召喚学
風邪と胃炎のダブルパンチで遅くなりました。申し訳ないです。ちょっと長引きそうなので、次回は三月入ってからの更新になりそうです。
授業が始まってから、無事に二週間が過ぎた。今日の召喚学では、初めて召喚を行うことになっている。
召喚魔法は、この学園に入ることが出来る程度の魔力を持つ者なら誰でも使用することができるが、召喚魔法の詠唱や召喚によって現れる主な召喚獣の種類、扱い方、これまでに起こった召喚に関する事例など、学ぶべきことは多い。召喚学の授業では、そうした知識を身につける座学と、実際に召喚術を行う実技とが行われる。
クラス全員の召喚を一回の授業で行うのは難しいため、今日はクラスの三分の一にあたる十名が召喚魔法を使い、現れた召喚獣一体一体についてリージンが丁寧に説明する予定となっていた。
「では、今日召喚を行う十名は前に出てください。これから一人ずつ召喚魔法を使ってもらいますが、現れる魔獣、つまり召喚獣はみなさんの資質に合ったものとなります。怖がらず、落ち着いて行ってください。もちろん、今日召喚した魔獣と契約して自分の契約獣にしても構いません。ただし、契約は一度しか行えないこと、一度契約するとその召喚獣しか召喚できなくなることをよく考えてくださいね。では、一人ずつ順番にやってみましょう」
今日召喚を行う十名の中には、ココとミレーユも入っていた。ミレーユはいつも通りクールだが、ココは何が出てくるだろうと目をキラキラさせている。
リージンに促され、最初に召喚を行なう女子生徒がサーラの木で作られた杖を手に、詠唱を開始する。
「我と共に眠る者、我と共に行く者、我と共に在る者、月の世界より来て、今ここに顕現せよ。サモン!」
唱え終わると同時に、両手で握った杖で地面をトンッとつく。そこから白い光が渦を巻くように現れ、中から魔獣の姿が現れた。
「わぁ!」
女子生徒が、茶色のふわふわした小さな兎、もとい魔獣を抱き上げた。女子生徒の茶色のゆるい天然パーマと、兎のふわふわの毛はよく似ていて、見た目からも確かに相性が良さそうに見える
「これは、モリツノウサギですね。額に角があるはずですが」
女子生徒が額の毛をかき分けると、小さな角が見えた。ツノウサギ科の魔獣についてリージンが説明し、生徒達はモリツノウサギを観察してスケッチしたりしながら、話を聞く。召喚獣は基本的に召喚主の指示に従うため、モリツノウサギは耳をいじられたり、ひっくり返されたりしても、大人しくしている。
その後、男子生徒二名が召喚を行い、いよいよココの番となった。
「我と共に眠る者、我と共に行く者、我と共に在る者、月の世界より来て、今ここに顕現せよ。サモン!」
白い光の渦から現れたのは、うねうねと動く植物達。頭部には食虫植物らしき棘のついた大きな口があり、その周りをオレンジや黄色の花びらが囲んでいる。胴体部分は植物らしさを残しているものの、指先と思われる部分はイソギンチャクに似て、半透明の触手が蠢いていた。さらに体全体を左右前後にうねうねと動かすその様は、お世辞にも可愛いとは言い難い。
「かわいいー!!」
しかし、召喚主は召喚獣に対して愛情を持つものなのか、ココはその植物達の群に飛び込んでいった。
「何、こいつら」
かなり引き気味のノアの言葉が、無言のクラスメイト達の心の声を代弁している。
「ココのことだから可愛い小魔獣でも召喚するんじゃないかと思ったけど、まさか謎植物の群を召喚するとはね……」
「確かに、予想外でした」
シェーラとユーフィも他の生徒と同様三歩後ろに引いている。ミレーユだけが、ふむ、確かに可愛らしいな、などと呟いていたが、彼女は例外だ。
