調理実習(後)
これも魔道具の一種なのか、ソラノの合図で調理台は上に出来上がった料理を載せたままテーブルと椅子の形に変化し、生徒達はクラスにいる時と同じ並びで席についた。
「それでは、月の恵みに感謝していただきましょう」
ソラノが食事を始める挨拶をすると、生徒達も声を合わせて
「「「いただきます」」」
と食べ始める。この「いただきます」は月の魔術師が広めたのだそうで、シェーラは前世と変わらない習慣を密かに嬉しく思った。
「ユーフィの、なんかすげぇな」
ノアの向かいに座るユーフィのテーブルには、美しく盛り付けられたソースが芸術的にかけられたハンバーグと、コーンポタージュの他に、数種の前菜盛り合わせ、パスタ、デザートの皿が並んでいた。見た目はさながらフレンチかイタリアンのコース料理のようだ。ユーフィの後ろのテーブルでは巨大な龍の解体作業が行われており、凄惨な事件現場の如き様相を呈していたが、こちらは平和だ。
「ありがとうございます。もしよければ味見して感想聞かせてもらえませんか?」
そう言って天使の微笑を浮かべたユーフィは、取り分け用の皿に各料理を少しずつ、優雅な手つきで盛り付けてゆき、ノアのテーブルに置く。
「おう!じゃあ早速いただくよ」
自分で作った分だけでは足りそうもないと思っていたノアは嬉しそうに口に運び、しばし硬直。そしてくわっとその鋭い眼を見開くと
「……美味い!!!」
と叫ぶように言ってバクバク食べ始め、すごい勢いで完食した。
「今まで食べたものの中で一番うまい!どこか王宮で出されてもおかしくないと思うぞ、これ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。もう少しどうですか?」
「おーありがとう!美味いかわからないけどよかったら俺のもやるぜ」
「いただきます。うん、ノアさんのは男らしい感じですね」
全体的に豪快なノアの料理を優雅に口に運んだユーフィが笑顔で言った。
「そうか、男らしいか!!料理も美味いし、嫁に来たらもらってやるよ、ははは」
胃袋を掴まれ、さらに男らしいと言われたノアはご機嫌だ。だが、この嫁にもらってやる発言は、当人達が全く感知しないところで大きな波紋を広げることになる。
「なんだろう、この感情……!」
「二人に味見してもらおうと思ってたけどそんなことはもうどうでもいいわ!」
「ユーフィはノアの嫁!」
などなど。二人の様子をそれとなく窺っていたクラスの女子達が何かに目覚めた瞬間であった。
また、ココはにこにこしながらも何故かハートや星型にくり抜かれた付け合わせの人参をフォークで突き刺し続けており、その黒いオーラを察知したシェーラはココのハンバーグも味見するようそれとなくノアを誘導することになった。ユーフィを三ツ星レストランのシェフとするなら、ココは料理上手な可愛い奥さんだ。可愛らしい盛り付けとどこかホッとする味は、誰をも毎日食べたいと思わせるだろう。もっとも「うん、こっちはこっちでタイプが違って美味いな」と言われたくらいではココのHPは回復しきらなかったらしく「次は負けない……」と小声で呟いていたのがシェーラには聞こえていたのだが。
「とても素人とは思えないけど、お家はレストランか何か?」
ミレーユからおすそ分けされた龍の頭部……もとい謎野菜の毒々しい色に食欲が削がれるのを感じながら、シェーラはユーフィに訊ねた。
「いいえ、家はヤハトの神官ですが、修行の一環ということでうちの神殿で捧げる供物を任されていまして」
ユーフィの出身国であるヤハト王国は、ここジンドラード皇国と同様宗教国だ。今「月の大狐様」が鎮座しているとして祀られているのはジンドラード皇国だが、その前はヤハト王国に居たという伝説が一部に残っており、現在でもジンドラード皇国とはまた違う形で儀式などが行われているのである。
「神官?どっかのお坊ちゃんだろうとは思ってたが、やっぱそうだったんだな」
ヤハトの神官、と聞いてノアが目を丸くする。ヤハト王国で神官と言えば、それはすなわち貴族と同義だ。宗教は国の精神的支柱ではあるが、神官はあくまで神官でしかないジンドラード皇国より、宗教国という意味では本格的である。
「まあ、僕は三男ですし、神殿を継ぐこともないのであまり関係はないんですけどね」
「あー、なるほど、それでこの学園に来てるわけか。俺は上手い料理にありつけて嬉しいけど」
もしユーフィが長男であれば、ヤハト王国の魔法学校か、もしジンドラードに来るとしても皇立の方だろう。「神殿を継ぐ」というユーフィの言い方からしておそらく神官の中でも高位に位置する家柄なのだろうが、三男であれば、レベルは高いが格式はそれほど高くはないこの学園にいることも納得できる。
「ふふふ、そうですね。ここで暮らせることになって、よかったです。ところでノアさん、デザートもいかがです?」
「いいのか!?うおおお!!」
(うわー、ノアったらすっかり胃袋掴まれちゃって。さっきからミレーユの龍の尻尾を無言で齧ってるココが怖いんだけど……あっココのデザートにも手を伸ばしたわね、よしよし)
(にしても、ユーフィの家は神官か。ユーフィ・サハト・ノート……そういえばヤハトの王都ユラハンの三大神殿の一つってサハト神殿じゃない!そのサハトだとすると大貴族ね。この優雅さにもうなづけるわ)
学園の授業ではそこまで習わないが、皇家の人間に必須の教養として各国の主要貴族に関する情報をある程度教わっていたシェーラは、なぜ今まで気がつかなかったのかと反省しつつ、自分が作った和風おろしハンバーグを平らげ、デザートのフルーツポンチにとりかかった。
もしシェーラが、この話をオランジ村に残る元侍女頭のフランにしていたなら、ヤハト王国の大貴族サハト家の四男がヤハト王国の国立魔法学校初等部に在籍中であり、長男と次男、また長女もそこの出身であること、サハト家の三男については情報がほとんど表に出てきていないことなどがわかっただろう。
実は最初に入学者予定者リストを見た皇家では、その三男、それも恐ろしく優秀な……がどうしてサーラ魔法学園に入ってきたのか少し警戒されていたのだが、シェーラを狙ったにしては、シェーラと同い年であるこの三男が生まれた時からほとんど表に出されなかった理由がわからない。例えば一人だけ妾腹で姓だけ正妻のものを名乗っているとか、貴族には色々事情がある場合も多いので、おそらくそのような事情からくる偶然だろうとひとまず結論づけたのである。
それが正しかったかはさておき、これまで休み時間のたびに女子生徒から囲まれていたユーフィは、この調理実習を機にノアとよく行動を共にするようになり、呼び方も「ノアさん」から「ノア」に変わった。そしてこのノアとユーフィという組み合わせに変に期待するところのある女子生徒達は、その様子を熱っぽく見守るようになったのだった。
クラスの女子生徒達の描写についてですが、作者にそっちの趣味はありません。そのような展開にはなりませんので、念のため(笑)




