔物の群ですね」
ユーフィの言葉通り、カーブを曲がるとそこに蠢いていたのはハエトリグサのような頭部を持った例の魔物の群。
開く度に糸をひく大きな口とうねうねと長い二本の腕らしき蔓にシェーラの顔は引きつったが、ココは
「か、可愛い!!」
とさっきまでの怯えっぷりはどこへやら、魔物に向かってダイブしそうな勢いだ。
「よし、姫をお守りしろ!! うぉりゃあああああ!!!!」
「ぉぉおおおお!!!!」
「だぁぁあああー!!!!!」
そしてそんなココとシェーラの様子は目にも入れず、二人の姫を護るのだと息巻いて先を走っていた脳筋、もとい騎士候補達は、我先にと魔物の群れに突っ込んで行き、最初は奮闘していたものの程なくして次々と放り出される結果となった。
「……大丈夫かな?」
「たぶん。寝てる人に攻撃は加えないみたいだし、放っておいても大丈夫よ。きっとそのうち先生が迎えにくるわ」
「そうだね!ほっとこう!」
ノアとは違ってクール(?) なシェーラとココはささっと置いて行くことに決めたようだ。
「では、さっさと片付けてしまいますねーー風よ顕現せよ、ワールウィンドーーさ、行きましょう」
そしてユーフィもまたあっさりした調子で風属性の中級魔法を発現させ、道に蠢いていた魔物を一面木っ端微塵にしながらゆっくり先へと進む。
魔法実習の授業では、その属性に適性のある生徒でも低級の扱いがやっと様になってきた時期である。それを軽く飛び越えて中級魔法を意のままに操るユーフィは、やはり天才と呼ぶしかないであろう。
(授業でも周りより二歩三歩先に行ってるとは思ってたけど、こうやって堂々と使いこなしてるところを見ると……やっぱりユーフィはすごいわ)
その後、魔物の群(の跡)を三人が通り過ぎたあたりでやってきたユーフィのファンクラブ会員達は、その惨状を目にして悲鳴をあげていたが、それもユーフィによるものと理解するとすぐに歓声に変わったようだ。
「一人二人寝ていてもらった方がよかったんですけどね、失敗しました」
初めて困ったように眉を八の字にしたユーフィの台詞は聞かなかったことにして、シェーラとココは最初の休憩場所をどこにしようか相談をはじめた。
次回新キャラ登場?




