入学式(後)
中等部の入学式典は、本館一階にある中等部体育館で行われた。体育館、と言っても白とサーラのこげ茶を基調とした上品な雰囲気で、バスケットボールのリングがあるわけでも、床にラインが引いてあるわけでもなく、かなり立派な屋内運動場もしくは公会堂、といった感じの空間となっている。
シェーラ達一年二組が担任のリージンに率いられて、後方の入口近くに座っている上級生達の間を通ると、どよめきが起こった。どこからか、今年の一年生は大当たりだ、と言う男子生徒の声も聞こえてくる。また女子生徒も、男子生徒ほどあからさまではないものの、有望株を見つけはしゃいだ様子だ。
しかしそうした賑わいも式典が始まると同時におさまり、豊かな白ヒゲに丸眼鏡をかけた、ザ・魔法使いな学園長の長い長い話が始まると、皆眠ったように(実際何割かは眠っていて)静かになった。
「えー、続きまして、今年度の新入生代表による挨拶です。それでは、ユーフィ・サハト・ノート君、前へ」
「はい」
少年の涼やかな声と、新入生代表、という言葉にどこか遠くへ飛んでいた生徒達の意識が戻ってくる。新入生代表は、入学試験の魔力測定で最も高いポテンシャルを持っていると判断された生徒が選ばれる。当然、注目度も高い。
しかしながら、壇上に上がった少年は、新入生代表という意味以上の注目を全生徒から集めることになった。
やや長めの、ごく薄い水色の髪。知性を湛えた優しい蒼い瞳。白い肌と、やや小柄で華奢な身体つき。どこか儚げな、絶世の美少年だった。
「きゃー!!!」
少年が顔を上げた途端、興奮した女子生徒、特に上級生から黄色い声が上がり、しばらく会場は挨拶ができるような状態ではなくなった。その後、教師達が騒ぎを一応鎮めたものの、挨拶文が読み上げられている間も、少年が壇上から去った後も、しばらくざわつきはおさまらなかった。
「新入生代表、すごかったね~」
式典が終わり、少し待っているように言い残してリージンがクラスの教室から出て行くと、ココが右隣に座っているシェーラと、シェーラから通路を挟んで隣にいるミレーユに話しかけた。
「あれはそのうちファンクラブができそうね」
自分のことは棚に上げてシェーラが言う。
「あの薄い水色の髪に蒼い瞳、ヤハトの出身だろうね。まるで水の精霊のような美しさだったな」
とはミレーユの弁。
ジンドラード皇国から見て南西にあるヤハト王国には、大陸全体に一般的な茶髪茶眼の他、濃淡に多少の差はありつつも、水色の髪に蒼い瞳をした者が三割ほどいる。
ちなみに、ジンドラード皇国の西にあるガロリア王国では赤髪赤眼、ジンドラード皇国の南のサンドール王国では、紫髪紫眼が同程度いる。ノア、ミレーユはそれぞれガロリア、サンドールの出身だ。担任のリージンは水色の髪に紫の瞳だから、ヤハトとサンドールの血が両方入っているのだろう。
「にしても、先生遅いね~。すぐ戻るって言ってたのにー」
ココが、机の上にくてーっと伸びて呟いた。
リージンが出て行って、すでに十分経っている。最初は大人しく席に着いていた生徒達も、今は好き勝手に移動して騒いでいた。ノアなどは、掃除用具箱から勝手に箒を取り出して男子生徒達とチャンバラ遊びに興じている。
それから五分ほどして、リージンが教室に戻って来た。生徒達は慌てて元の席に着く。
「遅くなってしまってすみません。お待たせしました。それでは、最初のホームルームを始めたいと思いますが、その前に……いいですか、みなさん静かにしていてくださいね。……どうぞ、入ってください」
リージンが生徒達に釘を刺した後に入って来たのは、先ほどの新入生代表、ユーフィだ。
「静かに。ユーフィは、新入生代表の挨拶があったのでこれまで別行動をとってもらっていましたが、みなさんと同じ一年二組の仲間です。これから皆で力を合わせて、三年間楽しく、有意義に過ごしましょう。えー、ではユーフィ、空いている席は……ああ、そこが空いていますね。はい、彼の隣に座ってください」
ユーフィが座ったのはノアの隣の席だ。前にシェーラ、ココ、ミレーユが陣取っており近付きにくかったのだろう。そこだけぽっかりと空いていたのだった。
「それでは、改めて自己紹介からいきましょうか。私は、リージン・シエル・ロー。見ればわかると思いますが、母がヤハト王国、父がサンドール王国出身で、私自身はサンドールの出です。適性属性は火と土。召喚術を専門としています。これから三年間、みなさんの担任を務めますので、どうぞよろしく」
リージンの自己紹介が終わり、拍手が起こる。
「では、みなさんの自己紹介に移りましょう。出身、名前、将来の夢、あとは何か一言あればどうぞ。では、そちらから」
生徒達一人一人の自己紹介が始まった。
「夢か……、そうだな、考古学者とでも言っておこうか」
というやはりキザなミレーユの番が終わり、順番が進んでゆく。
将来の夢、と言われてそんなこと考えたこともなかったシェーラは内心慌てたが、咄嗟に
「とりあえず無事に高等部まで学校を卒業すること、ですね」
という言葉が出てきた。随分控えめですね、とリージンには言われたが、前世のましろが学生のうちに死んでしまったことを考えれば、もっともな夢であるとも言える。
また、ココは少しおどおどしながら
「将来の夢は、園芸師になることと、黒騎士団のすてきな騎士様と結ばれて幸せに暮らすことです!」
と、花もほころぶ笑顔で言ってクラスメイト達の胸をきゅんとさせたが、そのおかげでココの後に順番が当たっていたノアは
「夢は、……黒騎士団に入ること」
と言った為にさんざん冷やかされることになった。
そして、皆がしんとしてユーフィの自己紹介を聞く。
「ヤハト王国出身、ユーフィ・サハト・ノートです。将来の夢は……僕も、とりあえず学校を無事に卒業することでしょうか。今日から寮に入るので、まだ知り合いも居ません。みなさんよろしくお願いします」
静かな微笑を浮かべてそう言ったユーフィに、やはり女子達は色めきだつ。
しかし、自分と同じささやかな夢を語ったユーフィに、その時シェーラは何か小さな違和感をおぼえたのだった。