入学式(前)
入学式当日、午前四時。
シェーラは先の方が少し反り返った木製の細長い棒をもって、寮の外へと出た。女子寮から北へ少し行くと、稽古には丁度良いくらいのスペースがある。ここなら、多少気合いの入った声を出しても気付かれることはないだろう。
「えぇーいっ!!」
「たぁっ」
「やぁぁぁ!!」
まだ暗い空に、声が響く。
シェーラはオランジ村に越してしばらく経った頃から、体力作りと称し、フランに丁度良い木を加工してもらって毎朝薙刀の稽古に励んでいたのだ。
前世のましろがかなりの腕前だったとは言え、シェーラとは身長も体重も、筋肉のつき方も違う。お姫様育ちのシェーラは最初に稽古用の薙刀を持った時、こんなにも重いものだったかと愕然としたが、最近は稽古の甲斐あってか大分重さが気にならなくなってきた。
一時間半程して汗だくになったシェーラは、寮の管理人さんに挨拶をして自室へと戻り、シャワーを浴びる。
(はぁ~。やっぱり汗をかくのって気持ちいい)
前世で見つけた楽しみを続けたい、というだけで特に隠しているわけでもないのだが、あまり詳しいことを聞かれても返答に困るし、わざわざ自分から言うこともないだろうと思い、ココには話していない。
シャワーを浴び終わると、支度にとりかかる。髪を念入りに梳かし、白のブラウスに袖を通す。ブレザーは羽織らず、先に朝食だ。
「ココ~準備できた?」
向かいの部屋のドアをたたいて声をかけると、すぐにドアが開いてココがひょこっと顔を出した。
二人は初めて制服を着て食堂へと赴き、式典の最中にお腹が鳴らないよう、少し多めに盛り付けた。
シェーラの食事内容は相変わらずだったが、ココはもう慣れたようだ。
「クラス、シェーラと一緒だといいなぁ」
「気になるよねー。クラスに馴染めるかなぁ」
前世が地味系女子だったシェーラにとっては、一番の心配ごとだ。
「シェーラなら大丈夫だよー!むしろ、変な男子に捕まらないように気をつけないと」
「それをいうならココじゃない?」
「うっ。ま、まあそうだけど……」
入学試験のことを思い出して、ココが顔を赤らめる。
朝食を食べ終えた二人は、それぞれの部屋で最後の身支度を済ませて寮を出た。女子寮から本館へは、徒歩十分。同じ制服を着た生徒達が、満開のサーラの並木道をぞろぞろと連れ立って歩く。
クラス発表が行われる本館手前の掲示板には、人だかりが出来ていた。
「ふわぁーこれじゃ全然見れないね……」
「うーん……私、五組の方から見てみるよ。ココは一組からがんばって」
「わかった、じゃあ三組のあたりで待ち合わせね!」
二人は掲示板の両端へそれぞれ移動し、自分達の名前を探す。
しかし、146センチしかないココは、前にいる学生達に遮られてなかなか見ることができない。なんとか見ようとして、さっきから一生懸命飛び跳ねていた。
「おいチビ!そこのチビ!……ココ!」
名前を呼ばれたような気がして後ろを見ると、見覚えのある男子生徒が制服を着て立っていた。
「ノア!なんでここにいるの!?」
「俺も新入生なんだから何でもなにもねーだろ。それより、そんなとこでひょこひょこしてると、踏み潰されるぞ」
「踏み潰されるほど小さくありませんっ!それに全然見えないんだもん、仕方ないじゃない」
ココがぷぅっと頬を膨らませる
「いいからこっち来い。そこでうろちょろしてると邪魔だ」
そう言うとノアは、ココの腕を掴んで歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!どこ連れてく気!?」
強引に引っ張って行くノアに、パニック状態のココ。
「どこって、教室以外どこ行くんだ?」
「だーかーら!私はまだクラス確認してないの!」