「ココさんは、オオグチバナを召喚したようですね」
さすがに召喚術の専門家であるリージンは冷静で、ぎょっとしている生徒達に向かって解説を始めた。
「召喚の対象となるのは一体ですが、オオグチバナなど一部の植物型の魔獣は群、といいますか、一個体から発生した何体かの派生個体もまとめて召喚されることがあります。今回の場合、オレンジ色の花びらを持つ個体が親で、残りの黄色の五体が子である派生個体ということになります。さあ、では観察を始めましょう」
始めましょう、と言われたものの、オオグチバナのイソギンチャクのような触手をうにうにと触ってみたり、一緒にうねうねしてみたりと大喜びのココと、興味津々のミレーユ以外はとても近づく気になれず、やや距離をとって観察を終えた。
幸い、その後の五人はイヌ型やトリ型などの魔獣を召喚したので特に困ったことも起こらず、平和な時間が続いたが、今日のトリはミレーユだ。さすがに自分の番が回ってくると、クールなミレーユもその紫の瞳を輝かせて興奮している。
「どんな子に会えるのか、楽しみだな。可憐な乙女だと嬉しいのだが」
(ココの謎植物へのリアクションといい、何かまた変な魔獣を召喚しそうな予感が)
シェーラの予感は的中。サモン!、というミレーユのやや低い声がした後、現れたのは……。
「やあぁぁぁ!!!」
ココが悲鳴をあげ、シェーラの後ろに隠れる。謎植物は平気だったのに、これは苦手らしい。他の女子生徒の中にも、悲鳴をあげたり、泣き出したりする生徒がちらほら。
そんな中、ミレーユは、つぶらな紫の瞳に小さな頭、長い長い胴体と尾を持つーー金色の大蛇と見つめ合っていた。
「さあ、もっとこっちへ……いい子だ」
まるでキスをするように大蛇の顎に指を添えるミレーユ。大蛇は、赤い舌をチロチロと出してミレーユの唇を舐める。これが人間であったなら、絵になる光景だったろうが、相手は蛇。ちょっとしたパニック状態に陥っている生徒をリージンが苦労して宥めている間にも、一人と一匹の間にはなぜか甘い空気が漂っていた。
「これはなかなかの大物を召喚しましたね。ヘビ科の魔獣、特にこのオオコガネヘビは強力です」
リージンは感心した様子でそう言って、ヘビ科の魔獣についての解説を始める。おっかなびっくり、あるいはココの時より更に離れてなんとか生徒達が観察を終え、さて授業の締めに入ろうかとリージンが考えた時、ミレーユが挙手した。
「先生、この子と契約しても構わないのですよね?」
「え、ええ。もちろん構いませんが、契約は一度しか行えませんよ。それでもよいのですか?」
契約しても構わない、とは言っても初めての召喚で契約する生徒はまずいない。リージンは驚いて訊き返したが、ミレーユは真剣な表情で頷いた。
「こんな可愛らしいお嬢さんと、もしかしたら二度と会えないかもしれないなんて、私には堪えられません。私は彼女と、運命を共にします」
(この蛇、メスだったんだ……)
恐らく全員がそう思ったのだろう。一瞬の間があってから、リージンが、わかりました、と言い、それを聞いたミレーユは大蛇の頭に手を置いて契約の詠唱を始めた。
「我、汝と共に眠る者、汝と共に行く者、汝と共に在る者なり。月に誓う、今これより、夜の闇に抱かれ天に還るまで、永き時を共に生きることを。ルーナ!」
ミレーユと大蛇の身体が、白い光に包まれる。一瞬のことだったが、無事に契約は結べたようだ。
「これからはずっと一緒だよ、ラミアンヌ」
そう言って、ラミアンヌと名付けた大蛇の頭を嬉しそうに撫でるミレーユ。あまりの急展開にクラスメイト達が呆気にとられたまま、その日の召喚学の授業は終了した。