「ああ、お前は二組だ。あと、この前一緒に居たシェーラもだ」
「な、なんでそんなことチェックしてるの!?変態!!」
「はぁ?馬鹿か。俺も二組なんだよ」
「えーっ!何で一緒のクラスなの!!」
「知らねぇよ。ほら、行くぞ。あっちでシェーラも待ってる」
「えっシェーラ?何時の間に……ってちょっと腕離してよ!一人で歩ける!」
「そうか?なんか、踏み潰されそうだけどな」
「踏み潰されないってば!もー」
言い合いをしながら歩いて行くと、本館の横の方で、シェーラが手を振っていた。
「あ、騎士様ご苦労様です」
「誰が騎士様だ。ほら、届けたぞ」
「人を荷物みたいに言わないで!シェーラ、どういうこと!?」
「ごめんごめん、五組の方見てたら本館に向かってたノアと会ってね。聞いたら私もココも同じクラスだって言うし、せっかくだから迎えに行ってもらったの」
「せっかくだからってどういう意味よ……。まあシェーラと同じクラスになれたんだしいいけどね!」
「おい、二人とも。行かないのか?」
3人が二組の教室に入ると、先に来ていたクラスメイト達の目が一斉にシェーラ達に向けられた。
「うわーすごい美少女じゃない?」
「可愛い!」
「私あの二人寮で見たことある!」
クラスメイト達のひそひそ声にやや居心地の悪い思いをしながら、シェーラとココは窓側の空いている席に隣同士で座り、ノアはその後ろの席に着いた。
そしてその直後、ガラッと音がしたので教室の入口に目を向けると、
「「あっ!」」
先日サウナで見かけた孤高の美人が入ってきたのだった。
髪をポニーテールした彼女は、制服のネクタイもよく似合っており、やはり大人っぽい雰囲気を醸し出している。
「シェーラ、この前の……」
「うん……まさか同じ学年だったとは。ココ、がんばろうね……」
「そうだね……」
上級生なら仕方ない、という二人の慰めが泡と消えた瞬間だった。
周りの生徒達、特に男子はスタイル抜群の美人の登場に色めきだったが、彼女は全く気にする素振りを見せず、真っ直ぐ歩いて来ると、ふと何かに気がついた様子でシェーラ達の方へと向かって来た。
「可愛いお嬢さん、ちょっと失礼。髪に花びらが」
そう言って彼女は優雅な手つきで優しくココの髪に触れ、ほら、と言ってサーラの花びらを見せた。にっこりと微笑んだその顔はまさに美形と言ってよく、ココもシェーラも思わずぽーっと見惚れてしまう。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。お嬢さんがサーラの妖精のように可憐だから、花びらもついてきてしまったんだろう」
おそらく、彼女以外が口にしたら違和感しかないであろうキザな台詞である。しかし、このやりとりを見ていたクラスの女子生徒達は黄色い声を上げ、ココは完全に目がハートになっている。
「あの、お、お名前は……」
これまた芝居がかった言葉をかけたココに、彼女が答えた。
「ミレーユ。ミレーユ・フェン・トルテだ。よろしく頼む」
すっかりのぼせ上がっているココとシェーラ、それに後ろの席で寝ていたノアをココが叩き起こして自己紹介を済ませたところで、薄い水色の髪に紫の眼をした長身の男性が教室に入って来た。どうやら彼がこのクラスの担任らしい。
「えー、みなさん、静粛に。私がこのクラスの担任を務める、リージン・シエル・ローです。詳しい自己紹介は後にして、まずは式典の会場へ向かいましょう。廊下に男女各一列、大体で結構ですので背の順に並んでください」
こうやって廊下に並ぶのも久しぶりだな、とほぼ12年振りの感慨に浸りつつ、シェーラはスカートを翻して廊下へと急いだ。
シェーラは正統派美少女、ココは小動物系のロリっ子、ミレーユは某歌劇団の男役が似合いそうな、キリッとした美人さん。